第十一話『なんとかの足音が聞こえてくる』
堆く積まれた白い紙束のせいで、全くさっぱり前が見えない。何でも『ドラゴニック・クロウ』の運用試験の結果に纏わる書類らしいが、ちょっと多すぎやしないか、これ。
隣を歩くアイヴィーさんは、「はいはい、文句言わないの。平衡感覚を研ぎ澄ます訓練よ」とか言いながらへらへら笑ってるけどさ……。
「ぶっちゃけこれただの雑用係じゃないっすかね」
「あっはっはー、バレた?」
「やっぱり雑用係なんじゃないですか!!」
思わずデカイ声が出た。整備作業をしていた技術班の人たちが、何人かびくりと肩を震わせた直後、じろりとこちらを睨んでくる。いかん、集中の邪魔をしてしまったようだ。気を付けなくては。
スキルランク銅以下の異世界人で構築された、言ってしまえば落ちこぼれ隊の結成が通達された翌日。部隊員たる俺たち――具体的には俺、芽音、綾鷹の三人は、アイヴィーさんに連れられて、エンブレーマギアの格納庫へとやって来ていた。より正しくは『換装室』と言った方がいいかもしれない。何せエンブレーマギアの素体たるギア・フレームは魔力で編まれた仮想物質。実際に金属製のパーツとして整備・保管が必要なのは、外側に装備するアーマーの方だからだ。
アニメで見るようなハンガーに吊るされた、モスグリーンの具足。目で見て数えられるだけで、凡そ十四セットある。アイヴィーさんが率いるギア使いたち、その一人一人にあの鎧が用意されているのだ。
その表面を、別種のエンブレーマギアを纏った整備士たちが点検していく。こちらは見るからに工業用、といった趣の装備。パイロットが「強いられているんだ!」とか叫びそうな色合いと形状である。いや、本当のところ技術班は志望制らしいんだけど。
現状の俺たちの役目は、その技術班のサポート、ということになるらしい。冒頭で愚痴った通り、内容は書類やら金属やらを運ぶといったただの雑用である。しかしこれらの一見関係なさそうな行動にも、アイヴィーさんに曰く、エンブレーマギアとの親和性を高めたり、スキルの使い処を覚えさせ、ランクアップを計る目的があるとのこと。本当かよ、と一瞬疑いたくなるが、他に取れる手段があるわけでもねぇからなぁ……実際、作業はギア・フレームを展開した状態で行っている。俺のまるで鍛えられてないひょろっちい腕で、大量の書類を疲れなく運べているのはそういう理由だ。
そうそう、銀級不良グループとの戦闘でバッキバキにやられてしまった俺の両腕だが、無事に後遺症もなく完治した。すげーよな、二日だぜ。エンブレーマギアには、デフォルトで装着者の回復力を引き上げる力がある、っていう話だったけど……ここまで強力だとは思わなかった。
まだまだ色々と、エンブレーマギアについては分からないことが多い。この訓練と題した雑用の中で、その辺を掴んで行ければいいんだが……アイヴィーさん? なんです、そのしまった、とでも言いたげな顔。ころころ表情を変えないでください。余計不安になるでしょ……って、
「どぅわ!?」
いかん! 何かに足ひっかけた! さっきの七変化顔はこれへの警戒を伝え損ねたせいだったのか!
まずいまずいまずい、今ここで態勢崩したら書類がバサーってなる漫画みたいな展開に……!
ところが、予想していた転倒は起きなかった。視界下方、つまり書類の山に隠れて死角となっていた場所からにゅっと伸びた白い腕が、「ほっ」という軽快な声と共に俺を支えてくれたからだ。おかげで書類が散乱することもなく、数枚はらはら落ちるだけで済む。
「ちょっと春風パイセン、注意力散漫ですよぉ」
「っと……綾鷹か。助かったぁ」
聞こえてきた声は綾鷹絢のものだった。彼女はそのまま俺から書類を受け取ると、近くにいた技術班の男性にバトンリレー。どうやら知らないうちに、目的の場所に到着していたようである。整備中のドラゴニック・クロウが、天窓から射す陽光を反射し、マッドブラックの煌きを見せている。改めて見ると、格好いい形してるなぁ……肩口から両腕までを被う巨大なガントレット・アーマーは、どこか翼を広げた鳥のように見えなくもない。
ふと足下を見れば、そこにはドラゴニック・クロウの予備パーツと思しき物体が散乱していた。あー、さっき引っかかったのはこれだったのか……もちっと綺麗にしてくれてると、俺も大分助かったんだがなぁ。まぁ、現場にそれを強制しても色々と酷なだけだ。綾鷹のいう通り、注意が足りてなかったのは真実だしな。
それはさておき、さっきから当の綾鷹が視界の隅でがちゃがちゃとうるさい。一体何をやっているんだろう、と思ったら、ギアの装甲板の余りを使って、蜘蛛の足みたいな形の鎧を組み立てているところだった。長く、骨を思わすその筋に、小さな短剣のようなパーツが無数に並んで、完全に節足動物の足である。
「なんじゃそりゃ!?」
流石に声が出た。えっ、何あれ、短時間でここまで組み上げたの!? だとしたらとんでもない技術だ。こいつ、ただのマッドサイエンティスト気質JCじゃぁないぞ。
その畏怖を感じ取ったのだろうか。綾鷹はくるりと振り返り、変にキラッキラした笑顔を向けてきた。あっ、これは変態の笑みだ。似たような表情俺もするから実によく分かった。
「えっへっへー、凄いでしょ? 可愛いでしょ? 最高でしょ? 技術班の訓練の一環で、装甲を一つ、自由に改造させてもらえることになったんです! パイセンもモデラーなら分かるでしょ、この造形の素晴らしさ!」
「いや流石に理解できねぇわ。技術面が凄いのは分かるけど、こうグラフィック的な良さはさっぱり……」
「えぇー、パイセン酷いー……」
大体俺はゲテモノ要素があるにしても正統派、王道を征く大型腕あたりで趣味が止まるんだよ。クリーチャーめいたキモカッコよさにはあんまり共感できない。悪くはない、とは思うんだけどね……俺の拳が真っ赤に燃える某作のラスボスとか結構好きだし……。
全然関係ないけど、綾鷹の呼び方に関しては「さんづけされると堅苦しくて面倒いので、呼び捨てでいいですよー」と言われたので呼び捨てとなっている。俺としても気が楽なので、お言葉に甘えさせてもらっている。綾鷹の方からのノリもどんどん軽くなっていってる気がするが。こう、なんだろう。敬意みたいなものが毎秒喪われて行ってるような?
まぁ、変に気を使われるよりは、ある程度友達感覚みたいな接し方を後輩とはしていきたい。特に芽音とは、このまま何も問題なければ、十年くらい後には、その……家族に……。
そういや芽音はどこに行ったんだろう。ギア整備の手伝いに呼ばれて、ハンガーの方に文字通り飛んで行ったのは覚えているんだが、そこから先の消息がさっぱり。
きょろきょろと周囲を探してみる。愛しのマイエンジェルは何処へ…………この言い方似合わねぇな俺。いや、なんとなく察してはいたんだけど。
すると、丁度俺の真上の辺りから、鋭い叫び声。直後、尾を引く悲鳴と共に、天井から芽音が落っこちてきた。うおぁぁぁっ!? 堕天!? マイエンジェルの堕天か!? イザヤ書第十五節!?
咄嗟に手を伸ばして芽音をキャッチ。病み上がりの腕に響くじーん、とした感触はあったのだが、思っていたほどの衝撃は来ない。ギアを使っているせいもあるんだが、芽音本人がやたらと軽いのだ。あの体形にこの体重……本格的に二次元体形だなこいつ……。
「ひゃうっ……」
すぽん、と俺の腕に納まる瞬間、妙に可愛らしい変な声を上げる芽音。目を見開いたまま動かなくなってしまった。おーい、芽音さん?
「お、おい。大丈夫か?」
「だ、大丈夫、です。すみません。作業中に、足を滑らせてしまいまして……」
腕の中からすとんと降りつつ、彼女は恥ずかしそうに眼を伏せる。あまりの可愛さに色々と無視しかけてしまったが、彼女の陥っていた状況は結構危ない。今はなんとかキャプチャーできたけど、ハンガーの上から格納庫の地面までは、下手をすれば落下後、叩きつけられて大怪我するほどの距離がある。ぞっとしない。
「なぁに? 昨晩のお楽しみのせいで、足腰立たなくなっちゃった、ってワケ? どんだけ激しかったのよ」
「違います! いえ、確かに昨夜の先輩は、手が使えるようになったせいかここぞとばかりにしつこく激しく奥の方ばっかり……ってそうではなく」
その節は大変ご迷惑をお掛けしまして……い、いや、言い訳をさせてほしい。
一昨日の夜、俺たちの初体験は、この両手が使えないばっかりに、芽音にばかり負担をかける形となってしまった。だから今度は俺が攻めたかった……じゃなくて、俺が芽音を気持ちよくさせてやりたかったのだ。それで結構、こう……激しく攻め立ててしまいましてですね。そうしたら、その……啼き惑う芽音の色気が凄すぎて、理性の回路が焼き切れまして……はい、完全に自分の責任です。本当に申し訳ありませんでした。
芽音はちょっと不貞腐れた様子で、事のあらましを簡潔に説明する。
「単に着地に失敗しただけです。やっぱり、上手くギアが扱えないみたいで」
「ちょっと意外だよなぁ……芽音、こういうの得意なイメージあったから」
「そう……ですよね。ごめんなさい、期待に応えられなくて」
「や、そういう意味で言ったんじゃなかったんだけど……こっちこそ、すまん」
あー、くそ、急に空気が重くなっちまった。なまじ関係性が深くなったせいか、俺の言葉の一つ一つが、彼女に与える影響まで大きくなっている気がする。それが悪い、とは思わないけど……俺も色々、考えて発言するようにしないとな。
「ふぅん……」
そんな俺たちの間の空気を感じ取ったのだろうか。綺麗な顎に手を当てながら、アイヴィーさんがなにやら思案顔。
「ねぇ、心当たりとかある? ギアの操作が苦手な理由に」
「一応は……多分、イメージが掴めないのが原因ではないか、と。自分が鎧を着て、自在に空を翔る風景が、どうしても脳裏に描けず……」
後者に関しては高所恐怖症の影響な気もするけどな……まぁ、ここは彼女の名誉の為に黙っておこうと思う。俺基本的に気が利かないから、そういうところの線引きははっきりできるような彼氏になりたい。
「あんた見るからに頭良さそうだしねぇ。仕方ない、ってところか」
「頭の良さとギア操作の得手不得手に関係が?」
「知らないわよそんなの。統計も研究見たことないし。でも『良すぎる』なら話は別。ある程度どんな行動にも知識と頭脳で説明がついちゃうから、説明がつけられない要素にめっぽう弱くなるのよ」
何かどっかで聞いたことあるぞ、その理論。
「要するにあんたの頭脳は今、エンブレーマギアの利用について、『情報不足につき操作不能』、っていう判断を下してるわけ。『ギアを扱いこなす理論』が自分の中で完成してないから、体の方も上手くついてこない」
つまりあれだな。『人間が空を飛べるはずがない』、と考えているうちは、魔法少女であっても空を駆けることはできない、っていう話と同じだ。芽音はただでさえ飛行機が苦手なタイプの子だし。それは逆に言えば、芽音が意識を変えるだけで、ギアを操る技術は飛躍的に伸びるかもしれない、ということを指す。
「……私自身の中で、理論の完成を……」
ぽつり、と呟く彼女の表情は、どこか虚ろで、焦燥感さえ感じさせる。
むぅ……難しい話だ。急がなくてもいいんだぞ、と声をかけてやりたいところなのだが、芽音自身は今、『急ぎたい』と思っているのだろう。一昨日の夜の会話でもそう言っていたが、彼女は本気で俺を守れるようになりたがっている。俺としては自分の身は自分で守るつもりだし、あわよくば芽音も守らんとするところではあるが、それは芽音の決意を揺るがす理由になり得ないのだ。
あくまでも芽音は、彼女自身の『我儘』で、俺を守ろうと誓っているのだから。
……また、嫌な雰囲気になっちまった。ああもう、人間の感情ってのは色々と厄介だなぁ。
「相変わらず学の浅い、感覚に頼った理論展開だな、レアレント中尉」
その沈黙を破るかのように、重く、威圧的で、耳障りな声が響いた。くそ、気分まで嫌になってくる声だ。
「誰が馬鹿ですって!?」
「そこまでは口にしていないが」
反射的に声を荒げたアイヴィーさんに、対照的な冷たい声が放たれる。
こつん、こつん、と重苦しい足音を伴い、共和国軍総帥、デイヴィッド・ラジヌスと、バルアダン共和国大統領、シビュラ・バルアダナが格納庫に姿を見せた。げぇっ、嫌な所で出てきたな。出来れば至近距離で会話したくないタイプの手合いなんですけどこいつら。
しかし硬直する俺には、『駒』としての利用価値がないためだろうか、一瞥もくれることなく、二人はガレージ内で作業をする整備士たちに視線を向ける。
「こんにちは、皆さん」
ひらひらと手を振る、紙細工のように儚い少女。一週間ぶりに見る大統領シビュラは、初日のときよりは幾分か余裕がある様に見えた。見た目の年齢にそぐわぬ妙な魔性の気配が、技術班の男たちを虜にしていく。見る見るうちにだらしない顔の整備士集団ができあがりだ。うーん、元王女の魔力、おそるべし……俺? や、俺には芽音がいるので。
文字通り一皮むけたことで何か精神性が変わったか、と問われれば、この一点に集約する気がするなぁ。異性からうける誘惑系の精神ダメージに、やたら強い耐性が付いたのだ。前なら顔を真っ赤にしていたであろう要素、例えば無防備に太腿をさらして涼むアイヴィーさんとか、そういう場面に遭遇してもさして動じなくなった。
そのアイヴィーさんは、シビュラに対して極めて不機嫌に接していた。直接の上司、それも元王女様に対してその態度は大丈夫なんだろうか、と思ったのだが、大統領は大統領で楽しそう。うーん、嫌な笑顔だ……。
「お姫様と軍部の黒幕が、こんなガレージに何の用よ」
「まぁ。『こんな』などと謙遜する必要はありませんわ。レアレント中尉と『ナイト・メア』は、『グロウ・タイフォン』が喪われた今、間違いなくこの国のトップエースですから……そのレアレント中尉が属している部隊の格納庫もまた、最も価値ある施設です」
やっぱり人を人と思わない価値観は、この子がもともと持っていたものなのかもしれないな。出された名前はアイヴィーさんの地雷を踏んだのか、滅茶苦茶嫌そうな顔をされている。
あ、因みに『ナイト・メア』っていうのはアイヴィーさんのエンブレーマギアに付けられた固有機体名だ。
バルアダン帝国において、エンブレーマギアは大抵、展開率が最大となり全身鎧と化した時点で、共通の装甲を与えられる。正規軍で採用されているそれは『シール・ディ』というらしいが、その中でも特に進化したフレームや専用の装甲を取り付けられたギアには、他のものとは異なる特別な名前が授けられるのだ。
ロングバレルの魔砲に専用の近接武装、そして強靭なスラスターを備え、かつて『魔砲少女』と呼ばれたギア使いの相棒には、『悪夢』の名が冠せられていた。彼女の部隊のメンバーにも、何人か固有機体名を持ったギア使いがいる。地球人部隊の方にもちょいちょいいるとかいないとか聞いた。
だが『グロウ・タイフォン』なる名前のギアは、風の噂にすら聞いたことがない。その名前を出された瞬間、アイヴィーさんがさらに機嫌を悪くしたあたり、もしかしたらその使い手は、もう。
「最ッ高に気持ち悪い持ち上げ方。要するに『激励』に来たってわけね」
「その通りだ」
デイヴィッドは鷹揚に頷くと、鋭い目つきでガレージ内を睥睨する。
「共和国領北部に陣を敷いていた魔族軍に動きがあった。近々襲撃が来ると推測される。レアレント中尉、並びに君の率いる全部隊は、異界人部隊と協力してこれに当たれ」
げっ、何か明らかに風向きがやばくなってきたぞ。
このタヌキオヤジがぬかしてること、それってつまり――
「戦争だ。戦争が、始まるぞ」




