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第5話 その思い、しかと受け止めました

「焦らないで。そう、そこはゆっくりと」

「こう……ですか?」

「うん。上手だよ、ティア。その調子で次のフレーズから入ろう」

「はい、リヒト様」


 舞踏会など夜に行事がある時は、リヒトにダンスの稽古をつけてもらっていた。ホールから漏れてくる音楽を頼りに、月明かりの下で行う特別レッスン。

 密着する身体から、ドキドキとうるさく鳴り続ける鼓動の音がリヒトに聞こえてしまうんじゃないかと、フォルティアナは内心ひやひやしていた。

 この胸の高鳴りが何なのか、フォルティアナ自身はまだ気付いていない。けれど逢瀬を重ねる毎に強くなるその感覚に、少しだけ戸惑いを感じていた。



 半年ほどそういう生活を続け、季節は巡り冬へと移り変わる。



 その日もいつものように、こっそりと夜会を抜け出してフォルティアナはリヒトの元へ向かった。

 ダンスの稽古をつけてもらい、すこし休憩がてら月明かりに照らされいつもとは違う表情を覗かせる庭園を共に眺めていたその時──


「こんな季節にそんな薄着で外に出るとは、お前は馬鹿なのか?」


 後方から声をかけられ振り返ると、ひどく不機嫌そうな顔のハーネルドが立っていた。


(いつからそちらに?!)


 慌てるフォルティアナに、ハーネルドは自身の着ていた上着を脱ぐと彼女の肩にかける。


「まったく、風邪を引いたらどうする気だ!」

「すみません……」

「戻るぞ」


 手を掴まれ、フォルティアナは問答無用で連行される。握られた手が熱く感じるのは、思っていたよりも自身の身体が冷えていたからだと気付いた。


「あの、ハーネルド様。自分で歩けます。離して下さい」


 握られた手が少し痛い。そして早足のハーネルドに対し、フォルティアナの歩幅が追いつかず、油断すると転びそうだった。

 それに気付いたハーネルドは、はっとした様子で慌ててフォルティアナの手を離す。


「すまなかった……こんな季節に、お前があんな所で独り佇んでいるなど思いもしなかったのだ」


 正確には二人ですけど……と、喉元まで出かかった言葉をフォルティアナは何とか飲み込む。折角のリヒトとの時間を邪魔された事に、少なからずフォルティアナは不満を抱いていた。


「最近、式が始まる度に会場から抜け出して居ただろう?」

「ええまぁ」

「それは……俺に話しかけられたくないからじゃないか?」

「いえ、そういうわけでは……」


 思い返してみれば、最近はハーネルドから嫌味を言われていない。それもそうだろう。彼が話しかけてくるよりも前に、フォルティアナはリヒトの待つ離宮近くの庭園へ足を運んでいたのだから。


「俺はただ……お前と話すきっかけが欲しかったのだ……だが、いざお前を目の前にすると……その、緊張して真逆のことを言ってしまう。傷付けてすまなかった」


 この人は誰だ?

 本当にあのハーネルドなのか?


 あの自信家のハーネルドからの信じられない言葉を前に、フォルティアナは唖然とした様子でただそんな彼を見ることしか出来なかった。


「もう一度だけ、チャンスをくれないか? 今度は絶対に転ばせない。上手くリード出来るよう、ダンスが苦手そうな令嬢達相手に何度も練習した」


 そして思い出す。この人は本当に不器用な人だったなと。皮肉たっぷりにフォルティアナを見つめていたのは、ただ単に気付いて欲しかっただけなのだ。


──お前と共に踊るために、俺はこんなに努力しているぞ。どうだ、上手くなっただろう……と。


 アシュリー侯爵譲りの冷たい印象を与える切れ長の目元のせいで、ぱっと見、嘲笑っているかのようにしか見えなかったが。


「華々しくデビューさせてやれずに、本当にすまなかった。今更遅いかもしれないが今度こそ、お前を会場で一番の美しい花に変えてみせると約束する。だから……もう一度だけ、俺と踊ってくれないか?」


 ハーネルドのその言葉に、あの日のことを彼がずっと悔いていたのだとフォルティアナは初めて気付いた。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、フォルティアナは素直に「はい」と答えることが出来なかった。


 あの広いダンスホールで、再びハーネルドを巻き込んで転んでしまったら……あの日の光景がフラッシュバックするかのように、フォルティアナの目前にちらつく。

 その時、震える手をそっと優しく包み込まれた。少しひんやりと感じるその感触は、リヒトの体温だと気付く。


「今の君なら大丈夫。きっと上手く踊れるよ。僕が保証するから。前に進むんだ、ティア。そうしたら僕も、前へ進むから」


 後押しするようにリヒトに優しく声をかけられ、勇気づけられたフォルティアナは決意を固める。


「ハーネルド様、ありがとうございます。ご一緒させて頂いても、よろしいですか?」

「ああ、勿論だ」


 ハーネルドにエスコートされながら、フォルティアナはパーティ会場へと戻った。

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