14 お店のおばあさん
「ーやはり来ましたか」
護衛たちから逃れるため、城下町のレンガの店、「レヴィリディー」に入った瞬間、
なぜか店先にいたおばあさんが言った。
「???」
私の頭の外では、?がたくさんできている。
ーこの店はバーのようだ。
店の中にはカウンターがどおん、とあり、席はたった六つしかない。
今の時間帯、私と、エプロンをつけた店員、おばあさんしかいない。良かった、ばれることがないっ!
・・・と思ったのだが・・・・。
「ねえ、あんた、異世界から来たんでしょ?」
「え」
おかしい、おかしい。
こんな街中には私の正体の噂は広がっていないはずだ。広がるには、早すぎる・・・。
「正直に答えていいんだよ?それに今の時間帯、あんたとうちしか、いんし」
「・・・・」
この場合、なんて答えた方がいいのだろう?
言ってしまったら、きっと場所が特定され、さっきの状態と逆戻りだろう。でも・・?
こんな人信じられるだろうか?
ああ、もう。身を守るためにここに入店したっていうのに・・・・。
「はあああ・・・、そうかい、そうなんか・・。あんたは徹底しているんだねえ・・。」
は?
このおばあさんの言うこと、どんどん意味が分からなくなっていくんですが・・。
「私が何者か言わないと、口を開かないんだね。
まあいいさ。言わなくても分かるとも・・・」
この人、一人で色々納得してるんですが・・・?
おばあさんはカウンターの下にある、ワイングラスを紫の布で拭き始めた。
「私は、リディアだ。こうやって、バーを経営しているが本職は占い師だ。
占いで食っていくのは大変でねえ・・・それにあんたは覚えてるはずだ。アマノ王女から私の話を聞いているはずだ」
リディア?アマノ王女から聞いてる?
そんな話、覚えていない・・
ー「リディアおばさんが言ってたことは本当だったのね・・・!」
「あのね、リディアおばさんは有名な占い師なんだけど、」
「リディアおばさんは私に似た異世界の人をお父様がさらうって。」
私を薬で飲ませれ、忍者姿で話しかけたアマノ王女の言葉が脳裏によみがえってきた。
そうだ。確かに言っていた。
・・・だからか。
「も一回聞くよ・・・・あんた、異世界から来たんでしょ?」
「そんなのあなたが分かっているんじゃないですか?」
聞く必要はない。彼女は占い師なんだから。
リディアは小さなアーモンドのような目を細めた。ワイングラスを磨く手に力が込められている。
「そだけどさ、うちの占いはインチキって・・・最近、ブーイングがすごいからさ」
「でもアマノ王女は、『リディアおばさんは有名な占い師』って・・・」
「ハアッ」
リディアは見下すかのように声を出した。
「それは昔の話だ。あの子は全く分かってないんだよ、空想に浸ってばっかりで・・。」
ふと、リディアはワイングラスを拭く手を止め、A4ほどの薄い紙を差し出してきた。
「これは・・・?」
「メニュー表だ。お腹、・・すいてるだろ?なんか食べた方がいいぞ?」
メニューはごくごく普通の、白い紙に黒い文字が並んでいるものだった。
・・・ただその文字はゾル語だったが。
(ちなみに、ゾルランで使う文字を「ゾルラン語」ではなく、「ゾル語」と、言うのだそうだ)
良かった・・・王室でゾル語を勉強しておいて・・・!
しかしゾル語が分かっても、その意味は分からない。
例えば・・・
「ガゼリーナあえ」とか、「つばめ」とか、「バファロ・ロリダ・ゾムリエ」とか。
やたらと、長い上に謎。
この中から、食べ物を選ぶのはなかなか難しい。
しかし、今にもお腹が鳴りそうなのでシジミを連想させる、「ジジミリン」を頼むことにした。
リディアは「はいよっ」と言いながら、奥のキッチンに姿を消した。
「・・・・・」
バーは静かだった。しゃれた音楽はここには流れていない。
リディアが何かを切る音だけが聞こえる。
私はリディアから差し出されたコップに入った水を飲んだ。
「うぇえ・・・っ!」
水はなんだか変なもの・・・お酒?みりん?お酢?が入ってるかのように感じられた。
全く、この国はどこへ行っても食べ物が、まずい。
水さえも・・・まずい。
しかし・・・、この店はなぜこんなにも人が入ってこないのだろう・・
「それはねえ、みんな舞踏会に行っちまったからさ」
リディアは私の考えを見透かしたかのように、やってきた。
その上、鉄板を「はいよっ」と言いながら、私のところへ滑り込ませた。
「どうも・・・」
私は鉄板の横にある、スプーンを手に取った。
スプーンって言っても、楕円ではない。どこかいびつだ。
「へえ、そこに興味をもつんだ。あんたは興味深いねえ」
「はああ・・・・」
他人に自分のことを「興味深い」なんて言われたことがない。
リディアはカウンターから身を乗り出し、机に肘をつけた。
・・・・至近距離で食べろ・・・ってことか・・・
「い、いただきます」
鉄板の中には色々ねばねばしたものが混ざっているようだ。
色はオレンジ、黄緑、ピンク・・・?
カラフルだけれど、これをみて、正直食欲がわかない。
私はパックと口に食べ物を放り込んだ。