ラビリンス 36層
「やはり、8層は、7層に比べても難易度が高いな」
「ああ。魔物の質が高い。油断してなくても危ない場面がありそうだ」
ブッカとダームが小部屋で休憩しながらメンバーと確認していく。こうした確認も次に活きるのだろう。
「8層の魔物は、エルダートレントとドリアード、マッドボアか。他にもいるかもしれんが、どれも癖のある魔物だな」
「マッドボアは、正面から当たれば戦士で受け止めて集中攻撃すればいけるんじゃないか?」
「いや。あの突撃は、受けきれないだろうな。それよりも魔法のウオールで受けた方がいいだろう」
喧々囂々と活発な意見が出る。これから8層に挑む以上、同じ魔物を効率よく倒すためだ。
「マッドボアは、挟撃がいいかもな。誰かがおとりになって背後から狙えば正面よりは、狙い安い。さっきシローとシーリーがやったようなやり方だ」
「問題は、エルダートレントだろう。あれは、かなりタフだし、一緒にいる魔物の種類や数によっては、脅威だ。今度8層に来るときには、火炎瓶を作っておくといいな」
意見交換を兼ねた食事を取ったメンバーは、この場所で最後の宿泊をする事を決める。エルダートレントのマッドボアが残した宝箱には、ミスリルの槍とプラチナの剣が入っていた。
「明日は、半日、8層を探索して帰還するつもりだ。疲れていると思うが、明日まで緊張感を保つぞ」
「「「おお」」」
その日の宿泊時の警戒は、シローが担当すると申し出る。ペアを組んで交代で寝ているが、皆疲れており、シローはまだ余裕があったのでかって出たのだ。
索敵もできるシローへの信頼は、高まっているので、申し出は通った。実際には、シーリーンも起きているしアルハナートもそばで待機しているので、寝ても問題はないのだが、義理堅くシローは不眠番を続ける。
(アル。8層までのマップはどうだ?)
『問題ありません。いつでもここまで到達できます』
(この数日で得たクリスタルは、全部で5つか。やはりクリスタルが出る数は少ないな)
エターナルウインドが、活躍するばするほどクリスタルも手に入るのは、間違いがないが、シローが同行して稼ぐのなら最初から単独で潜ってもそれほど差はない。クランの方が、殲滅が早いなどのメリットもある事はあるが、シローにとっては、力を隠す分効率が落ちる。
(エターナルウインドとの同行は、戦士と魔法使いが復帰するまでだな。それ以降は、別のラビリンスに向かうぞ)
『了解しました』
(はい。マスター)
シローにとって、効率の良いクリスタルの回収は、自身で1チーム分確保した上に他のチームが確保した分を加えてようやく効率的になる。シローがいつまでもエターナルウインドにいては、意味がないのだ。
翌日、起床した面々は、疲れた体に鞭をうち、8層の探索を続け4体の魔物を倒した所で、帰還の途についた。
無事にラビリンスの出口についたクランのメンバーは、安堵すると共になしえた結果に高揚する。本拠地へ進む足取りも疲れた身体に反して軽そうに見えた。
ようやく拠点に戻ったメンバーは、背負った荷物も背負った責任も降ろし、崩れるように横になった。シローにしてみれば、いつもの事なので疲れも感じていないが、他のメンバーは心身ともに限界なのだろう。
「シローは、タフだな。疲れ知らずか?」
「そうでもないさ。だけどいつもソロかペアで潜っているからな慣れもあるだろ」
「シロー。この後少しいいかしら」
「ああ。だが、できれば風呂くらいは入ってからがいいな」
ヒルデは、自分の身体を見て顔を少し赤くする。ヒルデもこの数日の戦いで返り血と汗にまみれていた。時に女性らしさを忘れる彼女の夢中になれるところも、シローには好ましく映った。
酒を飲んでそのまま寝ると豪語するブッカやダーム達を放置して、シローは風呂に入ると着替える。女性は、より時間がかかるだろうと気を使ったつもりで自室で待っているとヒルデの方から現れた。
「いいかしら?」
ノックして入ってきたヒルデが、くつろぐシローにそう聞いた。すでに正装に戻り、冒険者からお姫様に戻っている。
「ああ。こっちはいつでもいいぞ」
「じゃあ。ついて来て」
ヒルデに案内されてヒルデの書斎に通されたシローは、そこにある応接用のソファーに腰をおろした。ヒルデも反対側のソファーに腰掛ける。
「今回は、ありがとうございます。おかげでとても勉強になりました。目標もまたひとつクリアできたわ」
「ブッカやダーム達クランのメンバーが、頑張ったからだろう。俺は手伝ったに過ぎない」
ヒルデは、首を振る。
「私達には、まだ経験も実力も足りていないわ。時間をかけてもっと研鑽を積めば、補えると思うけど私には、時間が……ないの」
シローは、ヒルデの言葉の意味を測りかねる。
「時間がない? どう言う意味だ?」
「シローには、最後まで言わないつもりだったけど。私は、この国の第3王女ヒルディー・フォン・ポートレインよ」
「ヒルデは、本当のお姫様だったのか?」
「え? 知らなかったの?」
「ああ。どこかのお嬢様だとは思っていたが、本当のお姫様だったとはな」
ヒルデが、ため息をつく
「シローらしいわね」
「それで、なぜ時間がないんだ?」
「私の立場が、変わるかもしれないからよ。お姉さまが2人いてそれぞれ隣国に嫁いでいるわ。おかげで、私まで嫁ぐ必要がなかったの。だから私のわがままも父は、笑って聞いてくれていたわ」
「なら条件を出したのは、王様か」
「ええ。父は、私にラビリンスの英雄となるなら王女ではなく、1人の冒険者として見てくれると言ったの。父にとって、娘がラビリンスの英雄である事は、政治的にも利用価値が高いと考えたのだと思うわ」
「親子でもずいぶんと考え方が違うんだな」
「私が、クランエターナルウインドを立ち上げてから、王都でも名前くらいは知れるようになったわ。あと数年あれば、ある程度の成果も出せるとも思ってる」
「ああ。このまま研鑽を積めば、まだ先へ行けるだろうな」
「でも周りの情勢が変わったの。隣国の1つであるバラトール王国の王太子が事故でなくなったの。そしたら同盟を維持するためにその弟、つまり次の王太子に私が嫁がなくてはならないって……」
「それで、ヒルデは時間がないのか」
お姫様となれば、自由な結婚も生活も望めないのだろう。まして政略結婚ともなれば、勝手な事は許されない。
「ええ。あと1ヶ月もすれば、次の王太子に嫁ぐ者が、決まるわ。それまでに私は、ラビリンスを解放しなくてはならないの」
ヒルデの目には、涙があふれている。これほど情熱を持ち、真摯にラビリンスに挑む者が政治の道具として使われようとしている。シローもヒルデの事を考えるとやるせない気持ちになった。
「だが、ラビリンスが、何層まであるのかはわかっていない。いつまでにと言っても……」
「わかっているの。もしかしたらラビリンスは、延々と続いているのかもしれないし、解放なんて伝説の事かもしれない。だから私は、けじめだけつけられればと思っているわ。今、挑んでいるスラージの10層は、王都でも未踏の階層と言われているの。例えそこが、ラビリンスの終着点でなくてもそこまで…10層まで到達できれば……私は覚悟して隣国に嫁ぎます。お願いシロー……私の最後のわがままをどうか手伝ってください」
涙を流しながら必死に訴えるヒルデの姿が、シローの心を打つ。




