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第17話 小休憩室にて、狼が吠える②(side ハーネルド)

 アシュリー侯爵家嫡男ハーネルドの婚約は、当時彼等が通っていた王立学園ではかなり話題になっていた。頭脳、容姿共に優秀な遺伝子を持つ令嬢しか相手にしないアシュリー侯爵が認めた令嬢が、どんな令嬢なのか。噂が独り歩きして「非の打ち所がない聡明な美姫」ともっぱらの噂になっていた。

 ハーネルドがフォルティアナと婚約を交わしたのは十二歳の頃だ。クリストファーが倒れたのは十七歳を目前にした頃。婚約して約五年間、ハーネルドはその存在に対し興味がない素振りを貫いてきた。クリストファーが決してフォルティアナに興味を持たないように、名前さえ興味ないと言って教えなかった。 


「お前に紹介したら、どうなるか目に見えて分かったからな」

「今のようになっちゃうって?」

「違う。ティアの心をわざと奪った上で取り返してみろと、無理難題押しつけてきただろ」

「えー……僕、そんなに性格悪くないよ」


 確かに、そこまでは悪くないだろう。しかしクリストファーにその気が無くとも、女性に優しく接するのがデフォルトの彼の態度にもし、フォルティアナが勘違いを起こしてしまったら。

 お世辞にもフォルティアナに優しく接する事が出来ているとは言えない現状で、身分も容姿も何をとっても敵わない。そんな男がフォルティアナに優しく話しかける。

 美男美女のカップルがそこに佇んでいるだけで、人々は思わず目を奪われるだろう。自身も含めて。そこまで想像して、ハーネルドは決めた。大人になり結婚の目処がたつまで、絶対コイツには紹介しないと。


「お前の場合、特に意識してなくてもその振る舞いのせいで、周りの女達は簡単に落ちる。そこにティアを巻き込ませたくなかった。ただそれだけだ」

「ひどいタラシだね、それ。僕はこの国の第二王子として、民の頑張りを労っているだけなのに」


 それを自覚しながら利用しているお前は、タラシより質が悪いと、喉元まで出かかった言葉をハーネルドは何とか呑み込んだ。


「お前が本気な分、今の方が余計に質が悪いんだけどな」


 軽くため息を吐いて、思わずハーネルドは本音を漏らしてしまった。

 どれだけ言いよられても、クリストファーは令嬢達をその気にさせる言葉は言わない。あくまでも接する時は、皆平等なのだ。平等に褒めあげて持ち上げる。

 だからこそ令嬢達は、他とは違う、彼の唯一の存在になりたくて必死だった。それを知りながら、笑顔で誤魔化して気付かないフリをする。

 ハーネルドがその話題に触れると、『興味がないんだよねー。彼女達自身には』の一点張りで決して心を傾ける事はない。あくまでも興味があるのは、彼女達が持っている有意義な情報だけだった。


 だからこそ、クリストファーが恋愛ごとに興味がないと思っていたハーネルドにとって、今の状況はまさに青天の霹靂だった。それ以前に、他人を好きになる心を持っていたことに心底驚いた程だ。

 クリストファーのヒエラルキーの頂点には第一王子ライオネルが居て、それ以下は利用価値があるかないか、面白いかそうじゃないか、で分けられると本気で思っていたのだ。無理もない。


「思うんだけどさ、ネルが最初からしっかりティアの心を掴んでおけば、何の心配も要らなかったんじゃないの?」

「それが出来てれば、最初から苦労していない」

「どうせ君の事だから、素直になれなくて、照れ隠しでキツい言葉を浴びせてきたんでしょ。重ねれば重ねるほど引くに引けなくて、現段階に至るって感じ?」

「凄いな、お前……その前髪で実は、第三の目(サードアイ)でも隠してんじゃないのか?」

「今頃気付いたの? バレたなら仕方ない。今こそその真価を見せてあげるよ……って、バカな事やらせないでよ」

「のってきたの、お前だろ」

「そうだねー」


 くだらない会話が懐かしくて、ハーネルドがおかしそうに笑いだす。それにつられてクリストファーからも笑いがもれる。ひとしきり笑った所で、クリストファーが軽く息をはいて口を開いた。


「はぁ……ネルがとんでもない大馬鹿者だったら、遠慮無くティアを奪えるんだけどな……僕がしょーもない毒でくたばってる間に、君は本当に侯爵になってるし、そんな努力家からお姫様を奪うのは流石に気が引けるな」

「夢も希望も抱かないお前が、本気で手にしたいと願った者だ。クリス、お前が本気でティアを幸せにしてくれるなら、俺は身を引こうと思う。その方がティアのためにも、お前のためにもなるだろうし……」


 苦渋の決断だった。それでも大切な者同士が幸せになるならいいと、ハーネルドは考えていた。


「そんな簡単に人に譲れるほど、君の思いは軽いものだったの?」

「他の奴なら絶対に譲らない! お前、だからだ……。所帯を持てば、お前のその自己犠牲の意識も少しは変わるだろ? 大事な者を悲しませないよう、自分をもっと大事にしろよ。グランデ伯爵領は、お前が昔言っていたようなスローライフを楽しむには、十分すぎる領土だ。ティアと一緒になれば、お前の数少ない望みの全てが叶う。だから……」


 そうするのが二人にとって一番なのだと、ハーネルドは無理矢理自分に言い聞かせた。


「だから、君自身を犠牲にするの? ティアを幸せにする自信がないから、僕に譲ってあげるの? とんだ弱虫になったもんだね、ネル」

「誰がどう見たって、ティアはお前に惚れている。これ以上アイツの幸せを奪う存在に、俺はなりたくない」

「偽りの優しさに包まれたお姫様は、それに気付かないまま偽りの中で生きていく。それが本当に幸せなこと? 今の彼女は、本当の僕も君も知らない。上辺だけの優しい男に騙されて抱いた好意が、その男の本当の姿を知ったらどうなると思う?」

「それは……」

「その点君は、これ以上マイナスになることはない。何でも出来る。怖いものなんて何もない。それなのに、何をそんなに怯えているの? ここで逃げたら君は本当に、ただの意気地なしだ」


 饒舌にクリストファーが喋る時、それは大抵踏み込まれたくない何かを隠している時だとハーネルドは知っている。ここで頷けば、フォルティアナを手に入れる事が出来る。それなのにそうしないのは……


「お前こそ、本当の自分を知られたらティアに愛想尽かされるって怯えた子供みたいじゃないか。大層な御託を並べても、結局バレるのが怖いだけなんだろ!?」


 核心を突かれたクリストファーは、悔しそうに顔を歪めた。


「……怖いさ。本当の僕を知ってティアが受け入れてくれる保証はない。憧れが大きければ大きいほど、幻滅するのも簡単なんだから。何にも持っていない空っぽな僕のために、ティアはいつも重たい本を持参して外の世界を教えてくれた。彼女の話してくれる世界が、僕に色んな感情を思い起こさせて、結果的に本当の自分を取り戻させてくれた。空虚と嘘にまみれた偽りの王子、それが自分の正体だと気付いた時、僕は心底泣きたくなったよ。いつハリボテのメッキを剥がされるのか分からない。僕の正体に気付いたティアがどんな反応をするのか……想像すると、怖くて仕方ないよ」


 クリストファーが弱音を吐く姿を、ハーネルドは見たことがない。大抵は、笑って適当に誤魔化しているからだ。

 やっと、飾らない本音を吐かせる事が出来た。その事実が、ハーネルドには嬉しくてたまらなかった。


「クッ……ハハハハハ!」

「何で急に笑い出すの?」

「大の男が二人も集まってこんな所でコソコソと、たった一人の女に怯えているなんて、可笑しい以外の何がある? それに何より、お前の弱点を掴めたことが嬉しくて仕方ない!」

「まーだ躍起になって探してたの?」

「お前だけが俺の弱点を知っている、長年この不本意な状況を、甘んじて受け入れてきたのだ。今度は俺が、お前の弱点を克服させてやろうではないか!」

「盛り上がってる所悪いけど、先に克服したがいいのはネル、君だからね」

「どういう意味だ?」

「ティアに教えておいたよ。君が面白い反応を示してくれる場所の数々を」

「まさか……ティアが行きたい場所があると誘ってきたのは……」

「うん。そのまさか、だよ。せいぜい楽しんで来てね」


(やっぱりコイツは悪魔だ。天使の仮面を被った悪魔に違いない!)


 してやられたと、ハーネルドは試合には勝ったが、勝負には負けたような複雑な思いを抱えていた。

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