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満月の夜  作者: 桐生初
19/27

犯人逮捕

甘粕と夏目は、川崎市内の駐車場に車を停めては、降りてナンバーを調べるを繰り返し、人がいる場合は、聞き込みをするを、芥川達と手分けしてやっていた。


 太宰からネットで事件が漏れた報告を受けた後行った駐車場で、丁度駐車して降りる人物を見付けた。

 甘粕が声をかけ、二トントラックが駐車していないか聞く。


 「ああ。停まってますよ。時々居ないけど。ナンバーは覚えてないなあ。」


 今は駐車していない。


 「それじゃ、昨日とか、今日とか居ました?」


 「昨日の夜は、この時間じゃなくて、九時過ぎに帰ってきたんすけど、居なかったな。朝、俺が出る時は居ましたよ。」


 犯行時刻に居なかったという事になる。


 「どんなトラックですか?冷蔵車ってステッカー貼ってありました?」


 「ステッカーらしきはうっすら見える感じなんすよ。自分で塗ったんだろうな、あれ。スプレー塗料かなにかで、黒く。白猫宅配便の模様もうっすら見えてて、なんか小汚いトラックっすよ。」


 当たりだと、甘粕と夏目は顔を見合わせた。


 盗難届けが出されている冷蔵仕様のトラックは、白猫宅配便のもの一台だけだ。

 しかし、どこへ行ったか見当もつかない。

盗難が確定してからは、非常線を張っているが、今のところ引っかかったという報告もない。

 検問に引っかかったという報告が来るのに備えて、本庁に戻り、交代で仮眠を取り、明日に備えることになった。



 翌朝、いつもの振り分けで、甘粕と夏目、太宰と霞とに分かれ、甘粕達は小学校、中学校。太宰達は高校と美術学校に行った。


 小学校では幅広い年齢予想でもあり、低く見積もっても22歳位の為、10年以上在籍している先生は居らず、また、そういった生徒にも記憶が無いという事で諦め、中学校に向かった。かろうじて、8年在籍しているという美術教師に会うことができた。


 「居ましたね…。1人…。

人間の体の中が好きだと言うんですが、それがネットとかで見たんですかねえ。

人間の体を斜めにカットした形で、凄くリアルに描いてたんですよ。

腸とか、本当にリアルに。

内臓だけ描くならまだしも、ちゃんと顔や胴体も付いて…ですからね。

残酷かつ、あまりにグロテスクで、見る人が不快になるから止めなさいと再三注意したんですが、聞かない。

親御さんを呼んでもらい、担任と二人で精神に何か問題を抱えているんじゃないか、カウンセリングにかかったらどうかなどと申し上げたら、お父さん、私共の前で、もの凄い剣幕で怒り出しましてね。

叱るというより罵倒でした。

そこまで言わなくても…と私共が言っても、『コイツは馬鹿だから、ここまで言わないと分かんないんですよ!親に恥かかせやがって!』とまあ、暴力もふるいそうな勢いだったので、なんとか取り成し…。

画才はあるんだから、他のを描いてみようと話しまして、それからは普通に…。

父子家庭だったように思います。

お母さんは事故で亡くなってると聞いておりますが…。

名前は、前上勤だったかな…。卒業生名簿借りて来ますね。」

 


 卒業名簿の住所へ行くと、実家はあった。


 父親は不在の様なので、近所の主婦に話を聞いた。


 「前上勤君は、今どちらに?」


 甘粕が聞くと、主婦は掃除の手を止め、答えてくれた。


 「この近所のアパートに住んでますよ。お父さんと折り合いが悪くてねえ。気の弱い子なのに、いっつもガミガミ頭ごなしに叱りつけるから、就職したらすぐ。」


 夏目は、昨日からそのまま五課に詰めていてくれている内田に電話し、前上勤の現住所と勤務先を調べてくれるよう頼んだ。


 「お母さんが事故で亡くなったのはいつですか?」


 「んーとね、15,6年位前じゃないかなあ。

それがショッキングな亡くなり方でねえ。

あそこの小さい踏切あるでしょ?

あそこ急いで渡ろうとして、踏切閉まってるのに入っちゃったら、電車が来ちゃって、なんでだか知らないけど、首だけスパッといっちゃってねえ。

その急いでた理由ってのがさ、勤君が忘れ物したの、追いかけってってだったのよ。

だから、そのスパッといっちゃった首、勤君の前にゴロゴロって転がってきたらしいのよねえ。

怖かったろうにねえ。

それから暗ーくなっちゃってねえ。

勤君、お父さんには、お前のせいだ!とか言われちゃって、かわいそうだったわよ。」


 母の首の断面を見たのは、前上が7歳の時である。


 人の断面に興味を持ち始めたのは、その事がきっかけなのかもしれない。


 「就職は?」


 「よく分かんないわ。確か美術学校行ってたと思うんだけど、お父さんが、とんだ無駄金遣わせやがってって言ってたから、全然違う方面だったんでしょうね。あのお父さんさ、見栄っ張りなのよね。いつも散々馬鹿にしてるくせに、勤君が美術学校行ってる時、芸術家になるかもなんて自慢げに言ってたから。」



 太宰と霞は高校に行き、やはり前上勤の名を残酷な絵を描く少年として耳にしていた。


 その絵は、首が切断され、胴体と離れ、両方の断面がこちらを向いているなど、とにかくグロテスクだったという。


 「絵で食ってくつもりなら、これはやめた方がいいよと言ったら、憮然としてましたね。先生も分かんないのかよって。生徒達には、気持ちの悪い絵を描くイカレた奴って避けられてましたあし、確かに恨まれても仕方ないのかな…。」


 当時の美術教師はそう語った。


 公立、しかも高校ということで、あまり生徒のプライベートなどは分からないようで、聞けた話はそれ位だった。


 美術学校で前上の名前を出すと、中退者で居たという返事で、話が聞けたが、更に絵の残酷さとリアルさは増していた様だ。


 「前上は、ある意味印象深い生徒でしたね。みんな目を反らして不快だと言っているのに、なんでこの美しさが分からないんだ!って怒ってしまいまして。

結局、卒業を待たずに辞めてしまいました。

でも描いてる絵があまりに凄いので、犯罪でも起こすんじゃないかと心配になりましてね。

近所に住んでいるようなので、気になって行ってみたんです。

そしたらお父様が出て来られて、親戚の工場に就職させた、一人暮らしをさせてる。何も知らんと追い返されまして…。

やっぱりな…。あの猫の死体見た時、前上じゃないかって、教員数人と話してたんですよ…。

あの状態というか、ああゆう断面の絵、描いてましたから…。」


 太宰は被害者の復元写真を出した。小学校、中学校、高校では知らないと言われている。


 「この女性、お宅のホームページにも写っていたようなんですが、どなたでしょうか。」


 「え…、こ…これ…。まさか、彼女に何か?昨日の殺人事件の被害者って、まさか彼女…。」


 「何故そう思われるんですか。」


 霞がすかさず聞く。


 「彼女はちょっと変わった子でした。前上と同い年で、前上の作品を唯一、ダリみたいで素敵だと誉め称えていました。前上が退学するのも止めて…。研究生としてまだ在籍してるんですが、今日はまだ来て無いもんですから…。そんな。なんでだ。僕らが恨まれて殺されるなら分かるけど、どうして理解者の彼女を…!」


 恨みを持つ人間では無く、愛着のある人物を毒牙にかけたという事になる。これが前上の愛情表現なのだろう。


 太宰も霞も、改めて前上の異常性を思い知ったような気がした。


 「他にいらしてない方はいませんか。」


 ネットで褒められ、有頂天になっている上、トラックが無いという事は最悪、次のターゲットを掌中にしている可能性がある。


 太宰が聞くと、教師は真っ青な顔で答えた。


 「きょ…教員で一人居ます!彼も前上擁護派でした!」


 「今朝から来てないんですね?」


 「はい!連絡も取れません!」


 太宰はすぐに内田に電話した。


 「内さん、まずい。十中八九前上が黒だが、新たなターゲットをもう拉致してる可能性が高い。甘粕の方どうなってる?」


 「前上が仕事休んでるってんで、自宅アパートの方へ…。あ、今連絡入りました。やっぱ居ないそうです!」


 「ん~!検問は!」


 「まだ何も…。あ、ちょっと待って下さい。夏目がそちらに迎えに行くって…。」


 そう内田が言っている側から美術学校の外で、キキーっと車が急停車する音がし、窓から覗き見ると、甘粕達が乗って行った車両が停まった所だった。


 「内さん、もう来た…。とりあえず合流するよ…。」


 「は…はあ…。」


 どんな運転をしてきたのか、考えたくもなかったが、とりあえず夏目の運転する車に乗り込むと、今度は急発進し、夏目が言った。


 「親父のとこ行きます。」


 「な、内調!?」


 「はい。一般には極秘になっていますが、全国の監視カメラ、全て内調に繋がってるんです。高速だの、一般道だのの映像、すぐ見れます。」


 ーつーか、何故息子のお前がそれを知っている~!


 太宰の心の叫びは、二人の心の叫びでもあったが、夏目は構わず車を飛ばしている。


 「あ、甘粕…。」


 「は…、はい。」


 「自宅アパートは令状無いから入れなかったんだろ?」


 「そうなんですよ。近所の住人に話を聞いてみたんですが、ほとんど不在で、なんとか話を聞けた人も、よく知らないと…。内さんの調べだと、家賃の滞納も無く、問題は起こして居ない様だとの事でした。」


 「そっか。他に何かあったか。」


 「はい。霞さんのプロファイリング通り、職場の材木加工工場は、父親の親戚が経営している所でした。

休みの確認のついでに聞きましたが、三年前に入って来たばかりの頃は、暗くて、やる気も全く無く、とんだお荷物だと思ったが、それからしばらくしてから急に熱心になり、一年前からぐんぐん上達したそうです。

何か無かったか聞いてみた所、職人の一人が誤って指を切断してしまう事故が起きたそうなんですが、その時前上は、切断された指を拾い、同僚の心配もせず、目をキラキラさせて嬉しそうに見ており、親方はその様子があまりに気持ち悪くて、怒るのも一瞬忘れる位だったそうです。

その事故はあの真っ二つ事件が起きる1ヶ月前の10月だそうです。」


 「それがきっかけになったのね。真っ二つ事件を起こして、彼にとっては、至高の芸術の為に腕を磨きたくなったから、仕事熱心になり、技術を習得し、猫ちゃん達で方法を探り、彼にとっては最上級の愛情表現として、好きな人を芸術作品にし、今度は唯一認めてくれた教師に…お礼のつもりなのかしら…。とりあえず彼の部屋を見れないと、行き先も推理できませんものね…。」


 だから、内調に行くしかないと言いたいようだが、太宰としては複雑である。

 警察ですら知らないシステムをホイホイと使っていいのかと言う話だ。

 とは言え、確かに他に方法は無いし、何の罪も無い教師がスライスされそうになっているのだから、早く手を打たねばならない。太宰は無理矢理自分を納得させ、霞に疑問を投げかけた。


 「そのさ。恨みを持った相手じゃないってトコがどうも理解出来ねえんだけど。」


 「そうですね…。でも、よくある事ではあるんです。

犯人は自分の世界の常識で生きている。

だから、殺すことが目的ではなく、芸術作品にしてあげるという感覚なんですよね。

面談もしていないので、憶測でしかありませんが、母親の首が目の前で切断され、その首の断面を見た時、彼は心から美しいと思い、魅了されたんだと思います。

普通なら非常にショックで、気が狂いそうになる事ですが、彼の場合はそれが最高の芸術の様に思えた。

父親との仲が悪いという事ですから、母親は恐らく大好きだったことでしょう。

ですから、大好きな人は、母親の様に、至高の芸術に仕上げてあげるのが、彼にとっては最上級の愛情表現となるのではないかと思います。」


 「ーやっぱし分かんねえな…。


 「分かんないですよね…。私も頭では理解できますが、納得はいってません。」


 夏目の凄まじい運転で、もう内調に到着した。


 「緊急事態だ。監視カメラ映像見せろ。」


 「だから達也…っておい!何故同僚まで連れてくる!これは警察にも秘密なんだぜ!」


 「この人達は大丈夫。絶対漏らさない。だから早く。人一人の命がかかってんだよ。」


 「ああ、もう…。」


 夏目室長は頭を抱え、太宰を見つめた。


 「いつも…、うちの馬鹿がお世話になっております…。交番勤務からヘッドハンティングしてくださったそうで、ありがとうございます。」


 「い…いえ、こちらこそ…。」


 「どうぞ。隣の部屋です。でも、くれぐれもご内聞に願います。」


 「は、はい。決して言いません…。」


 夏目室長は、連れ去られていると見られる教師についても、すぐに調べてくれた。


 「昨夜から帰宅してないですね。」


 「そんな事も分かるんですか。」


 「丁度彼の家の前に監視カメラがありまして。あ、極秘のですが。それに寄ると、暗くなってから一度も明かりが点いていません。」


 「なるほど…。」


 そこへ内田から電話が。思わず飛び上がって出る太宰。内調に来ているなどとは口が裂けても言えない。


 「すいません、課長!全く引っかかりません!」


 「そ、そうか。え、ええっと、もう東京は出ちまってるのかもな。」


 昨夜の内に拉致して、そのまま冷凍しながら移動を開始したとしたら、検問より先に移動して、どこかに腰を落ち着けて、もうスライスに入っている可能性も高くなる。


 「どうしましょう。なんの証拠も出て来てねえし、前上が盗難車に乗ってるって確たる証拠も証言も取れてねえから、家宅捜索の令状も取れねえし…。」


 「ん、ん~、こっちでプロファイリングでどこ行ったか考えてみるから、高速の監視カメラ見せて貰って来てくれ。」


 「分かりました。行ってきます。」


 しばらくして、調べてくれていた夏目室長の部下が、 


 「丹沢山中のこの辺りで昨夜から車停めて、動いて無い様ですよ。」


と言って、地図を差し示して教えてくれた。


 四人はその人に礼を言い、太宰は急かす夏目の頭をひっぱたいて、甘粕と霞と共に、本当に申し訳なさそうに夏目室長に頭を下げて礼を言い、再び夏目の爆走運転車両に乗った。


 サイレンは点けているものの、ここまでのレーサー運転は、刑事は普通しない。

 でも、夏目という男が段々分かりかけてきた太宰は何も言わなかった。

 内調の仕事というのは、まるで表に出て来ない。

 でも、公安と共に裏側から日本を守っている。

 恐らく、通常の警察官のスキルで出来る仕事では無いのだろう。

 将来的に夏目はそっちに行かせる為、夏目室長は早くから様々な特殊隊員並みの事を仕込んでいるのかもしれないと思い至った太宰は、口を閉ざす事にしたのである。

 触れてはならない世界だから…。


 ーま…まあいいんだ…。こうして便利に使わせて貰えてラッキーぐらいに考えとこ…。


 サイレンを消し、到着する頃、内田から電話が入った。


 「昨夜10時頃に、丹沢の辺りで高速降りてます!」


 「い、今、ここじゃねえかって、そろそろ山に入るトコだ…。良かった、合ってて…。ははは…。」


 「凄いっすねえ!プロファイリングって!甘粕もスゲエなとは思ってましたけど!芥川が心酔するわけっすね!魔法みてえだなあ!」


 確かに魔法は使ってしまった。


 禁じ手系の…。


 「俺達も向かいます。県警に応援頼んどきますね。」


 「うん。頼む。」


 離れた所に、荷台部分が真っ黒に塗られたトラックが見えた。

 ナンバーは、例の白猫宅配便の盗難車だ。

 そのまま車を停め、霞を残し、三人は銃の安全装置を外して、トラックに近付いた。

 運転席側には誰も居ない。

 荷台側に回り、太宰がノックし、二人は身構えた。


 「すみません。警察の者ですが。これ盗難届が出されている車なので、お話を聞かせて下さい。」


 出てこないし、中からは機械の音がしている。待った無しだ。


 太宰は二人に目配せし、甘粕夏目で強引に扉を開けた。


 開けるとそこは、見たくもない作品作りの真っ最中だった。


 前上は一心不乱に、元教師と思われる死体を切断しており、蓋の開いた冷凍庫には、既に何枚かスライスが入っていた。


 「前上勤、殺人並びに死体損壊の現行犯で逮捕する。」


 太宰がそう言い、甘粕と夏目が前上を取り押さえると、何故だか分からないとでもいう様なキョトンとした顔で太宰を見て、至極普通の顔で言った。


 「もう少しで完成するんで…。それからにしてもらえませんか…。」


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