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満月の夜  作者: 桐生初
22/27

現場の惨状

噂の柊木は、一階の四畳半に居た。


 背中からも喜びが滲み出ていたが、やはり太宰が入ると満面の笑みで振り返って言った。 


 「すげえよ!太宰!盆と正月がいっぺんに来たって、こうゆう事言うんだな!」


 「だからお前はあああ!まだ外に家主の甥っ子がパニック状態で居んだから、心の中に仕舞っとけえええ!」


 「だって見ろよこれ!頭蓋骨だけ取り去ってんだぜ!顔だの皮膚だの髪だの、ほれ、そこかしこに!」


 喜びまくる柊木は置いておくにしても、室内の惨状はその為かと合点が行った。

 人体は原型を留めているのは、手足のみで、胴体部分はぐちゃぐちゃであるし、室内のそこら中に内臓らしきや皮膚らしきが散らばっている。


 「分かったから…。そいで?」


 「死因は多分失血死じゃねえかと思うが、腹かっさばいてる間に途中で死んでる感じ?ただ、抵抗した跡は無えから、薬で眠らせてやったんだろうなって感じだな。この部屋のガイシャは頭蓋骨の他、心臓と肝臓が無えよ。隣の仏さんもそうだもん。」


 「プロっぽいですか?その、え~っと、捌き方っていうのかな。外科的な感じは。」


 霞が聞くと、柊木は首を横に捻った。


 「いやあ、素人だな。まあ、外科医も皮剥ぎ取って、頭蓋骨だけ取るなんてやる医者も少ねえだろうけど。かなり苦労してて、もうグッチャグチャ。見るかい?お嬢ちゃん。」


 「え、ええっと…。」


 太宰が庇うように遮った。


 「無理せんでいい。霞ちゃん。柊木、他に素人と思う理由は?」


 「なんか弄ってんだよ。腹ん中。肝臓と間違えて、腎臓抜きかかったりしてさ。こりゃ人体知ってる奴じゃねえ。あと、テクニックには関係無えが、ためらい傷でも無え妙な傷がある。そっちの仏さんは二の腕。こっちの仏さんなんか手首が皮一枚で繋がってるって状態まで、バンッと、勢い良く叩き切ってる。念のため見てみたが、そこからは何も取ってねえな。ただ切ってる。」


 どうも現状から判断するに、犯人は被害者を痛めつけるのが目的ではなく、臓器、あるいは頭蓋骨を取るのが目的の様に思える。無関係の箇所を切ることにも、意味がありそうではある。


 「レイプみてえなのは?」


 「無えなあ、多分。臓器とか取るのが目的としか思えねえよ。二階の無傷の仏さん以外ざっと見てきたが、ちゃんと分別されてんだ。無傷の仏さん10人の部屋、心臓だけ取られてる仏さん15五人の部屋、心臓と肝臓が抜き取られてる仏さん2人の部屋みてえにさ。」


 「その被害者の方達にも、このお二人同様、無関係の傷が?」


 霞はやはりその部分に着目したらしく、柊木に聞いた。


 「ざっとしか見てねえから、断言は出来ねえけど、見た限りはあったな。だざーい。」


 柊木は、太宰を恨めしそうに見た。


 「はいはい…。堪能したいのね…。」


 「終わったら、ねっちりみっちり嫌という程説明してやるからさあ~。」


 「分かった、分かった。じゃ、部屋の様子を見よう。」


 太宰達は、玄関のすぐ側の和室を出て、その正面にある和室に入った。

 リビング代わりに使われていたのか、テレビやサイドボード、こたつなどが置かれ、昭和五十年代といった感じの雰囲気の、老人が一人で暮らしていた感がある、とりたてて異様なものは無い部屋だった。

 その続きに台所がある。

 そこもそんな感じで古臭いが、片付いてはいて、生活感もあった。

 甘粕は、洗い物を干しておくカゴに目をやった。

 茶碗や箸など、朝食を摂ったと思われる食器が二人分に、湯のみと急須がしっかりと洗われて置いてある。


 「年寄りって、あんま急須洗わねえよな。」


 太宰も気付いたようで、隣に立って言った。

 一日中お茶を飲むお年寄りは、自分が座る側に急須やポットなどのお茶セットを置き、滅多に洗わない人が多い。一日一回洗うにしても、夜寝る前だろう。


 「ホシがお茶を入れて、指紋を消す為に洗ったんですかね。」


 そこに芥川が顔を出した。


 「上村ミヨ、無傷群から見つかりました。有島先生の話だと、無傷群は毒殺だろうってことっす。青酸化合物じゃねえかって。」


 「朝食で殺されたか。鑑識に台所も頼んでくれ。芥川。」


 「了解!課長!」


 「おめえの課長は本村!」


 芥川は、ペロッと舌を出して笑いながら行ってしまった。

 生ゴミ受けもゴミ箱も全て空である事に気付いた夏目が、冷蔵庫の扉に貼ってあるゴミの分別の紙を見て言った。


 「今日…、ゴミの収集日みたいですね。ゴミって、すぐに燃やしちまうもんなんでしょうか。」


 もう六時である。


 「ちょっと聞いてみます。」


 「うん。」


 夏目が電話し、しばらくすると、いつものドスの利いた濁声でがなった。


 「残しとけ!手え付けんな!」


 三人は、夏目の地声がコレというのには慣れているので、どうという事は無いが、初めて聞いた上、顔も見えずに怒鳴られたら、怒られてるとしか思えないだろう。

 太宰達にまで、向こうの職員が涙声でハイ!と叫んでいるのが聞こえた。


 「この地区の収集車、渋滞に巻き込まれて到着が遅かったそうで、まだあるそうです。行って来ます。」


 「俺も行く。」


 「いえ。甘粕さんはプロファイリングを。俺はネタ集め。」


 ニヤリと笑うと、芥川と共にさっさと出ようとするので、太宰が背中に言った。


 「美雨ちゃんに連絡入れとけよ?」


 夏目は振り返ると、素のいい笑顔で言った。


 「あいつは分かってますから。連絡入れなくても、問題ありません。じゃ、行ってきます。」


 夏目が行ってしまうと、霞がにやけながら言った。


 「いい奥さんになりそうですね。むふふふ…。」


 「霞ちゃん、むふふって…。しかし、あの格好でやらせんのはかわいそうだなあ。まあ、俺もやった事あるけど…。」


 「そうなんですか。」


 「うん。真夏。ドンキで殺虫剤大量に買って、マスクしてやったけど、なかなかキツかった。スーツ一着駄目にして、カミサンに泣かれたよ。」


 「でしょうね…。」


 甘粕は、夏目のそこそこいいスーツがボロボロになるのを想像したのか、気の毒そうに目を伏せながら、霞が開けた冷蔵庫の中を見た。

 小鉢に入った煮物の残りや、佃煮のタッパーなど、老人が好みそうな物がポツポツ入っている中、コーラ等の清涼飲料水があり、冷凍庫には、唐揚げやアイスクリームなど、若者が好みそうな物が入っていた。

 食器棚にも、インスタント麺やスナック菓子の類いがあり、甥の言っていた得体の知れない人物達というのは、上村ミヨよりも、かなり若そうである。

 三人は二階に上がった。

 血の臭気が一階よりも酷い。

 まず、無傷の被害者群の部屋を見た。

 全裸というのは変わらないが、雑多に放り込んだかの様に入れてあるという感じだった。


 「要らないものって感じがするわ。」


 「そうだね。」


 鑑識の幸田の部下が言った。


 「有島先生に寄ると、やはり、レイプ等も無さそうという事です。上村ミヨだけは、毛布をかけられていました。」


 贖罪の意識があった様だ。


 「でも全裸なのか?」


 「はい。」


 太宰は首を傾げ、呟いた。


 「何か調べる為なのかね。全裸は。」


 「そうですね。無関係の妙な傷と関係があるのかもしれないな。」


 甘粕もそう言い、霞も頷いた所で、心臓だけ無い群へ行く。

 ここは整然と並んでいるが、取り出す為に便宜上並べたという感が強い。

 邪魔だったと思われる、骨やその他の内臓が散乱している。


 「どんな感じ?有島君。」


 「ーそうですね。詳しいことは検死してみないと何とも言えませんが、被害者に抵抗の跡は見られません。恐らく失血死と思われます。」


 「下と同じか。やっぱり無関係な傷はある?」


 「ありますねえ。」


 「それ、写真撮っておいて頂けますか。その部分だけ。」


 霞が言うと、疲れた顔で微笑んだ。


 「大丈夫です。もう撮ってありますよ。柊木先生が『傷は全て撮っておけ!』って、いつもおっしゃるので。」


 流石アメリカの犯罪から興味を持った男。よく分かっている。

 続いて二体の心臓と肝臓の両方が無い二人の被害者の部屋へ移動した。

 柊木も移動して来ていた。


 「あ~!本とサイコーだあ!」


 「だ、だから柊木…。」


 有島の様に疲れているのが普通なのに、普段よりも元気な柊木は、泣きそうな顔でたしなめようとする太宰を気にも留めず、まくしたてた。


 「肝臓と心臓の他、こっちの仏さんは歯が無え。隣の仏さんは、内股の肉が無えよ。」


 「なんかルールがあるんだわ、やっぱり…。」


 「だろうな。しかし、歯なんか抜くの大変だろうに、全部抜いてるぜ。初めの内失敗したらしくて、ペンチで掴み過ぎて、粉々になって抜けなかったのが根っこだけ残ってるぜ。数本。」


 慣れてきたのか、霞は被害者の無関係の傷を見た。


 「ほくろの上ですか…。」


 「そういや、他の仏さんもみんなほくろの上を切られてた気がすんな。」


 「ほくろに何か意味があるのかしら。この無関係の傷の写真だけ、先に頂く事はできますか?」


 「おう。ポラロイドで撮ってっから、今でも用意できるぜ。有島に言って、持って行きな。」


 「有り難うございます。」

 



 その頃、ゴミ収集所に到着した夏目と芥川は、大量のゴミの山の前に案内されていた。


 「ここの…、どこかですう…。」


 職員が申し訳なさそうに言った。


 「うわあ…。すげえ数だよ、夏目。」


 「しかし、ガイシャの所持品や服はあの家から全く見つかっていません。

持ち運ぶにも相当な量ですが、付近住民の話では、朝、五~六人の男が保冷ボックス二つ持っただけの状態で迎えの車に乗り込み、立ち去ったそうですから、戦利品は内臓だけです。

そしてわざわざゴミの収集日に合わせて犯行を行っている。

という事は、余分なガイシャの遺留品などは全て処分したという可能性が高いんです。

見付けりゃ相当なお宝です。犯人グループと繋がる何かがあるかもしれません。やりましょう。」


 「わ、分かった…。


 夏目に押し切られ、言った側からスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外して遺留品探しを始めた。芥川も始めようとした所で、太宰から電話がかかって来た。


 「所轄に頼んだら、そっちに10人応援行ってくれる事になったから。」


 「流石課長!」


 「こんな事任せっきりで、ごめんなあ。」


 太宰と甘粕はいつも、こういった汚れ仕事は率先してやる。

 しかし今回はこれだけが手掛かりという訳ではないし、太宰は全体を見て指示を出さねばならない立場にあるから動けない。甘粕も、もう一刑事では無く、プロファイラーであるから同様だ。二人の申し訳なく思ってくれる気持ちは、芥川にはちゃんと伝わっていた。


 「何言ってんすかー。所轄に頼んで頂けただけでも有り難いっすよ!」


 多分、太宰は頭を下げて頼んでくれている。

 警視庁でも、警察庁でも、所轄警察の上部組織の課長なのだから、命令すればどうとでも動かせる。

 でも、太宰は昔からそういう事はしない。

 所轄にやらせる事は、汚い仕事や、足をすり減らす事ばかりだ。

 だから太宰は命令でなく、お願いし、頭を下げる。

 所轄は当然気持ちよくやってくれ、成果も上がる。


 「全く。本村さんとは大違いだぜ。」


 電話を切った途端に張り切って探し始めた芥川が言うと、夏目は手を休めず苦笑した。


 「やっぱ偉そうですか。本村課長は。」


 「酷えよ。所轄なんか下僕扱いだしさ。俺達の事も見下してんだ。キャリアじゃねえから。」


 「ふーん…。実力とは丸っきり関係無い社会なんですね。警察って。」


 「その通り。お役所なんだよな。」


 「う~ん、妙な所だな。だから未解決が意外と多いんだろうか。」


 「それは言えてっかもねえ。お、早え!もう来た!」


 所轄の十人がやって来た。

 夏目は嬉しそうに笑うと、頭を下げ言った。


 「有り難うございます。」


 「いやいや、とんでもない。太宰さんにはお世話になってますから。」


 太宰効果もあり、こんな仕事でも嫌がっている風は無い。


 「収集職員の話では、上村邸の前のゴミ捨て場は大量だった為、別途トラックを呼んで収集したそうなので、ほぼ無傷の状態の袋と思われます。バックごと、服一式、血糊の付いた衣服などがあれば、まずそれかと。」


 「分かった。」


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