第58話 フォルティアナの決意
翌日、フォルティアナはレオナルドに呼ばれて書斎に来ていた。
ソファに座るよう促され、硬い表情のレオナルドを前に、フォルティアナにも緊張が走る。
「ティア。実はお前に、渡しておきたいものがある」
そう言って席を立ったレオナルドは、施錠された机の引き出しから布に包まれたなにかを取り出した。
落とさないよう大事に運んできたレオナルドは、それを丁重にテーブルへと置いて、布を解く。出てきたのは南京錠のついたアクセサリーケースだった。
「これで開けてごらん」
鍵を渡されたフォルティアナは頷き、中を確かめる。
そこには幼い頃に見た、ブルーサファイアの首飾りが丁重に保管されていた。
「もしかしてこれは……」
「ご先祖様の形見の品だ。保管しておくよりも今は、お前が身につけていた方がいいと思ってな」
「そんなに大事なものを……私がお預かりしても、よろしいのですか?」
首飾りとレオナルドの顔を交互に見て、フォルティアナは戸惑いの声を漏らす。
そんなフォルティアナの緊張を解くように、レオナルドはゆったりと優しい口調で答えた。
「浄化の力に目覚めたのもきっと……イシュメリダ神様のお導き。だからこれはティア、お前が持つべきものだろう。ブルーサファイアには、聖女の力を高める効果があるのだ」
(やはりクリス様の腕輪に何度か触れたことが、浄化の力に目覚めたきっかけだったのね)
レオナルドの言葉で、フォルティアナはこれまでのことが腑に落ちた。
「ただし着用の際は、他の人に決して見えないよう気をつけてくれ。この国でブルーサファイアは、呪われた宝石として定着してしまっている。今では王族以外、身に着けることも叶わぬものと、なってしまった……」
そう言って、レオナルドは悲しそうに瞳を揺らす。
父の不安を拭うように、フォルティアナは「わかりました」と深く頷いた。
「あの、お父様……ブルーサファイアが呪われた宝石というのは、真実なのですか?」
温泉宿で起こった呪物事件の時、ハーネルドに取り憑いたルビーの指輪には、確かに恐ろしい呪いがかかっていた。
しかし呪いがかかっていたのはその指輪だけで、すべてのルビーにカルロの怨念が宿っているわけではない。その証拠に社交界でもルビーは人気の宝石であり、忌避することなく人々は身に着けている。
どうしてブルーサファイアだけが、ここまで世間から排除されているのか……フォルティアナは、その本当の理由が知りたかった。
「事実無根だ……と言いたいところだが、中には迫害されたご先祖様たちの無念が宿ってしまったブルーサファイアもあるだろう。だから悔しいことに……不幸を呼ぶという噂の全てが、嘘とは言い切れないのもまた事実なのだ」
「そう、だったのですね……ですがそれなら、問題のブルーサファイアだけを封印してもらえば、よかったのではありませんか?」
「最初に王家が市場からブルーサファイアを隔離したのは、二度とおぞましい魔女狩りが起きないように、聖女の子孫が健やかに暮らせるようにするための措置だったと聞いている」
確かに呪われた宝石と言われたら、それを手にする者は減るだろう。
「つまりは私たちを守るための措置……だったのですね」
不用意に触れて聖女の力の一部に目覚めてそれが露見してしまえば、また魔女狩りが起こる危険がある。
人々が信じる聖女とは、大聖女オルレンシアのように【浄化の力】を持つ者のこと。彷徨える魂に干渉する不可解な力では、再び【魔女】のレッテルをはられかねなかった。
「ああ。しかしいつまでも魔女の怒りを一身に受けて民を守っていると信じ込ませ、威信を保つ王家のやり方には疑問を持っていた。魔女狩り事件から500年も経ち、時代も変わった。魔女という汚名をそそぐことができれば、お前たちにも、領民たちにもここまで不便な生活をさせることはなかっただろうにと……私は王家に不満を持つばかりで、結局恐れて何の行動もしなかったというのにな」
拳を強く握りしめ、レオナルドは悔しそうに怒りを滲ませる。そんな父の姿を見て、フォルティアナは胸が締め付けられた。
なんの証拠もなく、人々が500年も信じてきた歴史を覆すなど、簡単にできることではない。
仮に王家が過去の罪を公表したとしても、グランデ伯爵家は逆に奇異の目にさらされることになるだろう。なんの力も持たない聖女の子孫を、誰が信じてくれるというのだろうか……?
それに魔女狩りで犠牲になったのは、聖女の子孫たちだけではない。数多の無関係の女性も巻き込まれており、そこから生まれた魔女に対する憎しみは根深く残っていることだろう。
強い憎しみは、新たな呪物を生む。それが王家の力だけでは抑えられなくなった時、世界は再び建国前のように混沌に満ちたものとなる危険があった。
王家もグランデ伯爵家の歴代当主もそれが分かっているからこそ、これまで隠して守り抜くことを選んできた。
しかし時代が変わり、産業も発達し、平和な治世のおかげで人々の生活も安定した現代において、以前に比べて呪物の数も格段に減った。
そんな中で古いしきたりをただ受け継ぐだけの統治を行うグランデ領では、限界がきていた。いつまでも閉鎖的な統治をしていては、隣領との格差は開く一方で、領地の過疎化はとまらない。
(頑なに変革を拒んでいたお父様がこれを託してくださったのはきっと、改革への覚悟の証。そして中途半端に力に目覚めた私の身を案じてのことだろう。それならば――)
受け取った先祖の形見の品を見つめ、フォルティアナは決意する。
「お父様、私も精一杯頑張ります。だからこれから一緒に、領地を変えていきましょう!」
(そのためにも聖女の力をきちんと使いこなせるようになって、ご先祖様の汚名をそそいでみせるわ)
グランデ領の改革をする上で、それは避けては通れない。そして魔女の汚名をそそぐのは、聖女の力を持つフォルティアナにしかできないことだった。
これから挑もうとしているのは、とても困難な道のりだ。
それでもクリストファーやハーネルドという心強い味方ができた今なら、きっと大丈夫。フォルティアナの目には、確かな希望が宿っていた。
そんなフォルティアナのかけた言葉には、レオナルドの不安を取り除く効果があった。
「ティア……っ、ありがとう」
まるで後光が差しているかのように見える娘を前に、レオナルドには聖女の片鱗が垣間見えていたのかもしれない。
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