第44話 世界を変える奇跡の素材!?
皆の視線が割れてしまったリーフゴムボールに注がれた。
「うわーん! お兄ちゃんが僕のボール壊したー!」
「ひどいよー! キースの特別だったのにー!」
泣き始めてしまった二人を見て硬直したハーネルドから、タラタラと冷や汗が流れ落ちる。
「ごめんね、キース、ミランダ。ハーネルド様も悪気があったわけじゃないの」
「とても大切なものだったんだね。キース君、よかったら弁償させてほしいんだけど」
フォルティアナとクリストファーはすかさず子供達に寄り添いなだめる。しかしキースは首を振りながら叫んだ。
「あのボールは、亡くなった叔父さんが誕生日にくれた、特別なものだったんだ……!」
(代えのきかない大切な思い出の品だったのね……)
「わ、悪かった。代わりに何でも好きなものを買ってやるから、機嫌をなおせ」
ハーネルドがキースに謝るも、彼の涙は止まるどころか酷くなる一方だった。
「いやだ! 僕はこのボールが好きだったんだもん! うわーん!」
騒ぎを聞き付けて、邸宅から村長のパナマが顔を出す。以前会った時より足腰が弱ってしまったのか、パナマはゆったりとした歩きでこちらへ歩みを進める。
「これは姫様、ようこそお越しくださいました。やけに賑やかでしたが、何かございましたでしょうか?」
「ご無沙汰しております、パナマ村長。実は……」
「じっちゃん! あの怖い人が僕のボール壊したんだよ!」
「可哀想にのう。わしが新しいの作ってやるから」
よしよしとキースの頭をパナマが撫でるも、機嫌は収まらないようで、キースは声を張り上げた。
「いやだ、トーマ叔父さんの作ってくれたあのボールがよかったのに!」
キースは拗ねて家の中に走り去ってしまった。「待ってよ、キース!」と、その後を追いかけてミランダも駆けていく。
「孫達が大変失礼しました。あのボールは愚息が作った少々特殊なものでしてな……って、黒の悪魔……! またお前か!」
壊れたボールからハーネルドの顔に視線を移したパナマは、驚愕の声をあげた。
「誰が黒の悪魔だ、おいぼれ爺!」
「姫様との婚約は破棄したはず、何故ここにおるのじゃ!」
(そうだった。過去の悪行のせいで、エスト村でのハーネルド様の評判はとても悪かったんだった……)
婚約していた当時、初対面であるハーネルドの印象が最悪すぎて、パナマはフォルティアナがアシュリー侯爵領に売られると思ってひどく嘆いていた。
『俺の手にかかればこんなもの、赤子の手をひねるようなものだ』と自信満々のハーネルドは視察中、あらゆるものを効率化するという名目で現場を引っ掻き回してくれた。
『作業が遅い』と、畑にまとめて種や肥料を放り投げたり、『まずは川中の魚を引き寄せろ』と、魚釣り用の餌を川に全て落としてしまったり、『下手くそども、見本を見せてやろう』と子供達が遊んでいるリーフゴムボールを容赦なく投げたり蹴ったりして無惨に潰してしまったりと、やることなすこと全てが裏目に出てその被害報告は数知れず。
その結果、一の姫様が恐ろしい黒の悪魔に売られるとエスト村では当時、皆に嘆かれていた。
「ティアとは再び婚約した。だから俺がどこにいようが、俺の勝手だろう」
「あぁ、なんともおいたわしや……姫様、どうか気を確かに! このパナマ、いつでも姫様の味方ですぞ!」
「ありがとうございます」
(背中にハーネルド様の恐ろしい視線を感じる……でもパナマ村長は相変わらず温かいお方ね)
「ところで、こちらの神々しい殿方はどちら様ですかな?」
パナマはクリストファーに視線を向けながら尋ねた。
「こちらのお方は療養中の第二王子、クリストファー・オルレンシア殿下です。ハーネルド様と一緒に領地改革を手伝ってくださっているのです」
「な、なんと! 初めまして、クリストファー殿下。エスト村の村長を務めているパナマと申します。このような所にまで足を運んでいただけるとは至極光栄にございます」
「こちらこそ、お会いできて光栄です。何かお困りのことがありましたら、是非力になりたいと思っています。よければお話をお聞かせ願えませんか?」
「ありがたき幸せ! 殿下、立ち話もなんですし、どうぞ中へお入りください。さぁ姫様もご一緒に」
クリストファーとフォルティアナを案内するパナマに、ハーネルドがイラつきを露にしながら声をかける。
「おい、おいぼれ爺。その態度の違いはなんだ!」
「ああ、ハーネルド様もおいででしたか。ついでにどうぞお入りください」
「ついでとはなんだ、ついでとは!」
「姫様と殿下の手前、あまり悪行を語りたくはありませんが、悪魔と呼ばれるだけのことをした自覚はございますかな?」
「ちっとも心当たりないな。年のせいで目まで悪くなったか、もうろく爺」
(まずい。このままでは昔のように、とんでもない喧嘩が勃発してしまうわ……)
本来なら婚約者であった自分が、同伴するハーネルドの行動を諫めて止めなければならなかった。けれど当時、フォルティアナにはそれが出来なかった。ハーネルドの機嫌を損ねることを怖れていた自分の代わりに、パナマがハーネルドに苦言を呈して気持ちを代弁してくれた。平民が貴族に逆らえば不敬罪で捕まる可能性もある。それでも当時、パナマはフォルティアナを庇い盾になってくれた。
「パナマ村長、どうか今は私を信じてください」
「姫様……」
一瞬即発な二人の間に割って入ったフォルティアナは、さっとハーネルドの隣に移動し、彼の左腕に手を添えて共に歩くよう促す。
「い、行きましょう。ハーネルド様」
(子供だったあの頃とは違う。何か問題が起きる前に、今度は絶対止めてみせる)
「あ、ああ」
大人になったハーネルドが昔のように癇癪を起こさないと信じたいが、いざという時の保険は大事だと、心なしかフォルティアナの手には力が籠っている。
(大切な領民達は、私が守る!)
どこか緊張した面持ちのフォルティアナとは対照的に、「フォルティアナが自ら俺の隣に!?」と嬉しさのあまり赤面した顔を隠して、平静を装うのにハーネルドは必死だった。
一体何をやらかしたらこんなことになるんだろう? とクリストファーはそんな光景を見ながら苦笑いを漏らしていた。
◇
屋敷の中へ案内され、ひと息ついた所でパナマが口を開いた。
「遠路はるばるようこそお越しくださいました。実は今、村の焼却炉が故障しておりリーフゴムの実の処分が追い付いていないのです」
パナマの話によると、焼却処分が追い付いていないため臨時で処分予定のものを近くの空き倉庫に保管しているらしい。しかしどこも倉庫がいっぱいになりつつあり、頭を悩ませているとのことだった。
(リーフゴムを輸送している荷馬車が多く目についたのは、そのせいだったのね)
「焼却炉の修理はいつ終わるんだ?」
ハーネルドの質問に、パナマは眉根を寄せつつ答えた。
「長年稼働していた設備でして、安全面を考慮して全体を作りなおす必要があります。しかし大掛かりな修理工事費用の目処がたたず、焼却処分をやめ、別の処分方法を考えていたのです」
話を静かに聞いていたクリストファーが、おもむろに口を開く。
「そのリーフゴムの実を、別のことには使えないでしょうか?」
「食用には向きませんし、扱いも難しく、子供達の遊ぶボールを作るくらいしか使い道がないのです」
「あのボールは、リーフゴムの実から作られていたのですか?」
「ええ、そうです。ろ過したリーフゴムの大きな種から取った胚乳にレモン汁を少々入れて天日干しにして乾かした後に、空気をいれて膨らませたものでございます」
クリストファーはハーネルドに「ボールの残骸を貸して」と手を出した。
「クリストファー様、どうかなさいましたか?」
受け取ったボールの残骸を引っ張っては縮めてを繰り返すクリストファーを見て、フォルティアナは首をかしげる。
「ティア。リーフゴムの実は、世界を変える奇跡の素材になるかもしれない」
「世界を変える奇跡の素材、ですか?」
「伸縮性に優れたこの素材は、あらゆる可能性を秘めている」
「これがか……?」
訝しげに眉をひそめ立ち上がったハーネルドが、クリストファーの手からびよーんと伸ばしてボールの残骸をつまみ上げる。
「例えばネル、君が髪を結っているその紐だって、これを細くして輪状にすれば伸縮性を利用して簡単に束ねることが出来る。この衝撃を抑える弾力性は、加工すれば履物や機械の部品などあらゆるものに使えるだろう。それだけじゃない、車輪に使えば何が出来ると思う?」
「揺れが軽減され乗り心地は格段に上がるだろう。だが摩擦や熱に強くないと、いくら優れてようが車輪には使えない。それに握っただけで潰れるようじゃ論外だ」
「じゃあもしも、それらを全て可能にしたら?」
クリストファーの凛とした声が室内に響く。挑戦的にハーネルドを見上げるクリストファーの眼差しに、ハーネルドは想像して思わずゴクンと生唾を飲み込んだ。
「喉から手が出るほど、欲しいだろうな」
(不思議ね。クリストファー様なら本当に、それらを可能にしてしまえそうだわ)
「聞いたかい、ティア。この実は、ネルが喉から手が出るほど欲しいんだって」
こちらへにっこりと笑いかけてくるクリストファーに、ハーネルドが待ったをかける。
「ちょっと待て、全てを可能にしたらの話だ!」
「ネル、僕の得意分野は何だったか忘れたのかい?」
「何でも得意だろうが!」
「ごめん、聞き方を間違えた。僕が好きな分野は?」
「科学だろう……まさか!」
「すごく研究のしがいがありそうだ」
静かに話を聞いていたパナマが戸惑いがちに尋ねる。
「あの、殿下。本当にあの実にそのような価値が……?」
「調べてみないと確かなことは言えませんが、人々の生活を便利で豊かにする大きな可能性を秘めた素材だと、僕は思っています」
「処分するのにも費用がかかっていたあの実に、そのような可能性が! 殿下、よかったらボールを作る工程を実際に見ていかれませんか? キースにも新しいボールを作ってやる必要がありますし、我々が持っている知識でよければ是非お役立てください」
「ええ、是非お願いします」
パナマに案内され、フォルティアナ達は裏手にある納屋へ移動した。
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