夏目振られた?
「気持ち悪かったですね。あの前上のセリフ。
警察官と共に、前上を検察庁に送り、帰って来た夏目が、沈んだ顔で言った。
「アレな…。完成させてくれって、平然と言ったやつだろ。俺も鳥肌立っちまった。」
太宰が言うと、甘粕はうんと言ったきり、思い悩んだ顔で黙ってしまった。
「どした?甘粕。」
「ー実は予想通りの反応だったので…。俺はやっぱりなって感じだったんです。夏目には不気味に思う気持ちは無くすなとか偉そうな事言いながら、俺は無くしてんのかなって、ちょっと反省してました。」
「それは違うわ、甘粕さん。」
「そう?」
「ええ。それでも犯人に同調は出来ないでしょう?」
「うん。」
「なら大丈夫。頭で分かる、予想がつく、イコール犯人と同化じゃありません。」
太宰も夏目もコクコクと頷き、霞が微笑んでいるのを見て、甘粕は少し笑った。
太宰は、ほっとした顔をすると、言った。
「じゃ、今日もあの店行くか。」
甘粕霞が嬉しそうに、
「いいですね!」
と言うのを、夏目が不思議そうに見ている。
「あの店とはなんですか。」
「おう。夏目は連れて行っていなかったな。俺の大学の同期の奴がオカマになってやっとる店なんだが、メニューは無くて、何注文しても出てくるという変わった店だ。俺たちも、ずっと変わったメニューを言ってみるんだか、知らねえと言う事も無いし、出てくるから不思議なんだが。只今、アイツに知らねえ、出来ねえと言わせよう作戦を遂行中だ。夏目も変わったメニュー考えといて、奴に出来ないと言わせてみなさい。」
「はい。」
夏目も笑顔で頷いたので、終業後に行く事になった。
それまでは、特別な事は何も無くても、五課本来の仕事をする。
データの整理や、こちらのプロファイリングで分かる事を伝え、捜査の助けをするなどである。
出来てから、一月も経たない内にこの成績の上げようなので、向こうも有り難がって聞いてくれるので、やりやすいし、問い合わせの電話も増えて来ていた。
その為、昼休みは、甘粕と霞のどちらかを残さねばならない為、交代で出る事にし、太宰と霞が先に出た。
「霞ちゃん。甘粕とは、どうなっておるの?」
「は…。あ、泊まって頂いた日の事ですか?勿論、何もありませんよ。甘粕さん、紳士ですから。」
「紳士過ぎんでないかい。好きなくせに…。」
「そう言われた事はありませんけど…。」
ー何しとんじゃい。いい年して…。
「そうだったら、どう?甘粕は。」
「とっても素敵な方だと思います。優しいし、繊細だし。でも、私にはもったいないかな。」
「どしてよ。」
「だって…。なんと言うか…。この間泊まって頂いた時は、お互い誰にも打ち明けなかった、重く澱の様に心にある物を告白しあったんです。私はとっても楽になったし、甘粕さんもそうおっしゃってくれました。でも、私、あのう…。男の人とお付き合いした事が全く無いというわけじゃありませんので…。」
「そりゃそうだろう。二十七歳でしょ?無い方がビックリだよ?」
「でも、甘粕さんは、そういうご経験が無いのでは?」
霞がそう思っても不思議では無い程、甘粕は霞に対して少年になっている訳で、太宰は思わず吹き出した。
「いや、甘粕はああ見えて、プレイボーイとまで言わないけど、そこそこの数は付き合ってたみたいだよ。本気になったのは霞ちゃんが初めてってだけ。」
「そうだったんですか!はあ…それは、光栄な…。」
「光栄!?じゃあ!」
「でも、あの、私、失恋したばかりなので、すぐに次の方というのもどうかと思いますし、こんな狭い課の中でっていうのも、なんか恥ずかしいです…。」
「そりゃまそうね…。」
甘粕の恋のキューピットになる事は一応ここで諦めるしかなさそうだ。
しかし、いくら太宰が天真爛漫でも、若い女性になんで失恋したのかとは聞きにくい。
仕方なく、話題を変えた。
「夏目は結構いい男だけど、どうなんだろうね。」
「ああ、甘粕さん情報だと、学生の時から、同棲している女の子がいるらしいですよ。」
「同棲!?いかんだろ、それは!女の子の親の敵の様な奴だな!」
「あははは。まあ、そうとも言えますね。でも、結婚考えているようですから、許してあげて下さい。」
「ふーん…。そいで、あの、甘粕とは、あの日、何を話したの…?」
「それは秘密です。」
「うーん。やっぱり。」
やっぱりダメだったので、食事をして戻った。
五課に戻ると、何件か問い合わせがあった様子で、甘粕が疲れた顔で、ゴロワースをふかしていた。
「ご苦労さん。交代するよ。」
「はい。じゃ、夏目行こ。」
夏目が去り際に、苦笑しながら太宰の耳元にボソッと呟いた。
「甘粕さん、腹減りすぎて、エネルギー切れです。」
「おお。ごめん!やっぱ、今度から何か取ろう。」
甘粕は細身の割に大食漢で、腹が減ると動けなくなる。
ー愛車だけでなく、本人も燃費の悪いスポーツカーだよなあ…。
無事終業したので、例の店に行く。
「いらっしゃあ~い。ご注文をどうぞ。」
太宰が元気良く先陣を切る。
「ポジェコ!」
何だそれはと三人が言う前に、やはりママが言った。
「南部アフリカの料理よ。ヨーロッパ系のアフリカ人の作るシチューね。じゃ、甘粕ちゃんどうぞ。」
「カインチュア…。」
聞いた事の無い料理名だが、何故か甘粕はおずおずと言った。
「あ~!残念。雷魚は手に入んないのよね~!アンコウでなら出来るけど?」
「ああ良かった。雷魚なんか食いたくねえし、あったらどうしようかと思ったんだ。」
「もお、甘粕ちゃんたら。あたしを困らす為のオーダーなのねん?受けて立つわよ。また考えて頂戴。で、どうする?」
「じゃ、ビーフシチューが食いたい。」
「素直に食べたいもん言いなさいよ。分かったわ。じゃ、霞ちゃんどうぞ。」
二人の会話はあっさり終わり、すぐに霞に振られたが、霞と夏目は驚いて声も出ない。
カインチュアという料理名も、ちゃんと知っているママに…。
「え、ええっと…。サンブーサク…。」
再び注文者でなく、ママの解説が入る。
「レバノン料理ね。挽肉やチーズを詰めて、焼くか揚げるかした半月状のパイの事よ。霞ちゃん、肉?チーズ?焼く?揚げる?」
「じゃ、チーズ入れて、揚げて下さい。あと、私も普通にビーフシチュー。」
「はい。じゃ、新顔の夏目ちゃん。」
「ーオムライス。」
当然三人に怒られる。
「変わったもん考えとけって言ったろう!?」
「食いたかったんですよ!」
「しかもなんだか、うちのもなかみたいに、お子様ランチなメニューだし!」
すると霞があ!と声を上げ、ニヤリと笑った。
「夏目さん、もしかしてお子様舌?」
「ーは!?」
「幼稚園児三大好物が好きな人なんじゃないの?ハンバーグ、オムライス、カレーライス。」
図星らしく、真っ赤になって焦り出す夏目。
「面白え~!似合わねえ~!」
太宰と甘粕に口々に言われ、目が線になり、苦悶の表情になってしまった。
「まあ、可愛くていいじゃありませんか。鬼の様な夏目さんにそうゆうトコあるの。」
「鬼…。そんな渾名は中高以来ですが。」
「あら。鬼って呼ばれてたの?」
「はい。青山というのが居まして、二大鬼先輩と呼ばれ、青鬼赤鬼と…。」
三人して大爆笑。
「ぴったりだな。剣道部で?」
甘粕が聞くと、コクッと頷いた。
面白い面白いと言われ、珍しく困った顔になる夏目を笑っていると、美少年のボーイがサンブーサクを持って来た。おつまみ用と、ママも分かっており、アルコールと共に一人頭二つの勘定で皿に盛られている。
おいしいねと食べていると、太宰は例に寄ってふいに聞いた。
「夏目、同棲してると聞いたが、そういうはっきりしないのは、おじさんとしては、如何なものかと思うぞ。結婚する気なら、とっととしちまいなさい。」
隣の甘粕が慌てた様子で、自分の膝で、太宰の膝を突ついた。
「な、何。まずい事言ったか?」
夏目は虚ろな目になり、固まってしまっている。
「四年も同棲してたのに、結婚切り出したら、出て行かれちまったらしいんですよ。」
「ごめん、夏目…。」
「ーいいんです…。」
「もう望みは無いのかい…?」
「さあ…。どうなんでしょうかね…。ふふっ。」
今度は涙目で笑っている。かなり重症そうだ。
「おじさんにも話してごらん。こう見えて俺は学生時代、言い寄る女の子をちぎっては投げ続けた、恋愛のエキスパートだからさあ。きっと、お役に立てるわよ!」
笑いをとるつもりは丸っきり無かったのに、爆笑されてしまった。
夏目は笑ったら元気が出たらしく、苦笑しながら話し始めた。
「彼女は、子供の時から狭心症で、薬の関係で、子供が産めないんです。子供なんか要らねえって言ってんのに、結婚なんか出来ないって、ある日突然、俺が帰ったら、出て行った後でした。連絡取っても無視。彼女の両親は亡くなっており、叔父さんの養女になっていまして、その叔父さんという人は、俺の剣道の師匠なので、話を聞いた所、主治医の男が求婚しているという情報が…。師匠は、俺を遠ざける為に受けてしまうかもとか言いやがるんで、とりあえず、師匠にガミガミ言って、主治医は変えさせたんですが。」
師匠と言ってはいるが、どっちが偉いんだか分からない口調である。でも、夏目なので納得できてしまえるが。
太宰が答えあぐねていると、霞は深刻な顔もせず、唸ってから言った。
「子供が要らないというのは、本心なの?」
「はい。はっきり言って、ガキは嫌いです。知ってるはずなんですよ。あいつ。」
「じゃ、彼女が子供好きとか?」
「いや。好きそうなほにゃほにゃした印象ですが、俺並みに嫌いです。」
「あのさあ…。それ、子供産めないからじゃないんじゃないかな。彼女の場合、気にしてるのはそこじゃ無いかもよ?」
「ー病気の事でしょうか?」
「そんな気はする。夏目さんは忙しいお仕事だし、自分の体調の事で迷惑かけて、お仕事の邪魔をしたくないみたいなの、無いかしら。」
「ーなるほど…。それなら心当たりがあります。」
「具合悪いと、夏目さんの事だから、凄く心配するんでしょう?」
「ーいつも謝るんです。具合悪いんだから、謝んなくていいっつってんのに、ごめんなさいって…。」
「そうね。謝る必要なんか無い。でも、迷惑かけてるって思ってしまうのね。可愛い人じゃない。ここは強引に行ってみなさいよ。夏目さん。」
「ーは…。」
「そんなの関係無えよ!って強引に連れ戻して、結婚しちゃいなさいよ。」
「そんな事して大丈夫なんでしょうか、逆効果なんじゃ…。」
「なに言ってんの!鬼の夏目のくせに!ガーンといけ!ガーンとおお!」
一体どうしちゃったんだと、改めて三人で、霞のテーブルを見ると、勝手にワインを追加して、もう一人で二本も空けていた。
完全に酔っぱらいになっている。
「こんな所で飲んでる場合じゃないでしょおお!早く迎えに行ってらっしゃあい!」
強引に夏目を席から立たせて、手で追い払っている。救いを求めるかの様に太宰を見るので、太宰も言った。
「でも、ほんと霞ちゃんの言う通り、それがいいかもしれないぜ?病気持ってるのがそんな長い人、増して心臓病なんて大変な病気だと、何に対しても遠慮しちまうもんかも。好きだからこそ、お前にだけは迷惑かけたくない、心配させたくないってのはあるかもだから。ちゃんと話して、気持ち伝えておいで。」
「ーはい。」
夏目はニヤリと笑い、短く返事をすると、オムライスを半分残して行ってしまった。
帰りは、三人でタクシーに乗り、霞が降りると、太宰はいつもの様に唐突に言った。
「甘粕。霞ちゃんは、強引さを求めておるのでは?」
「ーはあ?」
「いくら酔っぱらっていたとはいえ、夏目に強引に行けってあんだけ言うってことはさ。そういうのが好きなのでは?」
「だからなんだっつーんですか。」
「お前も強引に行ってみたらと…。」
「なっ、何言ってるんですか!課長!落としますよ!」
-何故、何かにつけ上司を落とそうとするのだ、甘粕…。
「そんな事より課長。」
「ん~?」
「最近、なんか行方不明者が多くないですか。昨日、暇な時に数えてみたら、関東近県だけで、200人以上も居たんですよ。」
「そりゃ多いな。何だろか。」
「どっかで猟奇殺人の餌食になってないといいんですけどね…。」
「そうだなあって…。って、甘粕さあ。」
「はい。」
「仕事もいいけど、霞ちゃ…。」
太宰が絶句して固まる様な殺気立った目で睨みつけている。
「プライベートも大事なのでは…。お前みたいな仕事人間は特に…。」
「相手にその気も無いのに、話になりませんよ。」
「そうかなあ。」
「そうです。」
「う~ん…。」




