表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢のあとに

作者: nightwalker
掲載日:2016/12/05

「ああ、 なんという悲しき目覚め、

 私は呼ぶ、おお夜よ、あの人の幻影を私に返して、

 もう一度、もう一度輝かせておくれ、

 もう一度、おお謎に包まれた夜よ!」(ロマン・ビュシーヌ)


 ガブリエル・フォーレは十九世紀から二十世紀前半にかけて活躍した、フランスの作曲家だ。日本での彼の人気は高く「フォーレ協会」というものまで存在するらしい。フォーレの叙情的でどこかわびし気な曲調が日本人の感性に合うのだと、さる評論家が書いていたのを読んだことがある。少し時代錯誤なんじゃないの、と私は軽い反発を覚えたものだ。現代の日本人のどれくらいが「わびさび」の心を解するというのだろう。「私がパリで小津安二郎の映画を観たとき、多くの観客が涙を流しているのを目撃した…」その評論家は、日本人とフランス人の感性の共通点についてさらに展開していた。もしそれが本当なら、彼の言う日本の心は、もはやフランスに行かなければ見つけられないらしい。そういえば、フランスは日本よりも柔道の競技人口が多いと聞いたことがある。

 とりとめもない想いを振り切るように、私はポータブルCDプレイヤーの再生スイッチを入れた。たちまちヘッドホンから、三拍子を繰り返すピアノの音が流れてきた。

 夜のカフェは待ち合わせの客がほとんどだった。コーヒーを飲みながら携帯電話のメールを眺め、しばらくすると連れが現れて一緒に店を出て行く。その繰り返し。残されるのは、ノート・パソコンを開いている会社員と、勉強中の学生、そして私のようにあてもなく時間をつぶしている数人の客だけ。生ハムのサンドイッチとニース風サラダだけの夕食を済ませた後、カフェオレに口をつけてからだいぶ時間が経った。私も以前はこの店をよく待ち合わせに利用していた。デート前の時間は、たとえるなら旅行の朝、飛び立つ前の飛行機内で過ごす気持ちに似ていた。

 私が初めてフォーレの「夢のあとに」を聞いたのは三年前のこと。当時、付き合っていた恋人が、友人の所属するアマチュア・オーケストラのコンサートに誘ってくれたのだった。縁の太い眼鏡をかけたチェロ奏者が、ピアノの伴奏に合わせてこの曲を弾いた。その演奏に心を惹かれたわけではなかった。ピアノは単調で、チェロに情感をかき立てる表現力が欠けていた。あるいは私にそれを聞き取る耳がなかったのか。そもそもそのコンサートには、友達に恋人を紹介したいという彼の希望を叶えるために付き合ったのだ。そのときすでに気持ちが冷め始めていたのかもしれない。それきり彼と別れるまで、一緒にコンサートに行くことはなかった。

 CDが歌い出したのはチェロの音ではなく、フランス語の歌だった。チェロの名曲として親しまれているこの作品は、元は歌曲である。このCDを手にしたのは彼と別れてから半年、週末をデートに割かなければならないという制約から解放された気楽さに、後悔の念がわずかに混じり始めた頃だった。テレビの音楽番組で、この歌が取り上げられたのだ。

「夢の中に現れた美しい恋人。彼と手を取りあって飛び立とうとするが、夢から覚めてしまう。嘆き悲しみ、もう一度あの夢を見させてくれと懇願する」

 十数行の詩に私は魅せられた。私はさっそくCDを買って、恋人と過ごす理想の夢を想像した。もし私ならどうしよう。この歌のように天空の世界へ旅立とうかしら。それとも南の島、森の湖畔に建つ白いお城、ヨーロッパの小さな村。

 彼と別れて二年が経った。その間、新しい出会いはなかった。彼と過ごした日々は奇跡だったのかもしれないと、このごろ思う。誰かに恋する気持ちなんて、私には本当はなかったんだ。そう割り切って一人で過ごすのに、都会という場所は十分な慰めを与えてくれる。けれど突然、孤独という発作は襲いかかってくる。どんなにぎやかな場所に居ようとも、むしろそのにぎわいはひどく空々しく、独りぼっちの私を嘲るのだ。

 そんなとき私は耳を塞ぐかわりにヘッドホンをあてる。ビュシーヌが詩を書き、フォーレが曲をつけた歌が、私を救ってくれる。目を閉じれば、優しい瞳の恋人が、私に手を差し伸べてくれる。けれどそれは、ほんの三分たらずの幻だ。せめて一晩の間だけでも、幸せな夢に浸りたい。

 私はカフェを出て、駅に向かった。週末に浮かれる雑踏の中で身をこわばらせ、意識はひらすらにあの曲にすがりついて、一時間ほどかけて自宅のマンションにたどり着いた。靴を脱ぎ、バッグをソファに放り投げると、真っ先にパソコンのスイッチを入れた。OSが起動して、暗いディスプレイに空を飛ぶ二人の天使が浮かんできた。その絵は、構図や題材が細かく定められた宗教画としての形を為していない。野原で遊んでいる村娘に翼が生え、天に舞い上がった姿をそのまま写したようだった。ルネサンスに先駆けて、神のための芸術に逆らって人間を描いたこの画家は、教会の弾圧を受け、無名のまま生涯を終えた。この絵は彼と付き合っていた頃、一緒にパリを旅行したときに見つけた品だった。美術品のカタログを手がけていた彼が日本に持ち帰った絵を撮影して、パソコンの画像データに変換してくれたのだ。

 柔らかい光の中、青い瞳で遠くを見つめ、踊るように昇っていく彼女たちの姿に、あの歌のイメージが重なった。不遇の画家は何を想って、この絵を描いたのだろうか。

 私はメールソフトを起動させた。新着メールが次々と、表示されていく。毎週金曜日に発行されるグルメ紹介のメールマガジン、性懲りもなく送りつけてくるアダルトサイトのメール、意味の分からないアルファベットの羅列、そして最後は見覚えのない送信者名で、タイトルは「覚醒夢」となっていた。

「見たい夢を自由に見られたら、とても素敵だと思いませんか?『自分はいま夢を見ている』という意識を持っている夢のことを『覚醒夢』といいます。『覚醒夢』の中では、あなたはすべてを思いのままにコントロールすることができるのです…」

 メールは、覚醒夢を見る方法を載せたサイトのアドレスで終わっていた。私は迷わずそのアドレスをクリックした。ナイトブルーの画面が広がり、聞き覚えのある曲が、オルゴールの音色で響いてきた。サイトの名前は「Apres un reve」日本語で「夢のあとに」

 サイトの内容は、見たい夢を見る方法と、夢の中で「これは夢である」という意識を持つ方法が紹介されていた。まず寝ている間、見たい夢を連想させる刺激――音、匂い、感触など――を絶えず受け続ければよい。意識を持つやり方はもっと複雑だった。私はとりあえず「夢のあとに」を一晩中、繰り返しかけることにした……。


 森の中、歩き疲れた私の前に、清らかな泉が現れた。私は駆け寄ると、その水を掌ですくって、口に含んだ。水はほどよく冷え、喉をうるおしてくれた。不意に人の気配を感じ、私は振り返った。

 そこには瞳があった。異国の人のような青い瞳。けれどそれには見覚えがあった。いったいどこで。

(迎えに来たよ)

 彼の唇が、そう告げたような気がする。彼は私に手を差し伸べた。その人は森の蔭から現れたときから、ほんのわずかな身動きさえしていないのに、彼の手は私のすぐそばにあった。私が手を伸ばせれば、触れられるくらい近くに。

 私はためらった。彼に触れたい、なのに、触れることを怖れていた。なぜだろう。知っているからだ。彼の正体、この出会いの秘密を。けれど知りたくない。彼の手を取ってしまえば、それは明らかになってしまうのだ。

 彼は私を引き寄せた。ほんのわずかの身動きもせずに。私たちは空を飛んでいた。私たちの出逢った泉が、足の下に遠くなってゆく。

「どこへ行くの」

 私が問いかけると、彼は瞳ではるか遠くを指し示した。そこは天空の扉。高みに向かうにつれて、光がさしてきた。

 いけない、この光は。私は彼に嘆願した。早く、もっと早く飛んで。光から私たちを逃がして。もっと早く。

 朝に追いつかれる前に、この夢が覚めてしまう前に、私を連れて行って……


 いつの間にかヘッドホンは外れていた。私はCDプレイヤーのスイッチを止めた。一晩の間、何回「夢のあとに」が繰り返されたのだろうか。

 私を置いていかないで、と叫ぶ自分の声が、耳の奥にまだこだましていた。たとえ夢を操れたとしても、朝が来ればすべて消えてしまう。そんな事は分かり切っていたはずだ。三分の幻も一夜の夢も、現実でないことに変わりはない。

 窓の外は朝の光に溢れていた。私は目をぬぐって、その光を避けるように毛布で顔を覆った。

「…私は呼ぶ。おお夜よ、あの人の幻影を私に返して。

 もう一度、もう一度、あの輝きを。もう一度、謎めいた夜よ」

 いくつかの手段を考えた。ずっと覚めない永い夢を見ようか。天空を目指して飛んでみるか。あるいは昨日と同じように、この歌が与えてくれる幻にすがって生きていくか。

 私は今夜の夢を想い、日が暮れるまでの長い時間を想った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ