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【コミカライズ】汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない  作者: 花宵


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42/58

第42話 いつにもまして賑やかな朝でした

 翌日の朝、グランデ伯爵邸は朝から賑やかだった。


「シルヴィ! お弁当忘れてる!」

「トリー姉様も、リボン曲がってるわ!」


 学園に通う妹達が慌ただしく朝の準備をし、馬車に乗り込む。


「トリー、シルヴィ、気をつけてね」

「いってきます、ティア姉!」

「いってくるであります、ティア姉様」


 制服に身を包んで出掛ける妹達をエントランスで使用人達と一緒に見送り、朝の嵐が去った。


「おはよう、ティア」

「おはようございます、クリストファー様」

「朝からとても賑やかだね。もう二人は出掛けたの?」

「はい。学園までは少し距離があるので、早めに出掛けて朝食はいつも馬車の中でいただくんです。騒々しかったですよね、眠れましたか?」

「うん。よくしてくれるおかげでぐっすり。ティアは今から出掛けるの?」

「はい。いつも朝食前に、温室の植物達に水をあげてるんです。それとクリストファー様専用のスペースを整えようと思いまして!」

「約束覚えててくれたんだ。嬉しいな、僕も行っていい?」

「もちろんです!」


 グランデ伯爵邸の裏側に作られた小さめの屋敷程度の広さの温室へ、フォルティアナはクリストファーを案内した。


「色んなものが植えてあるんだね」


 フォルティアナが品種改良の実験に使っている温室は、花から野菜、ハーブまで様々なものが植えられていた。


「品種改良して、安定的に育てられる作物を探してたんです」


 輸送の日数やコストの面を考えて、ある程度日持ちがするもの。なおかつ人々が安定的に欲するものが望ましい。そんな第二の稼ぎ頭となってくれるものが欲しい。


「今年はクリスタルローズの育成に挑戦してみようと思ったのですが、想像以上に難しそうなので他の手も考える必要があるなと思ってまして……」

「昨日話してた者については近いうちに来てくれるから、もう少しだけ待ってね」

「はい、ありがとうございます!」


 実験用の一角で、まだ何も植えていない区画にクリストファーを案内する。


「ここをクリストファー様専用の作物畑にしたいと思っているのですが、いかがでしょう? もしお花を育ててみたい場合は、植木鉢やプランターもすぐにご用意いたします!」

「ありがとう。出来れば野菜を育ててみたいな。何かおすすめのものはある? 初めてで分からなくて」

「収穫が早くて育てやすいのは、以前お話したラディッシュです。これから夏野菜の季節にもなりますし、トマトやレタス、カボチャにきゅうり、とうもろこしなども美味しいですよ」


 そんなにたくさんあるんだねと驚くクリストファーに、フォルティアナは笑顔で提案する。


「よかったら領地の視察のついでに、実際に種や苗を見に行きませんか?」

「うん、楽しみだな」

「すぐに水やりを済ませますので、よかったら中を見学されていてください」


 道具箱からじょうろを取り出したフォルティアナは、隅に設置された蛇口から水を汲む。クリストファーを待たせてはいけないといつもより多めに水を入れたじょうろは重く、それでも我慢して持ち上げ歩くフォルティアナの身体は少しふらふらしていた。


(お、重い。やはりもう少し減らしてくればよかったわ……)


 水をまきながら、フォルティアナの腕はプルプルと震えていた。横に足を踏み出した時、小石を踏んで身体が傾く。

 転ぶと思って衝撃に備えた瞬間、背中に手が添えられてじょうろが軽くなった。


「よかったら、僕にやらせて」


 耳元で囁かれた透き通ったクリストファーの声に、フォルティアナの耳が赤く染まる。

 どうやら倒れないようクリストファーが身体を支えてくれ、じょうろ代わりに持ってくれたらしい。


「は、はい! あの、クリストファー様、ありがとうございます」


 ――キィーン


 その時共鳴するかのように、頭に響く不協和音が再び鳴る。クリストファーが背中に添えてくれた手を退けると、それは収まった。


(またあの感覚が……一体何だったのかしら……)


「僕がやってみたくてお願いしたんだ。むしろお礼を言うのは僕の方だね。ありがとう、ティア」


 どれくらい水をまけばいいのかな? と、クリストファーは笑顔で問いかけてくる。


(私に余計な気を遣わせないように、気遣ってくださったのね)


 クリストファーのさりげない優しさに、胸の奥からじんわりと温かいものが込み上げてくる。


 そうして水やりを終えた頃、キィキィと空から鳥の鳴き声がした。温室の上空には、旋回して飛び回っている黒い鳥の姿がある。


(この辺では見ない鳥ね)


「クリストファー様、ご覧ください。珍しい鳥が上空を飛んでます」

「あ……うん、そうだね……」


 何故か歯切れの悪くなるクリストファー。黒い鳥は温室の屋根に降りると、クリストファーをじっと見てキィキィと鳴いている。そんな黒い鳥からクリストファーは何故か目を逸らしている。


「あの鳥、もしかしてクリストファー様にご用が……?」

「ははは……どうやら手紙を持ってきてくれたみたい、だね」


(もしかして、私が知ってはいけないことが……!)


「あ、あの鳥がクリストファー様の伝書鳥だとは、誰にも言いませんのでどうかご安心を!」

「いや、別に隠してるわけでもないんだ。よかったらティアも、おいで」


 誘われて温室の外へ移動する。クリストファーが手を伸ばすと、黒い鳥は彼の腕に着地し、クルクルと喉を鳴らして嘴で自身の右足をつつく。どうやら足元に手紙を預かっている合図を送っているようだ。


「すごく賢い子なんですね」


 目を丸くして黒い鳥を眺めるフォルティアナに、クリストファーは頷きながら答える。


「そうなんだ。この子は人を区別できる上に、一度覚えた相手がどこに居ても探してくれるから、こうして遠くの相手に連絡をするのに重宝してるんだ」


 帰巣本能を利用した伝書鳥とは別の特殊な訓練を受けた鳥なのだろう。雄々しいたてがみや漆黒の羽には艶があり、はちみつを溶かしたような金色の瞳は澄んでいる。

 クリストファーが足に巻き付けられた手紙を取っている間、黒い鳥は凛とした佇まいでじっとおとなしくしている。

 どこか気品を感じる美しいその黒い鳥を眺めていたら「か、噛んだりしないから安心してね」とこちらの視線に気付いたクリストファーが心配そうに声をかけてくる。


「佇まいに気品があって、綺麗だなと思いまして」


 フォルティアナの言葉に、クリストファーは驚いたように一瞬目を見張った後、優しく細めた。


「王都ではあまり黒鳥は歓迎されていないから、不気味がる者が多いんだ。ティアが怖がると思って後で受け取ろうと思ったんだけど、平気そうで少し安心したよ」


(だからさっき、歯切れが悪かったのね)


「お名前は何と仰るのですか?」

「ファロだよ」

「ファロちゃん、素敵な名前ですね!」


 フォルティアナが名前を呼ぶと、ファロはこちらを窺うようにじーっと見ている。


「ティアのこと、覚えようとしてるみたいだね」

「仲良くなれたら嬉しいです!」


 期待をこめたフォルティアナの眼差しから逃れるように、ファロは大きく翼を広げ飛び立ってしまった。嫌われてしまったと肩を落とすフォルティアナに、クリストファーが空を見上げるよう促す。


「どうやらファロはティアの事を気に入ったようだね。離れても君が分かるように練習してる」


 ファロはフォルティアナの上空を大きく旋回して飛んでいる。


(嫌われたんじゃなくてよかった。それにしても、とても速く飛べるのね)


 クリストファーと一緒に空を見上げていると、サーシャが朝食の準備が出来たと知らせに来てくれた。

 




 食堂で朝食をとっていると、おもむろにレオナルドが口を開いた。

「殿下、昨夜の件ですが……どのように領地を改革されるおつもりですか?」

(昨夜の件? そういえば昨日の夕食後に二人でお話をされていたわね)

「そうですね。まずは領地を視察して考えをまとめるのに十日ほど、お時間をいただいてもよろしいですか?」

「かしこまりました。ティア、殿下について領地の案内を頼んでも良いかい?」

「はい、勿論です!」

「ありがとう、任せたよ。それから……」


 レオナルドの話の途中で、バタン! と音を立てて開けられる扉の音がした。

 こんなに大きな音を立てて屋敷に入ってくるのはただ一人しかいない。レオナルドが思わず額を押さえ、オリヴィアが小さくため息をこぼしたその時、「さぁ、視察に行くぞ!」とハーネルドの声が伯爵邸に響き渡った。


「ネル……まさか君、いつもそうやって入ってくるの?」

「そうだが、何か問題か?」


 目を丸くするハーネルドに、クリストファーは席を立つと詰め寄って言い放つ。


「問題しかないよ。マイナス百点」


 盛大にため息をついて苦言を呈するクリストファーに、ハーネルドは眉をつり上げて反論する。


「はぁ!? お前が呼んだから来たんだろうが!」


(ま、まずいわ! この流れは……)


 クリストファーの快気祝いパーティの日、庭園で喧嘩を始めた二人の姿を思い出し、フォルティアナは焦りを滲ませる。


「殿下、どうかお気になさらずに。いつものこと、ですから……」

「そうですよクリストファー様。慣れておりますので、大丈夫です」


 レオナルドとフォルティアナが席を立ち、クリストファーをなだめにかかる。クリストファーはこちらを見て目に悲愴感を浮かべると、ハーネルドに向き直り低い声で話しかけた。


「ネル、親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らないのかい? 伯爵やティアが咎めないからって、許可も待たずに入ってくるのはマナー違反だよ」

「昔、伯爵は言った。いつでも我が家のように思ってお過ごしくださいと。今さらそんなもの必要ないだろう?」


 ハーネルドはレオナルドに、鋭い視線を向けて問いかける。


「え、ええ。もちろんです。どうぞお寛ぎください。よければ朝食もご用意いたしますが……」

「ああ、頼む」


 空いた席にどかっと座ったハーネルドに朝食を出すよう、レオナルドは指示を出す。給仕をするメイド達はなんとも慣れた手付きで、テキパキとハーネルドの食卓を飾り立てていく。

 注がれた紅茶を優雅に飲んで一服したハーネルドは、クリストファーに視線を向ける。


「クリス、いつまでも立ってないで座れよ。行儀悪いぞ」

「今の君にだけは言われたくない! 大体君は、もう少し配慮と言うものを学んだ方がいいんじゃないかい?」

「お前と違って俺はここに通いなれているからな。今さらそのような事をせずとも、先方は分かっているのだよ。付き合いの浅いお前と違ってな」


 勝ち誇ったように言い放つハーネルドに、クリストファーはにっこりと笑顔を浮かべて応戦する。


(あぁ、やはり止められなかったわ……)


 そこから始まったクリストファーとハーネルド言い争いに、フォルティアナは思わず苦笑いを漏らす。

 レオナルドとオリヴィアにいたっては、長年の苦労をクリストファーが全て代弁してくれたのを見て、心なしか晴れ晴れとした表情をしていた。

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