ラビリンス 52層
「そうか。賢者ユシルは、そう考えていたのか」
「はい。王女様に同行を求めていただきながら、私の一存で勝手に辞退した事をずっと悔やんでおりました。よくよく考えれば他国への道中も他国においても王女様は、常にその身をご自身で守らねばなりません。確かに侍女の方は、何名かお付きでありましょうが、王女様の御身をお守りできる者も必要でしょう。私であれば、早々おくれを取る事はございません」
「確かに賢者ユシルが、ついてくれると言うならヒルディーも安心するじゃろうな。だが、賢者ユシルを危険な目にあわすのは、儂も辛い」
「いえ。この命は、国王様や王女様に救っていただいた物。どうかこの命を王女様のために使う事をお許しください」
ユシルの願いと覚悟に国王も折れざるを得なかった。そして、バラトール王国へ向かったヒルディーを追ってユシルは、近衛兵の中で立候補した数名を引き連れて足早に旅立った。ヒルディー達の一団は、総勢50名にものぼる。まして、嫁入り道具や相手国へ土産物なども満載した馬車を連れての行軍のため速度は遅い。隣国と言っても馬車で1か月以上かかる距離があるので、最低限の荷物を背負い騎乗して追うユシル達の方が、はるかに早い。それでもヒルディー達が、出発して1月。ユシル達が追いつく事は容易な事でないだろう。
バラトール王国は、不安定な政情が続き、現国王派と旧国王派の間で綱引きが続けられている。現国王の跡を継ぐはずだった子供もすでに2人事故と言う形で死亡しており、その事故は旧国王派側が画策したと誰もが考えていた。
その旧国王派の代表者は、現国王の従妹にあたり、旧国王の子供だ。旧国王も事故で命を落としているが、この事故は現国王が、暗殺したと言う噂もある。
一族同士が、2つに分かれ王座を奪い合いと言う構図は、半世紀にもわたり続けられており、近隣諸国にとっても迷惑な話でしかなかった。王が変わる度に婚姻外交が、反故にされたり、最悪大切な娘も巻き添えにされる。それでもバラトール側から求められれば、応じるしかないのが現状と言えよう。
「やはり。狙ってきましたな」
「ええ。私達が、到着するのは向こうにとっても困るのでしょうね」
ダームの報告を受けて遥か前方に上がる砂塵を見てブッカとヒルディーが、ため息をついた。これで、3度目とんる野盗の登場だ。
「姫! 今度は、数が多い。おそらく50騎は、いるだろう」
ダームが、ヒルディーが乗る2頭立ての馬車に騎乗する馬を寄せて報告している。
「こちらは、非戦闘員を加えても50人。でもラビリンスに挑んできた私達をそう簡単に止められるかしら」
ヒルディー達は、バラトール領に入ってからすでに2度、十数人規模の野盗に見せかけた兵士の一団を被害すら出さずに打ち取っている。ラビリンスの9層まで進んだ実績のあるビルディーたちの力は、突出しているのだ。
1人1人の単純な戦闘能力はもちろんだが、何よりも魔物と戦闘による経験は、大きく人を成長させる。巨大な魔獣の前に立ち、恐怖と戦いながら倒す事を考えれば、通常の兵士と対峙し相手を倒す事など造作もない事なのだ。
「メイレイン! 魔法で牽制して!」
ヒルディーの指示を受けた魔法使いであるメイレインが、無数のファイアアローを迫る騎兵にむけて飛ばすと先頭を走る騎馬が、驚き馬上の主を落馬させる。その落馬に巻き込まれるように数頭の騎兵が、転倒し、数名がその下敷きとなった。
混乱する騎兵にむけて単騎で騎乗する戦士が、相手の騎馬隊に突入した。その中でもダルカスとトールの活躍は目覚ましい物がある。
ダルカスとトールは、シローから渡されていたプラチナの槍を脇に抱え相手に突入すると、巧みに槍を使い相手を圧倒していく、相手も槍や剣で応戦するが、その練度の差は明らかだ。加えてシローの渡した武器は、どれも良品で魔法が付与されている逸品であり、打ち合えば相手の武器を破壊し、敵の鎧もあっさりと貫いていく。
ブッカが、御者を務める馬車に仁王立ちするヒルディーの後ろでは、ポーターをしていた2人が、弓でダルカスたちが撃ち漏らした敵兵を倒していく。彼らも弓を使えば後れを取る事はない。
敵方の半数余りを戦闘不能に追い込むまでに要した時間は、10分にも満たない。このままいけば、先の戦闘同様に返り討ちすることができる。
「姫! 両側から新手だ。数はおよそ20騎ずつだ!」
敵方の応援。もしくは伏兵だろう。ヒルディー達の馬車をめがけて両側から挟撃してくる騎兵がいる。前線は有利に進めているが、左右から突撃してくる騎兵を相手にするだけの駒がない。
「お嬢! どちらかを突破するべきだ。北へ進路を取れ!」
危急に際して、ブッカが叫ぶ。不敬な物言いだが、今はそんな時でない事は誰もが理解している。そして、こう言った時の判断力は、リーダーを務めていたブッカの方が優れている。
「進路を北へ! 荷物の一部を切り離して人命を優先して!」
ヒルディー達は、土産などが積まれた荷台を放棄し、食料や水を優先する。この辺りは、ラビリンスの教えに忠実だ。
指示を受けたクランのメンバーたちは、すぐに反転し指示された北側へ向けて馬車を走らせた。
「思ったよりも数が多い。それに奴らの必死さを見るとまだ何かあるかもしれない」
ブッカが、相手を評価し、可能性を伝える。
「姫! この先にラビリンスがあるぞ。おそらく放置されているラビリンスだ」
バラトール王国にも少なからずラビリンスは点在している。そして、ルシエル王国のように国がラビリンスの攻略を積極的に勧めるような国は少ない。放置しておいても何の害もないラビリンスにわざわざ命をかけて挑むようなまねはしないのだ。
「よし。我らにとってラビリンスは、都合が良い。必要な食料や水を持ち込んで中に籠城するぞ」
ブッカの指示に皆が頷きラビリンスの入り口に馬車を乗り付けるとすぐに仲間たちは行動に移った。このままでは、どんどん追い込まれ殲滅される可能性もあるため、ラビリンスを利用して迎え撃つことを決める。ブッカ達戦士が、円を作り、迫る騎兵を牽制している間に残りの者が、馬車から荷物をラビリンスに運び入れていく。
ダームを先頭にポーターと非戦闘員の侍女たちが、ラビリンスの中を進む。ダームは、すぐに索敵し罠のないような部屋を探す。途中にあった罠や現れた魔物は、1層のものであればダーム1人で片づける事ができる。
ほどなくある程度大きい部屋を見つけ、そこにいた魔物を片づけるとポーター2人と侍女たちをそこに残しダームは、ラビリンスの入り口に向かう。ラビリンスの外では、戦士達が、馬車を盾にして必死に迫る騎兵に応対していた。
「準備はできた。はやく中に入れ!」
ダームの声に反応し、ヒルディー達は、ラビリンスの中に後退を始める。殿にブッカとダルカスが備え、皆がラビリンスに入ると敵兵も戸惑いを見せた。すでに馬を乗り捨てたヒルディー達を追うには、自分達も馬を降り、ラビリンスの中へ向かわなければならない。
それでも騎兵を率いている隊長格の男が、集まった部下たちにラビリンスの中への追撃を指示する。馬を降りた兵士が、隊列を組むとラビリンスの奥へと逃げたヒルディー達を追い中へ足を踏み入れた。




