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待ち焦がれて

 いつからだろう、夏が遠く感じるようになったのは。



 蝉の声はうるさくて嫌いだし。



 じっとりと汗ばむ感触も嫌いだ。



 だけど、俺はいつも夏を待っている。



 七夕の日。ただその一日だけを待っている。






 彼女が帰ってくる、たった一日だけのその日を。







 七月入ると、梅雨明けの地面が湿気を払い、太陽も随分近くなってきた。

 まだまだ家で遊ぶより外を駆け回りたい子供たちがぱらぱらと見える学校のグラウンド。こんな田舎じゃそれは当たり前の光景で、高校生になった俺たちも自室より外を求めていた。


「うわ、危なっ!」

「気を付けろよ香里ちゃん。小さい子にボールが頭に当たったら大変だろ」

「わかってるわよ。あ~あ、大きな公園とか作ってくれないもんですか、ね!」


 スカートをなびかせながら綺麗なフォームで軟球を投げる香里と、それを危なげなくキャッチする聡太。いつもの三人で、いつも通りの放課後キャッチボール。変わり映えしないそのやり取りを見ているだけで気が抜けてしまう。安心感があると言えば良い言い回しだけど、さすがに幼稚園から続いているともなると飽きてしまう。


 ぼんやりと空を見上げると、まだまだ隠れるつもりのない太陽が強い光を撒き散らしていてうんざりする。しかし、この蒸し暑さだけの太陽は毎年一つだけ良い知らせを運んでくれる。



 もうすぐ七夕か.....。



「タカラ! 行くよ!」

「おわっ!」


 香里から飛んできたボールに辛うじて反応出来た俺は、なんとか利き手でキャッチした。


「馬鹿タカラ! ぼーっとしてないでちゃんとグローブで取りなさいよ!」

「わざとじゃねぇよ……」

「あれだよ香里ちゃん。毎年恒例の『彦星センチメンタル』。恋する少年はこの時期上の空になんだよな? タカラくん?」


 じんじんと痛む右手振り上げて、少し強めで聡太にボールを投げる。余計なことを言うなという念を込めて。


 そう、アイツの言う通りだ。七夕を目前にするとどうしても彼女のことを考えてしまい、遊びや勉強なんて身が入らない。

 十年以上の片思い。小さい頃からいつも構ってくれていた四つ年上の女性『緋山 奈々美』が帰ってくるんだから。


「ばっっっっかみたい。島を出ていった人をいつまでも引きずっているなんて小学生なの? もっと身近な人と恋するべきよ!」


 現実主義な香里は毎年こう言う。何年も何年も、告白すらしない俺が気に食わないらしい。

 ボールを投げるタイミングが掴めない聡太は、ニヤニヤしながら空とキャッチボールを始めた。


「で? 香里ちゃんはタカラくんが誰と付き合えばいいと思ってるのかな?」

「そんなのっ、…………知らないわよ。あーやめやめ。キャッチボール飽きたからもう帰ろ」

「小学生ばっか……」

「うるさい!」


 グローブを聡太に投げつけた香里は大股で先に帰ってしまった。傍から見たらかなり怒っているみたいだけど、俺たち幼なじみは欠片も気に止めないほどの通常運転。明日どころか今晩にはグループラインで映画の話でもするというのが常だ。

 とはいえ、二人では何をするにもモノ足りなく感じてしまうため、俺たちも早々に荷物をまとめた。


「タカラくん、駄菓子屋でアイス食べようぜ」

「そうだな」


 聡太と向かい合って鞄の中を整理していると、今日配られた一枚のプリントが目に入った。ピンク色の紙に印刷された竹や星。上部の大きな短冊には『七夕祭り』とポップに書かれている。高校生にのみ配られるそれは、いわゆるボランティアの募集だ。


「タカラくんは今年も参加だろ?」

「うん」


 いつの間にか鞄を背負って横に立っていた聡太は、俺のプリントを覗き込んでいた。下部にある『参加 不参加』の参加が大きな丸で包まれているのを見たようだ。


「まぁ、昔っからずっと手伝いしてるもんな。普通に浴衣着て楽しんでるとこ見た記憶ないよ」

「やってみると楽しいもんだよ」

「キャリア十年は言うねぇ~。ほら、帰ろうぜ」

「あ、待った待った!」


 止まっていた手を急いで動かす。無理やり鞄の中にねじ込まれたタオルや水筒に募集用紙が潰されてないか心配になったけど、すでに歩き出していた聡太はそんなのを待ってくれなかった。







「じゃあ今年のボランティアは石倉 宝くんだけ? もう、みんな少しは協力してよ~ 」

「嫌だよ。祭りは周ってこそ楽しいんじゃんか」

「先生も男とデートしなよ。いつまでも独り身じゃ売れ残っちゃうよ~」


 わいわいと騒ぐ先生とクラスメイトたちはどこかいつもと違うテンションだ。何だかんだみんなお祭りを練り歩いて楽しむつもりなのだろう。この島ではある意味ビッグイベントだから仕方ない。

 この島は住人、観光客を含め、みんなが『風鈴島』と呼んでいる。正式な名前が他にあるのだけどそっちで呼んでいる人なんて滅多にいない。

 離島にも関わらず、全方位を高い山に囲まれたこの町は、町というより村、集落なんて言葉が上手くハマってしまうほど狭く感じる。学校は一つしかなく、各学年一クラス。それだけでこの島の小ささがわかることだろう。だけど、閉鎖的な印象を受ける風鈴島から出ていく人はそう多くはない。ネットの普及が進んだ現代では仕事に困らないからだ。自然が多く、温厚な人柄の島民が多いこの島は『老後落ち着いて住みたい地域』でも毎年上位にランクインしている。出ていくのは、外でしか出来ない目的がある人だけだ。


 そう、奈々美さんのように教職を取るためとか。

 この島には大学がないから。


「じゃあ宝くん、当日はお願いね。もう慣れてるとは思うけど、わからないことは大人の人に聞いてね?」

「わかりました」


 結局、高校生では一人で参加することになった。


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