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迷宮奇譚  作者: 山と名で四股
迷宮に挑みし者
14/59

ラビリンス 14層

「さっきも言ったが、俺は補助と注意だけするから自分が考えたようにやってみてくれ。聞きたいことがあったら遠慮なく聞いてくれても良い」


 ラビリンスに速足で向かうヒルデに後ろから声をかける。ヒルデは、立ち止まる事なく


「ええ。わかったわ」


 と答えた。


(さて、このどこぞのお嬢様が、どんなイメージでラビリンスに挑むのか少し楽しみだな)


『マスターは、彼女をどうするおつもりですか?』


(最初は、やりたいようにやらせるさ。但し、危険の一歩手前でフォローしないといけないだろうな。罠と魔物の索敵を頼む)


『了解しました』


 シローは、アルハナートと打ち合わせしながらヒルデの後を追う。ほどなくラビリンスの入り口を守る兵士のところまで到着した。シローは、ヒルデに名簿に名前を書く事と100G支払う必要がある事を教える。名簿には、名前かパーティー名などを書くのだが、ソロの場合は自分の名前を書くしかない。

 ヒルデが一瞬迷ったようにも見えたが、ヒルデとだけ書いていたのをシローは横目でちらりと見る。ヒルデの後に自分の名前を書き、シローも100G支払った。


「これでもう入ってもいいのかしら?」


「ああ。問題ない」


 シローに確認したヒルデは、いよいよかと興奮を隠さないようだった。兵士も何か言いたそうだが、黙っていたので軽く会釈だけしてヒルデの後を追ってシローもラビリンスに入った。


 シローにとっては、いつも通りの事だが、ヒルデにとっては何もかもが初めてなのだろう。内部の独特の暗さや湿気などを肌で目で直接感じているようだ。

 彼女は、ちらりとシローを見たが、シローは好きにしろとジェスチャーで伝えるとヒルデは、覚悟を決めたのか通路を進み始めた。シローは、彼女が、求めない限りレクチャーをするつもりはない。

 

 改めてシローは、ヒルデを後ろから観察するが、見事に軽装と言ってよいヒルデは背負い袋などを持っている様子もなく腰に剣を下げているだけだ。お嬢様だけあって、着ている皮鎧は見事な物でおそらくそれなりのものなのだろう。そして腰の剣は、もしやと思ってずっと気にしていたが、ミスリルの剣で間違いないだろう。出どころが少し気になったが、市場で売っていた剣を彼女が買ったのか、別の場所で手に入れているのかは見た目ではわからない。


 シローが、ヒルデを観察している間にもヒルデはどんどん前に進んでいく。


『マスター。前方から魔物が接近してきています』


(1層だし、ジャイアントアントかコボルトが1体だろう?)


 シローが予想したとおり、ヒルデの前にはジャイアントアントが1体現れ、先頭を歩くヒルデを見つけると威嚇を始めた。


「これが、ラビリンスの魔物ですね」


「そうだ。ジャイアントアントだな。どうする?」


「無論、倒します」


 そう言うと彼女は、ミスリルの剣を抜きジャイアントアントに切りかかった。動きは、シローの予測よりもはるかに良い。しっかりと剣の訓練をしている者の動きだと少し感心する。ジャイアントアントは、いつもどおり蟻酸を飛ばすが、初見にも関わらずその蟻酸を回避するとミスリルの剣でジャイアントアントの首を一撃で切り落とした。ジャイアントアントは、光に包まれ小さめな宝箱をその場に残す。


「大した事ないですね」


 ヒルデが、初戦の感想をシローに伝える。シローは、それに何も答えない。


(宝箱に罠はあるか? 周囲に魔物は近づいているか?)


『宝箱に罠はありません。魔物の接近はありません。ですが、後方に別の者が2名います』


(別の者?)


『はい。彼女の監視役か何かではないでしょうか?』


 ラビリンスに潜れば、他の冒険者と出会う事は、少ないわけではない。マナーとして互いに干渉しないように注意する必要があるが、マナーを守らない者も中にはいるので注意が必要だ。

 マナーとしては、戦闘中の横入りや魔物を擦り付けるような行為は、禁止されており後日判明すれば注意を受けることになる。


 シローが、後方の2人の方を見るが、姿は見えない。おそらく索敵スキルを持つスカウトあたりが、加わっているのだろうと予測を立てる。


(1週間、監視されるのか。迷惑な話しだな)


 シローがうんざりしている間にヒルデは、宝箱を開けていた。中には草の束が入っていたようだが、彼女の初の戦利品だ。手に入れた物をどうするかと思って見ていると草の束には、興味がないのかヒルデは


「これ、私はいりませんが、どうします?」


「必要ないなら捨てるなりしても良い。捨てるなら俺にくれちゃんと金にする」


 ヒルデは、草の束をシローに渡すためにシローの元へ歩み寄る。


「後ろに2人、監視がいるぞ」


 歩み寄ったヒルデに小声で、後ろに2人の監視役がいる事を伝えると彼女も大きくため息をついた。

 少し、彼女は考えたようだが


「後で、言っておきます」


 とため息をつきながら小声で言った。


 シローは、再び気を取り直して、ラビリンス内を移動始めたヒルデの後を追う。


『マスターおよそ100歩先に罠があります』


(さて、彼女は罠に気づくかな)


 もくもくと歩く彼女は、あっと言う間に罠のある場所まで進み、次の1歩で罠を踏むと言うところでシローは、ヒルデの腕をつかんで静止させる。急に腕を掴まれたヒルデは、少し驚きシローを見返した。


「罠だ」


 シローの言葉にヒルデは、少し動揺したように見えた。


「どこですか?」


「次の1歩で罠を踏む」


 ヒルデは、数歩下がって自分が踏む予定だったあたりに目をやるが、ぱっと見る限りはわからないようだ。このような罠を見分けるには、まだ長い経験が必要だろう。


「わかりにくいが、あの床を踏むとスイッチが発動する仕掛けがある」


「なぜ、罠の場所が、わかったのです?」


「冒険者にその方法を聞くのは、普通ならマナー違反だからな。本来ならその方法は、自分で考えるしかない。だが、この罠を回避するためにスカウトと言う仕事があり、スカウトは罠を見破る力をもっているのは事実だ」


「でも、あなたはスカウトではないのでしょう?」


「そうだな。経験を積めばある程度の罠は、見つけられるようになるだろう」


「私は、まだ経験がないので罠を察知する方法が必要なのですね?」


「そう言う事だ。それに、さっきヒルデは、無造作に宝箱を開けたようだが、宝箱にも罠がかかっている場合があるからな」


 ヒルデは、シローの指摘にはっとした顔をしたが、納得したのか少し考えているようだ。


「やはり実践してみないとわからない事が多いですね。私に不足しているものがある事はわかりました」


 思いのほか素直に自分を評価するヒルデの姿勢を見て、シローは、彼女の評価を見直す必要があると思った。まったくの猪突猛進でもないし、考える所はちゃんと考えるようだ。


 再び歩き始めたヒルデは、さきほどと違い慎重にラビリンス内の違和感を感じ取ろうとしている。きっと彼女なりに罠を見つけようとしているのだろうと、シローは、後ろからその後を追う。


 彼女は、ラビリンスの分かれ道に差し掛かるとちらりとシローを見る。何か聞きたそうにも見えるが、何も聞かないのでシローは答えない。シローが見ているのは、彼女がマッピングをどうするつもりなのかだ。


 方向感覚のない者や頭の中に地図を描けない者は、ラビリンスを迷わず進む事ができない。ヒルデが、どうその問題を解決するのか見ていたが、メモや地図を書くわけでもなく目印を置くわけでもない。

 一つ目の分岐を右に折れ、次の分岐を左に折れた。このあたりでヒルデのセンスが良く分かった。


 案の定、行き止まりについたヒルデは、元の道へと戻るのだが、分岐に戻ったあたりで進むべき方向を見失っていた。この場合、次は左に折れれば、未踏の通路へ進めるのだがヒルデは、迷った末に右へ向かった。慌てているのは、後ろからこちらを監視する者くらいだろうと少しシローは苦笑した。


 最初の分岐まで戻ったヒルデは、再び分岐を迷っている。分岐は進んでくる方向が違えば、最初に分岐した場所だと気づく事は難しい。


「だめです。道がわからなくなりました」


 素直にシローに自分のミスを報告したので、シローはまたヒルデの評価をあげる。これ以上むやみに歩けば、どんどんと混乱していくだろう。


「ヒルデは、マッピングはできないのか?」


「なんとなくラビリンスの中をイメージしていましたが、同じような壁ばかりで目印もないとは思っていませんでした」


「ヒルデは地図を書けるのか?」


「書いた事はありません」


「そうだな。解決方法は、いくつかある。マッピングを自分で覚えるか、その技術を身に着けている者を仲間にする事だな」


 ヒルデが、少し肩を落とす。自分が、考えていたよりも難しいと思ったのだろう。マッピングは、努力も必要だが、何よりもセンスがモノを言うのだ。


「ここは、最初の分岐だ。ヒルデが、最初左に折れた場所だな」


「と言う事は、ここを左に折れれば進んでいない方向と言う事ですね?」


「そう言うことだ」


「ラビリンスの攻略には、マッピングと罠の探知、罠の解除が、重要と言う事はわかりました。悔しいですし、認めたくはありませんが、自分の認識が甘かったようです」


「それならクランやパーティーを作る方か、どこかに所属する事が早道だな」


「いえ。あなたが、可能にしたように私も自分でできるようになってみせます」


「なあ……聞くのは、どうかと思うが、なんでそこまでソロにこだわる?」


 ヒルデの顔が少し曇ったのをシローは、見逃さなかった。



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