第48話 思いは中々伝わりません
翌朝、フォルティアナはクリストファーと共に温室に来ていた。
軽装着に身を包んだクリストファーは、「楽しみだな」と袖捲りをしてやる気満々の様子だ。
(腕輪、取らなくて大丈夫かしら? 粗末に扱って、魔女の呪いが強くなったりしたら……)
フォルティアナの視線は、クリストファーの左手首で輝くブルーサファイアの腕輪に注がれていた。
「大丈夫だよ。汚れたら拭けばいいから」
不安な視線に気付いたらしいクリストファーは、安心させるように声をかけてくれた。
「あの、クリストファー様……魔女の呪いが、お身体に障ったりしませんか?」
腕輪に少し触れただけで、頭に不協和音が響いて奇妙な感覚がするのを思い出し、心配になってつい口から漏れた言葉だった。
(お持ちの聖物で魔女の怨念は封印されているとは思うけど、万一ってことがないとも限らないわ)
浄化の聖女がいない現代において、呪われた物は王族の男児が持つ聖物で封印し管理されている。
だけど、封印はいつか解けるもの。
それにイシュメリダ神の加護があるとはいえ、呪物を身に付け続けるというのは精神的に辛いのではないだろうか。特に呪いの類いは、身体に悪影響を与えると本で読んだこともある。
驚いたように大きく目を見張り黙り込んでしまったクリストファーを見て、不敬なことを申し上げてしまったとフォルティアナは後悔し、「申し訳ありません!」と慌てて頭を下げた。
「クリストファー様には強い神のご加護があるのは存じておりますが、それでも心配で……」
いくら心配だったとはいえ、それは神への冒涜。
ましてやその加護を受ける王族をも侮辱したと捉えられても、仕方がない失言だった。
(少し考えれば分かることなのに、クリストファー様の気を悪くさせてしまったわ……)
俯いたまま、フォルティアナは思わずスカートの端をぎゅっと握りしめる。
不意に優しく手を取られ、目の前には何故か跪くクリストファーの姿があった。
手の甲に感じる温かな体温が彼の額だと気付いた時、フォルティアナは何が起こったのか分からず混乱していた。
頭を下げ相手の手の甲に額をあてるのは、敬意を示す行為だ。
王族であるクリストファーが自身にそのようなことをする理由が分からなかった。
「ごめんね、ティア。君が謝る必要なんてないんだ。むしろ謝らないといけないのは、僕の方だ……」
悲しそうに顔を歪め、放たれたクリストファーの言葉には何故か悔しさが滲んでいるように感じられた。
(どうしてクリストファー様が謝罪されるの!?)
「いえ、悪いのは私です! 王族であるクリストファー様に、あのような失言を……」
フォルティアナは寄り添うように、クリストファーと同じ目線の高さまで膝を折り曲げた。
あの庭園でリヒトと過ごしていた時のように、話してしまった。
いくら気さくに接してくれようとクリストファーは王族であり、自身はしがない伯爵令嬢に過ぎないというのに。
「君の前でだけはリヒトでいたいって言ったら……迷惑になるのかな?」
ゆっくりと顔を上げたクリストファーの憂いを帯びた青い瞳はとても美しく、思わずはっと息をのむ。
「いえ! 迷惑だなんて、そんなことは……」
こちらを見て、クリストファーは優しく目を細めて口元を緩めた。
「だったらそんなにかしこまらないで。心配してくれて、ありがとう」
優しく微笑むクリストファーを前に、フォルティアナはそれ以上何も言えなくなってしまった。
(クリストファー様は、優しすぎるわ。あの時と同じように接してほしいと、仰っているのよね……)
そんなことを考えていたら、握られたままの手が次第に熱を持ち、それが全身に広がるように熱く感じた。
「それにネルだって、僕にかしこまったりしないでしょ?」
「それは……」
お二人の付き合いが長いからでは……と、喉元まで出かかった言葉をのみこんだ。
「クリス。僕のことはクリスって呼んでくれると嬉しいな」
(あ、愛称でお呼びしてもいいの……!?)
「……クリス、様」
フォルティアナは頬を赤く染め、緊張しながらなんとか声を絞り出した。
「敬称も要らないよって言っても、今は負担をかけちゃうだけかな?」
冗談めかして問いかけてくるクリストファーに、コクコクと首を縦に振り頷くことしか出来なかった。
「ふふっ、可愛い。今はそれで我慢しておくね」
(し、心臓に悪いわ……! クリストファー様と一緒に居ると、この鼓動の音が聞こえてしまいそうで恥ずかしい)
そろそろ始めようかと、先に腰を上げたクリストファーが、そのまま優しく手を引いて立ち上がらせてくれた。
「まずは何からすれば良い? 畑を耕す? 種を蒔く? 先に水かな?」
揃えられた道具に視線を移したクリストファーが、瞳を輝かせて弾んだ声色で尋ねてくる。おもちゃ箱を開けた子供のようにわくわくとしているクリストファーの姿は、なんだか新鮮で可愛い。
(とても楽しみにしてくださっていたのね)
「肥料はすでに馴染ませているので、今日は種まきからです」
育てる作物は昨日買ってきたトマト、胡瓜、スイートコーンの三種類。
「分かった、種まきだね!」
クリストファーにスコップを渡し、一緒に種を植える溝を作っていく。
「トマトや胡瓜は直線上に筋を作って、種を蒔きます。スイートコーンだけは、植える間隔の調整が必要なので等間隔に穴を掘って蒔いていきます」
説明しながら、実際にやって見せると、それを真似してクリストファーも作業に取りかかる。
スコップを片手に慎重に地面に線を引くクリストファーの横顔は、とても真剣だった。
よれることなく綺麗に引かれた筋道に均等に蒔かれていく同じ向きの種は、クリストファーの器用さと几帳面さを表しているように見えた。
(蒔かれた種まで美しいなんて……!)
初めてとは思えない出来に驚いていると、「よし、出来た! 見て、ティア」とクリストファーは満足そうに口元を緩めて顔を上げる。
楽しそうなクリストファーの姿を見て、フォルティアナからも自然と笑みがこぼれる。
「クリス様、とてもお上手です!」
「ティアの教え方が上手いんだよ、ありがとう」
無邪気に笑うクリストファーが、天使のように見えた。
「あとは水やりをして、今日の作業は終了です」
一緒に楽しく水やりをしながら、フォルティアナは大事なことを伝えるのを忘れていたこと思い出す。
「クリス様。昨夜トーマさんの冒険日記を解読して、分かったことがあるんです」
そう前置きして、得た知識をクリストファーに伝えた。
「……なるほど。温泉に含まれる何らかの成分が効果的に働いたんだね」
「はい、そうみたいなんです」
「明日、詳しく調べてみよう。昼にはリーフゴムの実も届くはずだから、別邸で少し下準備をしておくよ」
「それでしたら、私にもお手伝いさせてください!」
「うーん、今回は力仕事になりそうだから、ネルと騎士達にお願いするよ」
主にやるのはリーフゴムの実の運搬と表皮を削ぐ作業だという。
(普段から鍛えている騎士様達に混じって作業をするのは、足手まといになるだけね……)
困らせたいわけじゃない。
気持ちを切り替えて、フォルティアナは笑顔を作り直して言葉を紡いだ。
「分かりました。何かご入り用の際は、遠慮なく仰ってくださいね」
「もしよかったら……小休憩の時間に、騎士達に差し入れをお願いしてもいいかな?」
ここに来て食事が美味しいって皆が口を揃えて言うんだと、グランデ領の料理を絶賛していると教えてくれた。
「はい、もちろんです!」
「ありがとう。きっと皆も喜ぶよ」
(皆さんのお口に合ってよかったわ。どうせなら、旬の果物を使ったお菓子を楽しんでもらおう!)
温室での作業を終えたフォルティアナはクリストファーと別れ、厨房へと向かった。
「実は皆にお願いがあるの」
「ティア様、いかがなさいました?」
厨房にはこちらを見て目を丸くする料理長ザックとその息子である見習いのテオ、そして料理補助を行うキッチンメイドのアリサの姿がある。
焼きたての甘い香りが漂ってきて、作業台にはたくさんの菓子が並べられていた。季節の果物を使った焼き菓子の数々は見た目にもこだわっているようで、美しくてとても美味しそうだ。
(騎士様達への差し入れをお願いしようと思ったけど、すでにこんなに……今日、誰かお客様でも来るご予定あったかしら?)
「どなたかご来客予定でもあったかしら?」
フォルティアナの視線の先のお菓子を見て、アリサが口を開いた。
「ご安心ください、ティア様! すでに魔王対策はバッチリでございます!」
「もしかして……」
「ええ、その通りです。今日こそはあの魔王に、美味しいと言わせてみせるであります!」
コック帽を胸にぎゅっと握りしめ、ザックが臨戦態勢に入っている。
(うちの使用人達が有能すぎる……! 頼む間もなくハーネルド様対策を講じているなんて!)
おもてなしをする度に、出した料理や飲み物に苦言を呈され続けてきた。だからハーネルドが滞在している時は、ティータイムにもかなり神経を尖らせるようになった。
田舎くさい、土臭い味だと嫌みを言うのに、何故か完食し、他にはないのかと催促してくる。
料理や菓子を一度も褒めないのに全てを食いつくすハーネルドは、使用人達の間では魔王と呼ばれ、料理長ザックはそんな彼に並々ならぬ闘志を燃やしていた。
いつか、必ず、その口から称賛の言葉を引き出してやると、ハーネルドか訪ねてくる度にあらゆる創作料理やお菓子を作り挑んでいた。しかし未だにその口から「美味しい」の一言は引き出せていない。
(このたくさんのお菓子達は、ハーネルド様への挑戦なのね)
ハーネルド対策も大事だが、今はそれよりも色々と手伝ってくれているクリストファーが連れてきた護衛騎士達への差し入れの方も重要だ。
しかしこれ以上ザック達の負担を増やすのも気が引けていたその時、廊下から聞き覚えのある大きな足音が聞こえた。
「ここに居たのか、ティア」
振り返ると、厨房に顔を出すハーネルドの姿がある。突然の魔王の登場に、厨房の皆は思わず息を飲んだ。しかしそんな皆の緊張をよそに――
「急用が出来た。明日また来る」
そう言い残して、ハーネルドは呆気なく去っていった。嵐のようにやって来て、嵐のように去っていく。ハーネルドは昔から、そんな男だった。
「くっ、まさかの不戦敗とは! してやられました……」
悔しそうにザックの身体がその場に崩れ落ちる。
(折角作ってくれたお菓子が勿体無いわね……)
イチゴやオレンジ、さくらんぼにメロンと収穫したての新鮮な果物を豊富に使って作られたお菓子の数々。しかもハーネルドに認めてもらおうと、ザックがさらに改良を重ねた新作お菓子が美味しくないはずがない。
それはまさにフォルティアナがこれから作ってもらおうとしていたもので、都会から来た騎士達の口に合えばザックの気も紛れるだろう。
作業台の上で余ってしまった大量のお菓子の数々を見て、フォルティアナは「よかったら、騎士様達への差し入れにしても良いかしら?」と本来の目的を伝えた。
「勿論です、ティア様。よければ感想などを後で教えていただけたら、今後の参考にさせていただきます」
「ええ、分かったわ」
無事騎士達への差し入れを手に入れ厨房を出ると、エントランスで何故かある一点を見つめハーネルドが足を止めていた。
(急いでいらしたように見えたのだけど、どうされたのかしたら?)
「ハーネルド様、いかがなされました?」
彼の視線の先にあるのは、お土産にもらった録音機能のついたクマの人形だった。
「な、何故こんなところにこれが?」
「妹達も最初はとても喜んでいたのですが、実は音に驚いて怖がってしまいまして……玄関に飾らせてもらいました」
眉間に皺を寄せ、ハーネルドの顔がどんどん険しくなっていく。
今までもらった玩具をことごとく壊してしまったことを思い出し、これ以上ハーネルドが顔をしかめないよう「ご安心ください! 電源を落としているだけで、今回は壊れておりません」と、慌てて付け足した。
(折角作ってくださったものを、ホラー人形だと罵って受け取ってもらえなかったとは……口が裂けても言えないわね)
「苦労して作った機械人形が、ただの置物に……」
しまっておくのも勿体無いと思って今朝急いで飾ったのだけれど、逆効果だったのかと不安が押し寄せる。ハーネルドにもらったものは、彼の機嫌を損ねないようなるべく目立つ場所に置いたり、身に付けたりしてきた。
「げ、玄関が一番人目につくかと思ったのですが、お気に召さないのであれば客間に移動を!」
「いや、ここでいい……」
背中に哀愁を漂わせながら、ハーネルドはそのまま去っていった。かける言葉が見つからなかったフォルティアナは、その背中をただ見つめることしか出来なかった。
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