太宰達の調べ
太宰達の方は、順番に安田少年の親友で、自宅マンション屋上から飛び降りたとされている里村少年の自宅に行き、母親に会った。
主に霞が質問し、太宰は任せている。
「何か思い悩んでいた様子等はありましたか。あるいは、安田君の事で何か話していませんでしたか。」
「安田君とは本当に仲良しでしたから、何で何も言わずにどっか行っちゃうんだとか、初めの内はそりゃあもう、この子、死んでしまうのでは無いかと思う程、絶望していました。でも、しばらくして突然、安田君は殺されたんだと言い出しました。ご両親は生きてるって信じてるんだから、そんな事言っちゃ駄目と言うと、言わなくなりましたが、なにか…、刑事さんの真似事の様な事をしていました。」
「とおっしゃいますと、どのような…。」
「なんて言ったかしら…。ある男の子の事を友達に聞いて回っている様でした。どうしてって聞いたら、一度、安田君と一緒に居る時にそいつに会ったら、安田君が見ていない所で、ものすごい目で睨んでいたからって。あれは殺意ってやつだって。そんな事で殺したりしないでしょうと言ったんですが、その後も怪しい所は無いか調べて回っていたようです。」
「その、そいつの名前、覚えていらっしゃいませんか。」
「ええっと…、なんて言ったかしら…。フクが付く様な名字だったような…。あっ、ああ!爆発事故があったお宅のお子さんだわ。福井君て言っていました。評判のいいお子さんだし、あり得ないでしょうって、私言った覚えがあります。」
里村少年は、福井が怪しいと睨み、調べ始めたところで、死んでいるという事になる。
「お母様は自殺だと思っていらっしゃいますか。」
「ーええ…。だって、子供が子供を殺すなんてあり得ませんもの。まして福井君だなんて…。息子は、安田君が居なくなってしまったショックを埋めようと、あらぬ疑いを無実の福井君に向ける事で、生き甲斐みたいのを探そうとしたのかもしれませんが、結局それも間違いだったと気付き、絶望してしまったのではないでしょうか。」
母親はそう思っている様だが、太宰達には福井が里村少年を殺害した動機が分かった。
続いて太宰達は、室田教諭の自宅に行った。
室田教諭は独身で、母親と二人暮らしで、母親は一人息子の死を受け入れられないのか、部屋はそのままになっていた。
二人は、デスクの物を調べながら、パソコンを立ち上げた。
パソコンの中にも、机の中にも、原田美咲のヌード写真などは無く、写真というと、理科関係の教材と思われる様な物ばかりだった。
本棚やデスク周りには、理科的な資料集等に混じり、心理学関係の本が多数あった。特に人格障害等に関するものが多い。
パソコンのネット上の履歴やブックマークも、そういった傾向で、サイコパスに関してかなり調べていた様だ。
「霞ちゃん、室田先生は福井が懐くようになったら、明るくなって、人付き合いも変わったって話だったよね?福井みたいな奴は善意から孤独な人間に近付いたりしないよな?遠藤京子ちゃんのノートにあった様に、爆破事件を起こす為かね。」
「そうですね。でも、逆に正体を知られてしまった様ですね。」
ここでも動機は分かった。
母親に話を聞いた。
「生前の様子をお聞かせ願えますか。」
「そうですねえ…。人が変わった様に明るくはなったんですよ。生徒さん達にも嫌われてたけど、一人天使みたいな子が居て、息子の理解者になってくれるんだって、嬉しそうに言っていました。授業の内容のアドバイスも的確なんですって。生徒さんに密に関わったら、自分の授業の問題点も分かったって…。あんた先生なんだから、生徒さんに頼ってどうするの、しっかりしなさいって言ったぐらいですよ。私。」
「その生徒さんの名前はおっしゃっていましたか。」
「ええ。福井君て言っておりました。でも、死ぬ二週間位前ですかねえ。急に暗い顔になって、やっぱり人間なんて信じられないねなんて言い出して、酷く落ち込んでおりましてね。何かあったのか聞いても答えなくて、福井君の話もしなくなって、落ち込んだまま亡くなってしまいました。」
サイコパスと気付く事が、その二週間の間に起きたと思われる。
「大変失礼な事をお聞きしますが、死後流れた、女子生徒との噂に関してはどう思われますか。」
「あれね…。校長やらなんやら来て、私に口止めしていきましたけどね。援助交際っていうのは、お金を相手に渡すんでしょう?あの子は女の子にお金なんか鐚一文使っちゃいませんよ。あの子はお給料の全部、私に預けてたんです。自分が持っていると、すぐ実験器具だの、望遠鏡だので使い切ってしまうからって。だから一万以上の物を買う時は、私に○○を買うから、用意しといてと言って、私が銀行口座からその都度引き出して来てたんですよ。律儀にレシートもくれて、おつりも返して来てたので、全部帳面につけてあります。普段お財布にも五千円以上は入れてませんでしたし、女の子に渡すお金なんか出てないんですよ。」
老母は悔しそうにそう話した。
念のため、その出納帳を見せてもらうと、お金は全て母親が管理していたらしく、給料からいくら、何の為に出たか、全て記録されており、レシートもしっかり貼付けてあった。死後二週間前の支出のほとんどが心理関係の本の支出となっている。確かに不明な支出はまるで無く、帳尻も合っていた。援助交際で金を遣っていた形跡は無い。
噂もヌード写真も、ヤラセだという証拠がまた一つ挙がった。
次に、原田美咲の自宅へ行った。
当時住んでいたマンションは、美咲が自殺した事で居づらくなったのか引き払い、両親と弟妹は別のマンションに引っ越しており、美咲の荷物は全て処分されていた。
携帯は全ての死亡者に共通して、これでもかという程壊れて死体の側にあり、データの復元は出来ていない。美咲の場合、私物も全て処分されているし、特に肉親の証言が重要となってくるのだが、この母親は最近よく見かける、よく分からないタイプの、子供に興味がないとしか思えない様な親であった。
「福井君とお付き合いしているとか、話していませんでしたか。」
遠藤京子のノートの裏付けを取る為に話を聞いて回っているのだが、この母親は役に立ちそうにない。
美咲の母親は来た時から迷惑そうではあったが、更に面白くなさそうな顔になった。
「さあ…。親には何も話してくれない子でしたし…。」
要するに、この親は、美咲の事を忘れたいらしい。
家の中もごちゃごちゃと乱雑で片付いていないし、リビングから見えるキッチンの床には、レトルト食品やカップ麺の類いがこれでもかというほど置かれ、リビング内にも、スナック菓子が大量にちらばっているし、ゴミ箱の中も、それらの残骸で溢れ返っており、料理もしていない感じがした。
若干ネグレクト気味かもしれないと、霞は思った。
試しに、遠藤京子の名前を出してみたが、知らないと言う。親友の名前すら知らないとは、もう何も出て来ないと、諦めて家を出た時、弟妹に玄関の外で出会した。弟は中学生、妹は小学校高学年の様だ。
「お姉ちゃんの自殺、本当は違うんじゃないかって調べてるの。何か知ってる事はないかしら?」
霞が優しく聞くと、弟妹は必死な顔で、訴える様に言った。
「お姉ちゃんは自殺なんかしないんだ!彼氏に会うのが終わったら、俺達にカレー作ってくれるって言ってたんだもん!レトルトじゃないやつ!」
「そう。お姉ちゃんがいつもご飯作ってくれてたの…。」
「うん…。」
弟妹は悲しそうに俯いた。母親があんなだから、姉が心の支えだったのかもしれない。
美咲の死を悲しんでいる肉親が居た事にほっとしながら、太宰と二人で、弟妹をなぐさめつつ、話を聞いた。
「あの彼氏、怪しいと思うの。」
妹が言った。
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、私、見た事あるの。あの彼氏、学校の帰りに、ゲーセンにいて、他の男の子にお金払わせて、一人で遊んでたもの。絶対悪い人よ。」
まだ見えない所に福井の被害者が居る様だ。
「俺もそう思う。お姉ちゃんと一緒に居る時見たけど、凄い退屈そうな顔してた。お姉ちゃんの事好きじゃないんじゃないのって、言ったけど、お姉ちゃん怒っちゃって…。それに、俺達にも、うちに遊びに来てる事誰にも言うな、言ったら酷い目に遭わせるって言ったんだ。絶対悪党だよ。おじさん達、捕まえてよ。」
「そのつもりだよ。ありがとね。色々教えてくれて。」
「役に立った?」
「ああ。とっても。他にもある?」
弟妹は顔を見合わせ、首を横に振った。
「じゃあ、もう一つ。お母さんやお父さんに殴られたりする事は無い?」
太宰が優しく聞くと、弟妹は顔を見合わせ、妹の方が先に言った。
「お姉ちゃんが生きてる時はお姉ちゃんがお父さんに叩かれてたの!でも今は…。」
「言うな!」
弟が必死になって、妹の口を塞いだ。
太宰は弟を抱きかかえる様にして止めた。
「いいんだよ。大人が子供に暴力を震う事は、絶対的に大人が悪いんだ。君が俺達に言っても、それは卑怯でも、弱虫でもなんでもない。」
弟は太宰の腕の中で泣き出した。
太宰は、児童虐待の担当の刑事を呼んで、二人を預けて、捜査に戻った。
「課長、よくご存知ですね。虐待の事…。」
「ん~…。以前担当した子供の死体遺棄事件がね、なんか似てんだよ、原田美咲のうちと。そこは、長男が虐待の末死亡した状態で多摩川に浮かんでて、自宅行ったら、母親があんな感じ。無気力で、旦那の暴力を止めもしない。弟と妹は兄貴が親代わりで、兄貴が死んだ途端、二人とも虐待されてて、死ぬ寸前だった。兄貴が二人の防波堤になってくれてたってのも同じだし、その子たち、なんで助けを求めなかったかと言うと、暴力親父に、言いつけるような奴は、弱虫の卑怯者だって刷り込まれててさ。弟が必死になって言わせまいとしたから、そうかなって。」
「そうでしたか…。家の状態から、ネグレクトかなとは思いましたが、暴力は気付きませんでした。」
「まあ、一種の勘かな。弟が俺を見た時、刑事って名乗る前、身構えて警戒した顔したんだ。親父って俺くらいの年齢だろうから、中年に恐怖心があるって事は…ってね。」
「なるほど…。さすがこの道二十年…。素晴らしいです。」
「んな褒めんなよお、霞ちゃあん。」
途端に上機嫌。しかし、すぐ真顔に戻る。
「しかし…。ああいう親に恵まれてない子は、性体験が早いっつーのは、なんとなく経験上分かるけど、美咲もそんなだったから、福井なんかに引っかかっちまったのかねえ。いい子だったのになあ…。」
「そうですね。母親から必要な愛情を貰えなかった女の子は、性体験が早かったり、奔放になる傾向があるという説もあります。福井は先生方でさえ騙される様な優しげな皮をかぶった人間ですから、甘いマスクと甘い言葉に現実逃避してしまったのかもしれません。」
「福井は美咲が親に虐待されてる事に気付いて、弱みに付け込んで、利用しようと思ったのかな。」
「そうかもしれません。人の弱みを見付けるのは、天才的な様ですから…。」
「そうか…。同じ言うなりにできても、叔母は殺さず、美咲は殺した、そこに動機があるわけだね。」
「そうですね。いままでの動機から考えると、何か都合の悪いことを知られたとか、そんな程度でしょうけど…。」
「単純すぎて気味が悪いな…。」
「本とですね…。」
次に二人が向かったのは、田端教諭の自宅だった。
奥さんと小さな子供が一人いて、田端教諭の書斎を見せてくれた。
室田教諭同様、心理関係の本にサイコパスの本、パソコンではサイコパスに関するサイトを閲覧していた。
やはり福井の事を掴んでいた様だ。
妻には何も話していなかった様だが、治療法や治療機関等も調べていたようである。
ーこの段階で警察に言ってくれれば良かったのに…。
太宰はそう思い、やり切れなくなった。なまじいい教師だっただけに、警察頼みにはしたくなく、自首という事を考えた様で、自首による減刑というのも調べていた。
妻は、学校の事は家では何も話さなかったので、何も分かりませんと、申し訳なさそうに頭を下げたが、太宰を見つめ、目に涙をいっぱいにためて言った。
「主人は自殺なんかするような人じゃないんです。」
太宰も真剣な表情で妻を見つめ返してはっきり言った。
「私共もそう考えて捜査を進めております。」
妻はほっとした様子で涙を流し、太宰を拝む様にして言った。
「必ず…必ず犯人を捕まえて下さい。」
太宰は自らにも言い聞かせるかのように力強く答えた。
「はい。必ず。」
2人が車に乗ると、電話が鳴った。
夏目からだった。
「安田邸の床下から、白骨遺体が発見されました。着衣は失踪当時の裕翔君のもので、年齢もマッチしてます。」
「安田裕翔君か…。」
「可能性は高いかと。」
「分かった。よく見付けた。ご苦労さん。」
「甘粕さんです。お伝えしておきます。」
霞に伝えると、霞は静かに泣き出した。
「そんな酷い…。ご両親は知らずに、裕翔君の死体の上で、帰りを待ち続けていたということですか…。」
「本とだね…。」
太宰は霞の頭をなで、ハンカチを渡し、甘粕を思った。
立場上、その状況を知らせたのは、甘粕だろう。
ー辛かったな…、甘粕…。
そう思っていると、霞も言った。
「ご両親にお伝えするのも辛かったでしょうね…。」
「そうだね。俺も、子供の死を親に知らせるのは、未だに辛いよ…。」
「そうですよね…。」
そこで太宰は突然思った。
どうも、甘粕は、霞に一目惚れのようである。
なのに、何もアクションを起こさず、少年の様にドギマギしているー様に、太宰には見えていた。
ーチャンスを作ってやるぞ!甘粕!
「慰めてやってくれるかい!?」
しんみりとしていたはずなのに、いきなり目を輝かせてそんな事を言うので、霞は目を点にして、やっとの思いで言った。
「そ…それは、心理学者としてカウンセリングをというお話でしょうか…。」
太宰は絶句したまま固まった。
ー真面目なお嬢さんだ…。甘粕、頑張れ…。