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【コミカライズ】汚名を着せられ婚約破棄された伯爵令嬢は、結婚に理想は抱かない  作者: 花宵


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第32話 アシュリー侯爵家の工房は夢いっぱいです!

「お帰りなさいませ、旦那様。ようこそお越しくださいました、クリストファー殿下、フォルティアナ様」


 ハーネルドにエスコートされ蒸気自動車を降りると、大勢の使用人に出迎えられた。


「かろうじてあった花壇、どこに行ったの?」


 平らに舗装された庭園を眺めながら、クリストファーが尋ねる。


「中庭に移動させた。試運転するのに邪魔だからな」


 存在感のある三階建ての屋敷の左前方には、ずらりと並ぶ蒸気自動車、その向かいには大きな工房がある。


 夜とは思えないほど明るくライトアップされた広い庭園は綺麗に白いコンクリートで舗装され、道しるべのように施された発光塗料の黄線が輝きを放つ。


 アシュリー侯爵邸を囲むようにその舗装は続いており、庭園自体がまるで幻想的なレース場のようだった。


(あの工房では今、どんな新しいものが生み出されているのかしら)


 子供の時、一度だけ見学した事のあるアシュリー侯爵家の工房は、フォルティアナにとって楽しい玩具工房のようだった。


 試作品として作られたミニチュア版の見たこともない便利な機械達。それは子供心をくすぐるにはじゅうぶんで、見ていてとても楽しかった記憶がある。


「後で見学するか?」


 工房を眺めるフォルティアナの視線に気付いたハーネルドが声をかける。


「よろしいのですか?」


 嬉しそうに瞳を輝かせて問いかけてくるフォルティアナに、ハーネルドは「ああ」と呟き、赤くなった顔を隠すように口元を手で覆った。


「嬉しいです、ありがとうございます!」


 フォルティアナの破壊力抜群の笑顔に完全にやられたハーネルドは体を翻し、ばれないよう背を向けてひとり身悶えていた。


「い、いずれ侯爵夫人になるのだ。しっかり見ておくんだぞ!」

「はい、勉強させていただきます!」


 そんな二人のやり取りを眺めながら、「本当に不器用だな……」とクリストファーが苦笑いを漏らす。


「ティア、今のネルの言葉、翻訳してあげようか?」


 ハーネルドが背中を向けている間に、クリストファーはこっそりとフォルティアナに耳打ちする。


「翻訳、ですか?」

「『是非君に見せたいものがある。喜んでくれると嬉しいな』だよ」

「そ、そうなのですか……?」

「クリス! よ、余計な事を!」

「フフフ、図星だね!」

「ハーネルド様、とても楽しみです」

「あ、ああ……」


 ハーネルドが現れてから主達の様子を後ろから静かに見守っていたサーシャは、潤滑油のように場を和らげてくれるクリストファーの配慮に深く感銘を受けていた。


 ティア様が嫁ぐなら、あの悪魔よりクリストファー様のような優しい方が絶対に相応しい……この一年でどうにか出来ないか、サーシャは密かに脳内で策を巡らせていた。





 夕食を終えた後、ハーネルドの案内の元フォルティアナはクリストファーと共に工房へ向かった。


「クリス、疲れているだろう? 無理せず休んだ方が良いのではないか?」

「列車の中で休んだから問題ないよ。それよりも、どこまでアシュリー領の技術革新が進んだかの方が気になるな」

「ふっ、見て驚くがいい」


 ハーネルドが自信満々に工房の扉を開けた。金属とオイルの匂いが漂う工房には、開発途中の様々な機械の試作品が置かれていた。


「懐かしいものが、あるね」


 正面に飾ってあった小型のラジコンカーを見て、クリストファーが驚きで目を見張る。


「覚えてるか? 昔、お前が設計したものを俺が作った。あの時は有線でしか操縦出来なかったが、今は違う」


 ガラスケースから取り出した色違いのラジコンカーを三つ、ハーネルドは机上のサーキッドのスタートラインに置く。青い小型機器をクリストファーに、赤い小型機器をフォルティアナに手渡した。


「この遠隔操作機器(リモコン)を使えば無線で動かせるぞ。ティア、操作の仕方は覚えているか?」

「はい、大丈夫です」

「クリスは説明しなくても分かるな」

「もちろん」

「最初に一周してゴールした者の勝ちだ」


 3、2、1……とカウントし始めたハーネルドの開始の合図で、突然ラジコンカーレースが始まった。


(えっと確か、このスティックを倒して前進だったわね)


 スティックを動かしたい方へ向けると、そちらに進む。昔遊ばせてもらった時の有線のラジコンカーでもすごいと思っていたが、遠隔操作で動かせるのに感銘を受けた。


(すごいわ……!)


 マイペースに楽しみながらゆっくり操縦するフォルティアナとは対照的に、ハーネルドとクリストファーは激しいカーレースを繰り広げていた。


「へぇー加速まで出来るんだ」

「くっ、初めての癖に何故そんなに上手いのだ!?」

「なんとなく?」

「だがそのスピードで先のカーブは曲がりきれまい! コースアウトは失格だ!」


 先に迫る激しい直角に近い急カーブを見て、クリストファーは口元に笑みを浮かべる。


「フフフ、コースアウトしなきゃいいんでしょ」


 巧みな操作で壁を走らせコースアウトを免れたクリストファーは、そのまま一位でゴールした。


「はぁ!? な、何だと!?」


 驚きでハーネルドの手からぽろっとリモコンが落ちる。


「すごいです、クリストファー様……!」


(まるで、ラジコンカーが生きてるみたいだった)


 壁にぶつかってばかりでカーブを曲がるのさえ難しかったのに、スピードを落とさず見事に曲がりきったその操縦技術の高さは目を見張るものだった。しかも、初めて操作するというからなお驚きだ。


「いやーまぐれだよ」


 圧勝しても決して傲らず謙遜するクリストファーに、ハーネルドは悔しさを滲ませる。


「クリス、もう一度勝負だ!」

「いいよ」

「くっ、もう一度だ!」

「かまわないけど……」


(ハーネルド様がここまでやっても敵わないなんて……)


 涼しい顔で圧勝し続けるクリストファーに、ハーネルドは何度も勝負を挑む。そんな二人の勝負を眺めながら、フォルティアナは驚きを隠せなかった。


 回数をこなすごとにハーネルドの操縦も上手くなっている。しかしそれはクリストファーも同じで、計算されたコースの最短ルートのギリギリをスピードを落とさず華麗に走らせていた。まるでラジコンカーが自身の限界に挑戦しているかのように、楽しそうに見えた。


「やった、勝ったぞー! 見てくれたか? ティア!」


 そこからさらに勝負を繰り返すこと数回、ようやくハーネルドが勝利したものの、フォルティアナは誤魔化すように笑って答える。


「は、はい! おめでとうございます……」

「おめでとう、ネル」


(クリストファー様、最後わざと手を抜かれていたわ……)


 どれだけすごい操縦技術をお持ちなのかとクリストファーの手元を見ていたフォルティアナは、気付いてしまっていた。終盤、クリストファーがリモコンから指を浮かせ、わざと減速させていたのを。


 フォルティアナの視線に気付いたクリストファーは、ハーネルドに気付かれないようしーっと唇の前に人差し指をたてる。コクコクと首を縦に振って頷くと、クリストファーは微笑みかけてくれた。


「それよりもネル、ティアに見せたいものがあったんじゃないの?」

「はっ、そうだった! 取ってくるから適当に見学しててくれ」


 そう言い残して、ハーネルドは工房の奥の部屋へ向かった。


「ばらさないでくれて助かったよ」

「どうして手を抜かれたのですか?」

「徹夜コースは勘弁して欲しかったからかな」

「徹夜コース、ですか?」

「ネル、負けず嫌いだから自分が勝つまで何度も挑んで来るんだよ」

「そうだったのですね」

「あからさまに手を抜くと拗ねるから、加減が難しいんだ」


 昔を思い出したのか、クリストファーは苦笑いを漏らす。


「それにティア、見てるだけじゃ退屈でしょ? こんなに素敵なレディを放っておいて、一晩カーレースなんてごめんだよ」


 おどけた様子のクリストファーにつられ、「ふふっ、お気遣いありがとうございます」とフォルティアナから笑みがこぼれる。


「技術力もさることながら、クリストファー様はとても優れた感性をお持ちなのですね!」

「僕が……優れた感性を?」


 フォルティアナの言葉に驚いたのか、クリストファーの声には戸惑いが混じっていた。


「ダンスにしてもエスコートにしても、クリストファー様は私がやりやすいように、とても柔軟に合わせてくださいました」

「それは意識すれば、きっと誰でも出来る事だよ」


 お世辞にも上手とは言えないフォルティアナのダンスの動きに合わせて、初回から完璧にリードしてくれた。

 それに加えて初めて操作するリモコンの感覚を少し触っただけで理解し、見事な走りを見せた。

 普通の人には到底出来ないことだろう。

 丁寧なエスコートなどの細やかな気遣いや、相手の気持ちを悟り配慮する優しさ。元々あった優れた能力に加えて、相手や物の状況や特性を機敏に感じとる優れた感性が加わる事で、可能にしたのではないかとフォルティアナは考えていた。


「先ほどのカーレースにしても、まるでラジコンカーが生きているように見えたんです。それはきっとクリストファー様の優れた感性が、瞬時に相手の心に寄り添った対応や行動を可能にしているんじゃないかなと思ったんです」

「ティア、少し僕を買いかぶりすぎだよ」

「そうは思いません。だって作られた機械が生きてるように見えるって、とても凄いことですよ!」


 嘘偽りのないフォルティアナの言葉に、クリストファーは大きく目を見開いた。


 オルレンシア王国の王族には、イシュメリダ神の加護が色濃く宿っている。初代国王はその祝福を受けた際に、自身の力に一番適した武器である『聖剣』を授かった。


 その祝福は子孫たちにも受け継がれ、王族の男児は生まれた時に『聖物』と呼ばれる特殊な宝玉を握りしめて生まれてくる。それは十歳の誕生日を迎える日に、その者の才能や適正に応じた『なにか』に変化を遂げる。


 王族の男児はそうして、神から何かしらの優れた能力を授かり、『聖物』を使いこなして、これまで国を支えてきた。


 王族として生まれ、イシュメリダ神の加護を色濃く受けた容姿を持っているにも関わらず、武芸に優れ人格者である兄のように誇れるものを、クリストファーは持ち合わせていなかった。


 だから必死に勉強して、せめて知能を身に着けようと頑張った。脳筋な部分がある兄の役に立てるようにと。


 そうして迎えた十歳の誕生日、初代国王のように立派な聖剣を授かった兄と違って、クリストファーが授かったのは小さな拳銃だった。


 遠距離から一方的に敵を痛めつける卑怯な武器が、自分に一番適したものなんだと思い知らされた瞬間、クリストファーは大きく落胆した。


 誰かの後ろに隠れて卑怯に生きろ――そう言われているようで、とても悔しかったのだ。


 それでも平和な治世が保たれるなら……たとえ卑怯な生き方でも必要なことだと自分に言い聞かせ、兄を立てて影に徹するよう努めてきた。


 全ては尊敬する兄のために――そして、第二王子としての役目を全うするために。


 人の感情の機微を見逃さない観察眼を鍛え、嘘に騙されないようあらゆる知識を身に付け、敵意を悟られない天使の笑顔で本音を隠し、心優しき虚像の王子を演じ続けた。


 その過程で褒められることはあっても、それは努力してきた結果がたまたま実を結んだだけ。誰でも同じくらい勉強をすれば、出来ること。


 そうして自分に足りないことは努力で補い続けた結果、何をやっても卑怯な生き方の術が増えるだけだった。神が与えてくれた祝福を、自身が持つ優れた力を、クリストファーは自覚することが出来なかった。


 ただ何も気負わず、純粋に楽しんでいただけだった。そんなカーレースを楽しむ自身の姿を見て、ずっと知りたかった答えをもらえるとは思いもしていなかった。


「僕にも……あったんだ……」


 拳銃を使いこなすには、高い集中力や照準をブレさせない技術力の他に、周囲の環境が及ぼす外的要因を把握した上で、動く獲物をよく観察して相手の動きを読みとる力が必要だ。そうして全て考慮した上で、瞬時に引き金を引く判断力まで要求される。


 それらの力は応用すれば、様々な場面で生かすことができた。人々の機微を読み取り相手に合わせることも、初見で把握するのが難しそうな機械や道具の操作でも。

 神が自身に聖物として拳銃を与えたのは、そのような能力に優れていると教えるためだったのかもしれない。


 イシュメリダ神が与えた祝福が、確かに自分にもあった。フォルティアナの言葉で気付かされたクリストファーの青い瞳からは、思わずつーっと滴が頬をつたう。


「変なことを申し上げてすみません! よかったらこちらを……」


 フォルティアナはそっとハンカチを差し出す。そこで初めて、クリストファーは自身が涙を流していたことに気付いた。


「ありがとう、ティア。君の傍はやはり、とても温かいね」


 ハンカチを受け取ったクリストファーは慌てた様子で涙を拭い、恥ずかしそうに頬を赤く染め微笑みかけてくる。その笑顔は息を呑むほど美しく、思わず見惚れてしまった。


 しかし視界の端に映る自身の縫ったなごみくまさんの刺繍が目につき、フォルティアナは途端に青ざめる。


(私ったら、なんてハンカチをお渡ししているのよ!)


「このハンカチ、貰ってもいいかな? 今度お礼をするから……」

「どうぞお使いください。替えは鞄にあるので、お気遣いいただかなくて大丈夫ですよ」


 今度から練習で施した刺繍ハンカチを持ち歩くのはやめようと、フォルティアナは固く心に誓った。


「待たせたな、これを見てくれ!」


 その時、大きな箱を抱えたハーネルドがちょうど戻ってきた。

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