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第十話『人間枷が外れると色々自重しなくなるものだ』

 スズメにも似た小鳥の鳴き声が、窓の外から聞こえてくる。どこの世界でも生きてる動物ってのは大体同じようなものなんだなぁ、みたいなどうでもいいことを思いつつ、俺はゆっくり瞼を開いた。

 そしたら目の前に芽音のやたら整った顔があってぶったまげた。びくり、と全身が震え、ベッドがぎしっと大きな音を立てる。

 昨晩さんざんこと至近距離で見つめた顔だが全ッッ然慣れる気がしない。パーツ一つ一つの造形が異様に美しいことに、改めて感嘆のため息をついてしまった。睫毛なげー……ほっぺもすべすべぷにぷにだ。雪みたいな肌、っていう表現があるけど、まさにそれっていうか。

 

 今はこの可憐極まる容姿の全部を、俺が独り占めできるんだよな……よく考えなくてもすげぇな。無事に朝を迎えられたことが怖いくらいだ。俺が想像している以上に、俺自身のリアルラックは高かったらしい。


 とかなんとか思ってるうちに、その瞼がぴくりと震える。ゆっくり開いた瞼の下、黒玉みたいに真っ黒な瞳が俺を捉えると、芽音は僅かに口角を上げ、愛らしく微笑んだ。


「……おはようございます、先輩」

「お、おはよう……」


 若干どもりながら返すと、芽音の方も恥ずかしそうに頬を染めながら、目線を落とす。真正面から見つめ合っていられない。

 な、なんだろう。めっちゃ緊張するな。まぁ、あれだ、昨晩あんなことやこんなことがあった後だからな、うん。

 

「その……大丈夫か?」

「ちょっとまだ、お腹の辺りに変な感触がします」

「す、すまん。加減ができなくて……」

「全くです。夜の先輩は、抑えの利かない獣か何かですか」

「ぐぅ……返す言葉もない」


 くすくすくす、と笑う芽音。どうやら本当に罵られた、というよりは、いつものような冗談だったらしい。うーん、この手の反応をされるのが嬉しくなりつつある俺がいる……意外とマゾ適性高いのかなぁ。

 そんなどうでもいい疑問に内心首を捻る俺を、芽音は今度こそ、しっかりと見つめ直した。掛け布団の下で白い手がもぞもぞ動いて、彼女自身の下腹部を撫でる。


「でも、この甘い痛みは……嫌な感触じゃありません。先輩と繋がれたことの、証明みたいで。何より、その……気持ちよかったですし」


 にこっ、と。ちょっと困ったような笑顔。


 かっ……わいいなこのぉおおおッ!


 あー駄目だ、顔が勝手ににやけるのを抑制できない。今最高に気持ち悪い笑みを浮かべてるのが自分でもよくわかる。芽音が「そんな変な顔しないでください。にらめっこのつもりですか?」とか続けたから間違いない。


 芽音の白く細い肩がちらりと覗けて、今更ながらに心臓の鼓動が早くなった。布団を捲れば彼女の均整の取れた裸体と、俺のまるで鍛えられていない体、それから白いシーツに付着した初体験の証(あかいろ)が確認できる。恥ずかしいからしないけど。

 おまけに室内には脱ぎ捨てられた寝間着と下着が散乱していた。ここまでくれば、まぁそのなんだ、色々と察してもらえると思う。

 昨晩、芽音の告白に端を発して、ただの先輩後輩から、嬉しい事に恋人関係に発展した俺たちであるが、なんかこう……ここでは書けないようなことが色々あって、結果として一線を越えた。直で見る八十のボリューム感と柔らかさは、ちょっと刺激が強すぎて、今思い出しても鼻血が出そう。


 つまりこの状況は、所謂『朝チュン』というやつなわけである。

 ゲームやラノベじゃよく見かけるけど、まさか自分自身が体感することになるとはなぁ……ちょっとしみじみ、己の数奇な運命について考えてしまう。

 ちなみに法規的に大丈夫なんだろうかと若干不安になってしまったが、流石異世界、結婚適齢期は十三歳から十八歳とのことでしたので……ええ、多少は……。


 畜生、やっぱり対面のままずっと見つめ合うの無理だわ。すっげぇ恥ずかしい。ここで目ぇ逸らしたら一生慣れることが叶わない気がするけど、でも勘弁してほしい。


 逃げるように視点を変える。するとベッドの接している壁、そこにかけられたシンプルな時計に目が行った。エンブレーマギアなんてものがある世界だ。こういう機械方面の技術は、モノにもよるが結構発達している。アナログ時計は結構地球のそれに似た奴があって、この部屋にデフォルトで置かれていたのもそのうちの一つだ。

 針は時刻が、八時を越えたあたりであると、俺に向かって教えてきた。ちょっと寝坊したかもしれない。まぁ昨日寝たのが大分遅かったことを思えば、及第点って感じかもな……お互い初めてだった上に、俺に至っては現在両腕が使えない身。芽音には大分負担をかけた。


「……そろそろ起きるか。朝飯、食いに行こうぜ」

「はい」


 こくり、と頷く芽音。所作が昨日までより一層可愛く見える。単にフィルターが掛かっているだけなのか、それとも女性ホルモンの分泌が促進されて本当に可愛くなっているのか。どちらにせよ心臓に悪い。顔面を被ってベッドの上をごろごろ転がりたくなる。

 いかな一皮むけて男になったとはいえ、昨日今日の話である。大して心持ちとかそういうのは変わらないわけです。ええ、まぁ有体に言ってしまえばクソ非モテ男の精神は中々抜けていかないわけですよ。

 ですからね、こう……人生初の彼女っていう存在がね、もううざいくらい可愛くて可愛くて、その愛おしさを全世界に向けて伝えたくなるわけですわ。まぁ流石に自重するわけですけども。ええ、惚気話ばっかりしてると各方面からの人気が下がるっていうし、二人の未来にもあんまりいい影響がないって聞く。テンションの上げ過ぎは確かによろしくない気がするな。


 と、もぞもぞと起き上がった芽音が、俺の顔をじーっと見たまま、動かなくなった。おう、どうしたどうした。そんなに魅力的な顔してたっけ俺?


「……恥ずかしいのであっち向いててください」

「えっでも昨晩全部見――」

「それとこれとは話が別ですっ! 全く、気が利かない人ですね!」

 

 前言撤回。自重やめるわ。

 全世界の皆さん、俺の彼女が死ぬほど可愛いです。


 

 ***



 もぞもぞと芽音が立てる衣擦れ音に、変にドキドキすること数分後。俺たちは遅めの朝食を摂るべく、同じ建物の中に設けられた、大食堂へと赴いた。幸いなことに食文化はそう大きく地球と変わっておらず、高級ホテルの朝飯みたいなのが出てくる。


 途中、芽音が自室まで着替えに戻る一幕があった。まぁ流石にパジャマのまま食堂行くわけにはいかないからな。うーん、それにしても関係性が変わってから改めて制服姿を見ると、なんというか、こう……良いな。すごく良い。

 駄目だな、一回そういうラインを超えてしまうとなんでもかんでもピンク色の方面で考えてしまいそうになる。自粛せねば……。


 幸せな悩みだよなぁ……つい昨日の朝までぴょんぴょこ跳ねても言うことを聞かないスラスターにイライラしてたやつの思考とは思えないぜこれ。死亡フラグかなんかなんじゃないかと思えるほどだ。


「あっ、来た! お二人さん、おっはようございまあわわわっ!?」


 食堂に入ると、明るい挨拶と共に凄い勢いでずっこける変な……げふんげふん、不思議な女の子がいた。太い三つ編みにした焦げ茶色の髪と、ちょっとぼてっとした感じの黒ぶち眼鏡がよく目を惹く。

 彼女は椅子に足を引っかけたままひっくり返って、そのまま数秒ほど起き上がってこなかった。伸びている。一瞬場を和ませるための演戯か何かかと思ったが、どうやら素と見えた。天然系、というやつだろうか……?


 あ、でもこいつの顔、見覚えあるぞ。それこそ――


「えっと……確か昨日の」

「はいな! 綾鷹絢ですっ! 中等部三年。よろしくお願いしまーす!」


 そう。

 昨日、萩野を始めとする銀級不良組から切り付けられた女の子……たしか桜井さんといったか、彼女を抱き上げていたのが、この綾鷹さんだったはずだ。中等部三年となると、芽音とは同じ学年である。


「ってことは知り合いなのか」

「クラスメイトです、一応」


 若干苦手意識でもあるのか、彼女にしては珍しく、「面倒くさい」と顔に出した芽音。まぁ綾鷹さん、見るからにテンション高いからな……疲れそう……。

 しっかし……なんかこう、凄く選ばれそうな名前してんなこの子……何に選ばれるんだろう。勇者? でもどっちかっつーとメカニックみたいな顔してるんだよな。博士枠というか。


「一応とは冷たいですな凍月氏ィ。春風パイセンの話について行きたいからってお薦めのロボットアニメだとか某人気シリーズでとっつきやすいのはどれかとかそういうのを、教室で細かく質問してきた日のことを、拙僧一日たりとも忘れていませんよ!」

「その話はしない約束だったはずですが?」

「イエスマム」


 どっちかっつーと変態博士マッドサイエンティストの方向だった。中々個性的な子のようである。ただ、悪いやつではなさそうだな……芽音のさっきの表情も、苦手な奴にあった、というときのものよりは、気心の知れた友人に見せる素の面ととらえた方が良さそう。まぁ俺のことも似たような調子で罵って来るしな……。


 しかし今の話を聞く感じ、芽音のメカ知識は彼女から仕入れたもののようだ。時々変に偏ってたのはそういうことだったのね。


「綾鷹さんはメカ方面明るいんだ?」

「そですよ~それはもう! こう見えても私、リアルロボットやら銃と機械のファンタジーやらについて語らせたら、それなりにお時間を頂くことになるタイプの女ですので」

「ほう」

「なんやかんやありましたけど、個人的にはこの世界に来れてラッキー、って感じです。かっくいいメカはありますし、自分で触れますし!」


 なんと、男のロマンが分かる人物であったか。いや、その辺のロマンに性別など関係ない気もするが……まぁ、あんまり女の子で興味を持ってくれる人は少ない偏見があるのは確かだわな。芽音も模型部に入ってしばらくするまで、メカ系アニメ文化への興味はさっぱりだったし……意外と話が合うかも。


「特に自分で改造ができるっていうのが最高ですね。外側の加工が自由自在……ぐへへへ、どんなゲテモノボディにしてやろうかな……」


 前言撤回、やべーやつだわこいつ。話が合わないというかついていけないタイプだ。


 ……視線を感じる。隣を見れば、芽音がわずかに不満そう。黒い瞳には非難の色が見え隠れした。目を合わせると、ぷいっと逸らされてしまう。なんだなんだ。


「……どったの?」

「いいえ、何でもありません。先輩が付き合い始めたばかりの彼女をほったらかして、すぐに別の女の子と仲良くする最低な人だってことくらい予想してましたから。ええ」

「ごめんて」


 こういう時は平謝りに限るってじっちゃが言ってた……気がする。うん。察しの悪い先輩でごめんな。

 しかしあれだな……やきもちを焼く芽音を見ていると、ああ、俺たちの関係性は変わったんだ、っていうのがはっきりわかって、なんか変な気分になるな。ちょっと嬉しいような、少しだけ不安なような。


 そんな俺たちの様子を、綾鷹は変な顔で見つめている。


「へぇー、ほぉー、ふぅーん……?」


 ……なんだろう、凄い嫌な予感がする。

 こう、俺本人に経験があるわけじゃぁないんだが……ラブコメもののお約束というか……俺が散々こと蓄えたポップカルチャーの知識が警鐘を鳴らしている。


「これはこれは、わたくしとしたことが気配りが足りず大変申し訳ないことを……お二人におかれましてはご卒業おめでとうございます。凍月氏、お赤飯ないけどそれでもいい?」

「そういう! ことを! 公衆の目前で! 言わないでください!!」


 耳まで真っ赤になって叫ぶ芽音。声量を抑えているあたり本当に恥ずかしがっているのだろう。是非も無し。綾鷹さんがにんまり笑顔……笑顔? 笑顔か、とりあえずそんな感じの顔で言い放ったのは、公序良俗のぎりぎりまで踏み込んだ発言だったから。

 俺の方まで恥ずかしくなってきた。誰にも聞かれてないっぽいから良かったものの、これが多くの生徒達の耳に入ったらどうなることやら。

 

 芽音は男女問わず人気者なのだ。それが俺なんぞと心も体も重ねたなんて知ったら、一部からは暴動が起きるかもしれない。これは自慢ではなくわりとガチの恐怖だ。おおっテリブル!


「おーっす、おはよう……ってあれ?」


 そんな状況に一石を投じるが如く、アイヴィーさんがやってきた。大食堂自体は地球人だけでなく、バルアダン共和国正規軍の人たちも使う。でもこの時間に顔を合わせるのは初めてだな……それにツナギでもラバースーツでもなく、ちゃんとした軍服姿だ。ジャケットの襟元に付いた階級章が眩しい。

 あと今さっき見たばかりのそれと同系統の、ニヤニヤ笑いもまた眩しい。


「なんだ二人とも、やることやってんじゃん。この間全然全くさっぱりそういう関係じゃないって言ってたのはどこのどいつだっけ」


 何でこう、この人たちはそういう変化に敏感なんだろう。経験則なのか、勘が鋭いだけなのか……俺たちが分かりやすすぎるだけな気もする。特に俺が。


「まぁ……昨晩から、そういう関係になった、ということで……」

「やるじゃーん、間抜けそうな面構えしておいて結構手が早いの、おねーさん嫌いじゃないわよ」


 人懐っこく笑うアイヴィーさん。その言葉に変な対抗意識でも覚えたのか。芽音がむすっとした表情で、俺の左腕を抱きしめる。いかん、ふにっとした柔らかい感触に昨晩の記憶が……というか芽音さん? 俺忘れがちですけど今両腕大怪我してる状態ですからね? あんまり締め上げられるとね? こう……幸せの前に痛みが……あたたたたっ!


「……私のですからね」

「そんな顔しなくても盗ったりしないっつーの。第一顔が好みじゃないし」


 真正面から言われると大分傷つくな……?

 芽音の可愛さとアイヴィーさんの辛辣な物言いが酷い温度差を生み出している。理科の実験に使うビーカーならそろそろ粉々に割れていてもしかたない。あれ結構怖いんだよなぁ、急にぱきんとか言って砕け散るんだもん。


「まあ冗談はこの辺にしといて」


 俺、冗談で顔面偏差値罵られたの? 結構辛いんだぞ?


「実はあんたたちに、ちょっと話があるのよね。特にオウマ」

「俺?」


 それはちょっと意外だ。

 聞くところによれば、昨日の事件、流石の上層部も問題視したらしく、それに伴い、色々と対策を講じる会議があったのだという。ああ、アイヴィーさんが正装っぽかったのはそういうことだったのね。

 でも仲間割れというか、私闘をきちんと制限するのはちょっと意外だったな。こないだの話的に、「それで成長するならまたよし」って方針だと思ってた。共和国軍、存外にちゃんとした大人たちなのかも……?


「まぁ、使えるか使えないかの判断ができる前に、当の駒が減ったらどうするんだとかいう馬鹿みたいな理由なんだけど」


 やっぱり最低じゃねぇか!!

 一瞬でも見直した俺が馬鹿だった。


「それで、ギアの展開率だったりスキルランクが低い異世界人数人を集めて、正規軍の監督下に置いたらどうか、みたいな話になって。一応これが通ったから、昨日みたいなことはもう起こらないわよ、っていう」


 でも悲しいかな、上層部なんだかんだで有能組織なんだよな……速い対処は滅茶苦茶助かる。


 俺自体はまぁ、痛いのは嫌ではあるけど、報復だとか、再襲撃があっても対処する気が一応ある。芽音が目の届く場所にいるならそれも同様だ。彼女の方は、俺の事を守る、と息巻いてきたけど……正直、それは俺の役目だと思う。

 だからこそ怖い。あいつらが芽音だけを、それも俺がいないタイミングで狙ってきたら? 綾鷹さんや、今はまだ多分療養中なんだろう、桜井さんだっけ、彼女の方が狙われたなら? 俺は死にかけるだけで済むだろうけど、彼女たちはもっと酷いことになるかもしれない。


 それは嫌だ。俺自身万能ではない。いつでも目を光らせていられるわけじゃないし、今度こそ死なないとも限らない。芽音を守り切れないなんて最悪の展開だ。人生に『勝ち組』『負け組』とかそういうのとは別種の、明確な勝ち負けがあるのだとすれば、俺にとっての負けとは芽音を守り切れなかったときだと思えるくらい。

 だからアイヴィーさんたち正規軍が、本格的に監視役として機能してくれるのは、結構本気で助かるのだ。

 例え理由が大分最悪でも。うん、その辺に伴う気分の悪さは、必要経費ということで。


「で、それに関係して、まぁ言い方は悪いけど落ちこぼれ組は、一応一個の部隊として扱うことになるわけね。それを正規軍……ぶっちゃけるとアタシが預かり、教導する、っていう形になるんだけど……」


 と、そこで。

 アイヴィーさんは俺の顔を真正面から青い瞳にとらえると、何かを企んでいそうな、ちょっとキラキラした笑顔を見せてきた。


「ねえオウマ、あんた、隊長(おうさま)になってみる気はない?」


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