ラビリンス 45層
王が、賢者との面会を望んだ日、朝からユシルの周囲はあわただしかった。ユシル自身は、いつもより少し儀礼用の衣装を着せられただけだが、周囲のユシルを監視する男達は、どこか緊張を隠せないでいる。
その中で、最も焦燥を隠せないでいるのは、ビドウィン事務長だろう。昨日、晩くにトリエスト長官に呼び出されたビドウィンが、長官から聞いたのは、王と共に婚約発表を済ませた第三王女ヒルディー殿下が同席すると言う事だった。
そしてビドウィンを困惑させたのが、賢者との面会を望んだのが、王ではなくその第三王女だった事。そして、その第三王女が、賢者との面会を望んだ目的が、魔法書に関するものだと聞いて鳥肌が立った。
ヒルディー殿下が、王都でクランを作り冒険者として活躍していたことは、王城にいる者ならだれでも知っている事だ。しかも王女は、9層まで到達したクランを率いる者であり、自らも危険なラビリンスに身を投じた戦士でもある。当然、魔法書の事や魔法の知識も浅くなく、むしろ王城で最も詳しい者の1人だろう。
その王女殿下が、突然賢者に面会を望む。その裏にあるだろう目的を考えるとビドウィンは、落ち着いている事ができなかった。
最もビドウィンが恐れたのは、魔法書の行方だ。賢者が、王城に来てから鑑定により見つけた魔法書は、これまでに26冊。しかし、トリエストと図ってビドウィンが王に報告しているのは、わずか2冊に過ぎなかった。
王城には、王を守る近衛兵がいる。この兵は王の直属の者達であり、唯一王城内での武装を許されている者達だ。王のそばには、常にこの近衛兵が付き従い警護しているため、王城で王を狙う事はほとんどかなわない。
湖のような大きな堀に囲まれたこの王城に武器を持ちこむ事は困難であり、門を潜るには厳重なチェックを受けなければならない。そして王城に入る事ができる者は、身元の証明がつく文官と担当大臣などの貴族の一部だけだ。
ちなみにメイドや調理人などは、代々仕えている者の一族だけが王城で雇用されるため怪しい者が、雇用される事はない。
初代国王が、知恵を絞って築いたこの体制は、王の身を守る絶対の盾なのだ。
その絶対の盾を破るためにビドウィンが、考えた策は、魔法書を使った戦闘だった。武装した近衛兵を打倒し、王から王位を簒奪するためには、近衛兵を倒すだけの力が必要だった。
ビドウィンが、考えた方法は、子飼いの文官に魔法書で魔法をラーニングさせ魔法で近衛兵を倒す事だった。すでに身元調査を終え、王城に入る事を許された文官が、魔法書で後天的に魔法を習得する。しかも総勢20名以上の魔法を使える者が揃えば、相手が武装した近衛兵であっても打倒するのは、難しい事ではないと考えたのだ。
その計画が、間もなく実行に移せる算段がついた今、王女が魔法書の事で面会を求める目的を考えると自身の計画がばれているのではないと不安になる。
裏切るような部下はいないだろうし、目の前の賢者も人質を取り監視も怠っていない。情報が漏れる事など想定できない。
刻一刻と時間は経過し、気がつけば面会の時間が迫っていた。
面会が、行われたのは、玉座のある王の間。そこに王と王女が、座り。背後には、近衛兵が詰める。正面に面会を求めた賢者が立ち、その賢者を挟むように長官職にある者などが立つ。ちょうどトリエスト長官の後ろに事務長のビドウィンも立った。
面会の準備が整った事を確認した王が、そばに控える者に声かける。声をかけられた者が、王の代わりに声をあげた。
「賢者ユシルよ。面会にあたり国王様は直答を許された」
ユシルは、許可を受け顔をあげる。
「さて、堅苦しいのは、ここまでじゃ。今日は、忙しい賢者殿を呼び出しすまなんだ。気楽に話してくれてかまわん」
「賢者ユシル。一度あなたとゆっくり話がしたいと思っていたわ。私は、もうすぐ他国へ嫁ぎますので、それまでに1度あなたと会いたかったので無理なお願いをさせていただきました」
王と王女から挨拶されユシルは、緊張から頷く事しかできなかった。
「まあ。緊張するなといっても無理よの」
「では、私からお話をさせていただきます」
緊張するユシルの緊張を解すためヒルディー王女は、話を始める。
「私が、賢者ユシルに聞きたかったのは、魔法書の事です」
どきりとしたのは、背後で話を聞くトリエストとビドウィンだろう。
「どのような事でしょうか?」
ようやく返答したユシルに
「賢者ユシルは、ラビリンスの本を鑑定する魔法が使えると聞きました。そしてユシルは、賢者としてこの王城に来るまでに冒険者をされていたと聞きましたが、間違いはありませんか?」
「はい。こちらに招かれるまでは、冒険者の1人としてラビリンスに挑んでおりました」
「それでは、私と一緒ですね。私もつい先日までラビリンスに挑んでいましたから。賢者と呼ばれるあなたは、いくつの魔法が使えるのですか?」
ユシルには、質問の意図がわからなかったが、嘘をつくわけにもいかず素直に答える。
「私は、火土水風炎氷の6種類の魔法を使う事ができます」
賢者と呼ばれる彼女は、鑑定魔法に目が向きがちだが、これだけ多くの魔法を使えるのはこの世界にもいない。ラビリンスに潜っていた頃のユシルは、この魔法を巧みに使い分け魔物を倒していたのだ。
「さすがに賢者と呼ばれる方は、違いますね。私のクランに招いておけばよかったわ。あなたが、いてくれたら次の階層も目指せたかもしれないもの」
横で苦笑する王に微笑みながらヒルディーは、ユシルに話しかける。
「でもそれだけの魔法は、生まれつきではないのでしょう? やはり鑑定魔法で見つけた魔法書から手に入れたのですか?」
「はい。ラビリンスで手に入れた本や店で購入した本の中から魔法書を見つけ、習得いたしました」
ここでビドウィンは、ヒルディー王女の意図を理解する。トリエスト長官や本人のユシル、そして他の者は、まだ王女の話しから意図を理解していない。
「賢者ユシルは、わずかの期間に計6種以上の魔法書を見つけたのでしょう。さすがは、賢者と言うことね」
ヒルディーがここまで言ってようやく周囲の者もその真意を理解した。ユシルが、冒険者として活動していた1年余りの間にユシルが手にいれた魔法書は、少なくても5冊以上だ。冒険者をしながら本を入手したり、街で購入したりして手に入れた本だけで5冊以上の魔法書が手に入った計算になる。
ユシルが、王城へ来てから毎日休まず鑑定を続けているにも関わらずこの3年で見つかった魔法書は、わずかの2冊だけ……。誤差として考えるにもあまりにもその差が大きい事に気づく。
「ふむ。確か報告では、これまでに2冊の魔法書を発見したとあったが、これまた随分と減ったものだな。賢者ユシルが、ラビリンスにいた頃はもっと多くの魔法書を見つけていたのだろう?」
王の目が、一度報告書を作成したトリエストとビドウィンにむけられた後、財務大臣にむけられた。
「財務大臣。確か魔法書の鑑定のために王国内の未鑑定の本を集めていると聞いていたが?」
「はい。賢者様の鑑定魔法を期待し、年に数千冊の本を集めております。また、鑑定が済んだ本は、王都の書店に卸し販売しております。昨年、鑑定が済んだ本は、およそ3500冊に及びます」
財務大臣の答えに王は、首をかしげる。
「賢者ユシルは、それだけの本を鑑定しているのにわずか2冊しか手に入らないのか? 賢者ユシルが、冒険者をしていた時よりもはるかに多い本を鑑定しているだろうに」




