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満月の夜  作者: 桐生初
25/27

犯人像

夏目と霞を強引に仮眠室に送り出し、甘粕と遺留品をもう一度見直し始めた。


 「甘粕~。」


 「はい。」


 「ガイシャで定期持ってる人、ほとんど渋谷で乗り換え、ないしは渋谷までだな。」


 甘粕は定期の無い被害者の持ち物を見始めた。


 「こっちは、レシート類が渋谷の店ばっかですね。」


 「渋谷かあ…。ちょっと聞き込み行ってみようかね。」


 被害者の大多数が利用している形跡のある渋谷駅東口に行ってみた。

 白い上下の目立つ人物は居ない。


 「流石にいかにも新興宗教って感じで怪しまれると考えて、普通の服装かもしれませんね。」


 「だな。さて、藁の山の中から針状態だが…。具合悪そうな人に声かけられなかったか、聞いてみっか。」


 「なかなかいい手ですね、課長。」


 そして二人で丹念に見ていると、肩が凝っている様子の人や目を押さえている人、腰を叩いている人など、結構居る。

 片っ端から聞いてみたが、声はかけられていないと言われ、ほくろがあるという人には、その都度、こういう人物に声をかけられたら、すぐには付いて行かず、五課に連絡してくれと頼み、その日は帰宅ラッシュのピークが過ぎるまで張り込んでみたが、収穫は無かった。


 念のため、所轄にも張り込んでくれるよう依頼し帰ってくると、いきなり夏目に怒られた。


 「どこ行ってたんですか!なんで教えてくれないんです!」


 「ごめんごめん。ちょっとした思いつきでね。お前のゴミ拾いのお陰なんだから、んな怒んなよ。眠ったか?ちゃんと。」


 「お陰様で、五時間も爆睡してしまいましたが…。」


 「ん。よし。霞ちゃんは?」


 「お陰様でスッキリです。」


 「良かった、良かった。じゃ、内さん聞こうか。」


 「はい。」


 所轄もかなり協力してくれ、未だ身元不明の腐乱死体の9人以外の29人の関係者全て回って来られたという。

 被害者の多くは、家族、あるいは同僚、友人に直接またはメールで一様に凄い人に逢ったと話していたそうだ。

 まず肩凝りが酷いんじゃありませんかとか、頭痛があるのでは?疲れが抜けないのでは?などと話しかけて来て、それが当たっているので、大方話を聞く体勢になってしまうのだそうだ。

そして、何かストレスになる事があるのでは?と聞く。日本人の90%は何らかのストレス要因を抱えているのだから、これも当たっているということになってしまう。

丁寧に悩み事を聞いてくれ、ほくろの有無を聞かれる。

あると答えると、ほくろは大変なパワーを持っていて、そのパワーに負けて体調不良が起きている、まずはこれを飲んでみろと漢方薬の様な物を渡す。

よく効くし、決して麻薬や毒では無いからと。

大西に好意を持った上、効くと念を押されたプラシーボ効果により、効き目を感じると、もっと凄い人に逢わせてあげる。

あなたの悩みも体調不良も解決出来ると言われる。そして、喫茶店で待っているシステマソラーレに逢い、悩み事やストレッサーもお見通しの様に解決してくれる。

そして料金は要らないが、あなたのほくろのパワーを少し分けて欲しいと言われる。

そうすれば、あなたの体調不良も治ると言われ、承知すると、日時と待ち合わせ場所を大西が指定してくるので、行ってくると言ったきり、帰らぬ人となったそうだ。


 「そういや、甘粕。関東近県の行方不明者が多いっつってたな。」


 「はい。ここ一年で急激に。200人を超えています。」


 霞が暗い顔になって言った。


 「仮に大西以外の87人が信者になって戻って来ないとして、今回発見された被害者38人と合わせても、あと75人以上行方が分からないわけですね。」


 今回の身元が分かっている29人も、その行方不明者の中に入っていた。


 「そうやって上村宅に引っ張り込んだ人達を信者と食う方に分けてんのか…。ほくろが無い人は信者になってるんでしょうかね、霞さん。」


 夏目が聞くと、霞は首を捻った。


 「そこは私も正直分からないわ。土台、ほくろをもっているから、他の者が同じ物をもっているなら、吸収しようとしているのか、無いから吸収しようとするのか…。

でも、全く無い人は毒殺されてしまっている。

信者にもしなかった。

ここに何か意味がありそうではあるけど、いずれにせよ、大きな星座二位の乙女座と、神話で最強といわれているヘラクレス座が無いのが気になります。

パワーを得る為にやっているんだとしたら、かなり欲しいと思うんです。

でも、そんな力を得て、一体何をしようとしているのかしら…。」


 「ー他の行方不明者、洗ってみますか。」


 夏目が言うと、甘粕と霞が目を輝かせた。


 「それはいいわ!」


 「流石夏目!」


 というわけで、今回の被害者を除いた行方不明者を調べ始めた。


 206人中、86人がパソコンのシステム関係の仕事をしており、医療従事者は居ない。


 「ーまさか…。サイバーテロによる国家転覆?」


 夏目が言うと、全員固まった。夏目の素性がアレだけに、冗談にも聞こえないからである。


 「かっ…可能なのか、夏目…。」


 「どおですかねえ。確かに主要官庁、幹線道路、電車が全てシステムダウンしたら、大パニックにはなりますが、それ出来る能力の人間とシステムっていったら、米軍並みじゃないんですか。俺はよく知りませんが。」


 本とかよと疑ってしまったが、夏目に言われると納得してしまえる。


 「でもその野望、案外当たってっかもな。何でもコンピューターで管理してる時代だし、逆にだからネットでホームページも作ってないのかもしれない。」


 甘粕が言うと、霞も頷いた。


 「そう考えると、ほくろも無いなら要らないから毒殺した人と、信者にした人の違いも分かるわね。でも急がないと…。サイバーテロの方は実現が厳しいとしても、88の星座が揃うまで殺し続けるわ。」


 「しかし、金要らないって…。結局、上村ミヨからも金を巻き上げてる形跡は無えし、どうやって組織を維持してるっつーか、生計立ててんのかね。サイバーテロの準備資金だって、かなりかかるだろ?」


 太宰が納得行かない様子で言った。


 確かに新興宗教にしては金品の取り立てはまるで無い様だし、被害者の所持金だけは財布から抜き取られていたが、カードや時計等の貴重品、ブランド品のバック等には目もくれていない。

 サイバーテロを目的としているのなら、システムを作るにしても、かなり金はかかると思われたし、犯罪のほとんどは怨恨か金が絡んでいる。


 甘粕はボードを見つめ、ブツブツ言い始めた。


 「東洋医学に詳しい、漢方薬に人体を使うことも知っている…。日中ある程度時間に自由が利く…。顔色で体調が分かり、知らない人間の相談に乗るのが上手い…。そこそこ金には困っていない…。あ…。」


 「ん?何か思いついたか?」


 「漢方薬局の店主なんてどうでしょうか。多分腕がいいと評判で、そこそこ繁盛しているはずです。」


 「ちょっと当たってみよっか。場所は?」


 「上村ミヨ宅に居る間ずっと休むわけにもいかないでしょうから、通える範囲ですね。あ…あれ?上村ミヨは渋谷に行ってた形跡は無かったな…。もしかしたら、その薬局で知り合ったかもしれない。」


 夏目がすぐに反応し、芥川と甥と隣家の主婦にすぐ問い合わせた。

 甥の話では、とにかく人混みが苦手で、決まった所にしか行かず、渋谷は通りもしなかったという事で、甘粕の記憶は正しかった。

また、隣家の主婦の話では、4ヶ月前位に、病院の近くにすごくよく効く漢方薬局を見付けたと話していたという事だった。


 上村ミヨの病院は目黒区内にある。


 四人は内田達と共に病院付近に一軒ある漢方薬局へ向かった。


 残念ながら閉まって居り、誰も出て来なかったが、持ち主の名前と住所は分かった。住所はこの店になっている。

 本庁に戻り、早速持ち主について調べた。

 名前は蛭子英雄。41歳。目黒区内の小中高を卒業後、専門学校で東洋医学を学び、父の遺産で開業。

よく効くと評判で繁盛している。小学校、中学校時代に度々、骨折や火傷で病院に搬送されており、母親は幼い頃に離婚して家を出ている。

祖母が同居していた様だが、高校生の時に死別している。


 「この怪我、親父の虐待かい?霞ちゃん。」


 「だと思います。この後の父親の事件死って…なんでしょう。」


 「もう二十二年前か。ちょっとデータベースで調べてみよう。」


 データベースの記録を見て、四人は愕然とした。


 22年前、当時46歳の蛭子の父親が帰宅途中で強盗に襲われ、頭を鈍器の様なもので後ろから殴られた上、手の甲を包丁の様なもので切られ、金品を奪われ、殺害されていた。

 目撃者や手がかり、犯人に繋がる遺留品も無く、犯人は見つからず、七年前に時効が成立していた。


 四人が愕然としたのは、手の甲の傷の写真である。


 乙女座の配置のほくろがあったのだ。


 「乙女座は…、もう制覇していたのね…。」


 「22年前というと、蛭子は19歳。専門学校に居る時期ですが、卒業直後にこの店を開いています。資金欲しさとパワー欲しさの犯行か…。」


 「そうですね、夏目さん。恐らくこの時彼はいつも目にする乙女座のほくろを切った事で、パワーが得られたと実感出来たのでしょう。それでこの計画を練り出した。それからずっとチャンスを窺い、準備していたんでしょうね。」


 「霞ちゃん、大西ってのは何だろう。従業員なのかな。」


 太宰がそう言っただけで、芥川が従業員名簿をパソコンから引っ張り出した。

 ところが、蛭子の薬局は雇い人は居ない事になっていた。

 とりあえず、所轄に張り込みを依頼し、アジトを探るべく、蛭子の所有不動産を探してみたが、あの薬局一軒だけで、実家も手放していた。


 「内さん、蛭子の関係者の不動産関係、徹底的に洗ってくれ。もしかしたら、母親名義でも、蛭子が使ってるかもしれない。俺達は夜が空けたら、蛭子の母親に会いに行こう。それまで蛭子の母親の行方さがすのは、俺と夏目。甘粕と霞ちゃんは柊木のトコ行ってきな。昔の検死報告書だが、父親の死に方、あいつなら詳しくわかるかも。じゃ、全員ちゃんと交代で休んでくれよ?では開始。」



 

 甘粕と霞は、席を外していた柊木が戻って来るまで、遺体安置所で上村ミヨのほくろを星座表と照らし合わせて確認していた。


 「あ…、甘粕さん、これ、一個足りないだけなんじゃない?この腰から背中にかけてのほくろ…。」


 「ほんとだ…。」


 上村ミヨのほくろは、霞の言う通り、ヘラクレス座に極めて近いが、一番端の星が一つ足りない。


 「そういえば、上村ミヨの家にやたら星座の古い本があったよな?」


 「そうね。亡くなったご主人の趣味だったのかも。それで、ご主人にずっと、ヘラクレス座のほくろがあるって言われていて、場所が場所だけに、上村ミヨも確認できず、信じていて、蛭子にそう言った…。やはり甘粕さんのプロファイリング通りね。」


 「いや、まだ分かんないよ。」


 柊木が遺体安置所に入って来た。


 「これ見ろお。」


 こちらの用件も聞かず、先に写真を出して来た。


 「なんです?」


 「特殊な光当てると、腐乱してても打撲痕とか浮かび上がってくんの思い出してさあ。ほくろも出んじゃねえかと思って当ててみたら、出たんだなあ、これが。」


 「やっぱ星座んなってる!有り難うございます!先生!」


 「おう!」


 得意気にふんぞり返る柊木。

 確認してみると、小さめの星座ではあったが、残りの星座は徐々に絞られて来た。


 「ついでに身元も歯形から照合できたぜ。はいよ。」


 「有り難うございます。」


 芥川に連絡し、取りに来てもらうと、漸く用件に入った。

 柊木は注意深く検死報告書を見始めた。


 「これが強盗ねえ…。なんで強盗って片付けられたのかなあ…。」


 「蛭子の父親は地元でも資産家で有名だったらしいです。マンションなどの不動産もいくつか持っていたので…。でも、妙ですよね。」


 「うん。普通強盗目的の場合、まず脅すだろ?

これだと、いきなり後ろから背中刺してるぜ。

しかも心臓の裏側。

鈍器で殴ったのは、その後。前からだ。

鈍器で殴ってんのは確かに致命傷ではあるが、こっちが先なら、背中の刺し傷からここまで出血しねえ。

それにおかしいだろ。

この報告書が正しいとなると、前から頭殴ったあと、背中から刺して、仏さん寝かせて、また胸刺すなんてよお。

正しくは、背中から刺し、仰向けに寝かせて、頭殴って死なせ、胸を刺すだ。

怨恨と思うなら分かるが、強盗はあり得ねえな。」


 「はい。納得いきました。」


 「うん。で、倒れたのを路地裏に引っ張り込んで、心臓を一突き。迷い傷もねえな。やっぱこりゃ怨恨だな。」


 「外では慈善家としても有名で、恨みを持つ人間も出て来ず、結果的に強盗目的ということにしたようです。」


 「ふーん。そっかあ…。まあ、バブルだったしな。色々忙しかったんだろうが…。この検死したの、俺の前任の監察官なんだけどよ。やる気の欠片もねえ人だったしなあ。ん?」


 「何か?」


 「この心臓の血管損傷ってのは何だ?刺したのは、心臓の下の部分だぜ。この損傷してるって血管は、上の方に付いてんだよ。」


 「引っ張った?」 


 当時、父親を恨んでいたと思われるのは、虐待を受けていた可能性の高い蛭子だけであるし、乙女座のほくろも切っている。更に心臓を取り出そうとしたとなると、父親殺しの犯人は蛭子と考えても良さそうだ。


 「かもな。見りゃすぐ分かんだけどな。だってこの心臓の下の部分、一突きって書いてっけど…。まあ、ある意味正しいが、この幅だと。刺してからこう横にグイグイと押し広げてるぜ?丁度男の手が入るぐれえの幅に。」


 「でも諦めた…。犯人が蛭子だとすると、乙女座の心臓だけは食べてない。つまり一体化が不完全。彼にとっては乙女座だけは恐らく特別。父親と同一視してるだろうから、絶対に征服せずには居れないはず。乙女座のほくろの人を捜して、見つかるまで犯行はやめないわ…。」

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