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第3話 月明かりの下で私を救ってくれたのは、とても眩しい方でした

 とにかく人が居ない方へと足を進めるうちに、王城と離宮の間にある中庭に出た。そこまで大きくはないものの、月明かりに照らされた花が美しく咲き誇る立派な庭園だ。


 ついに堪えきれなくなって、フォルティアナの瞳から涙がこぼれ落ちる。一度流れ出てしまったら止めることが出来なくて、しゃがみこんでそのまま声を押し殺して静かに泣き続けた。


「どうしたの? 何がそんなに……悲しいの?」


 その時、遠慮がちに優しく声をかけられた。顔を上げるとそこに居たのは、月明かりの中で一際輝きを放つ光る人だった。辺りが暗いせいで顔がよく見えない。でも透き通るようなテノールボイスと身長の高さから、彼が男性だと分かった。


 フォルティアナは昔から、普通の人には見えない人が見える。そして言葉を交わすことが出来た。

 端から見るとその様子は、誰も居ない方を見て独りで喋っているようにしか見えない。おかしな子だと思われないよう両親に、光る人に話しかけられても決して返事しないようきつく躾けられてきた。

 でもこの時だけは、それを守ることが出来なかった。誰でもいいから、この気持ちを受け止めて欲しかったのだ。


「ダンスが苦手な私のために、足を腫らしてまで、サーシャは練習に付き合ってくれました。それなのに……誰も、私にダンスを申し込んでくれませんでした。“どんがめ姫”って不名誉なあだ名を撤回する機会さえ、与えてもらえなくて……ひどく惨めに思えて逃げ出してしまったのです。そんな自分が不甲斐なくて、悔しくて……っ」


 泣いたって何も変わらない。そう分かっているのに、思い返すと悔しくなって涙が止まらなくなる。

 静かに話を聞いていた青年は、フォルティアナの前で跪くと、そっと手を差し出した。


「僕と一曲、踊ってくれませんか?」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。ポカンとした顔でフォルティアナは青年を見上げる。


「こんな所で踊っても、不名誉なあだ名の撤回は出来ないけれど……その、気晴らしぐらいにはなるかもしれないし……だめかな?」


 少しして言葉の意味を理解したフォルティアナは、詰め寄るように問いかけ直した。


「いいんですか? 謙遜でもなんでもなくて、私……本当にダンスが下手で……その、あなたの足を踏んでしまうかもしれませんよ?!」

「サーシャ……さん? と一緒に、たくさん練習をしたのでしょう? でしたら、大丈夫ですよ」


 眩しくて青年の顔はよく見えないけれど、声のトーンから優しく笑いかけてくれているのが分かる。


「是非ともお願いします!」


 フォルティアナはペコリと頭を下げる。

 差し出された青年の手に、そっと自身の手を重ねた。

 ひんやりと感じるその手が、彼が普通の人間ではないと教えてくれる。でも、怖くはなかった。


 そのまま立ち上がらせてもらって、身体を引き寄せられる。間近で見た青年の顔は、女のフォルティアナでも思わず見惚れてしまうほど整った顔立ちをしており、儚げな美しさを放っていた。

 腰に手を回され、密着した身体に緊張が走る。思わず肩が大きく震えてしまった。


「大丈夫。とって食べたりしないから、怖がらないで」


 青年は悲しそうに眉を寄せて笑う。その寂しげな面持ちを見て、フォルティアナの胸にズキンと痛みが走る。


 フォルティアナが昔、光る人に話しかけた時。彼等は決まって何も記憶がないのだと言っていた。自分が何者なのか、どうしてここに居るのか分からない。何かに縛られるように、その場所から離れられないのだという。


 誰にも見つけてもらえなくて、不安で押し潰されそうになった時、フォルティアナが見つてけてくれた。話を聞いてくれた事が嬉しくて仕方が無かったと、屈託なく笑う彼等に害はなかった。怖いなんて思うはずがない。


「怖くなんてありません! 不快な気持ちにさせてしまったのなら、申し訳ありません。その……近くで見るとあなたが、あまりにも綺麗な顔立ちをされていて、緊張してしまっただけで……」


 恥ずかしくなって、月明かりの中でも分かるほどフォルティアナの頬は赤く染まる。その顔を見て、青年は安心したようにほっと吐息を漏らす。


「僕には自分がどんな顔をしているのか、分からないんだ。でも……君がそう言ってくれるなら、容姿は誇ってもいいのかな?」


 冗談めかして問いかけてくる青年に、笑顔で言葉を返す。


「ええ。とても誇っていいと思いますよ」

「ありがとう」


 お礼を言って屈託なく嬉しそうに笑う青年につられ、フォルティアナの顔にも笑みがこぼれる。気が付けば、先程まで感じていた緊張は解けてリラックスしていた。


「次のフレーズから、始めよう」

「はい、お願いします」


 パーティーホールから漏れてくる音楽に耳を澄まし、タイミングを合わせて踊り始める。


(──しまった!)


 気合いを入れすぎて大きく踏み込みすぎたと思ったが、フォルティアナが青年の足を踏むことはなかった。どうやら上手く避けてくれたらしい。

 遅れそうになるステップに足がもつれ転びそうになっても、青年が上手くリードして支えてくれた。

 フォルティアナの失敗を、青年は涼しい顔でことごとくカバーしていく。そのおかげで、自信を失うことなくフォルティアナは次のステップを踏むことが出来た。


 ここにはフォルティアナを蔑む視線もなければ、嘲笑う声もない。

 のびのびと自由に踊ることが出来た。

 幻想的な月明かりの下で、素敵な男性にエスコートされて踊る。夢の世界にいるかのような心地よさだった。

 もっとずっと、このまま踊っていたい。


 そんな感情があふれてきて気が付けば、音楽に遅れることもなく、途中参戦ではあるもののフォルティアナは無事に一曲踊り終えた。


 感じたことのない爽快感が、フォルティアナの全身を駆け巡る。 


(まだ踊りたい!)


 初めてだった。

 ダンスがこんなにも楽しいと思ったのは。

 感動で未だに胸が震えている。


「ダンスが、こんなに楽しいものだって……初めて知りました。教えて下さり、ありがとうございます……っ!」


 ポロポロとあふれてくる嬉し涙を拭いながら、フォルティアナは青年にお礼を言った。


「僕も楽しかったよ、ありがとう。よかったら──」


 青年が何かを言いかけてはっとした表情をした後、ばつが悪そうに口をつぐんだ。その時、パーティーの終わりを告げる鐘が鳴る。


「そろそろ戻った方が良さそうだね」


 別れを告げる青年の言葉に、フォルティアナの胸にチクリと痛みが走る。


(これで終わりにしたくない)


 たとえ両親の言いつけを破ることになっても、フォルティアナは青年にまた会いたいと思っていた。


「あの……また来てもいいですか?」

「それは構わないけど……」


 驚いたように瞳を丸くしながら、青年は答える。了承してもらえたことに、フォルティアナはほっと安堵のため息をもらす。


「とても今更なのですが改めまして、フォルティアナ・グランデと申します」

「フォルティアナ……素敵な名前だね」

「親しい者はティアと呼んでくれます。良ければ、そう呼んでもらえませんか?」


 少し慣れ慣れしすぎただろうかと思いながらも、フォルティアナは青年の返事を待った。


「ティア……」


 戸惑いながらたどたどしく呟いた後、青年は目を閉じて何度も繰り返し口にした。

 愛称で呼んでもらえた事が嬉しくて、フォルティアナは彼が「ティア」と呟く度に「はい」と笑顔で返事をする。

 目を開けた青年は嬉しそうに頬を緩めると、今度はしっかりとこちらを見つめて呼びかけてきた。


「ティア」


 透き通った優しい声がフォルティアナの耳に届く。


「はい、何でしょうか?」

「ごめんね、何回も反復しないと忘れてしまうんだ。君に名乗れたらよかったんだけど、生憎僕は……もう自分の名前さえ思い出せない。悔しいな」


 今までの経験から、フォルティアナにはそれが分かっていた。だからこういう時、フォルティアナは彼等に相応しいと思う名前をつけていた。そしてすでにその名前は考えてある。


「もしご迷惑でなければ、リヒト様とお呼びしてもよろしいですか?」

「リヒト……様?」

「あなたは私に、とても温かい希望の光をともして下さいました。外国では光のことをリヒトと呼ぶそうです。なので、リヒト様」

「リヒト……リヒト………」


 青年は忘れないように、何度も反復して授けられた名前を噛みしめるように呟いた。


「リヒト……それが、僕の名前……嬉しいな。忘れない、この名前は絶対に忘れないよ。ありがとう、ティア」


 子供のように無邪気な笑顔を浮かべたリヒトを見て、フォルティアナの心はじんわりと温かいもので満たされていた。

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