ラビリンス 13層
早々に宿に戻ったシローだったが、宿で時間を持て余してしまい再び市場に向かった。シローが考えたのは安いものを購入し鑑定魔法を使って魔力を消費していく事だった。魔力を高めるためには、寝る前に使い切るくらい魔法を使った方が良いとアルハナートに助言されているため、良い方法がないかシローは考えていた。
「さて、何かめぼしいものはないかな」
物色しながら市場を進むとついこの前にミスリルの武器を売っていた店の前を通過した。そこに置いてあった武器がなくなっていると言う事は、ミスリルの剣は、10万Gで売れたのかもしれない。
「すごいな。あの価格でも買う奴はいるんだな」
その後、何か安い物がないか探したが、良い物もなく結局シローは諦めて宿にもどる事になった。
(アル。何か良い魔力消費できる手段はないかな? できれば宿屋の部屋で寝る前にしておきたいのだが)
『魔法を使い魔力を消費できれば良いのですから、マスターが覚えた氷魔法で水でも凍らせればよいのではないですか?』
シローは、鑑定魔法を軸に考えていたが、魔力を消費するだけなら他の魔法でも構わないとアルハナートは言う。
(そうだな。水を凍らせるのもありか。まさか部屋の壁にアイスアローを撃つわけにもいかないからな)
シローは、宿屋に戻ると桶に水を汲んで部屋まで持ち帰る。さっそく試しにとばかりに桶の中の水を氷魔法で凍結させたり、鉄の槍の先に氷魔法で冷気を纏わせたりして魔力を消費していく。
魔力が減り、身体にも疲れが出てくるくらいまで魔法を使用したシローは、独特の充実感の中、ベッドに転がり眠りについた。
翌朝、アルハナートに起こしてもらい。外出する準備を始める。ラビリンスに潜るために必要な物をアルハナートの収納から取り出して背負い袋に詰め、自分は鉄の槍を持った。シローは、しばらくは、鉄の槍を主体に戦うつもりでいる。
シローは、必要な装備を整え、アリヒアに昼食となる食事を作ってもらって背負い袋に入れた。準備が整ったシローは、約束どおりギルドへと向かう。
ギルドに到着し受付まで行くとすでにメイリアが、シローの到着を待っていた。
「来たわね。こっちよ」
メイリアに誘導され、昨日メイリアと話しをした部屋に通れる。そして部屋の中には、シローの想像をはるかに超えた女性がソファーに座っていた。容姿もさることながら優雅に座る姿勢、気品と言うものが、これでもかと詰め込まれた存在。
メイリアに言われるまま、ソファーに腰をおろしたシローをその女性がまじまじと見る。
「彼が、話をしていたシローよ」
「あなたが……」
値踏みするような目を向ける女性を見てシローは、嫌な予感しかしなかった。彼女の装備や顔立ち、立居振舞のどれをとっても良家のお嬢様で、シローが見知っている一般的な冒険者のものではなかった。
心の中で、引き受けたのは、失敗だったかと後悔し始めたが、すでに断る事も許されないのだろうと諦めにも似た心境に至っていた。
「はい。ヒルデさんが、望まれたようにソロでラビリンスに挑まれているシローさんに指導をお願いしました。これから1週間、彼の指導に従い、ラビリンスへの挑み方などを教えていただいてください」
あまり機嫌よくその話を聞いていない女性の名前が、ヒルデと言う事をシローは知った。どこの貴族か金持ちかはわからないが、世間知らずなのは間違いないだろう。
「私は、あなたがどれだけすごい冒険者かを知りませんが、私が冒険者としてギルドに登録される条件と言われていますので、その指導を受けさせていただきます」
これから指導を受ける者が、その指導役によろしくもお願いしますもなく話す様子を見て、シローは間違いなく身分の高い者だと確信する。どこの何者で、何のためにこんなことになっているのかは、知りたくも知ろうともシローは思わないが、ラビリンスに潜ればそこに身分だとか性別とかは関係がない。あるのは、生き残るための才覚であり、死を受け入れるだけの覚悟だけだ。
「なあ。ラビリンスには、何のために潜るんだ?」
シローが、ヒルデそう聞くと
「何を? それはもちろんラビリンスの解放です」
シローは、さすがに呆れて言葉が続かない。ラビリンスの解放とは、まだ見ぬ最深部への到達を意味する。ソロで、どうやってそんな偉業を達成すると彼女は言うのか……
「それをなぜ1人でと考えたのですか?」
「それはあまり言いたくありませんね。理由は、別に良いでしょう」
彼女が、なぜソロで挑もうとしているのかを聞きたかったが、どうにも理由を聞く事は難しそうだとシローは思った。
「わかった。理由は聞かない。だが、ソロで最深部へ向かう事は、現実的に言えば不可能だ。少し考えればわかるだろうが、まず食料や水の問題がある。次に休息や睡眠をどうやってラビリンス内でとれるかだ」
シローがそう言うと少しむっとした表情でヒルデは、不満を述べる。
「それくらい。私も考えていますからご心配なく。それにあなたは、その条件で挑んでいるのでしょう」
ヒルデの態度から、これ以上何を言っても機嫌を損ねるだけだし、余計な事を言うといらぬ詮索を受けると判断したシローは、黙ってうなずいた。
「わかった。これ以上は、余計な《・・・》事は言わない」
「ええ。あなたは、黙って一週間私を指導すれば良いのです」
さすがの物言いにシローも辟易して、ヒルデを見るが、目をそらされた。もしかしたらギルドにも余計な圧力か何かがかかっているのかもしれないとシローは考える。
シローは、このどこぞのお嬢様は、そう言う立場にいるのだろうと予測した。
「なら、さっさと始めよう。俺の指導は、ほとんど必要なさそうだし、俺はおまえについて行って、必要な所だけ助言するよ」
「ええ。それでいいわ」
2人のやり取りに焦ったのは、メイリアだった。
「ちょ、ちょっと待って。それは少し危険じゃないかしら?」
メイリアが慌ててシローの指導方法にケチをつける。
「どうしてだ? ヒルデは、それで良いと言っているぞ」
あえて、どのような身分でどのような立場かを知らないふりしてシローは、メイリアに責任を押し付ける。
「初めてラビリンスに潜る場合は、きちんと先導するなりして戦い方を見せたりするものです」
「指導方法は、俺に任せると言っていたはずだがな。ヒルデはどうする?」
「私は、大丈夫だから先程の提案で良いわ」
メイリアに少し睨まれたが、別にシローは悪い事をしたとは思っていない。身分や立場の事も伏せられていたし、条件にも入っていなかった。
「なら決まりだな。俺は、ヒルデの補助としてついて行くさ」
メイリアは、額に手をやり困ったような顔をするが、これ以上は無理と悟ったのか
「シローさんには、十分注意していただきます。間違いが起こらないにしてくださいね」
メイリアに威圧的に注意されたが、シローにその気はない。知らないものは知らないと最後まで通すつもりでいた。シローにきちんと説明をしなかった方に責任があるのだ。
「どうする? さっそく潜るか? それとも準備してからにするか? 俺はどっちでも良いぞ」
シローの質問にヒルデの顔がぱっと明るくなった。少しでも早くラビリンスに挑戦したかったのか、ヒルデは、まるでおもちゃを与えられた子供のように無邪気に答える。
「今から行きます」
シローは、さっきまでのヒルデの評価を少し修正する事になる。メイリアが、後ろで何か言いたそうにしていたが、今のヒルデを止めようがないと思ったのかぐっと言葉を飲み込んだのがわかった。
これで話しは終ったとばかりにヒルデは、シローを連れて部屋を出る。すぐにメイリアが、シローの腕をつかみ取り、耳元で
「いい絶対に彼女を守るのよ」
と念を押してきたが、シローは
「できる範囲でな」
と答えるとメイリアが、頭を抱えながらため息をついたのがわかった。