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一年ぶりの『いつもの』

 朝日と共に鳴り響く目覚し時計。それよりも早く起きていたオレは、落ち着いて目覚ましを止めた。

 午前四時。五時半には船が到着するからそれまでに港に到着しないといけない。


「出発するか」


 遠足前の子供の気持ち。毎年一回は味わう高揚感に背中を押され、俺は港を目指して歩き出していた。

 まだ暗い空の下には、新聞配達の青年や早過ぎる犬の散歩をするおじいさんがチラホラ動いていて、一人だけという感覚があまりなかった。

 涼しいくらいの気温は、体の内側から熱するような昼の太陽を微塵も感じさせることなく、実に穏やかな時間を生み出していた。


「そろそろかな」


 波の音と船のエンジン音が耳を埋める港に到着して少し。いつも正確な時間に現れる例の船は、今回もしっかり時間通りに姿を見せた。

 トクトクと、僅かな変化を自覚する。

 大きくなる船はその動きを止め、動力を落として静かになる。陸に渡し橋が掛けられ、一番に降りてくる彼女を見るや、オレは襟を正した。


「おはよう、宝くん。久しぶりだね」

「うん、おはよ。奈々美さん、ちゃんと寝られた?」


 朝日に照らされた奈々美さんは風に髪をなびかせて、麦わら帽子が飛ばないように頭を押さえた。

 大人らしい顔なのにふわっと笑う。儚さと優しさをゆっくり混ぜたような雰囲気。いつも通りだ。Tシャツに薄いカーディガン、七分丈のジーンズ。これもいつも通り。

 一年ぶりだけど、いつも安心感をくれる。『いつも通り』と思わせてくれる彼女が好きだった。


「いつもありがとうね。大丈夫、ちゃんと寝たから動けるよ」

「そっか。じゃあ行こう」


 俺が背を向けると、ひょこっと横に並んで歩いてくれる。奈々美さんは前だけを見つめ、本土でやってきたことを細かく教えてくれる。その横顔を盗み見るオレは彼女の真っ白な声に浸って、少しずつ変化を見つけていく。


 髪、少し伸びたかな?

 身長にまた差が出来たかな?

 香水変えたのかな?

 靴は新しいな。


 二人きりで歩くこの時間が好きだ。誰も邪魔しない。予定に追われない。辺りには音もなく、互いの存在だけを意識出来る。

 奈々美さんが俺のことだけを考えているなんて勘違いだろうけど、少なくとも俺は彼女の事だけを考えている。感じている。


 しばらく歩くと、この辺りで一番早く開店する定食屋に辿り着く。そこで朝食を取って昼前には別れて、夕方になると祭りで出会う。そういう流れだ。

 何年も繰り返してきた工程は、今日を例外としない。定食屋に入った俺たちはテーブルに向かい合って座ると、お互いの話しをした。

 他愛もない話しをした。友達がどうとか、学校がどうとか。教師を目指す奈々美さんは進路の話題も出したけど、そこは慎重にはぐらかした。

 まだ答えられない。特に、奈々美さんには。


「そうだ、宝くんのウチにお土産があるの。これみんなで食べてよ」

「……まんじゅう?」

「そ、東京のお饅頭。美味しいよ?」

「なんか悪いね。ありがとう」

「ううん、お隣さんなんだから気にしないで。いつもお世話になってたからね」


 受け取った鳥の形をした饅頭を荷物籠に入れた。

 奈々美さんの実家は俺の家の隣りだ。こんな島だと家ぐるみの付き合いも当たり前で、それが理由で小さい頃から奈々美さんに良くしてもらっていた。自転車の乗り方を教えてもらったり、テスト勉強を手伝ってもらったり、香里と喧嘩した時なんかも仲裁に入ってもらった事がある。

 数えだしたらキリがない。俺と香里にとっては特に、奈々美さんは絶対的なお姉さんだったのだ。

 だけど、俺は家族のようには思えなかった。頼り甲斐があって、でもどこか脆そうな奈々美さんは、どこまでも一人の女性として見えてしまうのだ。


「どうしたの?」

「え、なに?」

「なんかぼーっとしてたよ? 宝くんこそ寝てないんじゃないのかな」


 くすくすと笑う奈々美さんは子供らしい顔をしていた。そんな所も可愛くて、俺は自然と顔が熱くなった。


「寝たから! 考え事くらいするだろ」

「そう、ならいいけどね〜」


 一息つく奈々美さんは、右手に付けた腕時計で時間を確認した。それを見て俺も携帯で時間を確認する。


「そろそろ出よっかな。お祭りの準備しなくちゃ」

「うん」


 席を立つと、奈々美さんは伝票を持って入口へと向かう。いつもお会計は別々に済ませるのだけど、今日は俺が全部払うことにした。何度か断られたけど、上手く説得して支払うことが出来た。奈々美さんは少し申し訳なさそうだったけど、俺だって少しは頼られたい。カッコイイところを見せたいのだ。


「ごちそうさま。お金大丈夫?」

「バイトしてたから」


 彼女の為だけに始めた簡単なバイトで稼いだお金は、物欲の少ない俺にとっては、本当に今日まで使わなかった。


 少しは大人らしいところが見せられただろうか。


 定食屋の延長で話し続ける俺たちは、あっという間に家に着いてしまった。名残惜しさを隠して、俺は奈々美さんに手を振った。


「また、後で」

「うん、宝くんの法被姿楽しみにしてるね」


 ただいまと言いながら家に入っていく奈々美さんを見つめながら、俺は胸を押さえた。

 変わらないといけない。

 子供のままじゃ追いつけない。

 青く目を覚ました空を見上げて、俺はしばらくそのままでいた。


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