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迷宮奇譚  作者: 山と名で四股
迷宮に挑みし者
40/59

ラビリンス 40層

 ルシエル王国の王都パシナールの北部に位置する巨大な建造物は、王都の象徴とも言われるサンサミュエル王城だ。湖にも見えるほどの広い堀の中にそびえたつ城は、丁寧な作りと使われた石材の色もあって初めて見る者は、誰もが言葉を失うと言われている。


 その見事な王城の中に作られた部屋の中で、忙しそうに動きまわる事務官達をため息をつきながら眺める女性がいる。


「賢者ユシル様。次は、こちらの本の鑑定をお願いします」


 賢者と呼ばれた女性は、執務用の机の上に乗せられた本を見てまたため息をついた。


「これの鑑定を終えたら、一度休憩にしてもらえるかしら。魔力も回復させないといけないし」


 賢者とよばれたユシルが、そう言うと事務官の男が、仕方なさそうに返事する。


「仕方ありませんね。それでは、もう1冊終えましたら1時間ほど休憩としましょう」


「ねえ。ビドウィン事務長。最近、私の休日がほとんどないのですが?」


 ユシルが、そう言うのも仕方のない事だ。実際、この1ヶ月の間にユシルに与えられた休日は1日もなかった。賢者として王城に務めるようになってからユシルの自由は日に日に減少していた。 


「ユシル様。あなたのお気持ちはよくわかりますが、あなたにしかできない仕事ですのでご理解ください。賢者と呼ばれるのはこの王国であなただけなのですからね。変わって差し上げる事ができるのなら変わって差し上げたいのですが……」


 ビドウィンは、ユシルを窘めるように説得する。ユシルも内情は理解しているつもりだが、毎日繰り返される単純作業に飽き、退屈な日々に限界を感じ始めている。


「こんな事なら賢者なんてなるんじゃなかったな……」


 ぼそりと聞こえないように言ったユシルの言葉は、ビドウィンには聞き取れなかったが、不平不満である事に間違いはないだろうとビドウィンも受け止めた。 


「わかりました。私の方で、休みをいただけるように頼んでみましょう。そのかわり、今日はいつも以上に仕事をしてくださいよ」


 ユシルの集中力の低下を見て考えたのか、それともユシルの立場を考えての事なのかはわからないが、ビドウィンは、ユシルにそう提案した。


「じゃあ。しばらくぶりに城から出たいわ。お買い物とそうね……少し息抜きにラビリンスにも顔を…」


「ユシル様! そこまで許可がいただけるとは限りませんからね」


 休みをもらえると聞いたユシルの暴走をすぐにビドウィンは抑え込む。


「何よ。少しくらいいいじゃない」


 ユシルは、賢者になる前は、どこにでもいる冒険者の1人だった。違ったのは、生まれつき鑑定魔法が使えた事だけで、ユシル自身も冒険者としてラビリンスに潜るまでは、その力の使い方もわからなかった。


 ユシルが、自分の力と可能性を知ったのは、たまたま手にいれたラビリンスの本を鑑定できた事から始まる。ユシル自身もその効果と意味を理解すると誰にもその事を言わず、手にいれた本を次々と鑑定していった。鑑定魔法がない頃、王都でもただ同然で売買されていたラビリンスの本をユシルは10冊20冊と買いあさり、自分で鑑定を繰り返していくうちにその中から多くの魔法書を見つける事ができたのだ。


 ユシルが、魔法書から手にいれた魔法をラーニングし自ら使いだすと一緒にパーティーを組んでいた仲間からも驚かれた。どちらかと言えば、それまであまり役に立てていなかったユシルは、あっと言う間にパーティーの中心メンバーとしてもてはやされるようになった。


 ユシルが、賢者と呼ばれるようになったのはこの頃で、生まれた時から使える魔法しか使う事ができないと言われていた魔法使いたちに大きな衝撃を与えた。

 魔法書を手にいれる事ができれば、誰もが魔法を使う事ができるようになる。その事実は、すぐに国王の耳にも届けられ、王はユシルを王国の賢者として破格の待遇で召し上げる事を宣言した。


 小さな村の貧しい家庭に生まれ、一獲千金を夢見て王都にやってきたユシルにとって国王から出されたこの破格の待遇は、迷うことなく受け入れてしまうものだった。

 ユシルは、国王から貴族として爵位を与えらえ名前もただのユシルからユシル=ボードレインと言う名前となり、国をあげた祝賀会では国民に大々的にお披露目された。


 ユシルは、賢者となってから王城の一室に籠り、ひたすら本の鑑定を行う日々が続く。1冊の本を鑑定するに必要な時間は、およそ1時間。しかも集中が必要な上、魔力も必要な作業だ。朝から晩まで作業を続けても一日で8冊から10冊の鑑定をするのが精いっぱいだった。それでも賢者となってからユシルは、月に1冊から2冊くらいの魔法書を見つけている。


 王城の倉庫には、未鑑定のまま積まれていく膨大な本が毎日のように届けられているが、そのうちの10分の1も鑑定は進んでいない。


 ようやくその日最後の本の鑑定を終えたユシルは、ぐったりといた様子で自室に戻るため廊下を歩く。毎日、この時間になると疲労でこのようになるのはユシルにとっていつもの事だ。

 ユシルは、毎日の鑑定作業で魔力は日々高まっていっているが、集中力を保つことができる時間が増える事はなく作業が早くなることもなかった。おまけにほとんど室内で座っているだけの生活は、ラビリンスに籠っていたときと違い身体を動かす機会に乏しいため、ユシルは運動不足になっている。年頃のユシルにとって、飽食と単調な事務作業だけの生活は、自らのスタイルすら変えかねないものだ。


 一日の作業を終えて自室にたどり着いたユシルは、自らのベッドに転がり込むとまたため息をつく。


「私が、したかったのはこんな事じゃないよね……」


 貧しい時には、確かに夢見た暮らしだが、ここまで自由がないともはやこの暮らしも牢獄のようなものだ。昨日、誕生日を迎え19歳となったユシルは、この暮らしを打破するべく賢者を返上する事も考え始めていた。


 翌朝、起床したユシルが、身支度を整えた頃、ユシルの部屋をノックする者がいる。


「はい」


 ユシルの承諾を得た相手が、ドアを開けるとそこには、顔見知りの姿があった。


「ポーラ。どうしたの?」


 ユシルが、ポーラと呼んだのは、この王城に来てから話し相手となったユシルにとって貴重な同年代の女性だ。王城に事務官として務める彼女は、何もしらず賢者として王城に来たばかりの田舎娘だったユシルにとって貴重な人物だった。

 人柄もよくいつもユシルの立場になって相談に乗ってくれる彼女をユシルは大切な友人として接していた。


「事務長から今日のお休みの許可が出たからユシルに伝えてほしいって」


 休みと聞いてユシルの顔が、ぱっと明るくなった。


「本当! じゃあ。王城を出てもいいのかしら?」


「ええ。その許可もとれたと言っていたわ」


 その答えを聞き、こぶしを握り歓喜するユシルを見て


「ねえ。今日は、私も休みをもらったの。一緒に買い物にでも行かない?」


「いくいく。すぐに行こう。今、準備するから待っていて」


 慌てて着替えだすユシルを見てポーラもクスクスと笑う。年頃の女性らしく身支度を整えたユシルは、ポーラと共に王城の門を潜る。ユシルにとっても実に半年ぶりの外出となった。


「うーん。やっぱり外の空気はいいな~」


 背伸びしながらそう言ったユシルに


「そうね。いつも本ばかり見てたらおかしくなっちゃうわよね」


「そうそう。私にもそのうち本みたいにカビが生えちゃうわよ」 



 


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