第45話 頭脳派王子と力派侯爵
納屋の奥にある木箱を開けて、パナマが中身を見せてくれた。
「これがリーフゴムの実でございます。子供達の玩具用に納屋で少し保管をしているのです」
木箱の中には、茶色い楕円形の果実がゴロゴロと転がっている。小さいもので20センチ、大きいものは30センチを超える大きさだった。
パナマがリーフゴムの実を抱えようとすると、「無理するな」とハーネルドがそれを取り上げた。
「どこに置けばいいんだ?」
「そこの作業台に」
「ああ、わかった」
パナマがくれぐれも放り投げないよう注意を付け加える前に、ハーネルドは作業台にリーフゴムの実を丁重に置いた。その様子を心底驚いたといった様子でパナマは目を見開く。
「あ、ありがとうございます、ハーネルド様」
「それで、次はどうするんだ?」
「硬皮を削って内皮を切り取るために、そこの壁に掛けてあるナタとノコギリか必要です」
パナマの指示通りに、ハーネルドは壁に掛けられた道具からナタとノコギリを探している。壁には他にも道具が掛けられており、ハーネルドはどれを取ればよいか分からないようだった。
手伝おうとすると、「待って、ティア。刃物で怪我をするといけないから、ここはネルに任せて」とクリストファーに止められた。クリストファーの視線の先を辿ると、パナマがハーネルドに道具の説明をしていた。
「ナタは先が四角く、ノコギリは刃がギザギザしている道具です」
「これか?」
「はい。その二つをこちらへお願いします」
(ハーネルド様が、パナマ村長の指示をおとなしく聞いていらっしゃるわ)
「ほら、使え」
柄の部分が持ち手になるよう向きを変えて、ハーネルドはナタとノコギリを作業台に丁寧に置いた。道具に対する敬意が込められている優しい手つきに、フォルティアナは普段とのギャップに思わず目を奪われていた。
(そういえば剣の稽古をしていらっしゃる時も、大切に剣を扱われていたわね)
ハーネルドのそんな姿を見て、アシュリー侯爵邸に泊まった時のことを思い出していた。緊張で早く目覚めたフォルティアナは、早朝に庭で剣の稽古に励むハーネルドの姿を見た事がある。
一心不乱に剣を振るその姿は真剣そのもので、ペラペラと自慢話をする普段のハーネルドとはまるで別人のように見えて、陰で努力を惜しまない人なのだとその時初めて知った。
使い終わった剣についた汚れを丁寧に拭い、流れるような所作で鞘に剣を収めるその姿はまるで本物の騎士のように凛々しく見えて、思わず目が釘付けになったのをよく覚えている。
どんなに酷い皮肉を言われてもフォルティアナが耐えてこられたのは、口先だけではなく、そうしてハーネルドが陰で人一倍努力していることを知っていたからだった。
武芸にしても勉学にしても創作にしても、ストイックに取り組む姿勢を少なからず尊敬していた。
(理想が高いから、相手にも完璧を望まれるのかしら?)
そんなことを考えていたら、ふとハーネルドと目が合った。不躾な視線を送ってしまったことが途端に恥ずかしくなったフォルティアナは、思わず目を逸らしてしまった。
「とても硬いんですね」
リーフゴムの実に触れたクリストファーが、軽く手の甲で叩いてコンコンと音を鳴らしてくれたおかげで自然と視線がリーフゴムの実に集まる。
「この硬い外皮の中に大きな種がありまして、その中に貯まった液状の胚乳を使います。まずはナタで外皮を削り、その後にノコギリで種皮に慎重に切り込みを入れて液体を取り出します」
ナタを手にしてプルプルと右手を震えさせるパナマに、「おい、大丈夫か?」とハーネルドが声をかける。
「昔はよくやっておりましたが、私も年を取ったものですな……」
「貸せ、俺が代わりにやってやる」
「貴族であるハーネルド様にそのような……」
「じゃあクリスにやってもらうか?」
「そ、それこそ滅相もございません!」
「あの細腕でやれるわけないだろう。だからここは俺に任せろ」
そう言ってハーネルドはパナマからナタを受け取った。
ハーネルドの余計な言葉にカチンときたのか、「僕がやるよ、貸して」とクリストファーが手を伸ばす。
「やめとけ、クリス。ライオネル様ならまだしも、病み上がりのお前には無理だ」
「最初から無理って決めつけられるの、僕すごく嫌いなんだよね。さぁ、つべこべ言わずに貸して」
(気のせいかしら、クリストファー様の雰囲気が少し変わったような……)
クリストファーに逆らえなかったのか、「わ、わかった」とハーネルドはナタを渡した。
リーフゴムの実をじっと観察し、クリストファーは隅からコンコンと音を鳴らして音の変化の違いを聞き分ける。
目的の場所を探り当てたらしいクリストファーは、左手でリーフゴムの実を押さえて固定すると、右手でナタを振り下ろした。
ヘタに向かうよう上部5センチ付近から斜めにスパンと削ぎ落とし、白い内皮が見えた。数度回転させて同じように刃を入れ、ヘタ部分の硬い外皮を見事に削りとった。
「こんなに綺麗に外皮を削げるなんて! ヘタ部分が内皮が厚いと、よくお分かりになりましたね」
「異国の図鑑に載っていた、ヤシ科の植物の構造と類似してるのではないかと思いまして」
「クリス、お前にこんな力があったのか……!?」
「素の力だけなら、鍛えてる君には敵わないよ。でもこういう道具は力がない者でも扱えるように、考えて作られてるんだ。どこかの誰かさんみたいに、力任せにやればいいっていうものでもないからね~」
(初めてご覧になったリーフゴムの外皮を、ここまで綺麗に削げるなんてすごいわ!)
大体初めての者は、真ん中に刃を入れて真っ二つに割ろうとする。リーフゴムの実は垂直方向に割ろうとすると、とても硬く刃が欠けることがある。それに外皮が頑丈な分、内皮が薄くて種皮も柔らかく中の胚乳が漏れやすい。対照的にヘタ部分は比較的内皮か厚く、外皮を削っても中の胚乳が漏れにくい構造をしている。
微かな音の変化で中の胚乳の貯まった場所を探り、飛び散らないよう的確に狙って削ったクリストファーの鋭い感性と洞察力に、フォルティアナは感銘を受けていた。
「クリストファー様、すごいです!」
クリストファーに羨望の眼差しを向けるフォルティアナを見て、ハーネルドは悔しそうに拳を握りしめる。
「貸せ、今度は俺がやってやる!」
いつの間にかリーフゴムの実をもう一つ持ってきていたハーネルドは、ナタを掴むと一気に振り下ろした。
「お、お待ちください、ハーネルド様!」
その角度はまずいと、フォルティアナが止めに入るも時既に遅し。
パコンと嫌な音がして、真っ二つに割れたリーフゴムの実からベトベトの白い液体がこちらに飛んでくる。
咄嗟に前に出たクリストファーが、液体がかからないよう庇ってくれた。
(クリストファー様、私を守るために……)
「ティア、大丈夫?」
「はい。庇ってくださり、ありがとうございます」
ドキドキと脈打つ鼓動を抑えながら、フォルティアナは答えた。
無事でよかったと一息ついたクリストファーは、正面のハーネルドに鋭い視線を送る。
「ネル、さっきの話聞いてた? こうなること、予測できなかったの?」
タラタラと白い液体を滴らせながら、クリストファーは黒い笑顔を浮かべている。
「は、はは、クリス……水も滴るいい男に、なったな……」
さーっと、目を逸らしながらハーネルドは声を絞り出す。彼の大きな身体は、心なしかガタガタと震えていた。
「クリストファー様、こちらをお使いください!」
フォルティアナがハンカチを差し出しすも、クリストファーはそれを受け取らなかった。
「ありがとう、ティア。気持ちは嬉しいけどこのまま拭ったらハンカチをダメにしてしまうから、洗ってくるよ」
大量に全身に被ったリーフゴムの白い液状の胚乳は、小さなハンカチで拭うには焼け石に水のようなものだった。
クリストファーは外で控えていた護衛騎士ラルフに予備の軽装着を持ってくるよう指示を出し、パナマに案内され、洗い場の方へと向かった。
ハーネルドと二人納屋に残されたフォルティアナは、さきほど目を逸らした負い目から若干の気まずさを感じていた。










