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満月の夜  作者: 桐生初
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確保おおおお!

その頃甘粕達は、大分前に到着し、外から中の様子を窺っていた。


 「盗聴器到着しました。」


 夏目があんぱん買って来ましたという様な口調で言った。


 「ーSATは?」


 「俺が付けてきます。」


 「ーへ?夏目?」


 呆気にとられている甘粕を置いて、監視カメラの死角の部分から塀をよじ上り、五分も経たない内に戻って来た。


 イヤホンを甘粕に渡す。

 戸惑いながら、イヤホンを耳に差すと、相当数の人間の声が聞こえた。

 夏目は、メモに正の字を書き出した。


 「甘粕さんは会話の内容を聞いてて下さい。」


 「は…はい…。」


 そして夏目はなんの事無く言った。


 「中には90人の人間が居ます。武装はしてないですね。」


 「ーへっ!?」


 さっきから甘粕の呆然とした顔は元に戻る暇が無い。


 「声の違い、足音で分かるんです。」


 「は…はあ…。そうなんだ…。」


 「そちらは?」


 あまりの衝撃に思わず忘れそうになり、慌てて答えた。


 「あ…ああ。システマソラーレだのヒドラだの星座の単語で呼び合ってるみたいだ。ヴァーゴの到着が待ち遠しいって言ってた。乙女座の事だろうから、所轄が保護した証人の事だろう。それと、やはり計画はサイバーテロの様だ。幹線道路のシステム分析がどうこうって言ってる。」


 「ビンゴですね。行きましょう。」


 「ーあの…。夏目、今の所、令状も無いし、証拠も無いんだぜ?そこは適当にやって、中に入るにしても、中で確保とかんなったらどうすんだ。今居てくれてる熱海署の人達入れても十人足らずだぜ?九十人、どうやって相手にす…。」


 「甘粕さん、剣道じゃ庁内で五本の指に入るとお聞きしました。銃は使っちゃまずいにしても、体術もそれなりにはできんでしょ?」


 「で…できるけど…。」


 夏目はニヤリと笑った。

 甘粕は、その楽しそうな顔を見ると、クスッと笑って居直った。


 「行っちまうか。」


 「そうこなくちゃ。ま、包丁くらいは気をつけておきましょう。すいませ~ん!」


 夏目は、熱海署の刑事の元へ行き、何か指示を出し、戻って来た。

 打ち合わせをし、まずは二人で正面から乗り込む。


 「警視庁の者です。蛭子英雄さんはいらっしゃいますでしょうか。最近起きている行方不明事件、及び、旧蛭子邸で発見された他殺と見られる白骨遺体について。更に目黒区上村ミヨ宅で起きた大量惨殺事件で蛭子さんの目撃証言が出ましたので、お話を伺わせて頂きたいのですが。」


 甘粕が応対に出てきた若い男に言うと、顔がこわばり、


 「少々お待ち下さい。」


 と奥に引っ込んで出て来なくなった。

 二人で奥の様子を聞き耳を立てて聞いていると、ドカドカという足音と共に悲鳴が聞こえた。


 「ーヘラクレスが中にいるんじゃないか?」


 「突入しましょう。」


 言うなり二人で駆け込むと、信者達が襲いかかって来た。


 その先に三人の中年男が嫌がる男性を引っ張って、階段を昇って、逃げて行くのが見えた。


 二人は、信者達を投げたり、転ばせたりしながら、後を追ったが、信者達は追いかけて来ない。逆にぎゃあぎゃあと叫び声が聞こえる。


 「なんだ?夏目。」


 そう言いながら振り返った甘粕は思わず笑ってしまった。

 熱海署の刑事達が一人一つづつ持った消火器を噴霧して撃退しつつ拘束している。


 「なるほど。そういう作戦か。」


 「はい。」


 二人は、三人の容疑者と男性に、屋上で追いついた。


 「頼む!これだけやれば完成なんだ!ヴァーゴは諦めるから!」


 「残念ながらそれは殺人だ。許されない。」


 甘粕と夏目は銃をホルターから抜いて構えた。


 「すぐその人を離しなさい。」


 三人は必死にヘラクレスと思われる男性を掴んでいる。


 「ヘラクレスなんだろ?その人。」


 甘粕が聞くと、三人共驚いた顔で見た。


 「星座のほくろを切ったって、その人の心臓を食ったって、強くなんかならないんだよ。」


 柿藤が真っ先に反論した。


 「なる!俺達はその度にどんどん力を増していってるんだ!」


 「違う。それは人を殺し過ぎて、正気を失って、善悪の区別が付かなくなり、何も怖くなくなっているだけなんだ。あんた達はそうする事で強くなれると、自分に信じ込ませて、自分を騙しているだけなんだよ。」


 「違う!」


 特に蛭子がムキになって言い、メスを男性の首に押し当てた。


 その瞬間、夏目の銃が火を吹き、メスを吹っ飛ばし、蛭子が手を押さえて踞るのを大西と柿藤が慌てた様子で支えた。その隙に甘粕は蛭子を、夏目は大西を踏みつけ、柿藤に手錠を嵌め、すぐさま大西に手錠を嵌めるという神業をやった。



 三人を警察車両に入れた所で、太宰達の車がまさしく暴走してきて、二人の目の前に急ブレーキで停まった。


 「んもお!間に合わなかったじゃないですかあああ~!課長のバカああ~!」


 運転席の霞が、真っ青な顔でヘロヘロになっている助手席の太宰を揺さぶりながら、そう叫んでいた。


 「だ…だって、霞ちゃん…。」


 「もおお~!見たかったのよおお~!確保~!ってやつがああ~!」


 「ご…ごみんよ…。」


 甘粕と夏目は顔を見合わせた後、二人して腹を抱えて笑ってしまった。

 太宰が上司である事を一番忘れているのは、霞かもしれない。



 三人はヘラクレスを奪われた事で魂が抜けた様になっており、聞かれた事にはなんでも答え、素直に自供を始めた。

 全て霞と甘粕のプロファイリング通りだった、

 なんとなく国家転覆を目的とはしていたが、しっかりサイバーテロと決めたのは、ここ一年位の話で、それからは、ほくろが無くても、システム関係の人間で賛同する者なら、殺さずに信者にして、星座の名前を付け、力を与える為にも、星座のほくろを持つ人間を探した。

それまでは、三人で、大西と柿藤が別荘に連れて来た人間を、ほくろのあるものは、心臓を抜き、ほくろの星座が不完全な者は殺し、埋めていた。

もう場所が無くなったところで、上村ミヨから協力の申し出を受け、目黒の家を使った。

 上村ミヨ殺害も、甘粕と霞の読み通り、本当は殺したくなかったが、蛭子と一体化する事を望んでいたのに、星が一つ足りないだけで、駄目だったと告げるのも忍びなく、殺したと蛭子は泣いて話した。

思った以上に、自分の祖母と同一視していたらしい。

 また、旧蛭子邸から出た白骨死体も、プロファイリング通り、星座のほくろと心臓目当てで付き合った、三人の交際相手だった。

 そして、父親殺しも自供した。殺し方は柊木が言っていた通り。

大西が後ろから背中をナイフで刺し、倒れた所で、仰向けにして柿藤がスパナで頭を殴り絶命させ、蛭子が心臓の下部分を刺して押し広げてから、手を入れ、心臓を掴んで引っ張ったが人の気配がし、仕方なく諦め、逃げた。

それで乙女座は、大西にも柿藤にも付けず、手に入るのを待っていたのだという。

 別荘の敷地内から発見された92人の遺体の身元も大体割れ、そのほとんどが、この一年間で捜索願が出されていた人達である事が分かった。だが、捜索願も何も出て居ない身元不明の被害者も半数近くいた。


 「日本は年間、千人だかの人が消えてるっつー話もあるもんな。今回の身元不明者の中にも居るんだろうし、下手したら、また別の猟奇殺人の餌食になってたりすんのかねえ…。」


 太宰が憂鬱そうに言うと、三人とも頷くだけで、言葉が出て来なかった。その可能性は否定出来ない事が、今回の事件で嫌という程分かったからだ。

 蛭子達は、こうして逮捕されても、星座のほくろにはパワーがあり、自分たちには特別な力が備わっているという認識は全く消えず、現実とはあまりにかけ離れた思想と価値観に、調書を取るのだけでも疲れ切ってしまっていた。


 「しかし、夏目…。」


 太宰が空気を変えるべく、苦笑しながら夏目を見つめた。


 「はい。」


 「日本の警察はあまり撃っちゃいかんのよ?」


 「だからメスにしました。」


 「被疑者に当たっちまったらどうすんのよ。」


 「あの角度なら、肩の上着部分をかするだけで済みますので。」


 射撃の腕も去る事ながら、銃の事も知り尽くしている。


 ー謎な男だ。でも聞かない聞かない…。


 やっと送検が終わり、男三人は煙草をぼんやり吹かし、霞は煙草の代わりだという特大渦巻きキャンディを舐めていると、美雨が顔をのぞかせた。


 「お疲れ様です。終わりましたか。」


 「おう!美雨ちゃん!ハンバーグ、ごちそうさま!うまかったよ~。」


 ドアの正面を向いて座っている太宰が声をかけると、にっこり笑って頭を下げた。

 甘粕と霞もお礼を言ったが、夏目のだらしなくにやけた顔を見て、吹き出してしまう。


 「まったく、メロメロだな、夏目は。じゃあ、今日は帰りなさい。甘粕、霞ちゃん、夏目抜きで、あの店行くぞ。」


 夏目は若干不服そうな顔で反論した。


 「何故俺抜きです。今日はそろそろ課長が例の店に連れて行って下さると踏んで、美雨呼んだのに。」


 「そうだったの?んじゃ、一緒に行こう。」


 甘粕が意地悪そうな笑みで夏目を見た。


 「今日はお子様定食じゃねえだろうな。」


 「今日はひねってありますよ。ご期待下さい。」


 霞も美雨を見て聞く。


 「美雨ちゃんも何か考えてきた?」


 「はい。ばっちり。二時間調べてきました。」


 「そりゃ期待できそうだな。じゃ、電話が鳴らない内に行くぞ。」


 太宰の号令で、揃って五課を出る。


 街路樹はすっかり葉も色付き、いつの間にか秋の夕暮れになっていた。

 


 


                                  終わり

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったですぅ!(〃∇〃)/! 夏目様が、どんどん意外性のオトコに♪! ストロングサクサク事件解決☆お疲れ様です! (๑•̀ㅂ•́)و✧ (リアルでも、きっとこう有るであろう、ちょびっと…
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