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満月の夜  作者: 桐生初
9/27

捜査方針固まる

夕食の牛丼を四人分買い、戻って四人で食べながら、ボードに改めて分かった事を書き足して行った。


 書き終えた所で、太宰が言った。


 「どう、霞ちゃん。専門家から見て。」


 「はい。残念ながら、福井悠斗はサイコパスと考えて間違いないと思われます。一貫して邪魔者は消す。動機は逆に言えばそれだけ。それだけの動機で簡単に人の命が奪えてしまう、それがサイコパスです。ご遺族の証言から見ても、限りなく黒に近い。原田美咲のヌード写真も、恐らく福井が撮影したものではないかと思われます。」


 「ーただし、今んトコ状況証拠だけだ。なんとか証拠見付けねえとな…。」


太宰が腕組みをして、ボードを見つめて言った。


頃合い良く、検死を終えた柊木が来た。


 「柊木、なんか出たか。」


 太宰が期待を滲ませながら言うと、コクリと頷いた。


 「骨の持ち主はDNA鑑定の結果、安田裕翔君で間違いねえ。死因は頭部打撲による脳挫傷。殺害現場の肉片と毛髪も裕翔君のものだったそうだ。現場に肉片が落ちるまでなんて、相当な回数打ち付けねえとなんねえ。頭蓋骨の一部が欠けてたぐれえだから、まさに滅多打ちだ。」


 「そうか…。」


 予想は当たっていた訳だが、とても喜べる気分では無い。


 柊木も同様に、暗い顔のままだった。


 「ーうん。だが、裕翔君はただで死んじゃいねえ。指の骨の間から、別人の毛髪。しっかり握りしめてくれてたぜ。それと、爪の間から、毛髪と同一人物の皮膚片。」


 「ーよし…。福井悠斗のDNAが要る。明日、朝一で児童虐待容疑で、福井里子と悠斗をしょっぴいて、DNA採取。安田君が握ってくれていた毛髪とマッチしたら、それをネタに自供を引き出す。児童虐待容疑なら、家宅捜索もできる。森検事に令状頼んでおこう。あとは…原田美咲の遺書の筆跡鑑定がありゃ、より有利なんだがな…。」


原田美咲の遺書の筆跡鑑定は、福井悠斗を調べようという事になってすぐ、太宰が所轄から科捜研に回してくれていた。


夏目が少し考えたあと、きっぱり言った。


 「なんとかします。お任せ下さい。」


 「え…。でも、一週間はかかるって言ってたぜ?」


 「いえ。大丈夫です。」


 「夏目…?」


 夏目はニヤリと笑うだけ。




甘粕は、霞と職場が一緒になってから、半ば太宰に命令されてだが、霞を愛車のジネッタG4で送っている。

今日も霞を送ろうとジネッタに乗せていると、なぜか太宰が拝んでいる。


 「課長…。何してんですか。」


 そう言われると、ニヤニヤといやらしく、意味ありげに笑った。


 「そりゃ勿論、甘粕を拾ってやってくださいとだな…。」 


 「!」


 甘粕はやはり真っ赤になって、物も言わずに乱暴にドアを閉め、暖気もせずに走り去ってしまった。


 甘粕のジネッタを見送りながら、太宰がポツリと呟く。


 「なかなか道が険しいようだのう…。」


 「甘粕さん、やっぱり霞さんが好きなんですか。」


 「そうなのよ。俺が見た所、一目惚れだな。ポーッとなっちまってたもん。霞ちゃんが5課に来た時。でも、あそこまで純情なタイプだとはなあ。あの顔なら、もてまくりだろうに。」


 「そうですねえ…。まあ、それだけ本気ってことなんじゃないですか。」


 「ーなるほど。それは益々応援せねば。」


「じゃあ、俺も。」


 二人はもう一度拝んでから車に乗った。




 降りる時、霞は昨日と同じセリフを言った。


 「お茶でもいかがですか?」


実は、このセリフ、毎日言われている。

しかし、今日も絶句して固まる甘粕。


 「ー少しお話ししませんか、甘粕さん。」


 「ーへっ?」


 「精神的に参りそうな事件です。今日は特にショッキングな事もありましたし…。私もお話ししたいんです。」


 「え…は…はあ…。」


 言われるまま霞の一LDKのマンションに入ってしまったが、どうにも落ち着かない。

 甘粕とて、女性と付き合った事が無い訳では無いし、当然、女の子の部屋が初めてというわけでもない。


 -あ…暑い!


 確かに真夏だが、霞の部屋はクーラーが効いていて、別に暑くはないのだが、甘粕は汗をかきながら上着を脱いだ。


 「どうぞ。」


 霞が紅茶とクッキーをテーブルの上に置いた。


 「すみません…。お構いなく…。」


 二人きり。

 霞の部屋に二人きり。

 目が合っただけで、頭に血が昇ってしまう。


 ーどうしたんだああ~!俺はあああ~!


 思えば、自分から女性を好きになったことは…、


 ー無えな。だからこんな…。


 ドキドキドキドキ!


 ーもう嫌だ!


 思わず、目を線にして、泣きたくなってしまう。


 ー大体一目惚れなんて、どういう事なんだ…。


 分析してみる。


 全然分からない。


 ー俺は一体何を勉強してきたんだあああ~!


 犯罪心理学であって、恋愛心理学でないのは確かだが。


 「甘粕さん、聞いてます?」


 「ーはっ!何か言ってた?」


 「はい…。」


 ー今まで私が言葉を選びながら話してたこと、全部聞いてなかったのね…。


 霞の目が悲しげに潤んだ。

 なんとも美しい。


 ー大体、この人は目がいけないんだ…。この純粋無垢な少女の様な目がああ~!


 気を取り直して、霞はまた同じ事を言った。


 「ですから、やっぱり、ご遺族に真実を告げるのって、辛いと思うんですよね。今回みたいなケースは特に…。」


 ーあ、裕翔君発見の時の話か…。俺を心配してくれてんだ…。


 霞は太宰との帰り道同様、泣き出してしまった。


 「ご両親、いたたまれないでしょうね。この先生きて行けるのかしら…。」


 ー優しいんだな。瞳だけじゃなく、心も綺麗なんだ…って、どうする!どうすんだ!どうすんだよ!泣いちまってるじゃん!どうする俺!


 焦った甘粕は、ハンカチという物を持ってないので、ワイシャツの袖で、霞の目をゴシゴシとこするように拭いた。 


 ーそして、慰めないと…。


 「犯人逮捕して、きちんと償わせれば…。逆に、俺達に出来る事はそれしかない。そうやって、状況的にきっちり始末つけて…裕翔君のご両親なら、きっと立ち直れると思う…。」


 「ごめんなさい…。お辛いの甘粕さんなのに…。私が慰めて頂いてしまいました…。」


 「いや。確かに真実を伝えるのは辛い。特に子供の死を親に伝えるのは。でも俺は、絶対捕まえるって思うんだ。この人達の分までって。」


 「はい。そうですよね。」


 霞は顔を上げ、甘粕を見て、微笑んだ。




翌朝、遅刻ギリギリでやって来た甘粕と霞を見て、夏目はニヤリと笑い、太宰は目を剥いて叫んだ。


 「甘粕!何故、昨日と同じ服!」


 「ーあ…。」


 「あじゃねえ!いきなり抜き差しならん関係になるなああ!森検事と森国家公安委員長に殺されるぞおおおお!」


霞は、森検事という、一課の事件担当の様な位置づけの、敏腕検事の妹であり、また、国家公安委員長の森謙三の娘である。


言われた甘粕は、逆に驚いたという顔で太宰を見て、叫び返した。


 「ぬ…抜き差しならなくなんかなってないですよ!課長、誤解です!」


 しかし、太宰は聞き入れず、更にヒートアップ。


 「あまか~す!この道二十年の俺のこの目は騙されんぞ!昨日と同じ服に加え、二人してやたらスッキリとした清々しい顔!明らかに近くなっている二人の距離!どこが誤解だあ!」


 「だから違いますって!話を聞いて下さい!付き合ったりしてませんから!」


 「付き合っても居ないのに、んな事を!見損なったぞ!甘粕!」


 「だから違うっつてんでしょうが!落としますよ!」


 「お前は何かっつーと、上司落とすんじゃねえよ!」


 「いや、もう絶対落とす!」


 言い合いは終わらず、霞と一緒に笑っていた夏目が口を挟んだ。


 「課長、筆跡鑑定の結果、甘粕さんにもお伝えしていいですか。」


 「おう、そうであった。夏目、このスケベにも教えてやんなさい。」


 「だからスケベとはなんだあ!そっちがスケベ親父じゃねえかよ!」


 「なにおう!」


 もう少し見ていたいような気もするが、夏目は報告を始めた。


 「鑑定の結果、原田美咲とは全くの別人が左手で書いたものと判明しました。福井悠斗は左利きです。」


 「すごいな!夏目!ビンゴじゃん!」


 筆跡鑑定を思いついたのは夏目である。

 甘粕は夏目のヘアスタイルが乱れる程、頭をぐしゃぐしゃになでていたが、ピタリと止まった。


 「でも、なんでこんな早く?脅したのか?藤木の時のように…。」


 「いえ。」


 「じゃなんで…。」


 「えー…、それはですね…。ま、追々。」


 夏目に笑って誤摩化されたまま、福井家に向かった。


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