ラビリンス 53層
名前もないラビリンスに籠城する事を決めたヒルディー達は、内部に入るとすぐに作戦を立てる。バラトールが、ラビリンスの攻略に精通していないことは、予め知っており相手はラビリンスの実情に疎い。
加えて狭いラビリンスの通路であれば、相対する事ができる兵士は限られ、人が5人も並べば、そこを抜ける事は難しいのだ。
ヒルディー達の作戦は、ラビリンスを有効に活用し相手を倒す事。幸いダームが見つけた部屋は、通路を右に左に折れた先にあるため簡単に見つかる事はない。
「ダーム。魔物はどのくらいいる?」
「この部屋の側にはいないな。さっき俺が倒したばかりだし、しばらくは出ないだろう」
「じゃあ。この部屋の周囲以外は、手つかずだな。勝手に迷って魔物に喰われてくれればいいんだが……」
ブッカが、ダームに確認しそう言うと
「ブッカとダルカスと私が前衛に出て、メイレインとダームが後方から支援って形で迎え撃ちましょう」
ヒルディーが、なぜか少し楽しそうにそう言った。緊張感の高い場面だが、ヒルディーはしばらくぶりのラビリンスに高揚していた。
「お嬢にすっかりもどっちまったな。まあ、ラビリンスにいる間くらいは、エターナルウインドの戦士ヒルデって事で良いか……」
「ああ。こっちのお嬢の方が、お嬢らしいしな」
ブッカとダームも呆れるように言う。
ダームの誘導で迎え撃つ場所を決める。ちょうど、落とし穴の罠がある場所の手前に隊列を整えて待ち構える。
一方、ラビリンスに突入した敵兵たちは、5人単位で内部の探索に出た。索敵できる者がいないため手さぐりに薄暗いラビリンスの通路を進む。最初の分岐で、二手にわかれ捜索するが、左に折れた兵士は、いきなり現れた魔物と戦闘となった。1層の魔物は、それほど強くないのだが、初の魔物に驚いた兵士は、相手の力量も読み切れない。現れた巨大な蟻が、飛ばした蟻酸をまともに受けた兵士の顔から煙が上がると悲鳴をあげて通路を戻っていく。
右に折れた兵士は、何事もなく次の分岐に差し掛かった。次の通路も右に折れ進むとそこで魔物を見つける。現れた魔物は、スライムだが、兵士がそんな魔物を見るのは始めただった。噂くらいには、ラビリンスの魔物事を聞いた事があるが、見るのが始めての兵士は大いに戸惑った。
人の身体を呑み込めるくらいの大きさがあるそのスライムをどうして良いのか見ていると、スライムも兵士に気がついたのか兵士に向かって粘液を飛ばす。粘液をさけた兵士の後ろにいた別の兵士の鎧にその粘液がかかると鎧は煙をあげる。
慌てて、別の兵士が手に持つ剣でスライムに切りかかるが、スライムの表面を切るだけではダメージは与えられない。せめて突き刺せば良いのだが、そんな思考にすらならなかった。1人の兵士が、スライムに背を向けると他の者もそれ以上、スライムに向かう勇気はない。
走るように元来た道を戻り、ラビリンスから脱出した。
外には、指示を出した隊長がおり、逃げ帰った兵士に詰め寄る。すぐ前に別の兵士も逃げ帰ってきたため内部に入った10名全員が、逃げ帰ってきた。おまけに1人は、顔に火傷を負ったような怪我をしており、その顔を見た兵士たちが、大いに萎縮した。
100名近い兵士を預かり、非戦闘員を含めて半数ほどしかいない王女を襲撃。最初の戦闘で、すでに20名以上の犠牲を出したが、まだ、王女どころか敵兵1人も倒せていない。
このまま成果も出せずに戻るような事になれば、責任を取らされるのは間違いないだろう。
予想外の場所に逃げ込まれた焦りもあり、隊長はほとんどの者を率いてラビリンスに侵入する。まだ兵士は70名以上いるので、数に物を言わせて殲滅するつもりだった。
そして、それだけの兵士がいれば、機転を利かせる者もいる。
魔物がいる場所は、王女達が通過していない。つまり、魔物がいない通路を進めばおのずと王女を見るける事ができると言う考えだ。
隊長は、そう進言した者の意見を採用し、ラビリンスに入る。分岐がある度に魔物の存在を確認して魔物のいない通路を進む。
ほどなく分岐の先に待ち構えている王女達を見つけ隊長達は勢いづいた。
「一気に殲滅せよ!」
隊長の号令と共に王女達へ向かって兵士が殺到する。魔物は、恐ろしいが相手が人間であれば恐怖は感じない。まして数で大きく上回る以上、恐れる必要はない。
通路の幅いっぱいに広がり王女達へ向かう兵士の足元が、突然抜けたのはその時だった。ラビリンスの罠が作動し、中央を走っていた3人と後続の者6人が、その穴の中に消えた。
落とし穴の先に仕掛けられた刃物に自重で突き刺さり絶命していく兵士。しかし、大勢で突撃したせいで、後ろから押されるように前列の兵士は、落とし穴に次々と落ちていく。
「ファイアアロー!」
落とし穴のせいで、混乱する兵士にむけて魔法の矢が向かう。突き刺さったファイアアローは、すぐに燃え出し兵士を倒していく。
この時点で、兵士たちは、大混乱となり、収拾がつかない状況となる。落とし穴を避けた端を通過した兵士数人が、襲いかかったが、逆に数の利を使われあっさりと撃退される。
「ひ、引け! 一時撤退!」
隊長の男が、慌てて撤退を宣言する。すでにパニックを起こしていた兵士は、仲間の事も気にすることなく走りだし、仲間を踏みつけたり、転ばしたりしながら出口に殺到した。
ラビリンスの入り口に到達できた兵士は、およそ40名。残りの者は、いつまで待っても帰ってこなかった。そして、命令をしていた隊長の姿もそこにはない。
「このまま入り口を囲め。奴らを飢え死にさせてやる。応援の兵と食糧と水を用意させるように伝令に伝えろ!」
さすがにこれ以上、犠牲を増やすわけにもいかず副隊長が、そう指示を飛ばした。責任は、上司である隊長が、すでに命を落とした事でとってくれている。ならば、副隊長の自分が、リスクを冒してまで突入する必要はないと考えた。
ラビリンスの中に食糧を持ち込んだ様子はあったが、出口がここだけであればいずれ中で飢え死にするか。飛び出してきた所を囲む兵士で倒せば良いと副隊長は考えた。
「お嬢。どうやら向こうは、中に入って戦う事は諦めたようだ。おそらく外を囲ってこっちを日干しにするつもりなんだろう」
ヒルディーを中心にブッカ、ダーム、ダルカス、メイレインなどの中心メンバーで今後の対応について協議する。
「食糧と水はどのくらい持ちます?」
「そうだな。節約しても1週間と言ったところだな。間もなくバラトールの王都って所で襲撃を受けたからな……」
「奇襲。夜襲。相手の虚をついて脱出するのは、難しいか?」
「そうだな。外の様子を見る必要があるな。時間を空けて俺が一度顔を出してみるよ。そうすれば向こうの布陣くらいはわかるだろう。誰もいなきゃそれがありがたいがな」
ヒルディー達一向は、ラビリンスの中で休息を取る。慣れないラビリンスの中に不安を訴える侍女もいたが、ブッカ達がとりなし落ち着かせていた。
間もなく外の日が、落ちる頃、相手の様子を見るためにダームが、ラビリンスから顔出す。すると周囲には5名の兵士が槍を向けてまっていたため慌ててダームは、顔を引っ込めた。
走ってラビリンスの通路を進んだが、追ってくる様子はなかった。
「戻った。やはり、向こうさんは、入り口に兵士を置いてこちらを外に出さないつもりのようだな。テントなんかも見えたから、やはりこっちの食糧と水が切れるのを待つつもりのようだな」
「まずいな。本当に兵糧攻めとはな……」
可能性はあったが、本当にそう対応されると対応手段は少ない。
「突破できそうか?」
「そうだな。無傷で突破とはいかないだろう。あれだけの槍をぬけるとなれば、どうしても犠牲はでる」
「覚悟が必要か」
ブッカとダームが、対応を協議する。視線が、自然とヒルディーにむけられた。
「覚悟が、必要と言う事ね」




