傷の理由
太宰達は、帰庁する前に聞き込みを終えた内田達や所轄からの報告を受けていた。
まず、甥の証言。
上村ミヨの夫は10年前に他界し、ずっと一人暮らしをしており、親類縁者はこの甥のみだそうで、時々様子を見に来ていたそうだ。
しかし、どうもそれは、親切心からでは無く、この家と土地を相続させてもらう為のご機嫌取りだったようだ。
3ヶ月前までは、甥にくれると言って居り、建て替えをし、一緒に住む予定になっていた。
ところが突然、その話は無しだと言い出し、甥が来ても、仇を見るような目になったという。
『騙されないわよ。』などと言い出すようになり、家も土地も自分の為に使うと言い出したが、理由を聞いても、病気を治す為とか、宇宙と一体化して、真の幸福を得る為などと訳の分からない事を言うので、何か変な宗教にでも引っかかっているんじゃないかと問い質すと激怒して追い返したそうだ。
確かに上村ミヨは高血圧と腰痛に膝痛に脚気と、病院に通っていたが、その頃から病院にも通わなくなり、薬も飲んでいない様だったが、顔色は良かったらしい。
その後、甥は心配でと言うが、恐らく遺産相続権奪還のため、三日おきに上村宅を訪れたが、5〜6人の20代から40代と思われる、白の上下の服を着た、顔を見せない男達が一緒に住んでいる様子で、誰なのか聞いたところ、病気を治してくれる人達だとだけ言って返され、その後も行ってみたが、話もできず、門前払いだったという話だった。
付近住民も、その5〜6人の男は目撃していたが、顔をはっきり見ている者は居なかった。外の掃除をしてくれたりはしていたが、挨拶も俯いたままだし、全員同じ白の上下を着ていて、髪型も似通っており、はっきり言って判別がつかなかったらしい。
その甥が冷遇され始めた3ヶ月前頃、上村ミヨと仲のいい隣家の主婦が、病気を治してくれる素晴らしい先生が居るんだと、上村ミヨから聞いている。なんでも分かってしまう人で、甥が家と土地目当てというのも教えてくれたのだと話し、その主婦にも勧めたが、診てくれる条件があると言われたそうだ。
その条件とは、体にほくろがある事だそうで、その主婦は残念ながら足の裏に一つあるだけだったので、診てもらえなかったらしい。残念ではなく、ラッキーだった可能性が高い。その後、先生は一緒に住んでいるのかとか、他の人はなんなんだとか聞くと、先生は今一緒に住んで居り、他の人達はお弟子さんだと話してくれたが、それ以上の事は話したがらず、その内全く教えてくれなくなったが、上村ミヨの顔色はどんどん良くなっていったそうだ。
また、時々高校生位の男女や中年の男女などが弟子に伴われて訪れていた目撃証言もあった。一日に少ない時で1〜2人。多い時は5〜6人の人の出入りがあったらしい。
ところが、入って行くのは見た人間が何人も居るが、出て行くのは誰も見ていないらしい。
「まだあんじゃねえのか…。仏さん…。」
甘粕はそう呟いた途端、台所に戻って、床下収納庫を開け、太宰と霞は庭に出た。
「幸田ああ~!あの盛り上がった土はなんだああ~!」
バッと、太宰の指差す方向を見た幸田も叫ぶ。
「超~怪しいぜえ!掘れええ~!」
そして、床下収納庫の収納部分を取り去った甘粕も叫んだ。
「遺体発見!三体はある!」
結局、庭から五体、床下収納庫の下から四体見つかり、被害者の数は30人から39人に増えた。
念のため、そこら中を掘ったり探したりしたが、一応、もうこの家には無いようだった。
三人は本庁に戻り、パネル作りを始めた。
「課長…。」
甘粕が突然、悲しそうな気の抜けた声で、太宰を呼んだ。
「ー甘粕…。腹減ったか…。」
「はい…。なんか泣きそうです…。」
霞は吹き出し、太宰は情け無さそうな顔で、甘粕を見つめた。
「夏目は休まず、臭いゴミと戦っておるのだから、もう少し我慢しよ?な?」
「はい…。」
イケメン台無しの涙目。
太宰はため息をつき、何か菓子の類いでも探そうかとパネルから向きを変え、ふと、ドアの入り口で、立っている少女に気付いた。
「どしたのかな?」
「あ…あの…。いつも夏目がお世話になっております…。」
口調や話し方は落ち着いているが、どう見ても高校生位にしか見えない、お人形さんの様に可愛らしい少女だった。
「夏目の妹さん?」
全く似ていないが、そうとしか思えない年齢なので、そう聞くと、少女は悲しそうに言った。
「一応、婚約者でございます…。」
霞はもとより、空腹の為、薄ぼんやりしていた甘粕までバッと振り返った。
「ええええ~!!美雨ちゃんてこと!?」
三人同時に奇声を上げてしまう。
「はい。加納美雨と申します。達也さんが言っていた時間に帰って来ないので、事件でも起きたのかなと思って、ニュースを見ていたら、目黒で大事件が発生したようでしたので、ハンバーグ持ってきたんです。良かったら皆さんで…。」
そう言いながら、紙袋から可愛弁当包みを四つ出し、各デスクに並べ始めた。
いの一番に我に返った太宰が言った。
「うわあ~、ありがと。すごい助かる。ーでも、夏目の話だと、夏目と同い年のはずだよな…。本当はいくつなの?夏目の奴、嘘言ってるんじゃ…。」
「同い年なんです~!」
美雨は、悲しそうに叫んで、顔を覆ってしまった。
「ごめんごめん!」
三人で慌てて謝ると、キラキラの美しい目を伏せて言った。
「いいんです…。慣れてます…。さっきもお巡りさんに、少年課で補導された子と勘違いされましたし…。」
高校生に見間違われるのは、日常茶飯事らしい。
「お忙しいところお邪魔しました。お口に合うか分かりませんけど、召し上がって下さいね。」
気を取り直したのか、笑顔でそう言い、迷わず夏目のデスクに着替えを置くと、丁寧に挨拶をして帰って行った。
「わあ、びっくり。あんなもの凄い可愛いタイプとは、ちょっと思わなかったな、私。美人!てタイプかと思ってたわ。夏目さんの好みって。」
「俺も、キレイ目な人かと思ってた。」
太宰までそう言うと、既に弁当を広げ始めている甘粕が言った。
「俺は、詳しい話聞いて、可愛いタイプだろうなと思ってました。あんなに幼い感じとは思わなかったけど。ああ!まだあったかい!課長、食べていい!?食べていい!?」
「甘粕よ…。俺は夏目の愛して止まない美雨ちゃんが作った、夏目の大好物のハンバーグを夏目より先に食う度胸は…。」
言いながら、鼻をクンクン。
「頂こうか。」
「やった~!」
甘粕と共に霞まで万歳して食べ始めてしまった。
「んまい!これはうまい!」
甘粕と太宰がほぼ同時に言うと、霞も褒めた。
「ほんと!これはすごいハンバーグだわ!お店のより美味しいんじゃないのかしら!」
三人で絶賛しながら、夏目用と思われる特大ハンバーグをぺろりと平らげた。
あれだけの惨殺体を何十と見て来たというのに、食欲が全く衰えないのは、五課ならではである。
「3ヶ月で、一日平均3〜4人の人間が入っていたとなると、90〜100人はあそこに入った事になるな。無事に帰れた人間も人知れず居るって事か。」
太宰の呟きに、脳にも栄養が回り、頭も冴えた甘粕が答えた。
「そうなりますね。上村ミヨの様な協力者になったのか、あるいは用が無い事が初めから分かり、逃したのか…。犯罪者集団だとしたら、顔を見られた時点で逃すかな…。かなりのリスクになる。」
「殺していないのだとしたら、喋ったら共犯だと思わせる様な何かがあるのかもしれなし、あるいはまた別の場所に連れて行ったのか…。」
霞が言うと、太宰が目撃証言のメモを引っ張り出した。
「今朝来た迎えの車っつーのは、結構毎日の様に来てるな。その都度、白い上下を着た人間が5〜6人乗ってって…。これ、判別つかねえって言ってたから、例の住んでた5〜6人じゃなくて、あの家の訪問者が同じ服着せられて、移動させられたんじゃねえか。」
「そうかも!その為でもあるお揃いの服なのかもしれませんね。さすがです、課長。」
検死も現場の鑑識も終わり切っておらず、三人は他にする事が無い。
「心臓、肝臓、内股の肉に、歯、そして頭蓋骨。これ、一体どうしたのかしら?上村ミヨは、病気が治ると言ってた。それに関係があるのかしら?」
「ちょっと調べてみようか。」
太宰が言い、三人でパソコンで調べ始めたところ、検死室の助手が無関係の傷の写真を届けに来た。
「すいません。かなりの量だったんで、ばたばたしちゃって、お渡しするの忘れちゃって!」
甘粕が礼を言いながら受け取り、パネルに貼っているので、二人で調べを続ける。
「うおおお…。漢方で使ってたらしいよ。昔。」
「あら、本とだわ。頭蓋骨は肺結核、鬼気…って、これは死人の邪気のこと?つまり祟りってことかしら?これに効くと信じられ、女性の内股の肉は、姑の病気に効く?なんか猛烈な嫁イビリみたいね…。心臓は鬼気、肺病、マラリア、切り傷かあ…。上村ミヨの病気は無いようだけど…。歯も何かには効くって言われてるみたいだわ。」
「病気の他、心臓を食うってのは、一体化やエネルギーを得る霊的な意味があるらしいよ。民俗学的には、霊魂と一緒に生きる。つまり、その人の分まで生きられるという思想があり…って書いてある。」
「なるほど。漢方薬としてだけでなく、一体化…。まあ、カニバリズムというのは、一体化という究極の形ではありますけど…。という事は益々毒殺群とは違った位置づけ、つまり、この心臓等を抜き取られた方達は、パワーを持っていると見なしているわけですね。特に頭蓋骨まで取られた人達は、置き場所や取る箇所の多さから言っても特別。一体何が特別なのかしら…。」
その時、写真を貼付けていた甘粕が首を捻りながら言った。
「あれ?この人の傷の下のほくろ…、オリオン座みてえな配置だな…。」
「星のか?」
「はい。」
どれどれと太宰達も見てみる。
「私、天文て苦手だったんですけど…。」
霞がそう言いながら星のサイトを出し、三人で見比べ始めた。
そして、無関係の傷の謎が一つ解けた。
「これ…、全部星座だ。そしてこの頭蓋骨取られて、手首のほくろの上の傷が一際深いこのガイシャのほくろは…太陽系の配置だ…。」
太宰が言うと、甘粕は写真の横に星座名と大きさ順の番号を書き足して行った。
頭蓋骨の手首ブランブランの被害者は太陽系。
もう一人の頭蓋骨の無い被害者は、海蛇座。
心臓の他に肝臓まで取られ、内股の肉を取られている被害者がおおぐま座。歯を取られている被害者はクジラ座で、大きな星座4つの内、3つを占めていた。 他の心臓だけを抜き取られている被害者もそれぞれ星座の配置のほくろがある。
「星座は全部で88。まだやるな…。完全制覇が目的だとすりゃ…。」
太宰の呟きに、二人が深刻な顔で頷いた。
後から発見された被害者9人は、腐敗が進んでおり、ほくろは確認できなかったが、やはり心臓が抜き取られ、無関係の傷が必ずどこかにあるらしい。
霞が考えながら言った。
「これだけで考えると、何らかの新興宗教の教祖を名乗っている可能性が高いですね。ただ、星座がどう結びつくのか、よく分かりませんが。」
「ちょっとサイトがあるかどうか調べてみよっか。治療と星座でいいのかな?」
「ー宇宙じゃないですかね。欲してるのは。上村ミヨも、宇宙と一体になるとか言っていた様ですし。」
甘粕が言うと、霞が同意した。
「そうですね。信者には宇宙と一体。尚且つ、星座を切っているというのは、その上を行こうとする表れではないかと思います。」
三人で調べ始めたが、ネットにホームページは作っていないのか、全く出て来ない。
「あとは夏目と柊木頼みかあ。夏目帰ってきたら、すぐ休ませたいから、休憩とっとこう。」
そういう訳で太宰は一度帰宅し、甘粕と霞もそれぞれ休んだ。
それから2時間が経過し、太宰が戻った深夜12時。
夏目が芥川と共に凄まじい臭気を放って、大量のゴミ袋と共に戻って来た。
「あったか!夏目!」
「ありました。ごっそり。」
「じゃ、お前はシャワー浴びて休憩。」
夏目が不服そうに太宰を見た。
「シャワーは浴びさせて頂きますが、俺もコレ見たいです。」
「でも休まんと…。」
「大丈夫です。四十二時間寝なくても平気です。」
ーどんな鍛え方をしとるんじゃ、この男は…。
「分かった。じゃ、待ってるから。」
そういわれると、途端に嬉しそうにガキ大将の様な笑顔になった。
「あ、そうだ。美雨ちゃんが来てくれたよ。俺達の分のハンバーグも持って来てくれて、着替えも置いて行ってくれたみてえよ?とってもうまかった。ごちそうさん。」
「そうですか。」
ちょっと得意気にニヤリと笑い、それだけ言って、芥川とシャワーを浴びに行った。
「自慢の彼女なんだねえ。」
「そりゃそうでしょう。あんなに可愛くて、よく気が付くんですもの。」
甘粕が訳知り顔で笑っている。
「なんなの、甘粕。なんか知ってんのか?」
「いや、まあ、確かによく気が付いて、夏目を立てて大和撫子の鏡の様な子ではあるらしいんですけどね。結構お姫様らしいですよ。でも、可愛くてしょうがないらしいので、夏目もメロメロなんだなあって思ったのを思い出しまして。」
「へえ。お姫様ねえ…。確かに上品だけど、姫ってなんだよ。我が儘って事?」
「我が儘っていっても、確かに可愛いで済む程度みたいですよ。じゃなきゃ夏目が好きになるはず無いですから。例えば…物落っことして、自分の爪先に当たったりすると、『達也さんのばか~!』って泣きべそかくとか。」
霞が大笑いしている横で、太宰が呆然としている。
「ー甘粕、それはお姫様じゃなくて、子供と同じだよ…。」
「あ、そっか。」
「見た目の若さは、それが原因か…。」
などと話していたら、夏目がもう帰って来た。まだ5分しか経っていない。
「早っ!」
三人で目を剥く。
「ちゃんと洗ってきたのかあ?」
太宰と甘粕がクンクンと匂いを嗅いでみたが、ちゃんと洗えている。
「凄い技を持っとるのう…。夏目…。」
「そうですか?じゃ、やりましょう。」
同様に休憩を取らせていた内田率いるお手伝い班も混じり、まだシャワー中の芥川だけを残し、ゴミ袋の検証が始まった。
すると、被害者の衣類のポケットやバック、鞄等から共通の一枚の名刺が出て来た。
『全宇宙を救う会 Hydra 大西正治』
電話も住所も無く、会の名前と役職名に人名のみ。
同時に、被害者の身元も遺体写真と合わせ、徐々に割れて行く。写真入りの身分証が無い被害者以外、全て割れた。
「Hydra…。一番大きな海蛇座の学名だな。つー事は霞ちゃん。」
「はい。恐らく組織の代表のすぐ下の人物ですね。代表は恐らく太陽系ではないでしょうか。Systema Solare。」
「全宇宙を救うというより、食らい尽くす感じだな…。」
鑑識も来て、全ての証拠品の検証が終わると、夜が空けた。
「ちょっと何か食って休もう。頭動かすには、糖分摂んないと。気分直しに二人で朝飯買って来て。」
と、太宰が霞と甘粕を見た。




