君の音
「若菜ー!!今日も自主練して帰るの?」
親友の遥香は、手を振りながら走ってきた。私は人差し指に乗せていたバスケットボールを足元に落とし、ドリブルを始めながら答えた。
「うん!大会近いしね」
「さっすがキャプテンだなー…私は今日塾だから帰るわ。お疲れー!」
「うん、お疲れ様ー!」
遥香達3人ほどがガヤガヤと「お疲れ!」と言いながら楽しそうに体育館を出ていった。ボールを手に持つと、ヤケに静まりかえった体育館に風が吹き抜けた。
「私しかいないじゃん……」
ポツリと呟く。汗をぬぐってから、私はゴールに向けてボールを構えた。
「………っ!」
ボールはゴールを目指し弧を描いて宙を舞う。
ガンッダムッ……
「やっぱり…入らない…」
肩を落とし、ボールの元へトボトボと歩く。監督やコーチがいたらきっと
「ボーッとするな!お前はキャプテンだろう?!」
と怒るんだろうなあ。
ボールを拾って、ゆっくりとドリブルをしながらゴールから離れる。
もう一度投げても、何度投げても、結果は同じだ。私以外誰もいない静かな体育館に、失敗の音が響き渡る。
何本投げ続けたんだろう。
最後に入ったのは何本前だったろう。
私が静かに荒い呼吸をすればするほど、知らない間に時間は進み、そして月日も流れていく。
練習が終わって、何時間投げ続けたんだろう。何も考えずに没頭していた私の頭に、急に金管の音色が飛び込んできた。
金管楽器で聴いたのは確かこれが初めて。でも確かに聴き覚えのあるメロディー。間違いない、この曲は…
「忘れないように…?」
私の大好きな曲。中学の引退試合の日の朝、偶然車の中のラジオで聞いて大好きになった曲。
いつしか進んだカレンダーは
今日が別れの日と伝えたんだ
あの風の香りも夏の日のことも
全部全部忘れないように
この歌に縫い付けるよ
知らぬ間に口ずさんでいた。久しぶりに聞いたけれど、これって吹奏楽バージョンあるんだ…
と、思った瞬間、音が急に外れた。そして音楽が止まる。
「ああっ!!またミスった!!」
知らない男子の声。すぐそばから聞こえる。
興味を持った私は音の鳴る方へ走っていった。
体育館の扉からそこを見ると、そこには座ってサックスをいじる1人の男子がいた。制服のネクタイで2年…同級生だとわかる。
「よし!もう一回」
そして立ち上がると、またあのメロディーが流れ始めた。
吹奏楽なんて何もわからない私にも、彼がとてもうまいことは伝わる。きめ細かく、でも力強く突き進む音に、私は聞き惚れていた。
最後の音が鳴る。今度は何もミスがなく、キレイに最後を迎えた。思わず私は拍手していた。
「よっしゃ!…って、あっ!」
顔を見合わせた私と彼。少し呆然としていた彼が、先に口を開いた。
「どうだった?」
「…えっ?」
「聴いてたんだよね?どうでした?」
「えっと……カッコよかったです……ごめんなさい……」
「ん?なんで謝んの?」
「いや……ごめんなさい私語彙力なくて……すごくうまいんだなーと思って……感動したのになんて言ったらいいんだろう!!」
「…フハハッ」
「へっ?」
「おもしろいね君。」
「…へっ?」
「ありがとう。」
やっと冷静さを取り戻した私。この人…私が階段の上にいたせいでわかんなかったけど、彼が上がってきて思った。かなりの長身だ……
「あの…!聞いてもいいですか?」
「ん?」
「身長何cmですかっ!」
「…えっ?えっと…188だったかな。
「でかっ!!」
「何それ、バスケ部の習性?初対面に急に身長聞くって」
「あっごめんなさい!」
「いや、いいよ、でもやっぱり、君おもしろいね。」
「それ、褒めてるんですか…」
「もちろん」
ものすごく不思議な人だ。沈黙が流れる。
「じゃ、僕はここで。またね。」
「あっはい!お疲れ様です!」
どういう人なんだろう……名前ぐらい聞いておけばよかったと、少し後悔する。
「あっ!時間!」
練習が終わってから2時間も経っていた。要するに私は2時間も1人でここで投げていたのか。
ダッシュで着替え、体育館の鍵を閉める。学校を走って後にしても、耳からあのメロディーは離れなかった。