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第8話 大丈夫です、きちんとわきまえておりますから

「ごきげんよう、ハーネルド様。そんなに慌ててどうなされたのですか?」


 肩で息をしながら訪ねてきたハーネルドに、何か火急の用事でもあったのかと心配しながらフォルティアナは尋ねた。


「視察に来ていたのだが、時間が空いた。暇だから茶にでも付き合え」

「かしこまりました。いつもの場所でよろしいですか?」

「ああ」


 控えていた執事に目配せして、すぐに準備に取りかからせる。


「良く言いますね。フォルティアナ様に会いたいばかりに、かなりの強行軍で視察を終えた癖に……」

「うるさい、お前は少し黙ってろ。ルーカス」


 その時、ハーネルドの後ろから青年が姿を現した。年の頃はフォルティアナと同じくらいであろうか。

 どちら様かしら? と首を傾げるフォルティアナの視線に気付いたルーカスは慌てて自己紹介をする。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はハーネルド様の従者の一人、ルーカスと申します。今回の視察に同行させて頂きました。フォルティアナ様のことは旦那様より、よく伺っております」

「まぁ、そうなのですね」

「お疲れでしょうし、ルーカスさんもよろしければご一緒にいかがですか?」

「いや、俺はマジで大丈夫です! 殺されます、同席なんかしようもんなら帰ってからマジで殺されます!」


 ぎょっとする提案を前に、思わず素が出てしまったルーカスは、物凄い勢いで首を左右に振って否定する。


「何をもたもたしている、ティア。そいつは放っておけ。ほら、行くぞ」


 とても客人の態度とは思えない、堂々とした足取りでハーネルドは我が屋敷のごとく中へ入っていく。


「はい、ハーネルド様」


 ルーカスを別のサロンに案内するよう手配して、フォルティアナはハーネルドの後を急いでおいかけた。


 階段を上り二階の一番端にあるプライベートサロン。大きな窓からはのどかな外の風景を楽しむ事ができ、部屋の隅には大きなグランドピアノが置いてある。特に親しい客人しか招き入れないグランデ伯爵家のその部屋は、ハーネルドにとってお気に入りの場所のようで、訪ねてくると必ずそこで一服している。


「ハーネルド様。素敵なドレスを贈って頂きありがとうございました」


 席につき、おもてなしの準備が調った所で、フォルティアナは先程サーシャが見せてくれたドレスのお礼を述べた。

 本人が目の前に居るのだから直接伝えるのがマナーだというもの。たとえこの後に返ってくるのが皮肉だと分かっていても。


「俺の隣に並ぶのだ。衣装ぐらい仕立て直さなければとても見られたものじゃないだろう」

「そうですね。お気遣い、ありがとうございます」


 普通の貴族令嬢なら、その皮肉に卒倒してもおかしくない所だが、フォルティアナはもうすっかり慣れてしまっている。昔のように、ニコニコと笑顔を絶やさない。


 しかし、ここでハーネルドに変化が訪れる。昔ならさらに皮肉を重ねるはずなのだが──

 

「いや、違う……そうじゃない。あ……その、だな」


 目を泳がせながらそわそわした様子で、ティーカップを掴んだり離したりと無意味な行動を繰り返している。


「はい、どうされました?」


 不思議に思いフォルティアナが声をかけると、ハーネルドは顔を真っ赤に染めながら意を決したように口を開いた。


「ど、どんなに素晴らしい衣装を仕立てても、お前の美しさの前では霞むだろうが、それでも……少しでもお前を引き立てるものを、俺が贈りたかったのだ」

「ハーネルド様……」

「なんだ?」

「熱でもあるんじゃありませんか? すみません、気付かずに。サーシャ、ハーネルド様の様子がおかしいの! すぐにお医者様を!」

「熱などない! そしてあの忌まわしい侍女を呼ぶな!」

「ですが……」


 フォルティアナが知っているハーネルドは、そんな歯が浮くような台詞を言うような方ではない。

 腕を組み、顔を斜め四十五度に傾けながらハンと鼻を鳴らして皮肉を言う。それがデフォルトなのだ。


 顔も赤く、挙動不審で見るからにおかしい。これが病気以外の何だと言うのか、熱のせいで頭がおかしくなってしまったとしか考えられない。


「お前を一度失って気付いたのだ。見栄や虚勢を張ってばかりじゃいけないと……あの日の俺が不甲斐なかったばかりに、お前を傷付けた。もう二度と、そんな思いをさせたくない」


 なるほど、強く責任を感じておられるから様子がおかしいのか。そう結論付けたフォルティアナは、ありのままの気持ちを伝えることにした。


「ハーネルド様。あの日の失態は、私が原因です。もし責任を感じて此度の専属契約を結んで下さろうとなさっているのなら、大丈夫ですよ。農村部の過疎化は深刻ですが、何も策を講じてないわけではありません。時間はかかるでしょうが、自領の問題くらい何とかしますので」

「そうじゃない。視察してきて改めて思ったが、ここは緑豊かで広大な土地がある。栽培に関しては他の領地よりも優れた品質の作物を期待できる。良い商品を作るには良い材料を仕入れる事は必要不可欠だ。だから、お互い利点があっての今回の契約なのだ。そこは勘違いしないで欲しい」


 少なくとも、お互いに利益のある関係を結べる。それが確認出来たのならば、悩むことはなにもない。


「そうなのですね。なら良かったです。今後とも末永くよろしくお願いいたします」

「ティア……嫁に、来てくれるのか?」

「ええ。私個人の意見としましては、不束者ですが誠心誠意仕えさせて頂こうかと思っています」

「夢じゃないよな?! これは夢じゃないよな?!」

「ハーネルド様は夢の中のお話にされたいのですか?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないぞ! 式はいつにする? 希望があるなら何でも言ってくれ。お前の望むとおりにしよう!」


 瞳をキラキラと輝かせて問いかけてくるハーネルドに、フォルティアナは冷静に言葉を返す。


「私のために無駄な経費を割いて頂く必要はございません。ドレスは母が使ったものに少し手を入れてこちらで仕立て直します。式は侯爵家の婚儀として最低限の体裁を保てる簡素なもので結構ですよ。ハーネルド様にご迷惑はおかけ致しません」


 その言葉に、ハーネルドの瞳から輝きが消え、落胆を滲ませるものへと早変わりし、どんよりと曇っていく。


「何故だ……一生に一度のものなのだぞ?! もっとこう望みはないのか?!」

「昔、おっしゃってましたよね。『お前に使うムダな経費はないからな!』と。大丈夫です。きちんとわきまえておりますから」


 フォルティアナの言葉に、ハーネルドの顔はどんどん青ざめていく。


「頼む。昔のことは忘れてくれ!」

「では、『跡取りは最低三人は産め』というのも結構なんですね?」

「いや、それは……三人でも四人でも、お前との子供なら何人だって欲しい」

「やはり、健在なのですね。では……」


 聡明なフォルティアナの記憶力は侮れない。まだ高慢ちきな坊ちゃんだった頃のハーネルドの暴言の数々を、余すこと無く覚えていた。


 それは素直になれないがために真逆の事を言ってしまう、子供特有の『好きな子ほどいじめたい』からくるものだった。しかし幼いフォルティアナがそれに気付くはずも無く、当時は本当に嫌われていると思っていた。


 フォルティアナの結婚に理想を持たない精神は、このハーネルドの皮肉と暴言の数々により、一層強固なものとなった。


 一つ一つ昔の言葉を復唱して、結婚生活について再確認するフォルティアナに、ハーネルドは顔を青ざめたり、赤く染めたりしながら訂正をしていく。


 幼い頃から仕えていた侍女のサーシャはその様子を、『ティア様をさんざん虐めた罰だ。ざまぁみろ』と言わんばかりに満面の笑みをたたえて眺めていた。

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