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第18話 貴族としての責務を全うしようと思います

 昔話に花を咲かせたフォルティアナとミレーユは、楽しい歓談の時間を過ごしていた。

 しかしミレーユのこうして元気な姿を確認しても、フォルティアナにはある不安が消えなかった。話に一段落ついた所で、フォルティアナは心配そうな面持ちで尋ねる。


「ミレーユ、身体は大丈夫なの?」


 光る人は、何らかの形で身体と心が分離していた。それは、そうならざるを得ない状況に陥っていたということに変わりはない。


「今は大丈夫よ。元々身体が弱いわけじゃないし。私が倒れたのは、毒を盛られたせいなの。今なら絶対に引っかからないけど、当時の私はまだ子供だったから騙されちゃった」


 毒を盛られるなんてとても穏やかではないことを、ミレーユは余計な心配させまいと、わざと明るい口調で話した。しかしフォルティアナはそれを聞いて、言葉を失ってしまった。


 ヴィヴィアナが元の身体に戻れた事は喜ぶべきことだ。しかしそのせいで、辛い現実と向き合わなければならなくなってしまった。それがミレーユにとって負担になっていたとしたら……暗い顔をしたフォルティアナに、ミレーユは笑顔で声をかける。


「ティア、私は貴女に感謝しているわ。だからそんな暗い顔は止めてちょうだい。またこうしてお話しできて、本当に嬉しいんだから」

「ミレーユ……私も、すごく嬉しいよ」

「本当は最新作の本についていーっぱい語り合いたい所だけど、リリアンヌが直接貴女に手を下そうとしてきた今、あまり悠長に構えていられないわ。あの子には気をつけて。自分が欲しいもののためなら、手段は選ばない……本当に、末恐ろしい子なの」


 ミレーユのティーカップを持つ手が、微かに震えている。実の妹に対して、そこまで怯えるような事があったのだと、フォルティアナは瞬時に悟った。

 何故ミレーユがあの王立図書館で光る人として彷徨っていたのか。思考を巡らせて、その理由と彼女が妹に怯える理由に気付いたフォルティアナは、恐る恐るそれを口にした。


「まさか、貴女に毒を盛ったのは……」

「罰せられたのは、妹の侍女だったけどおそらくは……正当な血を引く私が邪魔だったんでしょうね。あの子はお父様と、その愛人との間に出来た子だから。昔から私に対して、やけに挑戦的なのよ」


 フォルティアナにも妹が二人居る。仲は良好で、二人とも姉であるフォルティアナの事をとても慕っているし、フォルティアナ自身もとても可愛がっている。

 もし自分が妹達に疎まれていたらと想像して、フォルティアナはひどく胸が痛んだ。


「ミレーユ、私に出来ることがあったら何でも言って。力になるから」


 自分に何が出来るのか分からない。けれど、少しでも辛い気持ちを吐き出してミレーユが楽になるのならと、フォルティアナは言葉を紡いだ。


「今は私よりも、ティアの方が心配なのよ」

「私?」

「王家に嫁ぐ事が夢だったリリアンヌは、その血筋のせいで選ばれなかった。そこで目を付けたのが、めざましい発展を遂げるアシュリー侯爵家なのよ。次期侯爵夫人の座を狙って、婚約者である貴女を陥れるため、率先して汚名を着せたのはあの子なの。妹のせいで、ずっと辛い思いをさせて本当にごめんなさい」

「顔を上げて、ミレーユ。貴女は何も悪くない。それにあの事があったから、逆に私は今、ダンスがとても好きになれた。あの方に出会えたから……」


 本来なら何の接点もない第二王子のクリストファー。そんな彼に中庭でダンスの稽古をつけてもらった楽しい日々を思い出し、汚名を着せられた事全てが悪い思い出ではないとフォルティアナは思っていた。


「あの方って誰?」

「え……そ、それは……」

「もしかして、クリストファー様?」

「ど、どうして分かったの?!」

「今日のダンスを見てたら分かるわ。貴方達、本当に楽しそうに踊ってるんだもの。もしかして、私の時みたいにして出会ったの?」

「うん。実は……」


 中庭で共に過ごした半年間の思い出を、フォルティアナはミレーユに話した。


「素敵! 何に対しても一線引いてたクリストファー様が、貴女に夢中になっている理由がよーく分かったわ」

「夢中だなんてそんな……」


 目の前に跪いて、手の甲にキスを落とし、真剣な面持ちでこちらを見つめ、プロポーズをしてくれたクリストファーの姿を思い出す。それはどう考えても、夢中になっていない女性に対して、する行為ではない。そこから導き出された結論に、フォルティアナの頬は林檎のように赤く染まった。


「私、応援するわ! ティアがクリストファー様の所に嫁げば、私達姉妹になれるんだもの! きっと毎日がすごく楽しいわ!」

「残念だけどミレーユ、それは出来ないの」

「どうして?! クリストファー様が貴女にファーストダンスを申し込んだって事は、満更でも無いってことよ?」

「領地を救うためには、ハーネルド様の所へ嫁ぐのが一番なの。アシュリー領と親交を持つことは、今のグランデ領にとって大きな恩恵になる。幸いなことに、ハーネルド様も了承して下さっているから、私は……」


 それが一番なのだと、フォルティアナは自分に言い聞かせた。


「本当にそれでいいの!? ティア、クリストファー様の事が好きなんじゃないの!?」

「好き……そうだね、この気持ちに言葉を付けるなら、きっと私はクリストファー様の事が好きなんだと思う」


 言葉にしてしまえば、簡単な事だったとフォルティアナは気付く。一緒にオーロラを見たい。広い世界に連れ出したいと、心から願った。傍に居るだけで高鳴る胸の鼓動も、会えない間抱き続けた寂しさも、再会して感じた喜びも全て、彼がもたらしたものだった。


 何も考えずに、あの方の腕の中へ飛び込めたらどんなに幸せだろうかとフォルティアナは考える。お互いに、地位も名誉も何もなければそれでよかったのかもしれない。

 しかしフォルティアナはグランデ伯爵家の長女で、クリストファーはオルレンシア王国の第二王子だ。


 危機的状況に立たされたグランデ領を見放して、大切な妹達へ放り投げる事など出来るはずがない。

 息子が、娘が、出稼ぎに行ったまま帰ってこないと嘆く年老いた領民達の声を、無視する事など出来るはずがない。

 若者達が栄えた領土へ行ってしまえば、農村部は廃れる一方だ。領民達が出稼ぎに行かなくて済むよう、安定した仕事を提供し、領地の活性化を図る事が早急に求められている。


「だったら……」


 フォルティアナが夢の時間に居られるのは、本を読んでいる時間だけだった。たがら彼女は昔から、本を読むのが好きだった。物語を追いかけている間は、現実から切り離された空間に自身をおける。その余韻に浸っていられるのが気持ちよかったのだ。そうやって、夢と現実の区切りをつけていた。

 あの庭園でクリストファーと過ごした、夢のような時間を綴った心の本をパタンと閉じたフォルティアナは、夢の世界から現実に戻ってくる。


「それでも私は、グランデ家の長女だから、領民の生活を守る義務がある。深刻な過疎化を食い止めるためには、今はそれが最善の方法なの」


 そう言い切ったフォルティアナの横顔は、グランデ伯爵家の長女、そのものだった。


「ティア……私は貴女に幸せになって欲しい。侯爵家に嫁いで、そこに貴女自身の幸せはあるの?」


 手を伸ばせば届くところに、愛しい人が居るのに、伸ばすこともせずに、貴族としての責務を全うしようとするフォルティアナに、ミレーユは複雑な思いを抱えていた。

 自身も貴族であるため、その責務を負うことは生まれた時から定められていた事だ。同じ貴族令嬢として、その姿勢を応援すべきなのだろう。


 しかし友人としての立場からすれば、好きでもない者の元へ嫁ぐ事が幸せとは思えなかった。政略結婚で結ばれた貴族は仮面夫婦である事が多い。ミレーユもそれは自身の親を見てよく分かっている。

 大切な友人がその道へ足を踏み込もうとしているのだ。心配せずにはいられないのも当然と言えよう。

 そんなミレーユの胸中の不安をかき消すかのように、フォルティアナは笑顔を浮かべて口を開く。


「色々、勉強させて頂こうと思ってるわ。アシュリー領はこの短期間で工房都市としてめざましい発展を遂げた。間近でそれを学べるのだもの、とても面白いと思うの! それにハーネルド様の事は昔から知っているし、機嫌の取り方は心得ているから大丈夫。怒らせないように頑張るわ!」

「意思は堅そうね。でもそうなると、問題はリリアンヌ……あの手この手を使って、貴女の邪魔をしてくるでしょうね。私もなるべく目を光らせておくけど、始終見張っていることは出来ないし……」

「大丈夫よ、ミレーユ。リリアンヌ様には気をつけるし、自分の身はしっかり自分で守るから。気にかけてくれてありがとう」


 ミレーユに余計な負担をかけないよう、フォルティアナは努めて明るい口調で言った。


「それよりミレーユこそ、再来月が確かライオネル様との結婚式だったよね」

「そうね……もうそこまで来てたのね。月日の流れは早いものね」

「ミレーユ……?」


 スッと視線を落としたミレーユに、フォルティアナは思わず呼びかける。


「何かしら?」

「もしかして……あまり嬉しくない?」

「まぁ……政略結婚だからね。ライオネル様の心がこちらに向くことはないでしょうし」

「そんな……」

「言い逃げして決して追いかけられない所へ行っちゃうんだもん。ズルいよね……」


 誤魔化すように笑ったミレーユの目尻には、涙が浮かんでいた。


「ミレーユは、ライオネル様のこと……」

「ずっとお慕いしていたわ。ライオネル様は私の事を、妹のようにしか思って下さってなくても……あの方の笑顔に、ずっと救われてきたから」


 ミレーユとライオネルの間に何があったのか、フォルティアナには分からない。

 無理に笑おうとして、失敗してしまったミレーユの悲しげな顔を見る限り、彼女の心を支えてきたのは間違いなく、第一王子ライオネルなんだろうと、容易に想像がついた。


「自分の気持ちは、ライオネル様に伝えたの?」

「伝えてないわ。クリストファー様がお倒れになって、リナリー様までお亡くなりになられて、ライオネル様はひどく心を痛められておいでですもの。とても言えなかった」


 過去に何があったのか、その当時まだ社交界デビューもしていなかったフォルティアナは知らない。

 クリストファーに何があったのか気になりつつも、今はそれよりもミレーユの事が心配でならなかった。


「……このままで、いいの?」

「今はまだ、心の内に秘めておくわ。ライオネル様が心から笑えるようになった時、お話ししてみようと思う」

「ミレーユ……何かあったら相談にのるからね! 辺境の片田舎からでも早馬を飛ばして王都に来るわ! だから、一人で抱え込まないでね」

「ありがとう、ティア。でもせめて馬車にして、危ないわ」

「大丈夫よ。扱いには慣れているから」

「とんだお転婆ね」


 笑顔を取り戻してくれたミレーユに、フォルティアナはほっと胸を撫で下ろしていた。


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