ラビリンス 58層
「その声は……」
失言とも言えるシーリーンの言葉。
『いや。女狐と呼んだ方が、懐かしいか』
剣を取ったヒルデが、一閃するとシーリーンはそれを回避して後方へさがる。
「なぜ、攻撃した? 許可はしていないぞ!」
慌ててシローが、シーリーンに声をかけたが、シーリーンは、苦虫を潰したような顔でヒルデ達を睨んでいた。
『王よ。王のそばに侍る女狐やその下僕の甘言に騙されてはいけませぬ』
ヒルデが持つ剣がシローに話しかける。そこにシローへの敵意はない。
「な、何が……」
『マスター。敵の精神攻撃です。騙されてはいけません』
慌ててアルハナートが、そう言うと
『黙っておれ! ベイジャーの犬が』
威厳のある声でアルハナートを一括する。
「君は……」
『記憶を奪われし我らが王よ。王を騙し利用せんとする者どもの言葉をお信じなさるな。そこのシーリーンこそ王から記憶を奪ったベイジャーの幹部』
イルギスの説得にシローの心が揺れる。
「マスター。いけません。これ以上相手を信じては! アルハナート!」
シーリーンが、シローの腕をつかみ撤退を進言する。アルハナートは、シーリーンの指示で火の上級魔法をヒルデ達にむけて放った。
『ファイアストーム!』
「ま、まて!」
シローが、アルハナートに指示するが、すでにアルハナートの魔法はヒルデを包み込む。炎よりは、威力が低いがそれでも魔物すら焼きすてるだけの火力があるのだ。
『無駄だよ! アイスプリズン!』
ヒルデとユシルを包むように魔法が行使されると。ヒルデ達を包み込む火が氷の檻に閉じ込められて消えさった。
「トレイヴァーか」
憎々しげにシーリーンが、光る本を見つめる。
『そう。僕がいる以上、君たちの悪巧みは、もう意味をなさない』
シローの周囲に光の壁が立ちあがり。シローを包む。するとアルハナートが、力を失い床にごとんと音を立てて落ちた。
「魔力パスを切られたか。ならば!」
すぐにアルハナートを拾い上げたシーリーンが、アルハナートに魔力を注ぐと再びアルハナートが起動する。シローから魔力の供給を受けていたアルハナートが、トレイヴァーの魔法で魔力供給を遮断され力を失ったところにシーリーンが、魔力パスを再構築い起動させた。起動したアルハナートは、シーリーンの周囲を旋回し始める。
「シロー様。こちらへ」
「シロー。こっちへ」
ヒルデとユシルが、トレイヴァー達が話している間にシローの手を取り自分たちの元へ連れて行く。
「ヒルデ。それにユシル。君達は、どうして?」
「あなたを助けるために協力しています」
「あなたに助けられたお礼です」
2人は、それぞれシローの手を取り、シーリーンと対峙する。
「もう少し……もう少しであったのに」
柔らかい少女の容姿が、今では感じられないシーリーンの憎悪は深い。長い時間と手間、そして自らの魂を使ってまで行使した禁呪。禁呪の起動に成功し管理者であるイルシィー=ローレンスから記憶と力を奪い未来へと飛ばした。自らも力を失う危険な策だったが、シーリーンの賭けは見事に成功し、シローは未来へと飛ばされた。
シーリーン達ベイジャーは、将来へ備え組織の主だった物は、力を繋ぐように闇に潜み。飛ばされた未来で、記憶を失ったイルシィー=ローレンスを見つけ洗脳し、ベイジャーに取り込む事を画策する。管理者の力をベイジャーのために使う事が、シーリーンの計画だった。
この計画で最も邪魔だったのが、イルシィー=ローレンスが創造したインテリジェンスウエポンだ。彼らは、王から与えられた力を無駄なく行使できる最強の武器であり盾でもある。そのインテリジェンスウエポンを管理者であるシローから引きはがし魔力の供給を封じればインテリジェンスウエポンも機能を停止させる。
シーリーンの完璧とも思えた計画が、狂ったのはシローが偶然関わったヒルデとユシルだった。彼女らは、どこかシローの気持ちに触れ、シロー自身が彼女たちを何とかしてあげたいと願った。その願いが、無意識のうちに彼女らの魔力に働きかけ彼女たちを変えていたのだ。
『ヒルデ。王に槍を!』
ヒルデは、イルギスに指示され、トレイヴァーが起動した収納魔法から一本の槍を取り出すとシローに手渡した。
『王の半身であり、王が共に歩む者』
シローが、その槍を握ると槍が輝きシローの脳裏に膨大な情報が流れ込む。
「ブレイヴァーか……」
『お久しぶりですね」
ブレイヴァーと呼ばれた槍からは、優しい女性の声が聞こえる。
「そうか……。ずいぶんと迷惑と心配をかけたようだね」
シローの雰囲気が、大きく変化し膨大な魔力がシローからあふれ出る。
「もはやこれまでか……」
そう言い残しシーリーンが、姿を消す。
『女狐には逃げられたか』
『そのような事は、些末な事だ』
イルギスとトレイヴァーがいぶかしげに言う。
「あの……」
あまりの変わりように驚き、言葉を失ったヒルデとユシルが、シローに声をかける。
「君達には、ずいぶんと世話になったようだね。改めて私は、イルシィー=ローレンスと申します。この世界の管理人の1人です」
「シローじゃないんだ……」
「いえ。シローと呼ばれていた時の事も覚えていますよ。ヒルデは、確かバラトールに嫁ぐはずでは? それにユシルもなぜここに?」
「トレイヴァーやイルギスに依頼されて……」
シローは、イルギスとトレイヴァーに触れると魔力をつないだ。
「そうか。私のために苦労させてしまったね」
シローに手を握られ赤くなる2人。すでにシローに魅了されているのか恋する少女にしか見えない。
『あら。それじゃ2人とも困ってしまうわよ』
ブレイヴァーに言われシローもようやく2人の手を離す。名残惜しそうに手をおろした2人に
「さて……」
シローが、2人にどう説明しようか考えていると
『僕は、王が2人を嫁にするにかけるよ』
『儂は、他にも何人か嫁にすると思うがのう』
好き勝手言う剣と本がいる。困って宙に浮く槍を見ると
『王のお好きになされませ。これまで、人との関わりを絶ち生きてきた御身も、かつては人であったのでしょう。覚悟はその2人も同じ事。王と共に歩む覚悟ができるのならば迎え入れればよいではないですか』
ブレイヴァーが、そう言うとシローは、2人を見る。照れたような顔で何と言ったらよいのかを思案しているようにも見えた。
ヒルデとユシルは、互いを見てくすりと笑うとそっとシローの手を取った。すべてを受け入れると言う2人の意志を感じ取ったシローは、その手に魔力を込めると2人は、光に包まれた。




