スサノオには従わざるを得なかった
『待ちわびた』
丈琉は大きな声に驚いた。効果はないと知りつつ、つい耳を押さえてしまう。
『吾の力を継ぎし者よ』
「頼む。声を小さくしてくれ。頭が割れそうや」
『面倒な男じゃ』
丈琉は暗闇の中で、光っている男を見つけた。
スサノオ。
2度目の対面である。その姿には、やはり迫力がある。
『やはり、おぬしは時空を超えられた』
今度は頭痛のしない程度の音量になっていた。
「えっ。タイムスリップしたんは、俺の力なんか? あなたがやった事じゃないんか」
『おぬしと、そして共に生まれてきた者達、3人の光が合わさってできた事。
さらに、もう1つの赤い光を持つ者が、おぬしを引き寄せた』
「オウスの事か」
『吾としては、アマテラスの力を借りている様で、そこは本意ではないのだが。この際、その様な事も言ってはおられぬ。
アマテラスとツクヨミの力を持つ者と、おぬしが共に生まれてきたのは、まさに幸運であった』
「えっ。まさか美殊がアマテラスで、岳斗がツクヨミ?」
『その力を持っているというだけじゃ。
おぬしらは所詮、人間。驕るでない。
アマテラスは鏡の力で先を読む。ツクヨミの勾玉は魔を払う力がある。
そして、吾の赤い剣は、オロチの炎を宿しておる』
「鏡、勾玉、剣。って、確か三種の神器ってやつじゃね?
お伊勢さんの式年遷宮の時に、ニュースで聞いた気がする」
『それは、人が勝手に名付けた物じゃ。
吾が言いたいのはそこではない。
赤い光を持つ者は、天叢雲剣に触れる資格があるのだ』
「そうそう。それや。なんか、剣の事、言われた気がしてたんやけど、名前が長過ぎて、忘れてしまったんや」
丈琉は草薙剣の名前が出てきた時に、何か思い出せずにいたと思っていた謎が解け、やっとスッキリした。
「えっと、アマの、ムラクモの剣やな」
何度か繰り返した。
「で、アマの、ムラクモの剣がどうしたんや」
『天叢雲剣じゃ。おぬしが言うと、別の物の様に聞こえる』
「細かいなぁ。えっと、アマノムラクモノツルギな」
『うむ。
あれは、吾が命と同じじゃ。
吾が、出雲の地で八岐大蛇と命がけで戦い、その時に得た剣じゃ。
しかし、あの傲慢なアマテラスは、その剣を横取りしたのじゃ。その上、自分が鎮座する伊勢に奉納させるなど、吾に対する嫌がらせとしか思えぬ!
その昔には、吾が乱暴を働いたなどと言いがかりをつけ、いや、まぁ、…… 少しばかりはしゃぎ過ぎたかもしれぬが……。 それにしても、爪を全部剥ぎ取り、高天原から追放するなど、ひどすぎる仕打ちじゃ』
「爪を剥ぐって。拷問と同じやな」
丈琉は顔をしかめた。
『だから!』
丈琉は突然大きくなったスサノオの声に、衝撃を受けて尻餅をついた。頭を両手で抱えた。
『いや。すまぬ』
スサノオは自主的に音量を元に戻してくれた。
『おぬしの使命は、天叢雲剣を伊勢から救い出す事じゃ。
しかし、伊勢にはアマテラスの強固な封印がなされている。
その封印を破るためにさらに強い力が必要であった。
そのために、阿波岐原の清き水で力を強め、そしておぬしと同様の力を持つ強き者と出会った。
その力は、時間だけでなく場所をも超える事ができた事で証明できた。
吾が望んだ通りに事は運んだのだ!』
「じゃ、前に言ってた、力のある者と出会えってのは、オウスの事なんか」
『なんという、幸運じゃ』
スサノオはハラハラと涙を流した。感激の涙の様である。
「人の言う事聞いとんのかい。
だいたい、そんな事で泣くなって。泣きたいのは、こっちなんやけど。
訳のわからん内に争いに巻き込まれて、死ぬかと思ったんやで」
『おぬしら人の命など、限りある、ちっぽけな物でしかない』
丈琉は言葉にはしなかったが、かなりムッとしていた。
丈琉の感情など気にせず、スサノオは続けた。
『吾はすでに眠りについた身。おぬしらのおる葦原中国に降り立つ事はできぬ。
おぬしらがやるしかないであろう』
「だから、なんで、そう強引なんや。
なんで、俺がやらなきゃいけないみたいな事になっとんのや」
いうの間にか、スサノオの姿は消えていた。
「おい。言いっ放しかい!」
丈琉の声は、暗闇の中で虚しく響いた。