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第1話 本日も中々の毒舌ぶりです

 皆に祝福されながら、少しだけあどけなさを残した少女達が大人への一歩を踏み出す特別な日、デビュタント。その日はフォルティアナにとって、一生に一度の晴々しい日になるはずだった。


 十五歳を迎える貴族令嬢達を集め、王城で年に一度開催される社交界デビューを祝うパーティー。そこでデビュタントを迎える令嬢達は、ホールで一曲ダンスを披露して大人の仲間入りとなる。絶対に避けては通れない、通過儀礼のようなものだ。


 グランデ伯爵家からは、長女のフォルティアナが招待されていた。二つ年上の婚約者であるアシュリー侯爵家の嫡男、ハーネルドにエスコートされて会場入りしたフォルティアナは『聡明で美しく、非の打ち所のない美姫』だと評判だった。だがそんな彼女にも、一つだけ苦手なものがあった。それは、ダンスだ。


 この日のために毎日嫌になるほど練習した。何とか最後まで踊れるようにはなった。だが曲に合わせて踊っているはずが、徐々にステップが遅れてくる。焦れば焦るほどステップが乱れ、パニックになる。

 その結果──フォルティアナは一番盛り上がりをみせる曲の終盤で、婚約者のハーネルドを巻き込み盛大に転倒。


 華々しいデビュタントの日が一転し、『どんがめ姫』という汚名を着せられてしまった。


***


 翌日、フォルティアナは父のレオナルドと共にアシュリー侯爵邸に呼びつけられた。


「よくも侯爵家の名に泥を塗ってくれたな! 許せん! この婚約はなかった事にさせてもらう」


 開口一番、鬼の形相をしたハーネルドの父、カーネル・アシュリー侯爵から婚約破棄の宣告を受けた。

 元々、侯爵家の方から弱みを握られ一方的に押しつけられたような縁談であったため、その事に対してフォルティアナは特に悲しみもしなかった。

 ただハーネルドに恥をかかせてしまった申し訳なさから、すぐにその申し出を受け入れた。


 しかしその事が、余計にハーネルドの心を傷つけてしまったらしい。

 ハーネルドはかなりの自信家だった。いつも上から目線でフォルティアナを見下していた。


『この俺が婚約者になってやるのだから、光栄に思え』


 十歳の頃、初めての顔合わせでその言葉を聞いた時、フォルティアナはしばらく空いた口が塞がらなかった。

 そこからペラペラと自慢話を始めたハーネルドに適当に相槌を打ちながら、結婚に必要なのは忍耐だと幼心に悟ったのは言うまでもない。


 それからハーネルドは定期的にグランデ伯爵邸を訪ねてくるようになった。

 ニコニコと笑顔で話を聞いていれば、勝手に気をよくしてハーネルドは帰って行く。

 触らぬ神に祟りなしの精神で、まるで接待をするかのようにフォルティアナは接していた。

 その結果、ハーネルドのフォルティアナに対する愛情が募る一方で、逆は悲しいほどに空っぽだった。



 婚約破棄を受け入れた翌日、今度は元婚約者のハーネルドが鬼の形相でグランデ伯爵邸を訪ねてきた。

 額に包帯を巻き、腫れた頬は大きなガーゼで覆われた何とも痛ましい姿で。おそらく、今回のことでアシュリー侯爵に折檻を受けたのだろうと容易に見てとれた。


「どうして父上の勝手な申し出を受けた?! お前が泣いて縋ってくるなら、考え直してもらうよう頼んでやる。だから……っ!」


 悲痛な面持ちでそう訴えてくるハーネルドを見て、本当に不器用な人だとフォルティアナは思った。そして初めて、自分はこの人に少なからず気に入られていたのだと知った。


 彼が屋敷を訪ねてきた時、てっきりプライドの高いハーネルドのことだ、アシュリー侯爵同様、『とんだ恥をかかせやがって! ふざけるな!』と怒鳴り込んで来ると思っていた。

 しかしその事には触れず、言葉は悪いけれど復縁を望むような事を言うのだから。


 もう少しきちんと向き合っていれば、この人に愛情を持てたのだろうかとフォルティアナは考える。

 婚約が解消されて初めて、ハーネルドを正面から見ることになろうとは何とも皮肉な事だろうか。綺麗な顔立ちが、見るも無惨な事になっている。それも全て自分のせいだと思うと、胸の奥がキュッと苦しくなった。


 今更余計な感情に気付いた所で全てはもう終わったこと。

 たとえハーネルドが訴えたとしても、完璧主義のアシュリー侯爵は意見を覆すことは決してないだろう。

 あの侯爵はすでに、時期侯爵夫人に相応しい完璧な令嬢を探しているに違いない。そして白羽の矢を立てたら、かつてのフォルティアナに行ったように、こちらの弱みにつけ込んで権力を使って一方的な縁談を結ぶのが目に見えている。


 そこに水を差しアシュリー侯爵の逆鱗に触れるような事があれば、ハーネルドの身に更なる危険が及ぶ可能性がある。

 思い返せば、ハーネルドは腕や足に怪我をしていることが多々あった。剣の鍛錬中に出来た名誉の勲章だと自慢していたが、それもどこまでが本当の事だったのか分からない。


 この場でフォルティアナに出来たのは、静かに頭を下げることだけだった。ハーネルドの経歴に不名誉な汚点を残してしまった。それをただ、誠心誠意謝ることしか出来なかった。


「もうよい!」


 ハーネルドの遠ざかる背中を見つめながら、これでよかったのだとフォルティアナは自分に言い聞かせた。



 それ以降、社交界で会う度に、ハーネルドに憎しみが入り交じったような目で睨まれては……


「これはこれは、“どんがめ姫”ことフォルティアナ嬢ではないか。今日はどんなダンスで皆を楽しませてくれるのか、楽しみにしているぞ」


 こうやって、惜しげも無く嫌味を言われるようになった。本日も中々の皮肉っぷりだ。日を増す毎にそれは磨きがかかっていく。


「ごきけんよう、ハーネルド様。お元気そうでなによりです」


 公の場で爵位が格上であるハーネルドに逆らうことなど出来ない。さらなる因縁をふっかけられても正直、面倒なだけだ。恨まれる原因を作った自覚もある。

 それが分かっているから、フォルティアナは何を言われてもニコニコと笑顔を絶やさない。

 大抵こうしていれば、ハーネルドを囲っている取り巻きの令嬢達が敵意むき出しの視線を向けながら彼を連れていってくれる。


 まだ始まってもいないのに、どっと疲れが押し寄せてきたのは精神的なストレスのせいだろう。

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