モテモテ?甘粕
五課に戻ると、甘粕も、一般人も見られるレベルの写真を手に戻って来ていたので、トラックの持ち主、冷凍庫の購入者、材木加工工場の従業員の経歴、スライスした機械の購入者などの調べは内田達に任せ、学校関係に行ってみた。
ところが、全部休みで、誰も居ない。
何事かと思ったら、猫のスライスが置かれていた学校は全て同じ地区にあるのだが、この地区にある工場で、化学薬品漏れ騒ぎが二日前に起き、念のため学校関係は全て休みにし、明日から開けると、近所の住民から聞いた。
仕方が無いので本庁に戻り、内田達と調べを進める事にした。
太宰の顔を見ると、内田が笑った。
「甘粕が帰るって電話くれた直後ですよ。川崎署から電話来ました。今日はあの辺りの学校関係全部休みだって。」
「はあ…。確認すりゃ良かったよ。で?なんか進展あった?」
「はいッ!」
一際元気良く、芥川という刑事が立ち上がった。
「切断機の購入者が割れ、電話で確認した所、外に出しておいたら、盗まれてしまったという事でした。購入者の男性は60歳。高卒で今年の春に52年間勤め上げた会社を定年退職。趣味の家具作りの為に中古で購入。無関係と思われますが、いかがでしょうか!甘粕さん!」
「そうだな…。猫が置かれてた学校の近所だから、ホシが盗んだと考えて良さそうだな…。」
甘粕は困った様な顔で笑って、芥川を席に着かせた。
芥川は、甘粕の二年下の後輩で、一課時代、甘粕の金魚の糞といわれる程、甘粕にくっついて回り、甘粕を信奉していた。太宰の事も勿論敬愛しているのだが、芥川がここに手伝いに来た目的は甘粕である。
「全く…。コイツは残れって本村さんにも言われたんですけどね。甘粕さんの手伝いをおおおおお~!って叫び続けるもんだから、あの本村さんが折れたんですよ。甘粕、男冥利に尽きんだろ?」
「ははは…。」
更に困った顔になっているのを、芥川以外が面白そうに見ている。
「それと、冷蔵庫機能付きの該当トラックは、ほとんどが宅配業者が買ってますが、二年前に一台、川崎市内の白猫宅配便という会社から、盗難届が出されていました。それと、コストコの方ですが、現金払いで二つもあの棺桶冷凍庫を買い、自分で持ち帰った若い男が居たのを、店員が覚えて居ました。かなり不思議に思った様で、顔も見れば分かると思うとの事です。」
「ありがとう、内さん。みんなもよくやってくれた。五人は帰っていいよ。あとはこっちでやるから。」
すると、内田を初め、全員目を剥いて一言怒鳴る様に言った。
「嫌です!」
「嫌っつったって、後は盗難車のトラック歩き回ってさが…。」
甘粕と夏目が出て行ってしまった。
この時間から盗難車を探すつもりらしい。
芥川も焦って二人を追いかける。
「三人てマズいから、俺も行ってきます!」
甘粕と同期の岡本も走って行った。
刑事は必ず二人一組で動く事になっているからだ。
「んじゃ…後は…。ああ。ガイシャの顔写真出来たから、免許とかパスポートとかで身元割り出せねえかな。」
「それなら、甘粕がついでに坂口に頼んだって言ってましたよ。そろそろじゃないすか。」
言っている側からドスンドスンという足音と共に坂口が入って来て、霞は目を丸くして坂口を見つめて、言葉を失ってしまった。
それもそのはず。その坂口という女性は、ドアを通れるのかという位太っているし、一体どこで売ってるんだという服を着ている。
ヒョウ柄なのに、前面にプリントされている大きな動物はチーターというカオスなカットソーに、多分ゼブラ柄と思われるスパッツを履いている。
多分というのは、太っているが故に、伸びてしまってなんの柄だか分からないのである。
髪型もユニークで、ピンク色に染め上げ、そんなにチリチリになるのかという程パーマがかけられ、ほぼてっぺんで一つに纏めている。
その個性的で強烈なファッションに負けないド派手なメイクだし、鑑識と言われなければ、絶対に近付かないだろう。
「あら?ダーリンは?」
「ダーリンは、外。盗難トラック探しに川崎だよ。」
「そうなんですかあ。じゃあ、課長で我慢しよ。被害者の身元ですけど、免許もパスポートも持っていない様で、こっちではお手上げですう。でも、ダーリンが川崎美術専門学校の関係者かもって言うのでえ、ホームページ見てみたら、学祭の様子を撮影した写真の端っこにこの人らしきが写ってたんですう。ほら、これ~。」
喋り方も見た目並みに独特だが、仕事は出来る様だ。
「さすが坂口。よく見付けたなあ!」
「えへっ。でも、ダーリンに褒めて欲しかったなあ~!」
「ダーリンには言っておくから。」
「お願いしまあすう~。あ…。」
そこでやっと霞を見た。
「可愛い…。人間じゃないみたい。」
ーそれ、、そっくりそのままあなたに返したい!
そうは思ったが、口には出せないので、霞は努めて普通に挨拶した。
「坂口ですう…。ふ~ん…。ライバルね。じゃ。」
再びドスンドスンと足音を立てて、坂口が去って行くと、霞の呆然とした顔を見て、みんなで笑い出した。
「びっくりだろ?霞ちゃん。」
「は…はあ…。甘粕さんの彼女なんですか…。」
「いや、違う。坂口の方も多分冗談。でもね、若い奴らみんな坂口のあの見た目で引いちゃって、口もきかないし、失礼な奴はデブだの大阪のおばちゃん系だの陰口叩いて馬鹿にしたりすんだけど、甘粕だけは、極めて普通に接したし、あの子の能力を高く評価してた。無理聞いてくれりゃお礼にケーキ買って来たりさ。だから、ダーリンよばわりは、坂口なりの感謝の表れなんだと思うよ。」
「そうなんですか…。優しいですよね。甘粕さん。分け隔てが全く無くて、人を外見だけで判断しない。なかなか出来る事ではありません。」
嬉しそうな幸せそうな表情でそう言う霞に、太宰は勢い込んで言った。
「霞ちゃん!甘粕もらってやってくれないかい!」
「も…もら…?」
内田が笑い出した。
「全く課長は相変わらず突拍子もねえんだから。甘粕の嫁ぎ先は置いといて、俺達どうします?」
「ーおし。時間が許す限り、大田区と川崎市内の材木加工業者調べよう。交代で仮眠はしっかりな。」
片っ端から電話をかけ、プロファイリングに合う職人の有無を聞こうとした所で、今度はドスンドスンでは無く、ドドドドと地鳴りの様な音が響き渡って来て、坂口が飛び込んで来た。
「課長!大変だよ!ネットにスライス事件の事、アップされてる!凄い詳しい内容だよ!誰か漏らしちゃったみたい!」
「なに!」
犯人を刺激しない為に、女性の身元不明遺体が奥多摩山中で発見されたとしか、公表していないはずだ。
太宰達も確認すると、写真こそないものの細部に渡り詳しく出てしまっており、書き込みも大変な数に上っている。
「霞ちゃん…。まずいよな、これ…。」
「そうですね…。讃えてしまっている書き込みもありますし、犯人が見たら、いい気になって、またすぐやると思います。早く見付けないと…。」
「う~ん…。坂口、これいつからだ。」
「えっとお、今日の5時20分ですね。」
一時間半でこの量の書き込みである。
「トラック見付けんのが早いか、ホシが動くのが先かってとこだな…。」
電話をかけまくっていた内田が言った。
「駄目ですね。ああいう工場みてえなトコはみんな五時キッカリで帰っちまう様です。どこも誰もいませんや。」
「明日までやれることは無いかあ…。」




