第十四話『多分俺はきっと、最低最悪で』
視界がブレる。背中を中心に、酷い衝撃と音が全身を駆け巡る。肺から吐き出された空気は、呼吸に必要な最低限度まで巻き込んでいた。まずい、このままだと意識が途切れる。俺は痛む喉を無視して、無理矢理酸素を補給した。思わずごほごほ咳き込んでしまうが、なんとかブラックアウトだけは避けられたらしい。
スラスターを噴かして距離をとる。彼我の距離が遠のき、少しだけ行動に余裕ができた。しかし新鮮な空気を吸い込む暇は与えてもらえない。鈍い俺でも分かるほど、明確かつ、いっそ機械的なまでの殺意。外敵だとか獲物だとかそういうのに対する視線ではなく、煩わしい羽虫を見るようなそれ。俺自身のアイデンティティを揺らがすほどの強烈なそれを受け止めた直後、開いていたはずの距離を全て無視して、銀の一撃が大地を抉った。
暗黒騎士が携えたバスタードソード。ただの物理剣じゃぁないだろうと思ってはいたけど……想定外にとんでもないシロモノだ。
まず切断力がおかしい。表面に魔力の光を纏わせた斬撃で、岩だろうが鉄だろうがバターのごとく柔らかスライスだ。スラスターの端っこが見事に切り取られ、アボガドを割ったみたいなどろりとした断面をさらしている。あんなのが人体にあたったら、と思うと身震いしか出てこない。
次に、斬撃が『飛ぶ』。何を言っているか分からないと思うが俺にも分からない。魔力光を圧縮して、レーザーソードみたいにしてるのか……創作物で見かける居合の技の一種だ。確か……前読んだ作品だと、『魔剱』とかいう名前がついていたはず。便宜的にそいつを使わせてもらう。
「Inaokckishabus、Niiagietuos……」
砂煙の向こう、いびつに流れる言語と共に、ツインアイがびかりと光る。冷徹な気配は一層強く。白銀の刃は一層鋭く。いかん、そろそろ回避も限界が近い。なんとか立ち上がろうとするものの、手足が言うことを聞いてくれないのだ。
暗黒騎士との攻防は、ほぼ一方的に俺たちがぶちのめされる様相を見せていた。彼我の実力差もあるが、色々と相性が悪すぎる。
まず前述の異常に高い攻撃力。展開率の低い俺たちでは、運搬用のブースターを装備したら他に防具を装着することなどできない。多少の工業用追加装甲はあるが、所詮工業用。既に真っ二つになっている。とっくの昔に廃棄した。ついでにバイザーも壊れた。しかも結構最初の方で。くそう、気に入ってたのに。
次に戦闘技術の格差。これが酷い。流石は魔族最強、と言ったところか……ものすごく戦い慣れているのだ。俺たちがなけなしのカウンターを見せても、簡単に避けられるどころかクロスカウンターされる。それがまた痛いのなんの。よく今意識を保っていられるな、と自分を褒めたいくらいだ。
そんな戦闘を続けているせいか、既に俺のギアは耐久値の限界が近い。フレームを構築する魔力が拡散を始め、輪郭が朧げになり始めていた。まずいなー……バイザー壊れたから魔力通信もできないんだよな。それが出来ればアイヴィーさんに助けを求める、とかできたかもしれないんだが。
ざり、と音を立てて暗黒騎士が迫る。地表に降り立ったその姿はすらりとしていて、敵としての畏怖より前に、美しさを感じるほどだ。武人というかなんというか……本当に姿勢が良い。戦い慣れている、と判断したのはそういう部分もある。
戦い慣れているといえば、芽音もそうだよな……剣道とか薙刀とか、そういう部活からも助っ人に呼ばれているのを見たことがある。ここは闘技場ではなく戦場、道ではなく術を、得点ではなく命を競い合わせる場所ではあるが……どうにもこういう状況に対する適応力が妙に高いみたいなんだよな、芽音。
「先輩、避けてください!」
地に落ちた俺の後方に、とすりと降り立つ芽音の足音。直後彼女は、ジェネレーターに接続させたロングバレルの黒い砲筒――共和国軍正規装備、0.1キュビト魔導砲を、ノータイムでぶっぱなした。咄嗟に身を屈めれば、レールガンの要領で打ち出された弾丸の音色。ひえっ。
ガンッ、という凄い音がして、暗黒騎士の細身の体が吹き飛ばされる。駆け足で近寄ってくる芽音。どうやら今のはけん制扱いらしい。だがその行動も分かる。多分0.1キュビト魔導砲じゃぁ、魔族にダメージは与えられない。
でも近くで見ると本当にでかいなこれ……共和国軍の使ってる魔導砲の中じゃ一番小柄な砲身だけど、ぶっとい丸太の一本分くらいはありそうだ。小柄な芽音がこれを抱えていると、サイズ対比で余計に大きく見える。
「おまっ……それどこから!?」
「装備箱の中に同梱されていました。使い方は……説明書を読んだ、ということで!」
要するに勘じゃねぇか。というかお前そのネタ分かるのかよ。どこから拾ってくるんだろうこういうの……なーんて考えている場合じゃぁない。聞こえてくる嫌な音は、鎧の魔族が体制を立て直したときのものだ。
「Nonacigam……? Naiakubimuoky」
不思議そうに首を捻りつつ、紫紺の騎士は深紅の魔力光をばらまいた。ちっ、来るか! まるでけん制できていない。そもそもの話、『暗黒騎士』の鎧には掠り傷はおろか煤けすら生み出せていないのだ。0.1キュビト魔導砲は、そもそも奴には通用しない、と見た方が良いだろう。
俺は攻撃を受けるべく、萩野たちと戦った時のような亀みたいなスタイルを取る。ギア・フレームは頑丈だ。あの斬撃の直撃を喰らっても、ギリギリ耐えるはず。
「――」
「ごふっ……!?」
そう、思っていたのだが。
鋭く振り切られた大上段からの切り降ろしは、俺の身体を軽く吹き飛ばし、同時に焼け付くような激痛を発生させるのに十分すぎた。
「先輩!」
芽音が悲痛な声を上げる。やばい、今の一撃大分堪えた。自分の身体の感触がない。芽音の悲鳴から察するに、相当ダメージがでかいと見える。
「あ、が、ぐぁ……」
見れば、右腕が血だらけだった。どうにもずたずたに切り裂かれているらしい。馬鹿な、どうやったんだ。一太刀だけに見えたのに……。
「ぐっ……」
でも死ぬわけにはいかない。痛みを無理矢理押し殺し、どうにかこうにか立ち上がる。
その様子を、暗黒騎士は追い詰めるでもなく、何故か観察するように見つめていた。ぞっ、と背筋が泡立つ。
「Kiegnah……Doohuran、UreoTsuasnak」
ぼそり、と呟いた暗黒騎士が、唐突に俺との距離を取った。
その痩身が、ゆらりと大剣を掲げる。紅い魔力光が、銀色の刀身に集った。剣のサイズが二回りくらい大きくなった、と思えるほどだ。マズイ、次に来るの、絶対これまでのよりも命にかかわる威力をしてる。
「――Viard-Tyriva」
「あ……」
ビックリするくらい間抜けな声が漏れた。だって仕方ないじゃん、これ絶対避けれないわ、って確信しちまったんだもん。
もう何度目かになるかも分からない行動不能。脳が発する命令を、全身が受け付けてくれないのだ。動け、動けと言っても、嫌だ、駄目だ、今動いたら体の方が持たない、みたいな拒否の仕方をする。それどころじゃねぇだろ、と怒鳴りつけたいぐらいだ。
騎士の腕がブレる。
打ち出された魔剱は特大クラス。直撃したら、俺の耐久力じゃまず即死。
クソ、駄目だやっぱり体が動かない。ここまでか――。
そう、諦めかけた俺に、呼びかける声があった。
「先輩、今度こそ、私が守りますから……!」
芽音だった。
彼女の小さな手が、俺をどんと突き飛ばす。直後、振り抜かれた光の斬撃が、彼女の背中を大きく裂いた。びくり、と強く痙攣したあと、糸の切れた人形のように倒れ伏す。芽音。俺は自分の喉から、割れるような酷い悲鳴が溢れ出るのを聞いた。
同時に0.1キュビト魔導砲が壊れ、小規模な爆発を引き起こす。暗黒騎士が顔を覆ってバックステップ。大きく距離を取る。
今がチャンスだと、荒らされた花のようになってしまった恋人へと駆け寄る。
「芽音、芽音……!」
芽音の背中に、鮮血の花が咲いている。あふれ出す血の量が尋常じゃぁない。
抱き起した彼女の顔は真っ青だった。乱れた髪の根元からも、赤い糸が垂れている。
致命傷――とまではなんとかいっていない。だが、無事だ、命に別状はない、とは絶対に言い切れない。
何と声を掛けたらいいのか分からない。畜生、どれだけ馬鹿で弱くて役立たずなんだ、俺は。芽音のことを守りたいと思ってながら、彼女に守られ、傷つけてしまった。
最低だ。最低で最悪な先輩で、最低で最悪な彼氏だ、俺は。
「酷い顔、してますよ、先輩……鏡を見て、自分の見た目を直してから抱き起してください……」
「馬鹿ッ! んなことしてたら、間に合わないかもしれねぇだろうが!」
「馬鹿は先輩、です……死ぬほど痛いですけど、死にはしないです、から……ちょっとくらい、落ち着いてください。不安そうな先輩を見てたら、私まで、不安に……女の子を不安にさせるなんて、最低、ですよ」
そんな最低な男に、芽音は優しく、本当に嬉しそうに微笑むのだ。やめてくれよ。そんな顔、しないでくれよ。
「せん、ぱ……今度は、私……先輩のこと、守れ……かはっ、ました、よね……?」
「守れた、守れたから!」
なんで、と問いかけるのは失礼だと思った。彼女をもっと不安にさせてしまうと思った。だから彼女の言葉を肯定する。それだけしか、できなかった。
「よか……っ、た……」
桜の花が散る様な、儚い笑顔がこぼれて消える。
芽音の身体から力が抜けた。気を失ったらしい。罪悪感があとからあとから湧いてくる。何もできなかった自分をぶん殴りたい。安心させてやることすらしてやれない、愚かで間抜けな俺のことを。
くそっ、後悔してる時間がない。何か対処方法を考えなくては。小さい傷はすぐにギアが直してくれるが、背中の切り傷や火傷は時間がかかる。ああくそ、こういうときどうすればいいんだ。もっとまじめに保健の授業を聞いていればよかった。
というかそれ以前に、この戦場から離脱しないと。
紫色の魔族騎士は、既に次の攻撃を放つ姿勢を取っている――。
「――Viard」
「ぐっ……!」
まずい。
あの燐光はさっきのと同じ技だ。今度こそ食らったら大変なことになる。具体的には芽音は死に、俺は大怪我でこの場から動けなくなるだろう。やがては俺自身も命を落とす。
特に前半が最悪だ。エンブレーマギアには極めて短い時間で装着者を癒す力があるが、それでも死人を生き返らせることはできない。芽音を喪うのは絶対にいやだ。ましてやそれが『俺を守るため』なんていう、あの夜の約束の延長線上にあるのなら余計に。
時間稼ぎが必要だ。それから、逃走ルートの確保。
前者は芽音のギアが彼女を癒し、命の危険から遠ざけてくれるだけの時間。
それから後者は、俺たちがなんとかしてアプラ・エディナに戻り、アイヴィーさんに状況を説明できるようにするための道だ。
一番簡単なのはどこかに隠れて、『暗黒騎士』をやり過ごすことだろう。だが周囲には深い森こそあれど、メタルヴァイオレットの鬼から完全に姿をくらますには不十分だ。規模が小さすぎる。すぐにでも探し当てられてしまうだろう。追撃の可能性を無くすには、『追撃の必要はない』、と思わせなければならないのだ。
つまり「俺たちは死んだ」、と誤認させて、おまけに、なんとか生き残るための方法を見つけるべきなわけである。
自分で考えたことではあるが、流石に無理ゲー過ぎやしないか!? この森と崖と川しかないような荒山で、最強魔族の追撃を振り切るだけの生存ルートなんて、それこそ異能生存体でもなければ切り拓けないだろ!
……でも。
やるしかないんだ。
意識を失った芽音を、ぎゅっと抱き締める。額から流れ落ちる血が、彼女の白い肌を赤く染めていく。痛々しい……人が傷つく様子を見るって、こんなに悲しくて悔しいんだ、と、今更ながらに思ってしまう。芽音が強情にも俺を守ろうとしてくれた理由がよく分かる。
今度こそ、俺が君を守る。守ってみせる。
「Kairvo? Muf……」
魔族の騎士はどこか残念そうに、銀の大剣を高く掲げる。こいつ、俺たちに見せた最初の感情がそれって、随分ひどくねぇか? もうちょっとこう……さ、反抗的な目つきを見せる敵対者に敬意的なものを払って欲しい。
くそ、こんな減らず口叩いてる場合じゃねぇ。何か芽音と俺を救うための方法を思いつかないと。ワケの分からない相手に一方的にボコられてヒロインを喪うとかいう、ダークファンタジーにありそうな展開は絶対に嫌だ。
そうだ、お約束展開なら逆にお約束を辿ってしまえ。この状況で使えそうな異世界サバイバルのお約束知識。そういうの色々と蓄えてんだろ。考えろ、考えろ俺――!
――いや、待てよ?
そういや上空からこの辺りを見たとき、凄い崖の数が多かったんだよな。谷、って言った方が良いのかもしれないけど……崩落したらかなり深いところまで真っ逆さま、なーんてことになっちゃいそうな。
そういうところに落ちたら大体復帰できないわけだけど……逆にそれが、生存を示唆する要素になる展開を何度か見た。
悪役や、今の俺みたいな無能系キャラが辿る展開の常とう手段だ。所謂『高所落ち』とか『ダンジョン落ち』って言われるやつ。大体パワーアップの布石として使われるこれは、れっきとした『生存フラグ』っていうやつだ。理論的にどういう状況なのかは知らないが……でも、この状況を切り抜けるための手段の一つではある。死を偽装し、時間も稼げる最善手の可能性まである。
丁度あつらえたように、今俺たちが倒れている場所……ここが崩落すれば、下の崖へと真っ逆さまだ。
こんなところでお約束頼みとかいう、一種オカルトに近い手段を取ることになるのはちょっとまずい気しかしないけどな! 危険性はトップレベル。そもそもこの世界がお約束だけで動いてるなんてことはあり得ない。「よくある筋書き」だから「そういう法則」でもあるのかと勘ぐってるだけで、それ以上では全くないのだ。
でも、試す価値はある。
イチかバチか――行かせてもらおうじゃないか……!
「Neish」
振り下ろされた大剣が、魔力の刃を解き放った。
その赤黒い光に、寄り添うようにジャンプする。
大地が割れる。
切り立った崖が崩れ去る。
「う、ぉ、ぉ、お、お、おおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
絞り出すように咆哮しつつ、俺は芽音をぎゅっと抱き締めた。
嫌な浮遊感が、全身を包む。
直後――俺たちは、昏く顎を開いた谷底へと、真っ逆さまに落下した。
***
暗い虚へと姿を消していく、少年と少女。彼らが完全に見えなくなったところで、紫色の騎士はちいさくため息を吐く。
なんと無意味な戦だったのだろう。想定外の事態に咄嗟に対応してしまったが、最善手を選ぶならば自分は即座に逃走するべきだった。
「お見事です、レアリエ様」
「……見ていたのですか?」
「ええ……追いますか?」
ふいに背後の空間が歪み、自分と同じ『オーマギア』を纏った騎士が姿を見せた。問いかけは少々バトルジャンキー気味。副官、あるいは近衛としては有能だが、同胞たちを纏める立場としてはいささか不適切な男だ。自分たちの役割は本来、人間種族とぶつかり合い、血と血で未来を洗うことではないのだから。
ギアのフルフェイスマスクに手をかける。かしゅり、という快い音と共に、ヘッドギアが展開。内側から、菫銀色の長い髪の毛が溢れ出る。風ではためいてちょっと厄介。そろそろ切ろうかな、とも思うのだけれど、この髪の毛まで切ってしまったら、ただでさえ戦闘マシーンじみている自分が、もっと機械になってしまいそうで伸ばすのをやめられない。
美しい顔を少し歪めて、少女は近衛に返答する。
「……不要です。これ以上追撃して、『アレ』が目覚めても困りますから」
「では」
「ええ。間違いなく埋まっています、ここに」
少女は嘆息を交えながら告げる。できればそうあって欲しくはなかった。かつて自分たちの祖先が成したこと。それが無駄ではなかったのだと証明して欲しかった。そのくらいの誠意は、この世界の住人達にもあると信じていた。
だが真実の程はこれだ。
どうせなら『アレ』を目覚めさせて、ノインローカの全てを火の海に沈めてしまう……そういうのもいいか、と思えてしまう。だがそれでは駄目だ。同胞たちが望んでいるのは、そんな未来ではあるまい。
「攪乱作業、お疲れさまでした。生き残った兵を招集しなさい――帰投しますよ」
「はっ」
沸き起こる怒りとやるせなさを胸に、少女――レアリエ=バイザク=ハルカゼは、もう一度小さなため息をついた。




