ラビリンス 17層
再び冒険を再開したシローは、今ラビリンスの5層にいる。本格的にラビリンスに籠り始めたシローは、ラビリンスの中で1泊2泊と滞在する日にちを増やしていき、今では数日間ラビリンスの中に滞在できるようになった。
シローは、通路の先にある小部屋の入り口からこちらが見えないよう壁に張り付くように近づいていく。アルハナートの索敵によりその部屋の中には、複数のコボルトエリートがいる事がすでにわかっている。コボルトエリートは、コボルトの上位種であり、身体も一回り大きく動きも早く力も強い魔物だ。
だが、コボルトエリートの強さよりもシローにとって問題になるのは、その数だ。1体2体であれば、そこまで脅威とはならないが、5体となるとそうはいかない。
「アイスウオール!」
小部屋に入るとすぐにシローは、魔法で敵を分断する。2体のコボルトエリートと、3体のコボルトエリートに分け切り離すように氷の壁が出現する。
魔法で5体の魔物を3体と2体に分断する事に成功したシローは、すぐに槍をつかみなおし、迫る爪を回避し巧みに槍でコボルトエリートを攻撃する。回避と攻撃が一体となった動きで爪をかいくぐり的確に相手の急所に槍を突き入れていく。
シローが2体のコボルトエリートを倒し終える頃、ようやく氷でできた壁を突破した3体のコボルトエリートがシローを襲わんと向かってくるが、シローはそこに次の魔法を打ち込んだ。
「ライトニングアロー」
シローの左手の前から現れた雷の矢が、コボルトエリートを直撃すると、直撃したコボルトエリートは口から煙を上げ、側で巻き込まれるように感電したコボルトエリートは、痺れて動きを中断させる。
シローは、動きが鈍ったコボルトエリートを鋼鉄の槍で止めを刺していくとその場には、2つの宝箱が残された。
『そばに他の魔物はおりません。宝箱にかけられた罠は解除してあります』
アルハナートから報告を受けたシローは、宝箱を開け中のアイテムを回収し、アルハナートの収納に納めていく。
「どうやら5層も大方問題ないな」
『はい。魔物部屋の対応も可能でしたので、次の層へ向かっても問題ないと考えます。マスターの評価値は236になりました』
3層のマップを完全に作り終えると4層へ向かい、4層のマップを完全に作り終えたら5層へと進むと言う進め方で自らを強化しながらシローは攻略を続けており、今5層も一区切りつけた。
シローは、運よく入手した雷の魔法書をラーニングした事で、戦術の幅が広がり戦闘方法も増えている。アルハナートとの連携も進み、今なら指示する事なく応えてくれるようになっている。
また、連携の中、アルハナートの補助魔法は、同時に2つ以上展開できないと言う事がわかり、緊急時に備え普段は使わないようにしている。
シローは、武器も5層から見かけるようになった鋼鉄の物を使うようになった。今シローが使っているのは、星月の鋼鉄の槍+2と言う良品で、武器強化と魔法強化を付与された槍だ。鑑定できるシローだからその効果を理解し使う事ができるが、他の者だとただの鋼鉄の槍として使うかもしれない。
防具は、相変わらず動きやすさを優先しているためシローは、今までどおり皮鎧を使用している。
「よし。一度、戻って食糧なんかを手にいれたら6層に進むとするか」
シローは、ラビリンスからしばらくぶりに地上に戻り、太陽の光を浴びる。3日から4日くらいの間、ラビリンスに籠る事にシローも慣れてきたが、やはり地上の空気は恋しいものだった。
「しばらくぶりにベッドでゆっくりと寝るとするか」
偽装用の背負い袋を背負ったシローは、ラビリンスの兵士に軽く会釈すると宿屋へと向かった。
「あら。しばらくぶりじゃない」
宿屋の主であるアリヒアが、数日ぶりに現れたシローの顔を見てそう言った。
「ああ。色々と忙しくてね。1晩泊まれるかな?」
「ええ。もちろんよ。食事は?」
「ああ。今は、昼飯時か……。なら軽くでいいな」
シローは、アリヒアに昼食を頼み食堂の椅子に腰をかける。テーブルとイスでの食事もしばらくぶりだと実感しながらシローは、周囲をゆっくりと見る。
『マスター。左前方のテーブルに座る男をご存知ですか?』
(いや。知らない男だ)
『先ほどからマスターの動向に探りを入れています』
(うん? 何のためだ?)
『それは、わかりかねますが、マスターを意識しているのは確かです』
アルハナートは、透過したままその男の側まで空中移動し、ぐるりと観察して戻ってくる。シローにだけは認識できるように処理しているためシローもアルハナートの意図を理解する。
(何かわかったか?)
『残念ですが、これと言ったものはありませんでした』
(まあ、いいさ。何か用事があれば向こうから関わってくるさ)
食事を終えたシローは、アリヒアから渡された鍵を持って部屋に向かう。部屋に入ってすぐに背負い袋を置くとシローはベッドに転がった。
「やっぱりベッドは楽だな」
シローは、ベッドの柔らかさに満足して目を閉じる。シローは、ラビリンスで何度も宿泊するうちに、周囲の状況によらず、どこでもすぐに深く眠る事ができるようになっていた。
どれくらいの時間、睡眠を取ったのかシローは、起き上がると周囲を見る。寝る時間の悪さもあってどれくらいの時間寝たのかはっきりとしない。太陽の位置を見る限り、翌日の朝まで眠ってしまったようだ。
「すっかり生活時間が狂っているな」
シローは、十分に眠れたので、起き上がると身体をほぐしていく。しばらくぶりに緊張状態にない中で眠れたためか疲れも良く取れているように感じた。
「さて、少し市場に言って換金して食糧なんかをそろえるとするか」
シローは、アルハナートの収納から売るための武器などを出して背負い袋に詰めていく。本当なら他にも売ってしまいたい物もあったが、出所を知られたくないものものあるので売るのは鉄や銅の装備などが中心だ。
シローは、宿屋を出ると市場へ向かった。外は天気もよくしばらくぶりの外歩きは、シローにとって気もちの良いものだった。市場に入ってすぐに荷物を軽くするため武器の買い取りをしている店で適当に売る。
武器を売り払い、軽くなった背負い袋に保存食を詰めていく。収納の中には、暖かいスープなども入れてはあるが、どの道ラビリンスの中でゆっくり食べる事も難しいので結局、シローは、乾パンなどの保存食を食べる事が多いが、一日1回は、身体の事も考えて野菜類や果物を取るようにしている。
ある程度、必要な物を買い揃えたシローは、再びラビリンスに戻るために宿屋に戻る。アリヒアにまたしばらく不在となる事を伝えるためだ。
シローが宿屋に戻るとすぐにアリヒアが、シローに声をかけた。
「ちょっと」
「どうしたんだ?」
不意にアリヒアからいつもと違う雰囲気をシローは感じる。
「あなたの部屋に泥棒が入ったみたいなの」
「???」
シローが、宿泊している部屋には、きちんと鍵をかけてある。
「シローが、いない間に鍵を壊されて中を物色されたみたいなの」
シローは、アルハナートを手に入れてから部屋に荷物はおいていないため被害はない。
「取られて困るような物はおいていなかったから大丈夫だが、また何でそんな事が……」
スリや泥棒自体は、それほど珍しくないが、宿屋の一室に押し入ると言うのはあまり聞いた事がなかった。わざわざ、人目のある場所で犯行に及ぶとも思えない。
「あなた何か狙われるような事でもしたの? 他の部屋は手つかずであなたの部屋だけ狙われたみたいよ」
「そうなのか? 俺に思い当たる事はあまりないが」
シローは、誰がそんなことをするのかと色々と考えてみたが、思いつくのは……
(アル。前に食堂にいた男か?)
『証拠はありませんが、可能性は高いのではないでしょうか』
シローは、先日、食堂で見かけたシローの動きを探っていた男を思い出したが、何か証拠があるわけでもないのでシローは気にすることもない。
「部屋の鍵は、俺が弁償するよ」
「いいわよ。あなたのせいじゃないし、こちらの管理上の問題でもあるわ」
アリヒアは、シローが弁償すると言っても受け入れない。宿屋からすれば信用問題にもなるので、これからは、しっかりと出入りを確認するとアリヒアはシローに説明した。