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第4話 願いは簡単に、叶うものではありませんでした

 あの日以降、フォルティアナは王家主催のパーティーがある度に、足繁く王城に通うようになっていた。途中で抜け出して向かうのは、勿論リヒトが待つ中庭だった。


 ダンスが行われない昼間の行事の時は、綺麗に手入れされた庭園の花を一緒に眺めたり、他愛ない話をして過ごす。

 なんてことはない日常の出来事から、家族で出かけた時の話など、フォルティアナの話をリヒトはいつも楽しそうに聞いてくれる。

 その中でも、リヒトが特に目を輝かせて聞いてくれるのは、実際にフォルティアナが足を運んだ事のある外国での思い出話だった。

 中庭から動けないリヒトにとって、外の世界の話はとても興味深いもののようだ。


「やぁ、ティア。来てくれたんだ。嬉しいな」

「こんにちは、リヒト様。今日は良い物を持ってきました」


 フォルティアナは家から持ってきたある一冊の本を掲げて見せる。それはまだ行ったことのない北方諸国の地理本だった。

 ページをめくる度に差し込まれている挿絵が、本当に北方諸国を旅しているような気持ちにさせてくれる。


 リヒトと一緒にそれを見れば、まるで二人で本当にその地を巡っているかのような感覚を味わえるはずだ。そう思ってフォルティアナはこの本を持参したのだ。


「一年のほとんどが雪に覆われる寒い地方の本なのですが、雪景色がすごく綺麗なんですよ」


 ページをめくってその挿絵を見せると、リヒトは興味深そうにそれを覗き込む。


「本当にすごく綺麗だ……」


 繊細なタッチで丁寧に描かれた景色が美しく、思わずといった様子でリヒトは感嘆のため息をもらす。

 物に触ることが出来ないリヒトの代わりに、ペースをみてフォルティアナはページをめくっていく。

 楽しそうな表情で本に視線を落とすリヒトを見て、フォルティアナはそっと笑みをこぼす。

 こうやってリヒトとのんびり過ごす一時が、フォルティアナにとって大切な時間になっていた。


「このオーロラって神秘的ですごく綺麗だね」

「確か北方諸国にあるキャンベラという街で年に数回、見ることが出来るそうですよ。私も実際に見たことはありませんが……」

「そうなんだ。いつか見てみたいな。ティアと一緒に」

「ええ。是非私もリヒト様と一緒に見てみたいです」


 リヒトと共にこの挿絵のように美しい景色を実際に巡れたらと、フォルティアナは思いを馳せる。オーロラだけじゃない。世界にはまだ綺麗な景色がたくさんあって、その一つ一つを共に巡ることが出来たらどんなに幸せだろうか。


「リヒト様、この庭園から出てみませんか?」

「そうしたいのは山々だけど、僕はここから出られないんだ。隔てる壁みたいなものがあって、それ以上先には進めなかった」


 光る人が何者なのかフォルティアナには分からない。

 けれどもし仮に、何か閉じ込める結界みたいなものがあって出られないのだとしたら、普通にそこを行き来できる自分が引いてあげれば出られるのではないかと、フォルティアナは考える。


「リヒト様が触れる事が出来るのは、その壁と私だけなのですよね?」

「そうだよ。ここを手入れしてくれる庭師のお爺さんも、たまたま通りかかる人達も、僕が話しかけても気付いてくれない。僕の身体をすりぬけて行ってしまうから」


 成功するとは限らないが、試してみなければ分からない。少しでも可能性があるならばと、フォルティアナは立ち上がって、リヒトに手を差し出した。


「私がリヒト様を外へ連れて行きます。一緒になら、何とかなるかもしれません。試してみませんか?」

「分かった。やってみよう」


 ゆっくりとリヒトの手を引いて、フォルティアナは庭園から歩き出す。あと少しで建物内に入ろうとしたその時、つないでいたはずの手の感覚が消えた。

 急いで振り返ると、残念そうに微笑みながら静かに首を左右に振るリヒトの姿が目に入る。


「ごめんね。やはり僕は、ここから出られないみたいだ」

「リヒト様……すみません。期待させるような事を言ってしまって……」

「ティアは悪くないよ。僕のためにしてくれた事でしょう? 嬉しかったよ、ありがとう」


 屈託のない笑顔でお礼を言うリヒトを見て、フォルティアナは思う。この天使みたいに美しい人は、この綺麗な庭園に宿る精霊さんなんじゃないかと。だからこの空間から連れ去る事が出来ないのかもしれない。


「そろそろティアも戻った方がいい。その本、とても面白かったよ。ありがとう」

「また、来ても良いですか?」

「勿論だよ。楽しみに待ってるね」


 後ろ髪引かれる思いで、フォルティアナは庭園を後にした。


 家に帰ってくるなり書庫に籠もったフォルティアナは、片っ端から本棚を漁った。リヒトをあの場所から連れ出す方法を調べるために。精霊に纏わる記述のある本がないか調べるも、どれも架空の物語ばかりで、有力な情報は得られなかった。


 王都に滞在している間は、王立図書館にも足繁く通った。膨大な数のある本を片っ端から調べるも、中々お目当ての本は見つからない。海に落ちたまち針を見つけるかのような、途方もない作業だ。そもそも答えのある本があるとも限らない。


(ヴィヴィアナ……貴方なら、何か知っているのかしら)


 王立図書館に捕らわれていた、仲の良かった光る人である友人ヴィヴィアナ。子供の頃、両親に「もう会いに行ってはいけない」とその仲を引き裂かれて以降、彼女はこの場所から姿を消してしまった。


(リヒト様まで消えてしまったら……)


 こみ上げてくる不安を必死に抑えながら、フォルティアナは時間ある限り必死に書物を漁った。

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