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第一話 今日の獲物はスライムです

 薄暗くなった空の色を時折見上げて確認しながら、俺は人通りの減った石造りの家々が並ぶ通りを進んでいた。肩には背負った荷物の重みが掛かっているが、特に疲れも何も感じない。いつものことだ。

 周囲から少なくない視線が俺に集まるが、これもいつものことだ。

 いつもの通り、いつもの場所に赴くと、いつもの建物が俺を出迎えていた。

 まわりの建物と比較して規模だけは大きいが、しかしながら古ぼけたその建物の周りには、かなりの数のガラの悪そうな男女がたむろしている。

 ()()でない者も居るが、比率としてはガラの悪いほうが勝っている。だが絡んでこようとするものはいない。同じ穴の狢だ。俺はゆっくりと歩みを進め、その建物の扉を押し開いた。

 建物の内部には外見とは裏腹に、整然とした内装のロビーが広がり、その奥には揃いの制服を着た男女が数名、カウンター越しに並んでいた。

 俺はそこにまっすぐ向かうと、顔なじみの少々頭部が寂しくなっている中年男に声をかけた。


「毎度」

「おう、アキラか。今戻ったのか? 遅くまでご苦労なこって」


 俺が足を踏み入れたのは、この国では王都に次いで規模のでかい『ラーヒジル』という都市にある、日雇い労働者向けに仕事を斡旋する公共施設だ。

 日雇いとは言っても登録制で、ある意味人材派遣業務のようなものだ。

 能力の高い一部の者達などは『冒険者』と呼ばれていて、その関係上ココを冒険者ギルドと呼んでいたりするが、俺にとっては日雇い仕事の斡旋業者でしか無い。

 小は街の清掃・夜の見回りから荷物運び等の手伝い、畑を荒らす害獣退治や野草の採取に食肉用の狩猟、大は災害対策やら危険を伴う大型の危険生物討伐まで、地域に根を下ろして暮らす者たちにとっての街の便利屋でありつつ、即応出来る公的軍事組織などが存在しない地方都市の防衛機構としても機能している。

 そんな事務所を利用するのは主に真っ当な職にあぶれた者たち、と言っては聞こえが悪いが、後見人や保証人が得られない為に街の商店などで働けない俺のような者や、一攫千金を夢見る若者達、そう言った手に職を持たない者たちの数少ない進路の一つでもあるのだ。

 その事務所のカウンターに座る壮年の男は、俺の姿を認めるといつものごとくこう問いかけてきた。


「で、今日は何を持ってきたんだい?」

「これだ。精算を頼む」


 どちゃり、と粘っこい音を立てて俺が床におろしたのは、水密性の高い革袋がいくつも入った巨大な背嚢である。


「確認してくれ」


 下ろした背嚢から液体の詰まった革袋を一つ取り出し、カウンターの向こうに居る男に手渡す。

 すると男は目を丸くして、すぐさま奥に声をかけて何人かの手伝いを呼び寄せた。

 今俺が持ち込んだのは、とある化物の体液だ。

 加工が施され、様々な用途に用いられるのだが、現在品薄で通常時と比較して何割か高値で取引されているらしい。

 その化物というのは、ゲームや物語で雑魚として有名なスライムの、その体液だ。

 もう一度言おう、ファンタジーゲームやファンタジー小説でおなじみの、雑魚キャラであるあのスライムだ。

 狩ろうと思えばソレこそ誰だって狩れるだろうが、労力に対して見返りが少ないのがネックなのだろう、継続依頼としてこの事務所の依頼掲示板には依頼書が日に焼けて変色するぐらい前から貼られていた。

 ソレを俺は狩りに狩り倒してきたのである。

 そんなに楽に倒せるなら、他の者達も倒すだろうって? 話はそんなに単純ではない。確かに簡単に倒せるかもしれないが、問題はその後だ。

 分厚い丈夫な袋に粘液が詰まったような存在である魔法生物の一種であるスライムは、切ったり殴ったりしてもあまりダメージを与えられない。いや、切ろうと思えば切れるし殴ればちゃんと衝撃も通るが、魔法生物だけに効き目が薄いのだ。単純に倒すだけならば、返しのついた太めのパイプでも突き刺して放置すれば体液が流れ出てじきに死ぬ。

 倒すのだけならば、簡単なのだ。倒すのだけならば。

 他にも炎で炙ったり魔法で攻撃したりすればすぐ倒せる。

 だが、それでは粘液を確保するのは難しい。パイプを突き刺しても死ぬまで激しくのたうち回る相手は危険極まりないし、魔法や炎で倒した場合、下手をすると表皮が弾けて体液がぶちまけられる。

 一旦地面に溢れた分は使いものにならない。

 それに加えてその体液を持ち帰ること、ソレが最大のネックである。

 何しろ液体である。何かしらの容器がいる上に、重いのだ。


「これだけあると助かるよ。うんうん――、ウチ規定の袋で五〇だな。ほれ、小金貨五〇枚だ」

「毎度」


 袋一つがおよそ五リットル。それが五〇で小金貨五〇枚。

  一日の稼ぎと考えれば良いじゃないかって? 馬鹿言っちゃ困る。

 スライムが繁殖する地域まで行って、スライムを狩って、二五〇キロ担いで帰ってくるのだ。行きに一日、狩りに一日、そして帰るのに一日の三日がかりだ。

 日割りすればそれでも日給小金貨十六~七枚だろうって? いいか、よく考えろ。お前は準備とか後片付けを考えない人間なのか? 

 仕事を受ける際にその下準備として情報収集が必要だろう? やれもしない仕事を受けるなんて馬鹿のすることだ。情報を知り得た上で今度は現実とすり合わせ、割に合いそうなら仕事を受ける。

 そして、それに合わせた準備をするのに最低半日場合によっては数日かかる。そして、こうして戻ってきてからは使用した機材やらなにやらの手入れや消耗した備蓄分の補充を行わなければいけない。

 これにもはまあ最短でも一日かかる。

 四日半、まあ五日と考えた方がわかりやすい。消耗した物や食費その他の諸経費を計上してようやく実際の儲けが出るんだ。

 例えばこの液体が入った袋だ。容量やらの誤魔化しをしてないかどうかの再計量の手間を省くために、ギルド謹製の袋を用意している。これだってタダじゃない。

 そして仕事を受けていない間にも発生する、いわゆる固定費ってやつだな。普通に考えれば家賃やらそういう基盤的な部分だが――。いや、まあ細かい話はいい。

 ともかく今回の仕事に関してだ。俺が持ち帰ったスライムの粘液、これは色々と加工されて様々な用途に用いられるらしい。が、単価が安い。誰でも狩れる程度の弱いモンスターだからこその、軽視されているお仕事なわけだ。だいたい安い割に面倒くさい。何しろ液体だから、容器がなければ運べない。そして重い。水と同じ重さと仮定しても、一リットル、一〇センチ立方で一キロ、今回俺が持ち帰った袋に一杯入れて、五リットル。それが五〇袋で二五〇キロだ。それを持ち帰って小金貨五〇枚、五〇万円だ。

 スライムの生息地からココまで距離にして四〇キロはある。

 普通ならそもそもそんな重さの物を一人で担いで帰るのは不可能だろう。荷馬車なり台車を使えば? そりゃあ運べるだろうが、そんなものを借りれば金がかかる。荷馬車一日借りるのにいくらかかる? 荷台を曳いていると手が塞がる、必然護衛がいる。護衛を雇うにも金がかかる。結果、採算が取れない。

 普通の者だと20キロの荷を背負えば、歩くのがせいぜいになる。

 道中危険が無いとは言えないのだ、自由に動けなくなる量は持ち帰れない。

 かと言って俺のようにこれだけの重さを背負っても平気な者は、もっと割のいい仕事にありつける。誰も手を付けようとしないのもわかるというものだ。

 良くて何かのついでにスライムを狩った時、手持ちに空の水袋があれば持ち帰って酒代の足しにする、という程度だろう。そりゃあ必要な量を賄えないのもわかるという話だ。

 ともあれ、これで予定分は完遂できた。宿に戻ろう。

 俺は、疲れてはいないが張っていた気が緩むのを自覚しつつ、事務所を後にしたのだった。


 †


「あの、主任。あの人がその、アキラさん……ですか」

「ん? ああ、お前は普段受付に座らんから知らんか。あいつがアキラだ」


 アキラが事務所を出た後、残されたスライムの体液入り革袋を運びながら、一人の若い女性職員が、対応していた壮年の男に声をかけた。


「こんなに持ち帰れるだけの力があるのに、どうして他のもっとお金になる仕事を受けたりしないんでしょう……」


 目の前に積まれている革袋を見ながら、呆然と呟くように言う。あのスライムを一人で討伐し、これだけの物を運べる筋力があるならば、もっと楽で実入りの良い討伐依頼でもなんでも受けられるだろうに、何故それをしないのかと不思議に思ったのだ。それを聞いた主任と呼ばれた男は、苦笑いを浮かべながらその女性職員にこう告げた。


「ワシもアヤツに聞いたことがあるよ。そしたらなんて言ったと思う?」

「さあ、わかりません」

「『身の危険を感じるようなのはコリゴリだ。もっと平穏に生きたい』んだってよ」

「……はあ?」

「身の危険なんざ、街から一歩出るだけで十分感じるって話なのにな。おっかしな奴だろう?」


 そうなのだ。この街もそうだが、人が定住している、定住が可能な地域は地脈から得られる力を利用した結界で守られているが、一歩外に出れば常人では容易に屠る事ができない魔物が闊歩しているのだから。


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