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第6話 最強の味方と共に、リベンジさせて頂きます

 ダンスホールに出ると、自然と周囲の注目が二人に集まった。


 あの“どんがめ姫”がホールに上がったぞと、向けられる眼差しは奇異に満ちたものから、嘲笑うもの、パートナーのハーネルドを見て妬むものと様々だった。


 煌びやかなシャンデリアが、白い大理石のダンスホールを明るく照らす。

 外から来たフォルティアナにとって、ここはあまりにも眩しすぎた。加えてそんな観客の視線にさらされてしまえば、全方向から余すことなく見られているような感覚に陥り、萎縮して足が竦む。


 それでも、ここで歩みを止めるわけにはいかない。震える足に鞭を打って、フォルティアナは必死に歩を進めて中央までやって来た。


(ダンスは楽しい。リヒト様にそう教えてもらったんだから、きっと大丈夫)


 そう必死に心に言い聞かせても、ここにリヒトは居ない。心の支えとなるリヒトを欠いた状態で、居心地の悪いこの周囲の視線にさらされる現実を前に、緊張や不安、焦りなど様々な負の感情がフォルティアナを一気に襲っていた。頭が真っ白になりかけたその時──


「これはいい。注目を集める手間が省けたな。ティア、今こそ見せつけてやろうじゃないか」


 見上げると、不敵に笑うハーネルドの皮肉顔が視界に入る。その自信に満ちあふれた姿は、今も昔も変わらない。変わらないからこそ、フォルティアナはその姿に妙に安心感を覚えた。


(そうよ、私は独りじゃない。敵に回せばものすごく厄介な方が、今は味方として目の前に居らっしゃる)


 ハーネルドはいつも偉そうだが、そこに実力が伴っている事をフォルティアナは知っている。

 有言実行を体現するかのように、言葉通り言った事は全てスマートこなしてしまうのだ。そんな彼がそう言うのだから、きっと大丈夫だと、フォルティアナは素直に信じることが出来た。


「そうですね。頼りにしてます、ハーネルド様」

「ああ、任せとけ」


 悪いことを企むかのように、ハーネルドはニヤリと口角を持ち上げて笑っている。つくづく悪人顔だなと思いつつも、それが味方ならこれほど心強いことはない。


 形式に則り、ハーネルドが跪いてフォルティアナに手を差し出す。そこにフォルティアナが手を添えて、いよいよダンスの始まりだ。


 序盤は比較的ゆっくりとしたテンポで始まる。焦らず冷静にステップを踏めば、そうそう失敗する事は無い。


 リヒトと重ねた練習の日々を思い出しながら、フォルティアナは着実にステップを踏んだ。


 汚名を返上したくて必死に練習したダンスだが、リヒトと踊ったあの日から、ダンス本来の面白さを知った。


 ダンスは楽しい。楽しければ自然と笑顔になる。そして笑顔は人を惹きつける。


 本当に楽しそうに踊るフォルティアナの姿を見て、観衆の様子に変化が表れた。


「美しい……」

「綺麗だ……」

「素敵……」


 どこからともなく呟きのように賛辞の声が上がり始める。

 最初は負の感情から向けられていた眼差しだが、いつの間にかフォルティアナのその姿に、観衆が引き込まれてしまっていたのだ。


 ステップを踏む度に、淡いシャンパンゴールドの綺麗な金糸が優雅に宙を舞う。

 ターンする度に、ドレスの裾がひらりと弧を描きながら揺れて、普段は隠された美しい脚線が露わになる。


 デビュタントの日、聡明な美姫と謳われまだあどけなさを残していた少女は今、月の女神セレーネを思わせる絶世の美女へと変貌をとげていた。

 そんなフォルティアナのダンスを、自然と男性陣が目で追ってしまうのは無理もない。


 集まる視線から最愛の姫を守るかのように。漆黒の髪をなびかせながら、華麗にスピンターンをしてフォルティアナに向けられた視線を遮ったハーネルドは、観衆に鋭い双眼を向けて不敵に微笑む。


 たった一度の失敗で、貴様等が蔑み笑いものにした姫は今、こんなにも美しく成長した。もう誰にも笑わせぬ。侮辱などさせぬ。この姫は自分だけのものだ。そう知らしめ、牽制するかのように。


 アメジストを思わせる紫紺色の切れ長の瞳から放たれるハーネルドの鋭い視線に当てられた観衆の男性陣が、恐怖から背筋にゾッと悪寒を感じたのは言うまでも無い。


 逆に女性陣からは、「キャー」と黄色い歓声が上がる。「ハーネルド様がこちらを見て笑ったわ」と、その視線が自身を見てくれたと勘違いを起こした令嬢達の嬉しさを表した悲鳴だ。


 そんな女性陣の歓声を聞いた瞬間、ハーネルドは内心うんざりしつつ、汚れた視界を洗い流すかのように、フォルティアナに視線を向けて清めていた。



 ハーネルドが頭上でそんな事をしているなどつゆ知らず。その日のラストダンスを、フォルティアナはデビュタントをやり直すかのように、ダンスの楽しさを噛みしめながら懸命に踊った。

 

 だが、終盤の見せ場にさしかかろうとした時、フォルティアナに異変が起こる。


(あの日と同じだわ。見える景色も、この場所も……)


 ハーネルドを巻き込み派手に転倒したあの時、ダンスホールの白い大理石に、一カ所だけ欠けたように窪んだ小さな傷があった。不運なことに、フォルティアナはそこにヒールの踵を引っかけバランスを崩たのだ。


 ふと視線を床に向けた時、他とは違う光の反射加減で気付いてしまったのだ。そこにはまだ、わずかに傷があるということに。


(このままいけば、あそこでまた……)


 最悪の結末を想像して、フォルティアナの表情から笑顔が消えたその時、ハーネルドが声をかけてきた。


「ティア、今だけでいい。全てを俺に委ねろ」


 いきなりそんな事を言われても、どうしたらいいのか分からない。でも、ハーネルドの真剣な眼差しを見る限り、何か考えがあるのだろう。それなら、言われたとおりにしてみよう。


「分かりました、ハーネルド様」


 運命の箇所に近付いた時、引き寄せられたフォルティアナの身体は、ハーネルドに抱きかかえられて宙を舞った。そのままスピンして、あの傷ついた箇所を見事に回避させてくれたのだ。


 そして流れるように自然な動きで完璧なリードをとるハーネルドに引っ張られ、そのまま優雅に踊りきってフィニッシュを迎えた。


 言葉通りその瞬間、ハーネルドはフォルティアナを会場で一番美しい花へと変貌させたのだ。


 周囲からは拍手の嵐が巻き起こり、賞賛の声がかけられる。それが自分達に向けられているものだと気付いたフォルティアナは、観衆に感謝の意を込めて、文句の付け様も無い美しいカーテシーを披露して退場した。


 その日フォルティアナは、“どんがめ姫”という汚名を見事返上することに成功した。



***



 パーティーが終わって、ハーネルドにお礼を言って別れた後、フォルティアナは再びリヒトの居る庭園を訪れた。どうしても一言、お礼が言いたかったのだ。


 ダンスの楽しさを教え、自信を取り戻させ、技術を高めさせてくれたリヒトに、一番にこの嬉しさを報告したかったのだ。


 しかし、そこにリヒトの姿はなかった。


 その日以降、度々庭園を訪れたものの、フォルティアナの前にリヒトが姿を現すことはなかった。

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