木村探偵サイド〜S町通り魔殺人③〜
「ストーカー被害を受けているんです。助けてもらえないですか?」
相談に来たのは、最近少しずつ音楽番組に出はじめたアイドルグループFT5の一員である井川凛という依頼人。確かに小柄で可愛く、街中で歩いていてもすれ違えば、振り返るレベルではある。しかし、俺はこの女をテレビで見た事がない。
「警察へ被害届は、出されましたか?」
俺は井川へ尋ねた。
「警察には行きましたが、あまり相手にしてもらえず、被害が出ていないと本格的な捜査に入れないと言われました。」
半べそになりながら、答えた。
「それで、こちらを紹介されたというわけですか?」
彼女は、頷いた。
警察と俺との関係は、俺はつい一年前まで警視庁捜査一課のエリート刑事だった。とある殺人事件を追っていたのだが、半年が経過しても捜査は進展せず、捜査が事実上打ち切りとなっていた。俺は納得がいかず、上司の命令に背き捜査を独自に続けた結果、所轄の交通課へ異動となった。そんな警察組織に嫌気がさし、なけなしの貯金をはたいて、探偵事務所をやっているわけだ。刑事を8年間続けた甲斐があり、仕事は警察関係者のコネを使い、未解決事件や捜査に入るほどではない事件が、警察から俺の所に回ってくるわけだ。
今回の事件も新人時代に配属されていた所轄のC署の浜さんがふってくれた仕事だろう。
非常に助かる限りだ。
「具体的にはどんな被害に遭われているのですか?」
俺は、怯えている小柄な女の子に尋ねた。
「それが、遠くからつけられているんです。」
「いつ頃から被害に遭われてて、相手に身に覚えはありますか?」
「2週間程前からで帽子にリュックサックの姿で、いかにもオタクって感じの人ですが、おそらく私のファンの男性です。」
「男の名前はわかりますか?」
「現場では大さんって言われている人で、本名はわかりません。」
俺の経験上、どう考えても事件性のない唯の狂信的なファンが行き過ぎた行為に出ているだけだと思われる。彼女の話を聞くに特に実害はないようで、握手会等で接する際は、社交性がある人物で普通の人とのことだ。ストーカには今節丁寧に説明し、『彼女のため』という最強の盾をかざせば、ストーカー野郎も理解してくれるだろうと俺は判断した。
「わかりました。それでは早速、明日私が変装して、あなたのガードに入ります。その際、彼の尾行の様子を撮らせてもらって、証拠映像に残して警察に任せることとしましょう。」
彼女は仕方なく頷いた。
次の日、夕暮れ時に彼女はC駅から姿を現した。
指定されたとおり無線のイヤホンを耳につけているかテストした。
「私の声が聞こえていたら、携帯を取り出してメールチェックしているフリを行ってください。」
彼女は、俺の言う通りの動作を行い、無線が機能しているのを確認した。
「私があなたを見張っているので安心してください。それでは通常通り帰ってください。あなたの鞄の中の隠しカメラの角度を変えないように歩いてください。」
例のストーカーが姿を現し、電信柱や建物の陰に隠れたり、携帯をいじるフリをしながら、彼女をつけている。完全に素人の尾行で客観的に見たら怪しい人物に見える。
俺は、彼女よりも前の位置から一定の距離を置き、向かいの歩道から鞄の中に入れた隠しカメラで一部始終を撮影した。
大体撮り終えた後、暫く歩くと歩道用の細いトンネルに入るため、先回りをして先にトンネルに入った。背後を確認するためのハンドミラーで俺・彼女・ストーカーの順に並んでいることを確認した。
ストーカーがトンネルに入った時、奴の足が速まった。
俺は、歩いている速度を落とし、彼女が俺を抜いて先を行った。
次の瞬間、スーツ姿の男がストーカーに追いつき、ストーカーに突進していった。
一部始終をハンドミラーで確認し、俺は振り返りストーカーが何かで刺されていることを察知した。
”おそらくナイフで刺されているんだ”
ストーカーは、声にならない声で言った。
「逃げろ・・逃げるんだ・・・」
その瞬間、俺はストーカーを助けるため、走った。
ストーカーとの距離7,8メートル。
ストーカーは膝をついた。
ストーカーが膝をついたところにナイフの男はさらに3回突き刺した。
ストーカーの動きが止まった事を確認すると、ナイフの男は満足そうに微笑み、一瞬のスキが生まれた。
ナイフの男は、自分に酔いしれ、俺の存在に気づいていない。
俺は、鞄の中にある持ち手の長い懐中電灯を取り出し、一瞬のスキをつきキツイ一発を喰らわせた。
ナイフの男は吹っ飛び、気を失った。
俺は、ストーカーを抱きかかえながら声を掛けた。
「大丈夫か?意識はあるか?」
満身創痍のストーカーが答えた。
「お前、リンちゃんに何もしていなだろうな・・」
俺は、携帯で119番を押しながら、答えた。
「当然だ!俺は、彼女から依頼された探偵だぞ!」
「彼女は大丈夫なのか?」
119番の対応をしながら息を引き取るであろう男に気を遣って答えた。
「ああ、大丈夫だ。お前が彼女を守ってくれていたおかげで、彼女は助かることができたんだ。彼女も感謝しているよ」
「なら良かった。」
その言葉を最後にストーカーは、気を失った。彼は2度と目を覚ますことはなかった。
のちに所轄の浜さんに聞いた話たが、ナイフの男は、エリートサラリーマンで自分が世直しをしている気のようで、怪しいと思われる者を片っ端から、人目のつかない所で殺していると推察され、この度のS町通り魔事件の犯人の容疑も挙がっているようだ。
今回の事件は、偽りの正義の味方がストーカーの怪しい行動により結果的に奴の犯行を引き起こさせ、通り魔殺人犯を逮捕する形となった。
依頼人の彼女に今回の一部始終を伝えたところ、ストーカーが死んだ事を知り、ホッとした様子であった。
彼女は私に満面の笑みで言った。
「ということは、私はもう付きまとわれることがないわけですね。良かった。これから安心して生活できます。木村さん本当にどうもありがとうございました。」
今回の事件は屈折した愛が引き金となったわけだが、命を懸けて彼女を守った男がこうも報われないことに俺はやるせない気持ちになった。