微笑み
私のシュートが、あの人に奪われてなければ。
私がもっとちゃんと周りを見てたら。
きっとあんなピンチにはならなかった。
そんな後悔が頭に植えついたまま、2日。試合の次の日は部活が休みだったから、試合後初めての練習の日。最初は反省会から始まる。
行きたくないなあ。と、ため息をつくも、私はキャプテン。行かないといけない。
窓から外を見る。今にも降りだしそうな曇り空。
憂鬱な気分のまま、学校へ行く準備を進め、いつもと変わらない時間に家を出る。駅までは歩いて5分。でも今日は考え事をしていたからか、10分近く歩いているように感じた。
お願いだから、今、遥香にだけは絶対に会いたくない。麻里にも会いたくないけど、家が反対方向だから会うことはまずない。
電車に乗り込む。いつも通りのラッシュタイム、イヤホンをつけて、たくさんの人に挟まれるようにして立つ。
ーー本郷〜〜。本郷でーーーーす。
学校の最寄り駅のアナウンスが聞こえていても、体が動かない。
このまま、乗り過ごしてしまいたい。と、思ったら。
腕をグッと掴まれ、そのまま電車の外に連れて行かれた。ちょ、誰!?怖い!!
「ちょっ!離して!!」
「はい離した」
「…っ!?あっごめん!」
私を強引に外に連れて行ったのは、紛れもなく、河野くん。気まずい………
「乗り過ごさずにすんだな」
「うん……」
「なのに不審者扱いされるとは」
「ごめん……でも急に腕掴まれたら……誰だって怖いよ……」
「うんまあ、別に気にしてねえけど」
河野くんがいたずらっ子のように微笑む。それを見た私も、なんだか笑顔になる。しばらく吸い付いたように河野くんと私の目線が合う。
「……ん、若菜?」
先に逸らしたのは河野くんだった。
「今日しんどい?」
「えっ?」
「いや、どっかいつもと違うから」
「いつも通りだよ?」
「いや、なんていうか、いつもしてるけど今日はいつもよりボーッとしてる」
「河野くんってさりげなくヒドイこと言うよね」
いつもも何も、私と河野くんが会ったのは実はこれでたったの3回目。
「いや若菜?」
「学校行こー!」
「うん、それならいいけど」
私たちは歩き始めた。学校までは10分。あれ、でも、なんだか歩くのが…すごく遅い気がする…。
「しんどいんだろ?」
急に私の方を向いて立ち止まった河野くん。熱でもないかなー、と何度も熱を測った。でも平熱だったのも事実。
「何もないよ!」
身長が高い河野くんだから、すぐそばに立たれると見上げる形になる。そのとき、2日前のあの選手の顔がふと頭をよぎってしまった。
「………ッ!」
恐怖を感じたのか、ふと急に身体中の力が抜けた。その場に倒れそうになったが、倒れたその先には河野くんがいた。ちょうど私を抱えた河野くんが私を抱きしめているように見えてしまう。
「………!ごめん!」
「びっくりさせんなよな…今俺相棒抱えてんのに、後ろに俺が倒れたら…」
河野くんは後ろに自分のサックスを背負っていた。相棒とか、サラッと言っちゃうところとかかわいい。
「とりあえず、若菜。帰れ。駅までは送ってやるから」
「河野くん部活あるのにいいよ…というか私キャプテンだから行かなきゃ…」
「倒れて人を押し倒そうとしたのはお前だろが。頭冷やせ。あー、どうしよ」
「ん?」
「サックスあるからおんぶできない」
「そんなのいいからっ!!」
「冗談だよ」
いたずらっ子のように笑う。それにつられて笑う。さっきより、なんだか元気になった気がする。