ラビリンス 43層
翌日、ラビリンスに潜る予定をずらしてシローは、王城へと向かう。もちろん厳重な警備が敷かれる王城に入るわけにもいかず、王城を囲む堀のそばで営業していた屋台に入り、そこから王城を眺める。
「なかなか良い眺めでしょう」
別に屋台の主が、自慢するものではないが、確かに堀に浮かぶように作られた王城は見事としか言いようがないものだった。
すでにアルハナートは、王城へ潜入し内部をうかがっている。シローは、その間屋台でゆっくりと食事をとる事にした。アルハナートが、シローから離れられる距離には限度があるのだが、今の所問題ないようだ。
屋台のメニューは、何かの肉や野菜を串にさして焼いた物が中心で、思いのほか食べやすく味もよかったので、シローは大目に金を渡し土産用に包んで欲しいと注文した。当然、金を出されれば屋台の主は、上客を捕まえたとばかりにせっせと串を焼いていく。注文した分の串が焼き終わる頃、ようやくシローの元へアルハナートが帰還したので代金を払って屋台を後にする。
「また、よろしくお願いします」
と屋台の主に深々と頭を下げられ見送られると周囲の目のない所で、アルハナートの収納に串焼きを納めた。
(どうだった?)
『はい。王城の一室で本の鑑定をしている女性が、周りの者から賢者と呼ばれていました』
(ほう。賢者は、女か)
『はい。ですが、賢者の女がいる部屋には、見張りの兵士が立っている上、鑑定魔法を使って本を鑑定する事を強制されているようでした』
(なら。あの手紙は真実のようだな)
『はい。情報は不足しておりますが、おおよそ間違いないものと推測します』
(助けてくれか……)
『マスター。どうされるおつもりですか?』
(まだ。何とも言えないな。だが、少し気になる事がある)
『どのような事でしょうか?』
(鑑定魔法についてだよ。俺の使う魔法とどう違うのか。そもそも鑑定魔法とは何かを知りたい)
シローが、興味を持った事をアルハナートに聞いても制限されている情報にあたるようで確認することができない。賢者と呼ばれる女の魔法の事がわかれば自身の魔法の秘密が少しわかるかもしれないとシローは考えている。
(アル。王城に見つからないように侵入して賢者に会う方法を建策してくれないか)
『献策します。迷彩魔法及び探知魔法を駆使する事で王城への潜入は可能です』
(そうか。なら今晩にでもお邪魔するとするか)
『シーリーンは、どうされます? 今のように宿屋に待機させますか?』
(連れて行くか。シーリーも迷彩機能を得た事だし有事に対応してもらうかもしれない)
シローが、王都ではシーリーンと行動をする機会は、意図的に減らしている。女連れは、目立つ上相手の記憶にも残りやすいので、普段は単身で活動するようにしている。そのためシーリーンは、宿屋で待機して過ごすことが多かった。
(なら一度宿屋に戻り、シーリーと合流する。夜を待ってから行動に移す。指示はアルに一任するからうまく誘導してくれ)
『了解しました』
シローが、宿に戻り自室に入るとシーリーンが、それを出迎える。シーリーンは、シローと大きく距離を取ると魔力パスが切れ、一時的に疑似睡眠状態となりほとんどの動きを停止するのだが、シローが範囲内に戻ると自動的に魔力パスを接続し再起動する。
「おかえりなさい。マスター」
「ああ。待機させて悪いなシーリー。今晩は、シーリーも活躍してもらうつもりだから頼むよ」
アルハナートが、シーリーにこれからの詳細を伝えている中で、シローは夜に備えて仮眠をとる。
アルハナートに起こされたシローは、外の闇を確認する。潜入するには不都合な月明かりのある夜だが、シロー達にはそれほど影響はない。
ラビリンスに籠ると言って宿を出たシローは、特に疑われる事も怪しまれる事もなく夜の闇に消える。
(シーリーの迷彩装甲もアルの迷彩魔法も中級にまで至ったから、相手に姿を見られる心配はないだろう。まあ、相手が、深層の魔物並の探知能力を持っていれば別だが……)
途中で、シローは、アルハナートの迷彩魔法で姿を消し、シーリーンは迷彩装甲と呼ばれる透明な魔法の鎧を使うと完全に周囲に溶け込んでいく。元々、透過しているアルハナートと同様にシロー達は、完全に姿を消した。
王城の門は、夜も開かれているが、そこには屈強な兵士が常に待機しており、門からの侵入を阻んでいる。しかし、その兵士の間を何事もないようにシローは、通過し王城の中に潜入した。
王城に至る道のあちこちに哨戒中の兵士がおり、警備は厳重だが姿の見えないシロー達に気づく事はなかった。
(賢者のいる部屋はどこだ?)
『マスター。賢者のいる側に複数の気配があります』
(わかったその部屋まで進もう)
シロー達が、アルハナートに案内されたながら広い王城を進む。アルハナートが、制止したのを受けシローとシーリーンが、部屋の前で止まると中から話し声が聞こえる。
耳をそばだてて聞こうとシローが、ドアに耳をつけると中の話が聞こえた。
「お願い。もうポーラを解放してあげて。私はもう逆らったりしないから」
女性の悲痛な叫びが聞こえる。
「信頼できませんね。それに最近効率が落ちていますからね」
「そ、それは、連日休みなく続ければ魔力だって……」
「ですからこちらもわざわざ、魔力回復ポーションまで用意してあげているではないですか。あなたには、もっと必死になって鑑定をしていただかないと。そうですね今月の間に後100冊の鑑定を終えたら考えてあげますよ」
「そ、そんな数をどうやって鑑定すれば……」
「ですから死ぬくらいのつもりでやってください。良いですか、あなたの努力によってはポーラさんたちは、傷を負うのですよ。嫌ならあなたが、今以上に頑張れば良いのです」
「そ、そんな…」
中の話しにシローは、拳を握る。
(囚われの賢者ね……)
話し終えた男が、部屋から出てくる気配を感じたシローは、ドアから耳を離し、廊下の端に身を寄せる。ほどなくドアが開き、中から嫌らしい笑い顔を浮かべた男が出てくると後ろにいる兵士2人に
「監視を続けろ。部屋から出すな」
と伝えて部屋を後にする。
『いかがしますか?』
(そうだな。今の男の後を追う)
シローは、そう言うと男の後を追った。男は、身分の高い者がいるような部屋まで進むとそのドアをノックし部屋へと足を踏み入れる。ドアが閉まる前にシローもすばやく部屋の中に入った。
「ビドウィンくんか。賢者様はどうだ?」
部屋の中にある豪奢な椅子に腰かけたでっぷりとした貴族顔の男が、入室した男に声をかけた。そばには、足を絡めるようにした女性が纏わりついている。
「トリエスト長官のご指示どおり、ポーラを人質として脅す事で今のところこちらの言う事を聞いております。度々ポーラを解放するように訴えてきますが、逆に脅していますよ」
「ほう。ずいぶんと仲間を大切にしているんだな賢者ユシル様は……なあポーラ」
「あら。田舎臭い娘の上にずいぶんと純情なのね。まだ騙されていると気がつかないの?」
うふふふと笑うトリエストに足を絡めている女がポーラと呼ばれており、賢者はそれも知らずに騙されているようだ。
「ですが、やはり効率は上がりませんね。集中力の問題もあるのか一日で鑑定できる本は、精々12冊と言ったところでしょう」
「仕方ないか……それでも一日あたり2冊は増えているのだからよしとしなければな」
「しかし、魔法書の入手は、我らの悲願のためには欠かせぬ物、間抜けな王に引導を渡しトリエスト様が、王となるには、まだまだ魔法書の力が必要です」
「言葉を慎め。まだ、時ではないのだ。じっくりと力をつけ確実に王位を奪う間では油断してはならん」
「はっ! 申し訳ありません」
「まあよい。どちらにしても魔法を使える者を揃えてしまえば、王城内の制圧などたやすいものだ。最後は、賢者が王を殺したと吹聴すれば証拠も残らんだろうしな。それで、魔法を使えるようにした配下の者は何人にまで増えた?」
「はっ! 私やポーラを含め24名の者が、魔法を習得しました」
「24名か。私兵にそれだけ魔法を使える者を揃えた者は、過去にもいないだろうな。大量の兵士を王城に入れるわけにも行かない上、王の側には王を守る者も少なからずいる。怪しまれないようにしながら、少数で成し遂げねばならんのだ」
トリエストと呼ばれる男とビドウィンと呼ばれる男は、結託し王位を狙っている事をシローは知る。その王位の簒奪に賢者が、利用されている事も……




