聞き込み再開
「さて、如何するかな…。仮に、田端先生を突き落とした映像が出てきたとしても、今の段階じゃ、下手すると、田端先生殺ししか立件出来ない。揺さぶりかけるにしても、ネタが少な過ぎる。霞ちゃん、どう思う?」
太宰が聞くと、霞は考えをまとめる時の癖なのか、親指と人さし指をこすり合わせる仕草をした後、言った。
「そうですね。ある程度、地固めして、こっちは福井の全てを分かっているという状態で、取り調べに持って行った方がいいかもしれません。多分、証拠の様な物は何も残ってないかもしれないので。」
「だね。なんとか家宅捜索に持ち込めるよう、調べを進めよう。明日一気に関係者宅に聞き込みだ。」
翌日、甘粕と夏目は、小学校時代、唯一福井の闇に気付いていた、堺元嘱託教諭の自宅に向かった。
本人は亡くなっているが、妻が存命で、話に応じてくれた。
「覚えています。主人は時代が変わったのかなと、酷くショックを受けておりました。病気とか、適当な言い訳みつくろって、やめたら?と話していて、辞めてしまったら、本当に肺がんであっけなく亡くなってしまうんですから、嘘なんてついちゃいけませんね。」
そう言って笑いながら、二人にお茶を出してくれた。
「具体的には、なんとおっしゃっていましたか。」
「たまたま見てしまったそうです。
福井くんが、見た事もないような楽しげな表情で、鶏にえさをあげている様だったので、主人は福井君には人間の心が無いのでは?と以前から心配していたのもあって、そういう気持ちもあるのかと、嬉しくなって見に行ったそうなんです。
そしたら、鶏が急に苦しみだして。
福井君はその苦しむ様子を本当に楽しそうに見ていたんだそうです。
主人は恐ろしさすら感じたと言っていました。
でも、教師として、注意して、反省させなければと、お説教を始めたら、『また買ってくればいいじゃないですか。』って笑ったまま言った後、突然主人の手を掴み、カッターナイフを当てたそうです。
止めなさいと振りほどこうとしても、すごい力で、離せず、こう言われたそうです。
『先生みたいなヨボヨボのじいさん殺す位簡単だ。この事ばらしたら殺す。本気だからな。』って。
そしてやっと手を離したらしいんですけど…。
主人は校長に報告したそうです。ところがその時の校長は事なかれ主義の権化の様な方で、その年いっぱいで栄転が決まっていた様で、結果的には口止めされてしまったそうです。
まず、あの福井君がというのと、主人が元々福井君に批判的だったのもあり、主人の話を信じてくれもしなかったそうです。
外部にうちの学校の生徒がやったなどという噂になっても困ると、口止めされ、主人は仕方なく、担任の先生にそれとなく話したそうですが、やはり、何言ってるんだというような顔で見られてしまったそうです。
子供達だけでなく、大人まで福井君に騙されて、真実を見ようともしないと、酷く落胆していました。
主人は本当に絶望してしまったんだと思います。
教師をやっていく気力も失せ、警察に訴えることもせず…。」
いい先生だけに、ショックの大きさは計り知れないものがある。
福井がサイコパスである確証を強め、二人は夫人に丁寧に礼を言い、話し忘れた事があるので、聞いて欲しいと言って来た、昨日話を聞いた、元担任の元へ行った。
「あれからしばらく考えて、福井のご両親から妙な相談を受けたのを思い出したんです。
福井のご両親は、私共から見ても、本当に立派で、理想的な親御さんでした。
障害を持つ弟さんがいらしても、福井を寂しくさせたりもせず、学校や地域の行事にも積極的に参加され、お手伝いをかってでて下さっていました。
その学校のイベントである、一月の餅つき大会で福井が学校の動物を虐めたり、友達を虐めたりしていないかと、お母様が深刻な顔でおっしゃった事があったんです。」
一月というと、犬の変死の翌月、鶏毒殺事件の四ヶ月後である。
「弟さんの事もあれだけかわいがっているのに、ある訳ないじゃないですかと申し上げたんですが、お母様はかなり深刻なご様子で、あの子は普通じゃない気がするんです、弟の事を可愛がるのも、いい子でいるのも、何か裏があるのでは…、とおっしゃるので、精神的にお疲れなのかなと、その時は慰めるだけで終わってしまったんですが、でも、お父様まで、うちの子は変わったところがありませんか、陰で悪い事をしていませんかとおっしゃるので、ご夫婦揃ってどうなさったんだろうとは思いましたので、何かあったんですかとお聞きしたのですが、何もおっしゃって下さいませんでした。」
元担任の話は以上だったが、かなりいい情報だった。
両親は犬の変死が福井の仕業と気付いていたのだ。
二人は再び丁寧に礼を言い、また思い出したらどんな些細な事でも連絡をくれと頼み、今度は、万引きで補導されたいじめっ子リーダーの藤木という少年の家に向かった。不良なら、テストも受けずに、午前中は家で寝ているだろうと思ったからだ。
藤木少年はやはり家で寝ており、警察と聞くと青ざめたが、自分のことでは無いと知ると、ほっとした顔をした。
荒れた感じの派手なスウェット上下をだらしなく着て、煙草の臭いもする。暴走族予備軍といった感じだ。
夏目の強面で、万引きの巧妙な手口と引き換えに虐めを止めたのか聞くと、すんなり認めた。
「口止めされてねえのか?」
「そん時はな。でも、もういいんじゃねえの?付き合いねえし、あいつの知恵借りなきゃなんねえような犯罪しませんし。」
「ほお、そうかよ。」
夏目があのキツい目でニヤリと笑って少年を見ると、少年は怯えた様子で後ずさりしながら言った。
「本…本とにしてませんよ…。」
声が震えている。
大体、夏目の迫力といったらない。
お前、刑事じゃなくて、ヤクザだろうという位すごい。大人でも素人なら、いや、ヤクザでもビビるかもしれない。
「その方がいいぜ。それから福井に知恵を借りたと、俺達に言った事も公言しない方がいい。」
「なんで…。」
「下手すりゃてめえも、あの世行きだ。単なる優等生と舐めてかかんねえほうがいい。」
「え…。あいつ、そんなあぶねえ奴だったの?ーあ…、でも…。」
「なんだ。」
「口止めして来た時、もしも言ったら、俺達全員消すって言った時のあの顔…。マジでおっかなかった。人いたぶんの楽しいとか通り越して、もうメシ食うとか、そういう感じで平気で出来そうな感じだった。だから俺達、あいつに教えてもらったって言わなかったんだよ…。」
「他には?」
「そうだな…。ああ、上前寄越せって言われた。寄越してる間は捕まらないようにしてやるって。だから、初めはちゃんとやってたんだ。マンガとか、ゲームとか、あいつが欲しいって言ってたやつも、ちゃんと盗んで。でも、段々面倒になって来て、やらなくなったら、突然お巡りに張り込まれて、捕まったんだ。あいつが情報流したのかな。」
「盗みに入る店も、福井が指定してたのか。」
「うん、そう。この店は、何時から何時まで警備が緩いとか、監視カメラはあるけど、回ってないとか。盗み方も練習までさせて、完璧に教えてくれてた。万引きに入る店は三軒で、店も固定、時間も固定だったから、お巡りに三軒の店と、時間言っときゃあ、俺達は何にも知らずに稼ぎに行くしな。くっそー!嵌められたのかよ!」
「まあそうだろうな。でも、上前やらなかったんだから、しょうがねえだろ。命が惜しいなら、復讐なんか考えるなよ?」
「ーは、はい…。」
藤木家を出ると、丁度昼を過ぎていたので、二人は昨日と同じ蕎麦屋に入った。
「甘粕さん、福井の両親は、福井がなにかおかしいと、犬の変死で気付いたんですよね。」
「そうだな。何らかの証拠を発見したのかもしれない。そして隣人が福井と父親が言い争う声を聞いたのは、2009年の10月、爆発事故の一週間前だ。安田君の失踪の二ヶ月後になって、安田君になにかした証拠を掴んだのかもしれないな。」
「そして両親を殺害か…。甘粕さん、やっぱり安田君は…。」
その言葉の先は、甘粕も夏目も言葉に出せなかった。両親まで口封じに殺し、安田少年の行方は杳としてしれない。この状況からすると、安田少年は既に殺されていると見るのが妥当だろう。
蕎麦屋を出ると、丁度一時を過ぎていたので、虐められっこの中で唯一の生き残りである、立川少年の家に行った。
他の学校も丁度試験期間中であったらしく、立川少年は在宅していたが、警察だと名乗り、福井の名を挙げた途端、
「何も知りません!」
と、叫ぶ様に言って、部屋に閉じこもってしまった。
脅されているー一目でそう分かった。
母親は元担任が話してくれた事しか知らず、福井の事をベタ褒めし、逆に息子は助けてもらった恩も忘れて、変な訴えをしてと、息子を卑下していた。
他の話は全く出て来ないので、事故死した虐められっこの一人、大村少年の自宅へ行った。
「お辛い所申し訳ありません。生前息子さんは、福井悠斗君に関して何かおっしゃっていませんでしたでしょうか。」
甘粕が丁寧に、また申し訳なさそうな様子で静かに聞くと、母親はしばらく考えた後、話し始めた。
「私、あの事故死、福井君のせいじゃないかと思ってるんです…。」
「ーと、おっしゃいますと?」
「息子は、初めの内は福井君に助けてもらったと、とても喜んでいて、福井君を信頼しきっていました。
私たちもそうでした。
今時、虐めを止めてくれる子なんて皆無ですから。
福井さんのお宅にお礼にまで行きました。
でも、次第に息子は、虐められている時と同じ暗い顔つきになりだして、何かあったのか聞いたところ、福井君は怖いって言い出したんです。
息子のマンガやゲームを貸してというので貸すと、返してくれない。
返してと言ったら、『また虐められキャラに戻りたいのか。藤木達は全員俺の言いなりだ。俺が、また大村虐めろって言ったら、その通りにする。今度は今までよりもっと痛い目にあうぜ。お前らみたいなクズは、俺の言う通りにしてりゃいいんだ。』って、笑いながら言ったんだそうです。
私も俄には信じられませんでしたが、でも、何か恐ろしさを感じて、飯山君のお母様に相談したんです。
そしたら、飯山君の方でもそうだっておっしゃいました。
でも、福井君は先生の信頼も厚いですし、クラスメートの人気も絶大です。ご近所の評判もいい。
でも、うちの子達は虐められっ子ですし、成績もパッとしません。
ご近所の方に会っても、満足に挨拶もできません。
私たちが何か言っても、相手が福井君だけに、信用してもらえそうにない、何か方法を考えなくてはと思っていた矢先、立川君が息子達に警告してくれたそうなんです。
先生に言っても信じてくれないし、逆にもっと怖い目に遭う。絶対言わない方がいいって。
立川君は、福井君に酷い脅され方をしたそうなんですね。
実際、その後立川君は学校に来なくなり、息子たちにメールで、卒業まで福井に関わらない様にするんだ、避難してるって言ってたそうです。
飯山さんとも相談して、子供達に何かあっては大変だから、ここは動かず、子供達には福井君と距離を取らせ、卒業後は福井君と別の中学に行かせようって事で、行動を起こす事は避けました。
でも、これがきっかけで、飯山君と仲良くなり、同じ中学に通って、性格も明るくなったんです。
毎日楽しそうで、本当に良かったと思っていましたが、親友が出来た事で気が大きくなってしまったのでしょうか。
福井君に取られた物を返してもらうと言い出し、かなり激しく悪口を言う様になったんです。
息子にしてみたら、福井君に騙され、利用されたというのが、落ち着いたら腹立たしくなったんだと思います。
でも、福井君は何するか分からないから、もう忘れなさいと話した矢先、あんな事になったので、福井君が何かしたんじゃないかと、飯山さんとお話しして、警察にも行ったんですけど、きちんと調べて下さらなくて、門前払いで…。」
「申し訳ありません。今回はきちんと調べさせて頂きます。」
「宜しくお願いいたします。」
母親に涙ぐみながらそう言われ、その足で飯山家に向かった。
先ほどの大村少年の母のように、理路整然とはしていなかったが、飯村少年の母親からも、大体同じ話が聞けた。
「亡くなる直前、福井君に会うという様な事はおっしゃていませんでしたか。」
甘粕が気になっていた事を聞くと、母親は 激しく頷いた。
「はい!今日こそ返してもらうんだって、迎えに来てくれた大村君と勇んで出て行ったんです!」
飯山家を出て、車の運転席に乗りながら、夏目が暗い顔で言った。
「福井と会い、何らかの形でトラックの前に出されたという事なんでしょうか。」
「そうだな。トラックの運転手の話では、クラクションを鳴らしても、トラックも全く見ず、二人で話しながら焦った様子で別の方向を見ていたと言っていた。どこそこに置いてあるとか言われ、探しながら歩いてたのかな。」
「にしても、中学生にもなって、赤信号にもクラクションにも気付かないほどというのは…。時間制限でもあったんでしょうか。」
「かもな。何せとことん頭はいい奴の様だから…。まあ、サイコパスってのは、知能が高い場合が多いけどな。」
甘粕たちは、吹石少年の家も訪れた。
あのメダカ事件の犯人と疑われ、人気ナンバー一の地位を失ったという少年だ。
「ああ…。思い出したくもないですけど、あれは福井が仕組んだとしか思えません。」
「て言うと?」
甘粕が聞くと、思い出したら腹が立ってきたのか、怒った目で言った。
「あのメダカが全滅した日の放課後、福井に三時に教室に来てくれって言われたんです。でも行ったら居ない。しばらく待って、もう帰ろうと思って、教室を出たら福井が居て、僕の好きなキャラクターのガチャポンくれたんです。で、福井と別れて帰って、次の日学校行ったら、メダカが全滅してて、福井に犯人にされたと。あいつが殺したんですよ。」
「なるほどね。俺達もそう見てる。ところで、何か恨みをかうような覚えはあった?」
夏目はメモを取り、甘粕が質問する。二人の通常のスタイルだ。
「そうですね…。そういやあの時、凄い目で睨んでたな、俺の事…。」
「なんの時?」
「女子達と一緒に…。あれ、なんていうんですか?大昔の遊びで、手をつないで、二つのグループに分かれて、あの子が欲しい、あの子じゃ分からんとか歌って、誰々って指名して、仲間に入れて行くやつ。」
「ああ…。えーっと、はないちもんめかな。」
「ああ、それです。それやってるときに、俺は取られたら取り返すみたく、あっち行ったり、こっち来たりって忙しかったんですけど、なんでだか福井だけ、一回も指名されなかったんですよね。そんなのって、普通嫌われ者の役回りでしょう?なんで福井がって俺も思いましたけど、でもそん時、すげえ目で俺の事睨みつけてたんです。もう尋常じゃないっていうか、ちょっと怖かったな…。でも、それ位です。ほとんど接触って無かったし。」
逆にそれ位の事でも許せず、怒りを増幅させてしまい、コイツさえ居なければ…となるのが、福井悠斗なのだろう。
吹石少年は、私立中学に通っていて、今は平和そうだ。
他の関係者同様に口止めをして、吹石家を後にした。