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第一話『いつからダンジョン落ちが生存フラグだと錯覚していた?』

 わりとノリで書いているので現実味とか科学的考察とかそういうのは忘れてお読みください。

 この世には、『生存フラグ』というものが存在する。

 まぁ簡単に説明すれば、創作物において「ああ、この登場人物は生き残るな」と、読者、あるいは視聴者に思わせる、一種のお約束要素のことだ。類義語は勝利フラグ、対義語は死亡フラグと負けフラグ。時には因果関係を超越してキャラクターを生存させるその効力は、最早お約束の域すら超えて、ご都合主義的な領域にさえ片手をかけているような気がしなくもない。


 内容は千差万別。状況と作品とその世界観、身も蓋もない言い方をしてしまえば作者の趣味趣向によりけりだ。別の人物の行動が、巡り巡って生存フラグとして認識されることもあれば、生存するキャラクター本人が半テンプレート的な行動をとる、あるいは局面に遭遇することもある。

 前者の方で有名なのは、あれだ、前振りを無視した唐突極まる殺害予告と、直後に流れるデデーンというBGM。一説によれば確率論の限界を突破しているとも言われる驚異的な生存性を他者に付与するこの行動は、俺みたいなオタクなら大半が知っている、アニメ史に残る名場面だろう。

 対する後者の方では、特撮で用いられる『水落ち』なんかがよく知られている。簡単にいえば敵の攻撃だったり仲間割れだったりで橋から落ち、下の川に流された登場人物は必ず後で再登場する、っていうやつなんだが……ほら、日曜日の朝に主題歌と共に杖を折った人とか……。


 何だってそんな話を、今、それもオタク特有の長文でしているのかというと。いや、それは経緯を語れば結構長いというか、俺自身の精神を落ち着かせるためのごまかしも混じっているというか、まぁ色々と理由があるわけだけれど、しいて言うなら――


 ――現在このときまさにジャストタイム、その『生存フラグ』の効力が試される局面に、俺こと春風(はるかぜ)逢間(おうま)自身が置かれているから、である。

 しかも大怪我をした一歳年下の女の子の身柄と、ついでに俺自身の怪我というおまけつきで。

 ……字面に起こしたら余計に酷い状況だな。

 あっ駄目だ、無償に叫びたい気分になってきた。いいよね? 叫んじゃっていいよね? だってこの状況、そうでもしなけりゃ平静保てねぇんだもんさ! うん叫ぶ!


「ああああああ駄目駄目駄目死ぬ、死ぬ、死ぬって流石に! 冷静に考えたらこれが生存フラグっておかしいよね!? 普通崖の崩落に巻き込まれたら潰れる・オア・爆散するのどっちかでデッドエンドだよね!? よしんば耐えられるんだとしても一緒に落ちる岩の破片にこれまた潰されたり刺されたりでまともじゃいられないよね!? そういうの全部避けられる確率ってどうなってんのさ!? 物理学的な生存率の算出を要求するぅおおおおお!!!」


 すぐ真横を巨大な土塊が通過していく。空気圧のせいかリアルタイムでバラバラに砕け散るその破片が、俺の頬を汚す……程度ならまだいいけど、その切り口は明らかに鋭く尖っていて、どう考えても俺の柔肌をずっぱり切り裂く気マンマンだった。あまりの恐怖に口元が引きつり、ついでに喉から漏れ出た悲鳴が語尾をおかしくさせる。


 手短に現状を説明しておくと、『落ちている』。

 どこからどこまでって? そりゃぁ、崖の上から、底の見えない、大口を開けた谷の中へと真っ逆さまに。つい先ほどまで俺の身体があった崖の淵、そこを構成していた大量の土と岩と雑草と共に、ものすごいスピードで墜落の真っ最中だ。

 こういう時の運動エネルギーの移動にまつわる法則、なんか授業で習ったような気がするのだが、残念ながら理系科目の授業時間はすべからく、そりゃぁもう一分たりとも余さず、追加の睡眠時間であるところのクソ不真面目民俺には、所詮『気がするだけ』の存在。役に立つわけでもなければ、思い出すことさえできはしない。大体俺の頭では、よしんば授業をきちんと聞いていて、そして今思い出すことができたとしても、原理は理解できなかっただろうし、何か情況を打開する策をひらめくこともできなかっただろう。


 ただまぁ、一つだけ分かる事ならある。

 それはこのまま落ちていけば、いかな生存フラグの代表格とはいえ、流石にこの体、ぺちゃんこになるかバラバラになるか、どっちにしろイチゴかトマトをつぶしたように、赤い液体を地面にばらまくことになるだろう、ということだ。なんとか頑張れば腕の中に抱えた少女の方は助けられるかもしれないが、それも『頑張れば』の話。向こうさんが絶賛気絶中で目を覚ます雰囲気もないあたり、受け身だったりなんだったりで俺の屍を超えて行けぇ! ともできないのが実に辛い。


 このままでは二人とも死ぬ。そりゃぁもう見事なまでに。いっそ華々しく。

 そんな未来がはっきりと見えるようになり始めると同時に、俺の心が不平不満を吐き出し始め、それは悲鳴ではなく文句となって、喉の奥から突いて出る。


「くそー……誰だよ『ダンジョン落ち』が生存フラグだなんて一番最初に言い出した奴……おかげでこのザマじゃねぇか、訴えてやる……」


 さっきの絶叫と言い今の愚痴といい、どうしてこんな状況下でこんなに口が回るんだろう俺、と思わなくもないのだが、あれだ、命の危機を感じると饒舌になるタイプだったのだ、きっと。平和極まる現代日本ではなく、激動の時代に生を受けていたのならば、多分ごちゃごちゃと命乞いをして「問答無用」の一言と共にズドンと一発だったのだろう。悲しい。

 実際激動の時代を迎えているところのこの世界においては、その「問答無用」が適用されてしまって、こうして落下の一途をたどっているわけだけどさ。


 ――そう。()()()()は今、激動の時代。何ぞ数百年前に終わったどでかい戦争、それによって引き起こされた荒廃からようやく立ち直り、どの国家、どの種族が天下を取るか、覇を競い合っているのが今の時代。地球とは違う歴史、違う環境、違う生態系を持った、正真正銘の『異世界』、ノインローカの現状だ。

 要するに、俺も、今抱えているこいつも、異世界転移をしたのである。一か月くらい前に。

 異世界転移、流行りのラノベの中だけの話かと思ったら実在したよ。すげえな現実って。事実は小説よりも奇なり、とはいうが、まさにその通りというかなんというか。うん、何を言っているのか分からねぇと思うが俺もよく分かっていない。


 そのよく分かっていない情況のまま、まぁ詳細は今は省くが命の危険に瀕したため、冒頭で口にした『生存フラグ』にイチかバチか命運を託してみた、というのが今の状況。崩落した崖の下、噂に聞いた、戦争以前の時代の遺跡が眠っているというその場所目指して、ぼろぼろになった体を放り投げてみたのだ。

 所謂『ダンジョン落ち』、というやつである。主人公が仲間に裏切られたり、冒険中の事故だったりで、ハイレベルダンジョンに放り出されてレベルアップの後帰還する、っていうのがその内容。お手軽に物語をがらっと動かせるテンプレートだ。理にかなっていると人気も高いし、実際に俺もそう思う。現実に俺がこの世界における中心、主人公足りえるのかどうかは別として、賭けてみる価値はある、と踏んだ。実際、『あの場所』に留まるよりは、未来へ通じる可能性が高かったのは確かだし、俺の判断は間違っていなかった、と信じたい。


 だが実際にその状況に遭遇してみると、これが想像以上に結構怖い。本当に大丈夫なんだろうか、という冷たい不安が、ひたひたと心の隅から中心へと、その温かみの無い、黒い腕を伸ばしてくるのだ。今思い返せばこういう墜落を経験しているとき、主人公たちの多くは大体意識不明だったりそれに近い錯乱状態で、死の恐怖を長時間間近に感じている余裕なんて持っていなかったように思う。畜生羨ましい、俺も今自分で顔殴ったら意識不明ぐらいにならねぇかな……。


 そんな馬鹿なことを考えるくらいには、多分、なんだかんだで余裕があったんだと思う。そういう意味じゃぁ、一緒に落ちてるこいつには、感謝しないといけないな。

 離れてしまわないよう、左腕はその腰にしっかりと回したまま、俺は彼女……凍月(いてつき)芽音(かのん)の、夜空のような黒い髪をかき上げる。擦り傷や切り傷、戦闘の余波ですすけた中でも、目を見張るほどの可憐さを持ったその顔が、ちょっとだけではあるが、俺に落ち着きを取り戻させた。

 傷口から溢れ出ていた鮮血は、今は赤黒い塊へと凝固している。どうやらなんとか止まったようだ。普通ならもうちょっと時間を要してもおかしくない怪我だったのだが、何やら今の俺たちには、大気中の魔力を生命力に変換して、自然治癒力を高める力が備わっている……らしい。俺と彼女の背中から足首辺りにかけて装着された、今はもう半分くらい壊れてしまっている、金属製の鎧のような物体。『エンブレーマギア』とかいう、パワードスーツの一種なのだという異世界産のそれが、俺たちに特殊な力を授けているんだそうだ。すげぇな異世界。

 その割にこういう状況を打開してくれたりはしないんだよなぁー。奇跡の使いどころ間違ってるって絶対。この世界を作って、運営してるカミサマなんてのが実際にいるなら、そいつはきっととんでもなく悪趣味か、あるいはご都合主義が大好きなクソヤロウに違いない。チクショウ、いつか会ったら絶対一発ぶん殴ってやる。


 そんな不平がカミサマに届いて、罰でも当たったのかは分からない。

 頬を打つ風の質が、変わった。温度が急激に変化したのだ。勿論、極端に冷たい方へ。ばっ、と顔を上げてみれば、もう陽光煌く青空などどこにも見えなかった。どうやら、終着点が近いらしい。


 意識が無くても寒いものは寒いのか。芽音の身体が、ぶるり、と一瞬だけ震える。俺は髪をかき上げていた右手を離すと、両手で彼女をしっかり抱え、彼我の位置を固定する。ふわりと揺らめいた首筋の髪の毛から、女の子特有の甘い香りが鼻腔を掠める。僅かに混ざった血の匂いが、スイカにふった塩というか、対比効果的なものを生み出して、余計に彼女の『女性』を感じさせてくる。こんなときだってのに不覚にもドキッとしてしまった。女性慣れしていない己の心臓をちょっとだけ怨む。

 それにしても、ほっそい腰だなぁ……俺自身大柄な方じゃないから男子としては随分細い自覚があるが、芽音はそれより更に一回り細く、軽い。それも俺みたいな不健康な細さではなくて、氷細工めいた儚さを感じさせる細さだ。彼女の愛らしさと美しさが同居した外見も、その印象に拍車をかける。それでいて出るところは出ているというか、今まさに俺のうっすい胸板に押しつぶされて形を変えている果実は想定外に柔らかくて、意識するとすぐ下半身に血液が集まってしまいそう。


 セクハラで訴えられそうなことを思ってしまう反面、この細い体で、彼女は俺を守ろうとしてくれていたのだ、という事実に、今更ながら感謝と、馬鹿みたいにでかい情けなさを抱く。

 あの夜。

 無力に嘆く俺を奮起させ、抱き締め、「私が先輩を守りますから」と誓ってくれた夜。あの日からずっと抱き続けてきた感謝と、それ以上の変な感情が、ないまぜになって思考回路を埋め尽くす。


 ああくそ、思い出したら色々恥ずかしくなってきた。なんだか胸がむかむかする。全身が燃えるように熱い。

 その熱は衝動となって、喉元から突いて出る。とにかく今は、この熱さを吐き出してしまいたかった。


「……バラバラになっても、守ってやるからな……」

 

 ……うん。選んだ言葉が悪かった。めったらやたらにキザったらしいそれが、余計に全身に熱を持たせてしまったのだ。自分でもわかる。今の台詞、絶対似合わねぇ。

 案の定、焼けるような熱は治まらない。心臓の動機は早鐘を打ったまま。それでも、覚悟とかそういうのは、色々と決まった気がする。

 この命に代えても、芽音のことは守り切ってみせる。例え物理法則の暴力が、地表と激突したこの身をぐちゃぐちゃにしてしまっても、芽音の無事だけは、絶対に確保しなければ。


 体感温度だけでなく、大気を引き裂く音まで変わってきた。重く、深く、滝の流れる音のようなそれは、この落下劇の終幕が近い事を予感させた。

 視界がちかちかしてきた。そこかしこに窓のような光が明滅する。すぐ背後まで迫った大地の感触に、意識が警告を発しているのだろうか。

 俺はもう一度両腕に力を込めると、芽音の小さな体を、ぎゅっ、と抱き締め直した。


 後から思えば、の話というか。どっちかっつーと『後から知った話』ではあるのだが。

 多分俺が、世界にとっての『主人公』として認められたのは、きっとその時だったのだ。

 その瞬間俺は、『ダンジョン落ち』が生存フラグとしての役割を正常に発揮するだけの価値を得て。

 

 ――同時に、俺自身が『生存フラグ』と化した。


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