ラビリンス 29層
ルシエル王国の王都は、パシナールと言うが、その特徴から「鉄の都」「赤の都」と呼ばれている。こう呼ばれる理由は、どちらも王都のすぐ側にあるシュルム鉱山から採掘できる豊富な鉄鉱石によるものだろう。
パシナールは、近隣諸国でも有名なほど鉄鉱石の加工貿易で栄えており、朝から晩まで鉄を溶かす高炉から立ち上る煙と鉄を加工する金属音が鳴る工業都市でもある。だから他国の者は、この王都を「鉄の都」と呼んでいる。また、王都のはずれには、採掘した鉄鉱石が山のように積み上げられ、その赤い鉄鉱石を見て「赤の都」と呼ぶ者も多い。
鉄の加工貿易は、労働者をたくさん使うため仕事も多く、王都の多くの者が鉄鋼業に従事している。実入りの良い工夫の仕事は、他の職業に比べて人気があり、わざわざ他の街から出稼ぎに来る者さえいる。
また、王都の側には、5つのラビリンスが存在し、そのラビリンスに挑む冒険者も多い。王都のラビリンスは、DランクからSランクまであり以下の通りとなっている。
ディアーブ 王都の第1ラビリンス Sランク
メイリー 王都の第2ラビリンス Aランク
スラージ 王都の第3ラビリンス Bランク
ボージ 王都の第4ラビリンス Bランク
ゴーヒル 王都の第5ラビリンス Dランク
初心者から上級者までが、同じ街で生活しながら挑戦できるとあって、王都を本拠地とする冒険者が多い。有名クランの多くが、王都を選ぶのはこうした理由もあるのだ。
王都の中には、冒険者達が暮らす区画があり、冒険者を相手にした宿屋や武器防具屋、酒場などが立ち並ぶ。国は冒険者を歓迎しており、ラビリンスから得られる貴重な資源や魔法書などを回収していた。
「おい。にーちゃん達。今日のお宿は決めたのかい?」
シロー達に声をかけるのは、宿屋の呼び込みの親父だ。先ほどからシロー達は、同じような呼び込みを受けている。シローとシーリーンが、王都に来て間もない事を経験から感じているのだろう。
すでに宿屋を取っているシロー達は、呼び込みを無視しながら王都の冒険者街を進む。シロー達が、王都にたどりついたのは、つい先日の事だが、シローは到着後早々に風呂のある比較的高い宿を当面の宿に決めた。価格は高いが、風呂があるような高級宿はセキュリティーも良く安心して泊まれるからだ。
シローは、収納から背負い袋に少しずつ販売用にとっておいた武器や防具を詰めそれを少しずつ店に売り、資金に変えていく。さすがに王都だけあって、ヒルレインの街では滅多にみないミスリルの武器や防具も驚かれずに捌く事ができた。
シローは、周囲から怪しまれないように時間をかけながら少しずつ装備を売り捌き、同時に王都の相場などを確認していった。特にシローが知りたかったのは、クリスタルの相場だったが、クリスタルは、国が一定額で買い上げており、販売額がそれを下回る事はない事がわかった。
「これだけしかないのか?」
シローが、ケースに入れられた小さなクリスタルを見ながら店員に声をかけると
「ああ。5層以上潜れる冒険者は、限られているからな。それに有名クランは、国に直接卸すから数が出回らないんだよ」
「国へ直接卸して冒険者は、もうかるのか?」
「お前、王都は初めてか? ここじゃな国に治めるクリスタルの量で色々と恩恵もあるんだよ。特に有名クランともなればな。納める数によっては貴族の位だって手に入るんだからな。だからクリスタルを国以外に納める奴は、現金が必要な奴と名誉なんかを必要としない奴だけだ」
シローは、クリスタルの実態を聞きため息をつく。せっかく王都まで来てもこれでは、わずかにしか手に入らない。
「クリスタルを少し多めに欲しいのだが、手に入れる方法はないか?」
「大量にか……そうだな。そんな量を回収できるのは、それなりに知れたクランだろうから直接クランに交渉するくらいしかないだろうな」
やはり簡単には、クリスタルを入手する事はできないようだ。クリスタルの価格自体は、武器や防具を売った金からすればそれほど驚く額じゃない。事実、数さえあれば多少高くなってもシローは買うつもりでいたのだ。
「研究に少し量が欲しいんだよ。だから今の相場よりも多少高くなってもいいから入荷したら避けておいてくれないか」
「まあ、高く買ってくれると言うならそうするが、いつ取りにくるつもりだ? そんなに長くは置いておけないぞ」
「3日……いや5日後に来る。これは手付金だ。もし5日後に来なかったら返さなくても良い」
店員は、それを聞くと
「わかった。名前くらいは聞いておいてもいいか?」
「シローだ」
「シローだな。わかったクリスタルが入荷したらお前にとっておくよ」
手付金を受け取った店員が、握手を求めるのでシローはそれに応えた。商談成立と言ったところだろう。
そんなシローの後にその店にやってきた男が、店員に尋ねる。
「今の男は?」
「シローとか言ってましたね。クリスタルを研究に使いたいから量が欲しいと言ってましたよ」
「研究に? 冒険者に見えたがな。何の研究をするつもりだ?」
「それは、聞きそこねましたね」
「ちっ。ほらよ」
店員が出した手に金を乗せる。情報提供料と言ったところだ。
「見かけない顔だな」
「ええ。うちに来るのも初めてですね」
「と言う事は、王都に来て間もないと言う事か。それでクリスタルを買い漁るってのも変な話しだな。普通の冒険者ならクリスタルを売るために来るだろうが、買いに来る冒険者ってのは聞いた事がないな」
「そうですね。買いに来るのは、本当の研究家くらいなもんですよ」
「まあ良い。何かあったら情報をくれ」
「この街の治安を一手に握るビートの旦那に頼まれたら嫌とはいいませんよ」
「金を要求する奴が、言う事じゃねーな。まあ、なんでもいいや気になったら情報を売れ。俺が買ってやる」
ビートと呼ばれた男は、シローの後を追って歩き出す。
「何か俺の感が、あいつの事を気にかけやがる」
シローは、宿泊している宿に戻りシーリーンと合流する。
『マスター。先ほどの店舗でマスターの様子を見ている者がおり、その者がマスターを尾行しているようです。現在もこの宿におり、こちらの部屋の様子をうかがっているようです』
(ああ。途中で気がついた。クリスタルの売買の話しをしているあたりで、視線が向けられたからな)
『いかがしますか?』
(そうだな。余計な事に巻き込まれたくはないし、かといって詮索されるのも嫌だな。顔は見たから覚えたが、向こうの情報も必要だな)
『ちょうど、今この部屋の前の廊下にいるようですが』
(なら。うまく追い返すか。そのあと、アルに尾行してもらえば相手が何者かもわかるだろう)
『了解しました』
(なら、俺は、声をかけてやるか。シーリーは、隠れていてくれ)
(はい。マスター)
シローは、口に出さずアルハナート達と協議し対応に出る。音も立てずにドアの側まで行くと勢いよくドアを開ける。急にドアが開いた事に驚いた男が、ぎょっとする。
「おっと。悪かったな…で、俺の部屋の前で何のようだ?」
「い、いや。別に用はない。たまたま通りかかっただけだ」
「うん? さっき店で見たような気がするが俺を追いかけているのか?」
「な、何を言っている。なぜ、お前を追いかけたりする必要があると言うのだ。失礼だろう」
「それは、悪かったな。田舎者なんでな。それじゃ用もないなら失礼するよ」
シローは、そう言うと廊下を進み階段を下りていく。焦った男が、ようやく落ち着きを取り戻し、再びシローの後を追って宿屋を出た。
しかし、すぐにシローを見失い。その男ビートは、そそくさと自分の職場に戻っていった。その後ろからアルハナートがついて行っている事も知らずに戻ったのは、王都治安室の詰所。
「ビート所長お勤めご苦労さまです。今日も王都内の巡回ですか?」
「ああ。これが俺の仕事だからな。王都内に余計なトラブルを招く奴は、片っ端から俺が始末してやるさ」




