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第2話 分かっております、全ては私が招いた事ですから

『ティア。来月王城で、第一王子ライオネル様の誕生パーティーが開催される。それまでに、もう少し踊れるように練習しておきなさい』


 あの悪夢の出来事から二年。

 不名誉な汚名を返上すべく、暇な時間はひたすらダンスの練習に励んだ。誰も居ない場所で、気持ちを落ち着けてひたすらステップを踏む。流れはもう完璧に覚えている。しかしここに相手が加わると、どうしても萎縮してしまうのだ。


 第一王子の誕生パーティーを迎える頃には、練習に付き合ってくれた侍女サーシャの足の指先は、フォルティアナが踏んづけすぎて赤く腫れてしまっていた。


『これくらい大丈夫ですよ、ティア様。それよりも今晩、頑張ってきて下さいね! 練習した通りに落ち着いてやれば、きっとうまくいきます! どうか自信を持って望まれて下さい』


 自分の怪我よりも、フォルティアナの不安を取り除くことを優先してくれるサーシャ。小さい頃から付いていてくれた彼女は、フォルティアナにとって頼りになる姉のような存在だった。

 あの汚名が着せられた時も、サーシャは自分のことのように怒ってくれて、逆にフォルティアナがなだめていた程だ。


『ありがとう、サーシャ。行ってくるわ』

『はい、行ってらっしゃいませ』


(サーシャの思いに応えるためにも、今日こそはあの汚名を返上してみせるわ!)


 そう意気込んで馬車に乗り込み、両親と共に王城へとやってきた──のに、出鼻からハーネルドに絡まれるとはついてない。


 そっとため息をこぼしたその時、式の始まりを告げる鐘がなった。それに合わせて控えていた楽団が開幕の曲を演奏し始める。


 暗黙の了解として、招待客はこれが鳴り終わる前に、王族の通る道を開けるため、壁側に寄らなければならない。


 開幕の曲の演奏が終わった所で、大扉が開かれた。まず最初に国王であるカインが、正妃であるヴィクトリアをエスコートして入場してくる。

 続くのは本日の主役、第一王子のライオネルと、その婚約者である公爵令嬢のミレーユだ。

 そして進行役の宰相と、この国を支える重鎮の貴族達が入場してくる。

 皆に祝杯が行き渡った所で、陛下が式の始まりを告げた。


「今宵は我が息子ライオネルのために、遠路はるばるよくぞ集まってくれた。このめでたき日を無事迎えられたのは、ひとえに貴公等の支えあってのこと。誠に感謝する」


 堅苦しい陛下の口上をどこか上の空で聞きながら、フォルティアナは自身の心を静めていた。

 これが終われば、本日の主役ライオネルとミレーユの開幕を告げるダンスがあの中央の広いホールで行われる。一曲終われば、他の者にもホールが開放され自由に踊って良いのだ。


「それでは、オルレンシア王国の更なる発展と栄光を祈り、共に祝杯を交わそう。イシュメリダ神の導きの元に、多大なる光あらんことを!」


 この国の特産であるメリダの果実から作られた祝杯を口に含む。濃厚なそれは少しとろみがついていて、舌の上でメリダ本来の甘酸っぱさが広がる。


(いよいよね!)


 しばらくして、ライオネルがミレーユをエスコートして、ホールの中央に誘った。音楽の始まりと共に、美男美女のカップルが中央で優雅に踊る。


(ミレーユ様、綺麗だな……)


 気品漂うその一つ一つの所作を食い入るように見つめながら、フォルティアナはそっと感嘆の息をこぼす。

 完璧な所作で二人はダンスを終えた。そして盛大な拍手に包まれた後、ライオネルが来賓に向かって声をかける。


「今宵は私のためにお集まり頂き、誠にありがとうございます。さぁ皆さんも共に、楽しい一時を過ごしましょう」


 とうとうあの不名誉なあだ名を撤回するチャンスが来た。男性陣が次々とパートナーにダンスを申し込み、エスコートしてホールに上がる。

 今か今かとその時を待ち焦がれるフォルティアナの元に、ダンスを申し込んでくれる殿方は居なかった。

 まぁ、ファーストダンスは仕方が無い。大体はパートナーや婚約者と踊る決まりになっている。


 しかし、セカンド、サードになっても誰もフォルティアナの方を見向きもしない。まだパートナーの居ない男性に視線を送るも即行で外されまくる。


 そんなフォルティアナの様子を、ダンスホールの中央から優雅に踊るハーネルドが一瞥すると、嘲るように口元に笑みをたたえた。

 わざとらしく、パートナーの女性を回転させて大技を決めるハーネルドに、他の令嬢達から歓喜の声がわき上がる。


 ハーネルドが自慢げにしてくる事など、今に始まった事ではない。女は忍耐、女は忍耐、気にしたら負けだと、フォルティアナは必死に自分に言い聞かせた。



 男性にとって不名誉な失敗をしたにも関わらず、ハーネルドに人気があるのには理由があった。

 工房都市としてめざましい発展を遂げるアシュリー領は、オルレンシア王国の産業発展の立役者だ。

 流行の最先端をいき、技術力を生かして様々なニーズに合った商品を作り上げてはヒットを飛ばす。人々によりよい便利な生活を提供すべく技術革新に取り組み、その経営を行っているのが、アシュリー侯爵家だった。その跡取りとしての地位と莫大な資産があるのに加え、婚約解消後に流れたある噂にある。


 あの日、ハーネルドは体調が優れなかった。しかしフォルティアナのデビュタントである華々しい日を祝うため、無理をしてパートナーをつとめた。体調さえ悪くなければ、フォルティアナを支えることくらい造作ない事であったはずだと。


 ハーネルドには相手が悪かったと同情の声が寄せられた。それどころか、体調が悪かったのに無理してパートナーを全うしようとしたその誠実な姿勢が褒め称えられた。

 逆にフォルティアナには、“どんがめ姫”という不名誉なあだ名が与えられた。パートナーの不調も見抜けないほど鈍感で、亀のようにノロマなダンスしか出来ないことからもじってつけられたものだ。


 ハーネルドの体調が本当に悪かったのかどうかは、今となっては分からない。

 だが──パーティが始まる前。約束していた時間より三時間も早く来た挙げ句、グランデ家のシェフが作ったランチをたらふく食べ、食後のデザートまで完食し、紅茶のおかわりまでしていた様子を見る限り……とても体調が悪そうには見えなかったとだけ、付け加えておこう。




 会場内を探し回ったものの、結局フォルティアナにダンスを申し込んでくれる男性は現れなかった。

 パーティも終盤に差し掛かり、料理に手をつけながら談笑を楽しむ人が増えてきた。もうあまり時間が無い。

 はしたなくない程度に、フォルティアナが周囲を見渡していたその時──


「無様だな」


 壁にもたれかかったハーネルドが、ワイングラス片手に話しかけてきた。

 どうやら見られていたらしい。恥ずかしくてフォルティアナは思わず俯いた。


 一口でグラスのワインを煽ったハーネルドは、慣れた手つきでそれを横のテーブルに置く。長い足を動かしてフォルティアナに近付くと、彼女にだけ聞こえるように耳元で囁いた。


「お前がどうしてもとお願いしてくるなら、相手してやらない事もないぞ?」


 おそらくこれが、今夜のラストチャンスだろう。笑顔で後押ししてくれたサーシャに良い報告をするには、この誘いに乗るしかない。恥を忍んで口を開きかけたその時──


「まぁ、冗談だがな」


 喉元でクツクツと笑いながら、ハーネルドは去って行った。



──因果応報



 最初にハーネルドを傷付けたのはフォルティアナだ。このような仕打ちを受けたとしても仕方ない。頭ではそう分かっているつもりだった。


 でも……悔しくて、惨めになって、不甲斐なくて。サーシャに申し訳が立たない気持ちで一杯になった。


 その場に居るとみっともなく涙をこぼしてしまいそうになったフォルティアナは、そっと会場を抜け出した。

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