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第14話 本当に夢のような一時でした

 国王のカインが式の始まりを告げ、快気祝いのパーティーが始まった。元気を取り戻した姿を披露するため、クリストファーは皆の前でダンスを一曲披露しなければならない。

 同伴を伴わず入場したということは、相手がまだ決まっていないという事だ。会場中の令嬢達が、期待に胸を高鳴らせクリストファーの方を見つめる。

 挨拶を終えてステージから降りたクリストファーは、真っ直ぐにとある令嬢の元へ歩みを進めた。


「レディ・フォルティアナ・グランデ。私と一曲、踊って頂けませんか?」


 これは、夢だろうか。


 再び共にダンスが踊れるなど、フォルティアナは微塵も思ってなかった。跪いて手を差し出してくるクリストファーの手を取ろうとして、ハッと思い出す。今日はハーネルドと同伴してきたのだと。

 王族からのお誘いを、普通は断ることなど出来ない。ただファーストダンスのパートナーに関しては、相手の承諾がなければ踊れない暗黙のルールがある。普通は王族からダンスに誘われるのは名誉な事で、男性陣も断ることはしない。普通ならば。

 しかし、先程あんなことがあったばかりでハーネルドが了承するかどうか。不安を抱えながらお伺いを立てると、ハーネルドの額には青筋がピキピキと浮かび上がっている。


「い、行って来い。ティア」


 物凄く不機嫌そうではあるものの、了承はとれた。ほっと安堵のため息を漏らし、フォルティアナはクリストファーの手をとった。そのままクリストファーにエスコートされてダンスホールの中央へと上がる。


 構えを取るため、クリストファーの右手に自身の左手を重ねる。彼の左手が背中にそっと添えられた時、共鳴するかのように頭になり響く不協和音。


 ――キィーン


 神経が研ぎ澄まされていくような、不思議な感覚がする。


(一体何が起こっているの……?)


「ごめんね。急にびっくりしたよね。でもこのダンスだけは、どうしてもティアと一緒に踊りたかったんだ」


 耳元で囁かれたクリストファーの声に、フォルティアナは意識を呼び戻され我に返る。


(そうだ、今はクリストファー様とのダンスに集中しなきゃ)


「あの時はどんなに願っても、君を明るいこのホールに連れてきてあげることが出来なかったから……正直、かなり悔しかったんだ」


 その言葉を聞いて、フォルティアナは胸が詰まったように苦しくて仕方なかった。油断をすると、必死に抑えている想いがあふれてしまいそうだった。


「クリストファー様……そのお気持ちだけで、大変嬉しく思います。本当にありがとうございます」


 みっともなく涙をこぼして泣いていた自分に、優しく手を差し伸べて下さった、まさに絵本の中から出てきたかのような王子様。本当の王子様だった事に、フォルティアナは恐れ戦きつつも、このまたとない夢のような機会を一生の宝物にしようと思っていた。すぐに覚める夢だと分かっていても。


 音楽に合わせて、二人は踊り始める。息のピッタリと合った美男美女のダンスに、観衆からは思わず感嘆の息がもれる。

 時折雑談を交わしながら楽しそうに微笑み合う二人の様子を、観衆は微笑ましく見ていた。療養のため長く王城を離れていたクリストファーの元気そうな姿に、安堵していたのだ。

 しかし、彼等を見つめる視線はそんな好意的なものだけではない。


「せめて今この瞬間ぐらい、ネルから君を借りてもいいよね? 凄い顔で睨まれてるけど」


 クリストファーの視線の先には、何時もにもまして不機嫌そうなハーネルドの姿があった。ハヤクオワレ、ハヤクオワレ……と、最大限に睨みをきかせた目力で訴えてくる。

 くるりとターンした際、そんなハーネルドを視線に捉えたフォルティアナは現実に引き戻され、思わず苦笑いをもらす。


「ハーネルド様が難しい顔をされているのはいつもの事です。どんな時でも領地の事を考えて、アイデアを集めておいでですから。私も見習わないといけません」

「君の目にはそういう風に映ってるんだ……あれはただ単に……」


 嫉妬しているだけだと、普通なら気付くだろう。しかしフォルティアナは気付かない。

 アシュリー侯爵家が自身を求めているのは、優秀な遺伝子を求めているためだと知っているからだ。

 時折試されるように問いかけられる問題に、完璧に答えられた時だけハーネルドは嬉しそうに微笑む。昔からそうやって試されてきた。婚約者としての素質を。

 グランデ伯爵領の民の生活を守るために、婚約してからもフォルティアナは勉学に励んでいた。自分の価値を高めて、ハーネルドの隣りに立つのに相応しくあれるように。そこにあったのは、ただお互いを利用するドライな関係だとフォルティアナは認識している。

 現に今もフォルティアナは、此度の専属契約による婚姻関係を結ぶ話も、あくまでビジネスだと思っている。二人の温度差はこうやって培われてきたのだった。

 ハーネルドが一言でも、素直に「愛情」を示す言葉や、その頑張りを労る言葉をフォルティアナに伝えていれば、そこまで拗れる事はなかったかもしれない。


 フォルティアナの反応で、何となくその事を悟ったクリストファーは、ハーネルドに対し心の中で合掌する。ご愁傷様だと言わんばかりに。


「どうかなさいました?」

「いや……そうだ、ティア。難しい顔してないネルを見てみたいと思わない?」

「そうですね。いつも根を詰めておいでですから、たまにはゆっくりと休む時間を取って頂きたいです」

「君が誘えば、それくらいきっと取ってくれるはずだよ。その時に、物凄く高さを感じる所か、古い歴史を感じる建物に連れて行ってあげてごらん。いつもとは違う一面を見せてくれるはずだから」

「分かりました。ご助言ありがとうございます」


 互いの領地繁栄のために、良い関係を築いておくことは必要だと、その助言をありがたく受け取ったフォルティアナだった。


「何かあったら僕の所においで。力になるから。三ヶ月間は、君達の仲が進展するよう協力するって約束したからね」

「どうして、三ヶ月間なのですか?」

「三ヶ月あれば、ネルの色んな一面を見せてあげられると思ったから。基本格好つけたがりだから、君の前では完璧な所しか見せてないでしょ?」

「そうですね、ハーネルド様はいつも完璧です」

「良い面も悪い面も含めて、まずはネルの事を知って欲しい。ああ見えて、結構面倒見もいいし、からかうと面白いし、悪い人じゃないからさ」

「クリストファー様は、ハーネルド様の事がお好きなのですね」

「そうだね。初めて心を許せた友達だから」


 悪戯をする子供のような無邪気な笑顔を浮かべるクリストファーの意外な一面に、フォルティアナは目を奪われる。


 もっと見ていたい。そう思っても、夢の時間はあっという間に終焉を迎える。


「楽しかったよ、ティア。ありがとう」


 触れていた手が離れた瞬間、魔法は解けてそこには身分という隔たりができる。遠ざかっていくクリストファーの背中に、手を伸ばす事さえ許されない。フォルティアナは痛む自身の胸にそっと手を当て、その苦しみに耐えていた。


「クリスと、何を話していた?」


 その時、少し苛立ちを含んだような声でハーネルドが尋ねてきた。その声に、フォルティアナは現実に引き戻される。


「ハーネルド様のお話を」

「……え?」


 自身のやるべき事を思い出したフォルティアナは、早速ハーネルドにお伺いを立てる。


「よければ今度、私に少しだけハーネルド様のお時間をお貸し頂けないでしょうか? 一緒に行きたい所があるのです」

「そ、それは構わないが……」


 クリストファーに何を吹き込まれたのか、一抹の不安を覚えつつも、予想外の提案にハーネルドは浮き足立つ心を抑えながら冷静に言葉を返す。


「ありがとうございます!」


 お礼と共にこちらへ向けられるフォルティアナの嬉しそうな笑顔に、ハーネルドはにやけそうになる顔を押さえるので精一杯だった。



 ホールの反対側で、そんな二人に鋭い眼光を向ける影があった。


「どうしてあの女ばっかり……」


 憎しみの入り交じったその呟きは、楽団の演奏する宮廷円舞曲にかき消され、誰の耳に届くこともなかった。

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